軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8番目の盟約者

盟約の破棄を宣言したとき、僕の手元の天賦珠玉が割れた。

はっとして顔を上げると、大聖堂の高い天井付近に空間の揺らぎがあり——そこに待機している「薬理の賢者」様と 幻想鬼人(ヴィジョン・オーガ) のふたりの気配が色濃くなる。

盟約の破棄は彼ら調停者に対して行われるのだが——なにも起きない?

(いや、天賦珠玉が割れたんだ。なにも起きないはずがない)

手元の天賦珠玉はすでに塵と化して消えている。

周囲がざわざわする。

「——なんだ、なにが起きた?」

「——天賦は使えるぞ」

「——外も特に変わった様子はないが……」

だけど、盟約者たちだけは違った。

彼らは一様に——僕がさっき見た調停者たちのいる場所を見上げている。

それは呆けているとも言えるし、恐怖しているとも言えるし、単に驚いているだけのようでもあった。

「グレンジード公爵……ッ!?」

僕が話しかけようとしたときだった。

なにか音が鳴ったわけではないというのに、すさまじい音が聞こえたようにさえ感じられた——それほどの、光が、弾けたのだ。

宙に。

辺りが白一色になり、なにも見えなくなる。

僕はなにかを言ったかもしれない。

あるいは誰かが叫んだかもしれない。

でもなにも聞こえなかった。

耳がおかしくなったみたいだった。

「…………………………」

言葉を、失った。

一面の白い空間に僕らはいた。

目を開けられるようになった僕は、その場に立ち尽くし、あるいはへたり込んでいる盟約者たちを見た。

そして離れたところに「薬理の賢者」様と幻想鬼人のふたりもいた。

みんなが見上げていたのは——ここが白の空間だというのに、さらに白い、意識が「白さ」を感じさせる存在だった。

『————竜よ。幻想鬼人よ。長い間の務めに、感謝します』

その声は雪が降る音よりも静かで、教会の鐘よりも深く、花火よりも大きく僕らの脳裏に響いた。

「薬理の賢者」様と幻想鬼人はその場に跪いた。

僕は、いや、僕だけでなく盟約者たちも、この存在が神——女神であることを疑う理由はなかった。

『————ふたつの世界の盟約者よ。長い間の務めに、感謝します』

盟約者たちもまたそろって、その場に膝をついた。

僕は気がつく。

ここにはちょうど7人がそろっているけれど、「裏の世界」にも盟約者がいる。

見えないが、この白い空間のどこかにいるのだろうか。

彼らは盟約の破棄が行われることを知らなかったのだから、一堂に会しているわけがない。

『————そしてふたつの 器(・) を持つ者よ』

視線が、僕を射抜いた。

その瞬間、意味不明な震えが身体を走り、まるで高熱に罹ったかのようだった。

なぜ僕がこの場にいるのか。

盟約者、調停者とは関係ない僕がこの場にいるのか。

それは——女神が呼んだからなのだとわかった。

『————世界崩壊の前に、盟約破棄へと導いたことを、感謝します』

なにか言おうと思った。

とんでもない、とか。

光栄です、とか。

(違う……違う!)

唇が震えた。

言わなければならないのに、言葉が出てこなかった。

『————あなたの役目は終わりました』

あなた、という言葉が指しているのは僕だ。

役目、とはなんだ。

役目、とは「世界を結合する」ことか?

ではそれが「終わった」というのはどういう意味だ?

『————新たな世界のスタートに、あなたは必要ありません』

「必要ない」とはどういうことだ?

( この存在(・・・・) は 女神じゃない(・・・・・・) )

そのとき、閃きが、啓示が、僕を貫いた。

☆☆☆☆☆☆☆☆盟約の意義( 晴海礼治(・・・・) / レイジ(・・・) )

・□□□□□□□□は盟約の□□を調停者に□□、□□する。

・□□□□□□□□は盟約が破棄された場合、□□に□□する。

・世□□□□□□者は盟約の□持を調停者に□じ、□□する。

・□□□超□□□□は盟約が破棄された場合、□□に□□する。

・世□を□□□□者は盟約の□持を調停者に□じ、監□する。

・□□□超□す□□は盟約が破棄された場合、□界に□□する。

・世□を□□□る者は盟約の□持を調停者に命じ、監□する。

・□界□超□す□者は盟約が破棄された場合、□界に降□する。

・世□を超越□る者は盟約の維持を調停者に命じ、監□する。

・□界□超□する者は盟約が破棄された場合、世界に降□する。

・世界を超越する者は盟約の維持を調停者に命じ、監視する。

・世界を超越する者は盟約が破棄された場合、世界に降臨する。

これは、「世界を超越する者」が世界にやってくるための、降りてくるための下準備。

光が、その超越存在の周囲に集まる。

(動け……ない……!!)

