軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

聖女王の命

スィリーズ伯爵は教会から脱出するときに、真っ先に聖王宮に向かい、聖女王陛下を連れ出すことも考えたらしい。だが、その後どうするかの計画がなかった。

反対派もいるとは言え、聖王都はグレンジード公爵が押さえている。聖王都で動員できる兵士に対抗できなければほどなく聖女王陛下とともに伯爵は捕まってしまうだろう。

だが、5大公爵家のエベーニュ公爵とルシエル公爵、それに聖王国きっての武闘派であるミュール辺境伯が動くことがわかった。

他の公爵家は静観を決めるよう働きかけている。

これで聖女王陛下さえいればグレンジード公爵と戦えるというわけだ。

——ほんとうなら、教会でグレンジード様を殺せていればよかったのですが。

苦しそうに、悲しみを吐き出すように伯爵は言った。

これまでの経緯を聞くに、確かにそれがいちばん簡単で、手っ取り早い解決方法だったのかもしれない。

だけれど——そうなればきっと伯爵はずっとその罪を背負うことになる。

あるいは、この騒動が落ち着いたら自ら命を絶つくらいのことは考えているのかもしれない。

(……そんなのは、イヤだな)

だからと言って、グレンジード様が目を覚ます方法は思いつきもしないのだけれど。

あのときスィリーズ伯爵がグレンジード様を斬ろうとしたときに弾かれたのは——僕の【森羅万象】でもわからなかった。

なにか物理的なバリアがあったという感じでもなく、磁石の同極が反発し合うような印象だった。

(イヤな感じだ)

僕は【森羅万象】に慣れすぎたのかもしれない。わからない……というよりなんの情報も得られないものがあると必要以上に不安な気持ちになる。

「——坊ちゃん」

夜はすっかり更けており、建物の陰にいる僕のところにやってきたのは暗い色のフードをかぶったゼリィさんだった。

スィリーズ伯爵の依頼を受けて聖女王陛下を連れ出すために僕は単独で聖王都へと戻っていた。

冒険者ギルドでダンテスさんと再会し、ダンテスさんにはマクシム隊長たちとともにエヴァお嬢様のところへと向かってもらった。

そして僕はギルドを通じてゼリィさんに連絡し、こうして行動を共にしているというわけだ。

「いやぁ、坊ちゃんったらあんな派手な登場をして、男前が上がりましたねぇ……懸賞金の額も上がっちゃったかもしれませんよ?」

「ちょっ、不吉なこと言わないで!」

「すでにスィリーズ伯爵とエヴァお嬢様には懸賞金が掛かっていますから」

それは僕も冒険者ギルドで聞いていた。だけれど「銀の天秤」には追っ手が掛かっていないので、グレンジード公爵は飛び込んで来たのが僕だったかどうかすら認識できていないようだ。

「ゼリィさん、道案内お願いします」

「はいはい。人使いが荒いんだから、もう」

「…………」

あれ?

