軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17

人質になれば相手の町へと潜り込める——そんなふうに考えていた時代が僕にもありました。

「えぇ……」

僕はひとりで突っ立っていた。飛行船の残骸の前で。

せっかく【花魔法】で自分の腕を縛って無害アピールしたというのに地底人っぽい皆さんは僕を放置して去っていった。

「……無事か? いや、聞くだけ無駄だぬ……魔法を使えることは聞いていたが、あれほどとは思わなかったぬ」

偵察チームのリーダーが戻ってきた。

「さっきの人たち、地底人ですか?」

「そうだぬ。ここ10年は見かけることもなかったが」

「じゃあ、ちょっと様子をうかがってくるので先に竜人都市に戻っててもらっていいですかね」

「いや、それは難しいだろう。地底人は姿を隠すのが非常に上手く、その集落がどこにあるのかも知られていないのだ」

「あ、それは多分大丈夫です」

「多分大丈夫、とはどういう意味だぬ?」

「どこに逃げていったか、方角はわかっていますから」

「…………」

僕は大真面目に言ったのだけれど、リーダーは「また強がりを言って……」みたいな顔をした。

「……竜人都市に、ひとりで戻れるのか?」

「それも大丈夫です」

僕の頭の中にはかなり正確に、竜人都市までのマップができている。まあ、一度見たものを忘れない【森羅万象】のおかげなんだけど。

「わかった……地底人がここを押さえていた以上、長居は危険だぬ。君も、くれぐれも無理はしないように」

「はい。ご忠告、ありがとうございます。そう時間はかけないつもりなので、アーシャには安心するよう伝えておいていただけますか?」

「構わないぬ。ほんとうなら無理にでも連れて帰るのだが……君は竜人ではないからな」

そう言い残して、偵察チームは帰っていった。一度地底人に捕まった彼はぺこぺこと謝りながら。ぎりぎりまで襲撃に気づかなかったのは僕も同じなので、あんまり自分を責めないでほしいけど。

「さて、と……」

僕もまた、【疾走術】を使って走り出した。

「——全員集まったかァ?」

「へえ、兄貴。ひとりも欠けておりません」

「ちゃァんとばらけたんだろうな? ここで後つけられてました、じゃ、てめェら全員ブチ殺されっぞ」

「わ、わかってますって。大体あのガキ、自分で縄掛けたかと思ったらボケッと突っ立ったままでしたもんよ」

「よし、そんなら行くぞ」

すでに日は暮れかかっており、焚き火の炎が周囲を照らし出している。喉の奥で笑うような鳴き声の鳥がいたけれど地底人たちは誰も気にした様子もない。

森の中に流れていた川があり、そこには腰掛けるのにちょうどいいサイズの岩がいくつもあった。

10人ほどいる中でボスらしい男が言うと、全員が「おう」と言って立ち上がった。

(いよいよ、ここから町に帰るんだな)

僕は木の枝の上で彼らを観察していた。

地底人が僕を置いて逃げ出した——とは言っても、森はどんなに気をつけて走っても足元に痕跡を残してしまう。さらには負傷者もいるのだから、彼らの逃走ルートは簡単に追うことができた。

(それもまあ、【森羅万象】のおかげではあるんだけどね)

この天賦を通して地面を見れば、どこを人間が走っていったのかなんてすぐにわかるのだ。

地底人たちは川をさかのぼっていく。

(この方向は、まさにクルヴァーン聖王国の聖王都に近づいてるんだなぁ)

山をひとつ越えれば聖王都は目と鼻の先、という場所だった。

川を上がるに従って道は急になっていくが、地底人は身軽に岩から岩へと飛び移っていく。月が昇ると白く冷たい岩の上にもぞもぞとした集団が移動しているのがよく見える。僕には【夜目】もあるので抜かりない。

(ん……川から外れるのか)

そこで彼らは木々もまばらな山の斜面へと分け入っていく。そこから走って15分ほどで立ち止まった。

(なんだ? ただの急な斜面だけど——)

と思っていると、ボスが落ち葉の積もる斜面に手を突っ込んだ。落ち葉を巻き上げて、斜面が開く——いや、そこにドアがあったのだ。

吸い込まれるようにひとりずつ入っていき、最後にボスが入るとドアは閉じられた。

(おお……かなり精巧なカムフラージュだ)

目を凝らすと落ち葉を編み込んだ細い細い糸が見える。ドアを開け閉めしても大丈夫なようにしてあるのだろう。

(よくもまあ、ここまで隠せるものだな)

僕が木から下りて近づこうとしたときだ。

——ンメェェェェェエエ………………。

遠吠えのような声が聞こえた。

(……これは、あのデカ山羊か?「 森喰い山羊(フォレストイーター) 」って言ったっけ)

気にはなるけれど、戦わなくて済むのならそっちのほうがいい。

僕は斜面のドアへと近づいた。ドアノブらしき部分はさらに何重にもカムフラージュされていたが、問題なく開くことができた。

すでに地底人の集団はいない。

中から漂ってくるのは、ただ土のニオイだった。

暗い通路が奥へと続いている——いや、かすかに、足元が光っているのはヒカリゴケみたいなものがあるからだろうか?

(行こう)

僕はドアを閉じると、暗い道へと足を踏み入れた。

道幅は狭いが空気は常に通っているようで涼しささえ感じられた。土の通路はやがて、岩盤をくりぬいた道へと変わる。道は緩やかなカーブを描いており、だんだんと明るくなってきた。

長さにして100メートルはある。

僕は——ついにその場所へと出た。

「わ……」

思わず小さな声が出た。

そこに広がっていたのは巨大な空間だったのだから——東京ドーム何個分、みたいな表現があるけれど、ここには東京ドームが1つくらいは余裕で入るだろう。

天井にはいくつもの巨大な明かりが取り付けられており、それらは魔術で動いているようだ。

くりぬかれた岩盤からは地下水か、あるいは川の水かはわからないが、流れ出ており天から降り注いでいる。

水を受け止めた壺からはパイプが分岐していて各家庭へと配分されてあった。

(おいおい、これ、竜人都市よりは小さいけど、人口は多いんじゃないか? 竜人が最大なのかと思ってたよ……)

土地が狭いからか、石材と漆喰のようなものを組み合わせて作られた集合住宅が建ち並んでいる。四角いだけでなく、六角形や円形など、個性ある形だ。通路も立体的で、3階から出ている歩道が2つの集合住宅を突き抜けてその先5階につながっていたりもする。

申し合わせたように屋上ではキノコの栽培が行われていた。

(マイカ茸じゃないか。「表の世界」じゃレフ魔導帝国での主食だったのに、ここじゃ地底人の主食になってるのか)

通路を歩いている地底人たちはやたら白い肌に赤い目が特徴的だった。ただ髪の色は様々で、髪型も、男性の長髪や女性のアフロなど個性豊かだった。

着ている服は特殊な蜘蛛の糸を加工したもののようで、染色ができないせいで全員同じベージュ色の服ながら、色とりどりの鉱石を縫い付けてオシャレとしていた。

(そう言えばお腹空いたな……おっ、なんだあれ)

ドームの壁面や天井に取り付けられたファンが一斉に回転し始めた。ブウウウウという振動音が空間に満ちると、それを合図に家々から炊事の煙が立ち上る。火を使っていい時間が決まっているのだろう。空気を吸い込むファンと、外気を吐き出すファンとで役割が分かれているのだ。

レフ魔導帝国とは違った形だが、かなり特殊な文明の進歩をしている。

(ここからレフ人を探すのはかなり厄介だな……)

僕は身を隠す場所を探し、夜更けまで待つことにした。