あれは、僕を害そうとしている。

僕がもはや要らないのだと言っている。

ふたつの器を—— 限界超えの天賦(オーバーリミット・) を扱える者(スキルホルダー) は要らないのだと。

新しい世界には。

『————せめて安らかに眠れ』

光が僕へとほとばしる——寸前、なにかの影が飛び込んで来た。

それはもこもこの毛皮を持ったウサギだった。

「エルさん——」

ようやく僕の口から出た言葉がこれだった。

光はエルさんにぶつかり、エルさんの身体が破壊され、飛び散る——その中身を見て驚いた。

金属が、ネジが、歯車が、シリンダーが、飛び散っていく。

宝石のような——あるいは宝石そのものだったのかもしれない——瞳が僕を見た。

——え、逃げなさい。

そう、言われたような気がした。

だけど光はエルさんを壊しただけでは止まらなかった。

「——あ、あああああああああああッ!?」

僕の身体にぶち当たった光が、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い!!!!

身体が焼ける。

燃え上がる。

吹き飛ばされる。

飛翔するのを感じる。

僕は魔法を展開しようとするが上手くいかない。

だけど次の瞬間、視界が一転した。

まるで僕だけ、空間のポケットに入ったかのような感覚。

そして、

「——ッ、なんだここ!?」

周囲は、雲。

僕ははるか上空から自由落下を始めていたのだった。

「くっ」

魔法が使えるようになった。

僕は【回復魔法】で身体を癒しながら空中でバランスを整える。

「これは……!」

見たことのない場所だった。

荒野と、密林がまだらになった、異様なまでに不自然な土地だ。

人家はまったく見当たらないが、密林の上空を多くの鳥が飛び交っている。

荒れ果てた大地からは巨大なミミズのようなモンスターが飛び出して、滑空してきた鳥を食らっている。

「!」

密林の奥に見えたのは巨木を薙ぎ倒しながら進んでいく超巨大な——肌色の山。

僕の【森羅万象】は、それが「ナメクジ」だと判別している。

「ギガントスライムだ……!」

「裏の世界」の巨大種のうちのひとつだ。

一瞬、ここが「裏の世界」なのかと思ったけれど、すでにふたつの世界が結合しているのだと思い直す。

「【風魔法】!!」

地面に激突する前に僕は魔法を展開し、身体を滑空させる。

ここが世界のどこなのだかわからないけれど、ギガントスライムを見たおかげでひとつ可能性に思い当たった。

「裏の世界」では巨大種がいたのは未開の地「カニオン」だ。

「つまりここは、カニオンのどこかってこと!」

僕は荒れ地の地面すれすれを【風魔法】で滑空しながら砂塵を巻き上げる。

背後では、さっきのデカミミズがどんどん飛び出して僕を食おうとしてくるんだけど……。

「……それはそうとどっちに行ったらいいんだ!?」

ただでさえ考えなきゃいけないことばかりなのに。

あの存在がなんなのか、とか、エルさんはロボットだったのか、とか!

「ん……」

僕の向かう先に見えていたのは、巨大な海——いや【森羅万象】によるとあれは湖らしい。

超高速でそちらに飛んでいく僕。

背後からは巨大ミミズ。

「……行くぞおおおお!」

僕は思い切り水しぶきを上げながら、湖に突っ込んだのである。

★ 白の空間 ★

その場の全員が跪いていた。

ただひとり——いや、1体、エルをのぞいては。

『————なぜあのようなことをしたのですか? エル。悠久の時を生きる者よ』

すでにバラバラになった身体は、毛皮と、多くの魔術機器と、機械に分かれて転がっていた。

「…………」

言葉を話す能力はとうに失われており、物言わぬ亡骸の赤い瞳が、ただ白い存在を見上げていた。

『————あなたもここで眠りなさい。そして……』

超越存在は辺りを見回した。

全員が跪いている。

先ほどから変わりはない。

『————誰かが、禁じている魔法を使ったように感じましたが……』

誰も、動かない。

『————良いでしょう。新たな世界へと戻りましょう』

次の瞬間、白の世界はなくなり、盟約者と調停者たちは元の大聖堂へと戻ったのだった。

★ 銀の天秤 ★

なにかが起きた——そう、ダンテスは感じたが、いったいなにが起きたのかはわからなかった。

ただ次の瞬間には盟約者たちが姿を消し、さらにはレイジまでもいなくなったのだ。

「な、なんで!? レイジくんは!?」

「わからん」

「探すべな!」

「待て、ミミノ。あわてるな……盟約者たちもいない。なにがあったんだ」

聖堂内に光を落としていたステンドグラスが陰ったと思うと、ドンッ、という衝撃とともに大聖堂が大きく揺れた。

『ギィィイイイアアアアアアアア!!』

ステンドグラスにへばりついた、巨大な生き物。

その姿はトカゲによく似ているが、前足から後ろ足に掛けて翼膜がついている。そこだけ見るとムササビのようでもあった。

次々にへばりついてくる——やがてステンドグラスが砕け散ると、色とりどりのゼリービーンズのような光とともにそれらは中に飛び込んで来た。

トカゲはトカゲでも、そのサイズは普通乗用車ほどもあるだろう。

そんなトカゲが、6体いた。

「キャアアアアアアアアッ!?」

聖堂内はパニックに陥った。

出口に向かって逃げ出す者。

教皇を守ろうと動く者。

「モンスターから離れよ! ここからは我らの仕事!!」

壁に整列していた神殿騎士たちが一斉に剣を抜き、トカゲに飛び掛かっていく。

逃げる人と戦う人が入れ違い、モンスターの咆吼が響き渡る。

どうする——ダンテスは迷う。

これは、明らかに向こうの世界のモンスターだろう。見たこともない種類だ。

(本来ならここで待機が正解。レイジが戻ってくるのを待つべきだ)