「ん、どうしやした、坊ちゃん」

「あ、いや……文句言う割りにゼリィさんがなんかうれしそう? だから」

「へっ!?」

ぴんっ、とゼリィさんの尻尾が立つ。

「べっ、べべべべ別に坊ちゃんが生きてるのがわかって安心したとかそういうんじゃないっすよ!?」

「僕のこと心配しててくれたんですか?」

「そういうわけじゃ!」

「え、心配しなかったんですか……?」

「そんな捨てられそうな子犬の目を!? し、心配しなかったわけじゃないっすよ。そりゃ、あーしがお金を借りてる相手ですから、死なれたら困るじゃないっすか!」

逆でしょ。借りてる相手が死んで借金がうやむやになったら大喜びするタイプの人でしょ、あなた。

「……ゼリィさん、前方に警邏隊」

「あいあい、ラクショーっすよ。とりあえず、聖王宮まではノンストップで行きやすよ……ついてきてください」

不法侵入についてやたら心強い言葉を聞けた。

僕はゼリィさんについて夜の街を駈ける。ゼリィさんの手引きと僕の魔法があれば簡単に聖王宮にたどり着くことができた。

「この先なんすけど……まず、聖女王陛下って方が誰なのかあーしにはわからないのと、中の地図とかがないもんで、道案内ができないのが問題っすね」

「問題しかないね。……でも、手がかりはある」

僕は聖女王を見つけられるだろうと思った。

「手がかりっすか?」

「うん。簡単なことですよ——いちばん警備が厳重なところから調べていけばいいんです」

★ クルヴァーン聖王国 聖女王 ★

聖王宮内が騒がしいことには気づいていた。

聖女王は聖王宮の最奥とも言うべき場所にいたが——閉じ込められていたが、それでも、外や通路を行き交う人々の様子を見ればわかることも多い。

(……昨日は侵入者があったという連絡があったが、今日はなにもない。だがこのざわめきは、侵入者の余波ではなく……また別のもの)

聖女王は私室の寝台に座って考えていた。

部屋の入口には屈強な兵士が2名。部屋を囲むように10名の兵士、それに中庭や屋根の上には暗部が配置されているはずだ。

今日の午前に侵入者の話があり、警備兵が増員された。

そして夕方にまた増員されたのだから——「別の事件」が起きたに決まっている。

(お父様は、今日も来られない……)

ふう、と小さく息を吐く。

聖王が生きている間に次の聖王へ、譲位することは過去にもあったけれど、それはこんな激動の時代ではなかった。

だが聖女王である彼女は楽観していた。

父を尊敬し、父と話し合うことで解決できるだろうと思っていたからだ。

(だというのに、会話すらしてくれないとは……)

クーデターを起こされたことも意外だったし、その後になんの話し合いも持たれないことも不可思議だった。

聖女王の兄である、聖王太子、それに弟のクルヴシュラトは聖王都を落ち延びているはずだが、連絡を取ることもできない。

「まったく、父様はなにをお考えなのか……」

自分がこうして生きている以上、必要以上の血を流そうとは思っていないらしい。

だけれどなにを考えているのかさっぱりわからない。

これまでは、意外な行動に出ても、すぐにその理由を教えてくれたりなんとなくわかったりしたものなのに。

情に厚く、時に感情的になるのは聖王としてさほど悪いことではないと聖女王は思っている。

むしろ国民からは好ましく見えているだろう。

それだけに——今回の状況は、まったく意味不明だ。

「——かなり、深いところまで心を操られているようです」

「!?」

自分が口にした疑問に答えるような言葉にぎくりとしたが、それでも彼女は声を上げることはなかった。

「……お前は、レイジか?」

「ご存じでしたか」

いつやってきたのか、室内にひっそりと立っている少年は黒髪黒目だった。

聖女王が即位するきっかけとなった「一天祭壇」での調停者との戦い、それにウロボロス出現による聖王都の破壊、これらを止めた立役者こそがレイジだ。

(そして……その後、「黒髪黒目」であるという理由だけで、この都を追われたのもまた、彼)

エベーニュ公爵家など古い家柄の貴族は、レイジを排斥するよう強く申し出て実際そういった行動に出た。

結果として追っ手は返り討ちに遭い、レイジは聖王都を離れた——それは聖女王にとっても、思い返すとほろ苦い出来事だった。

父のグレンジードは大いに後悔し、「救国の英雄」であるレイジをいつか厚遇したいと漏らしていたが、なかなかちょうどいいタイミングがなかった。

そんなレイジがなぜここに?

「ッ」

はっ、として天井を見上げた。そこにはこの部屋を監視する暗部がいるはずで——、

「上の人たちは制圧しました。外の人たちには手を出していません、目立つので」

「な……」

あっさりと言われたが、にわかには信じられなかった。だが、天井に張られた板がパカリと開いて、そこからネコミミ獣人の女性がにょっきりと顔を出せば——見たことのない顔だからきっとレイジの仲間なのだろう——天井裏はすでに彼らの手に落ちたことがわかる。

「はは……どうやら余が考えているよりもずっと、お前は強いのだな」

肯定するでも否定するでもなく、レイジは小さく会釈だけした。

その余裕ある姿こそが彼の強さを物語っているように聖女王には感じられた。

「それで、要求はなんだ?」

「スィリーズ伯爵がお待ちです。ついてきていただけますか」

「……血が流れることは避けられぬか」

「!」

聖女王の言葉に、今度はレイジが驚いたようだった。

「エベーニュ公爵、ルシエル公爵あたりがスィリーズ伯を後押ししているのだろう?」

「そ、そこまでご存じでしたか……」

「だが、余は聖王都が血に染まることを望まぬ」

それを避けるために父であるグレンジードのクーデターを 許した(・・・) のだ。

言うなれば 父娘(おやこ) ゲンカの範疇だと思っているし、その結果、多くの人間の血が流れるなどもってのほかだ。

「……陛下、お言葉ですが、もはや事態はのっぴきならぬところまで来ております」

「ならば余を殺せ」

「は?」

「余が死ねば、父は多少なりとも冷静さを取り戻すであろう。それでも冷静さを欠いたままであれば、お前が父を殺せ。ここまで忍び込むことができたお前ならばそれも可能だ」

「…………」

レイジが苦悶の表情を浮かべている。

まさかこんな展開になるとは思っていなかったのだろう。

聖女王は死ぬ覚悟はとっくにできていた。父に殺されることも十分あり得たが、そうなるとその後の聖王国運営において血塗られた歴史ができあがってしまい、問題が生じる。できれば違う形で自分の命を使いたいと思っていた。

幸い、兄は優秀だ。クルヴシュラトももう何年かすれば兄を支えることができる。

自分がここで死ぬことで、父を取り戻せるのならばそれでいい。

「……お言葉ですが、陛下、できません」

レイジという少年は聡い。

聖女王の覚悟をはっきりと理解した上で、そう応えている。

本気で言っていることもわかっているのだろう——天井から首を出しているネコミミ獣人も顔を半分隠してぶるぶる震えている。

「人を殺すのは怖いか?」

「そうではありません……いえ、そうかもしれないけど」

「余が、ここを去れば父はさらに暴走する。公爵たちが兵を集めていることが知れれば、内戦になる。とどのつまり、お前はひとりを殺すか、大量の兵士を殺すかのいずれかを選ぶことになろう」

「…………」

酷な選択を迫っていることはわかっている。

だが、この少年にしかできないのだ。

「……やっぱり、できません」

首を横に振る彼に、かすかな失望を感じた。

これが、自分の命を使える最後のチャンスではないかとすら聖女王は思っていたのに——。

「僕は、どっちも選びたくありません」

「レイジ……そんなワガママが通るような状況ではないのだ」

「通します」

「——なんだと?」

「聖女王陛下にお願い申し上げます。時間稼ぎをしてください」

「じ、時間稼ぎ?」

彼女は耳を疑った。

いったい、彼はなにを言っているのか。

単に人を殺すという罪を逃れたいだけではなかったのか。

「あなた様をここから連れ出します。そしてスィリーズ伯爵とともに別の領地へ逃げてください。そうすればそちらの警戒をしなければならず、グレンジード公爵の動きは鈍ります」

「それは……そうかもしれぬが、結局は聖王都近郊での会戦は避けられまい」

「でも、それは数か月後です。あるいは半年とか、1年後」

「なにが言いたいのだ。時間を稼いでなんとする」

すると少年は、決然として言った。

「その間に、女神を 斃(たお) します」

それは無謀で、不明瞭で、非合理的な提案だ。

だが彼はそれを信じ切っており、必ず成し遂げるのだという意思を感じた。

父が女神によって精神汚染、あるいは洗脳されている可能性については聖女王も把握している。だがそれを解除する方法は、いくら調べさせてもわからなかった。スィリーズ伯爵も、「まずは女神神殿建造を阻止」という場当たり的なアイディアしか出せなかった。