しかし気になる。

大聖堂は教会の中枢とも言うべき場所だ。念入りに魔法で強化されていたはずだ。

だというのにこのモンスターたちは侵入を果たした。

「お父さん。ここは騎士様たちが守ります。我らは外へ行きましょう——もっと混乱しているはずです」

「だが……」

「レイジくんならきっと、みんなを守ってもらいたいと思います」

「…………」

毅然としたノンの、娘の態度にダンテスは苦笑した。

その通りだ。

「行くぞ」

ダンテスが言うと、「銀の天秤」は大聖堂から外へと出ていく。

外は快晴。

燦々とした太陽の陽射しが降り注ぐ——中、

「……これは」

見たこともない怪鳥が飛び、突如として現れた池には毒々しい色のカエルがいて、ピンク色の猿が群れをなして敷地内を走っていた。

ダンテスの事前の想像以上だった。

「——まずは敷地内を掃討するぞ。敵対しないモンスターは外に逃がす」

「んだな!」

「はい!」

「あいあい〜」

ミミノ、ノン、ゼリィの3人が反応した。

「銀の天秤」が治安を取り戻すべく行動を開始する——そのころ。

世界各地でも同様のことが起きていた。

幸い、多くの都市や街では警備が増強されていたために混乱が起きても収まる方向で動いていた。場所によってはモンスターどころか動物がまったく現れなかったところもあるという。

だが——少数の、まったく防衛対応を行っていなかった街には惨劇が訪れた。

モンスターによって家は崩され、住民は食われた。

救援がやってくる前に滅びた街や村もあった。

それでも、軍による治安対応ができない場所では多くの冒険者による奮闘が見られた——彼らは自らの冒険者ランクを上げるために、あるいは冒険者の戦いに賭けをするためにギルド近辺に滞在していたので、すぐに行動に移ることができたのだ。

また、事前に情報を入手していた冒険者ギルドの指示もあり、冒険者の活躍で救われた人々も多い。

しかし、「世界結合」を行ってからの数日の戦いは——あくまでもほとんどが想定内のこと。

問題は街の外だ。

突如として現れた巨大な山、森林、湖、川。

大きく地形を変えたところもあった。

そして、森の中は人の里よりもはるかに多くの、密度の濃い、生存を賭けた戦いが起きていたのだった。

結果、生き延びた生命体について人々が知ることになるのは、10日以上も後のことなのだが——それはまた後の話だ。

スィリーズ伯爵は大聖堂の隅で息を潜めていた。

彼が随行していた相手、グレンジード公爵はその姿を忽然と消した。

ぼんやりと宙を見つめていたようだったが——レイジたちが感じた強い光を、スィリーズ伯爵他、すべての人たちは感じなかった。

「そおおおおりゃあ!」

神殿騎士が討ち漏らした1匹のモンスターを、冒険者ギルドマスターがなんと素手で殴り飛ばしていた。

モンスターはすでに鎮圧されつつあったが、肝心要のグレンジード公爵が戻ってこない。

すでに教皇は避難を終えており、残っている非戦闘員は、盟約者絡みの人々だ。

「あっ!」

誰かが叫んだ。

そこには、たった1度の瞬きの前後で——またも盟約者たちが現れたのだった。

しかし彼らは全員が跪いており、あたかも、彼らが囲む中央になにか貴い存在がいるかのようだった。

「閣下!」

スィリーズ伯爵が駈け寄ると、はっとしたようにグレンジードは立ち上がった。

「閣下、今までどちらに」

「…………」

「……閣下?」

彼はなにかを確認するかのように、盟約者たちによって囲まれた空間を見つめていたが、

「……神に、いや、女神に拝謁した」

「なんですって?」

問いかける伯爵を見ずに、グレンジード公爵は宙を見つめたままだった。

「すばらしい……!! あの御方と同じ世界にいられるというだけで、この『世界結合』を遂行した価値はあった!」

その表情は——いつものように自信に満ちあふれたグレンジード公爵のそれではあった。

だが、違う、とスィリーズ伯爵は感じた。

自らの、ではない、他者の強大な力に陶酔するような言い方はグレンジード公爵のものではない。

(いったい、なにが)

スィリーズ伯爵は気づいている。

何かが起きたことを。

そして、盟約者たちは戻ってきているのに、レイジだけはここにいないことにも——。