女神を斃す。

神を殺す。

できるものなら——と思いつつも、それこそグレンジードを正気に返らせるよりも難しいことであるのは間違いなかったし、検討すらできなかった。

「……できるのか」

少年は、うなずいた。

「どうやって」

「ブランストーク湖上国の教皇聖下が今は女神の依り代になっているようです。その彼女を通じて、女神を現世に降ろし、それを討ちます」

「教皇を殺せばいいということか?」

「いえ……教皇の生死はおそらく関係ありません。その先にいる女神を討てればいいのです」

「そんなことが可能なのか?」

「可能です。おそらく、僕でなければできないことです」

なぜ、彼にしかできないのか、なぜ、教皇と女神の関係性を知っているのか——疑問は尽きない。

だが聖女王がやるべきことはたったひとつだ。

「……時間稼ぎ、か。そんなものを頼まれたことは生まれて初めてだ」

「そ、それは……すみません」

この少年を信じるかどうか。

信じるのならばその未来のために自分の命を使えるかどうか。

今ここで決定すること。

「任せてくれ。半年だろうが1年だろうが、いくらでももたせてみせよう」

「えっ」

「お前を信じる。我が命、そして、聖王国民の命を託すぞ」

「そ、それは重いですね……」

途端に気弱そうな顔を見せる少年に、

「ふっ、ふふっ……ふふふ」

「陛下?」

思わず笑ってしまった。

(どうかしている——この少年にすべてを託してしまうなんて。いや……自分が今死んだところで、この先が明るいかどうかなどわからなかった。後始末を兄に押しつけるだけだったかもしれない。結局のところ、自分の未来は自分で決めねばならぬということか)

不安もあるし、この選択でよかったのかという迷いもある。

だが、気持ちはせいせいしていた。

「さ、どこへでも連れて行け」

「はい——失礼します、陛下」

少年は聖女王に近づくと、その身体を抱きかかえた。

小柄な少年よりも自分のほうが背が高いというのに、彼は軽々と彼女を持ち上げ、そして外された天井へ向かって跳躍するとひらりと天井裏へ移り、あっという間に屋根の上へと移っていく。

その手引きをしているのが猫系獣人で、そこいらに気を失った暗部が転がっていたが——それほどまでにこの少年と、手練れの聖王国暗部の実力差はあるのかと聖女王は改めて驚いた。

「行きます。しっかりとくっついてください」

「うむ。なかなかたくましい身体だな」

「っ!? ご、ご冗談を……」

「ふふ」

まるで少女に戻ったような気持ちで、抱えられながら夜の闇を駈けていく。

音もなく、まるで風になったかのようだった。

信じられないことに警備の兵士に誰ひとり気づかれることなく聖王宮を抜けると、ペースを落とすことなく進み、空が白むころには聖王都を抜けていた。

森小屋でスィリーズ伯爵と合流するが、レイジはそのままブランストーク湖上国を目指すという。

彼の仲間はすべてそろっていた。

聖女王が驚いたことには、スィリーズ伯爵の娘も、レイジについていくという。よくも伯爵が許したなと思っていると、

「——事ここに至れば、世界のどこにいても危険は同じです。私は娘の気持ちを尊重します」

と言う。

「そうか、余も立場が違えばそうしたかもしれぬな」

「……は?」

「なんでもない、忘れよ」

小さく笑って、手を振った。

朝焼けに染まる森で、黒髪黒目の少年とは別れた。

これから行く場所は違えど、同じ目標を目指すことになる。

世界を取り戻すために、女神を斃すという目標だ。