軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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★ アナスタシア ★

アナスタシアは、2つの奇跡を見た。

1つ目の奇跡は「月下美人」に仁王立ちしていた少女が放った、天すら切り裂く斬撃だ。

2つ目の奇跡は——アナスタシアの知る少年、レイジが放った魔法だ。

「豊穣ノ空」の落下速度は速く、少なからぬ衝撃が船体に走るだろうことは全員が覚悟していた。身体が投げ出され、天井に叩きつけられることも十分にあり得た。シートベルトのような発想がない船内で安全なところはどこにもなく、アナスタシアもただ手すりをつかんで衝撃に備えるしかなかった。

(あの魔法は、レイジさんの……!)

船体が軋むような耳障りな音が響いていたが、それでも「豊穣ノ空」の落下は急ブレーキをかけたようにゆっくりとなり、最後はわずかな揺れとともに不時着に成功したのだ。

「き、奇跡だ!」

司令官が叫びながらバンザイし、通常の明かりが戻ってきた司令室には歓声が上がる。皇帝を守るように集まっていた閣僚たちも互いに抱き合いながら喜んでいる。

「——アナスタシアはいずこへ行った」

ふとそのとき、皇帝が言った言葉で閣僚たちはハッとする。先ほどまですぐそこにいて手すりをつかんでいたはずだったが、誰しもが皇帝を守ってうずくまっていたので彼女がどうなったのかは見ていない。

木製の手すりが焦げ、香ばしいニオイが漂っていた。

(はあ、はあ、はあ……!)

そのころアナスタシアは走っていた。

走っているときですら声を上げると【火魔法】が発動してしまうので、細心の注意が必要だ。

だがいつものドレスではなく今日はキュロットスカートにロングブーツなので、走ることには問題ないことは幸運だった。

(この先、ここだ——あれ、扉が閉じられている……?)

アナスタシアは狭い通路を走り抜け、自分が搭乗するときに使った入口へとやってきた。だがそこはもちろん閉ざされており、アナスタシアは肩で息をしながら途方に暮れた。こういうときにどうしていいかわからない。

鉄の扉にはドアノブのようなものはなく、本来それがある位置には鋼板が貼られてあった。ふと横を見ると壁面には「緊急脱出」の文字があり、「緊急時にのみ使用が許可されます。カバーを開け、レバーを引き、現れた鋼線を断ち切ってください。ただし緊急時以外に使用すると処罰されます」と書かれてあったので迷わずカバーを開いた。

レイジがいるのである。この飛行船を救ってくれたレイジがいるのである。しかも彼は極大魔法を2度も使った後に倒れるように気絶した。これを緊急と言わずになんとする——。

「!」

レバーを引くと、ドアノブのところに貼られた鋼板がスライドして鋼線が現れた——だがそれは予想以上に太く、直径5ミリほどのワイヤーだ。護身用に持っているナイフを叩きつけたがアナスタシアの細腕ではびくともしない。

「…………」

アナスタシアは狭い通路をきょろきょろと見やり、誰も来ていないことを確認すると、ナイフをしまって右手の人差し指をワイヤーに触れた。

左手で喉の包帯をさするが、もうこの魔術は切れている。

「切れなさい」

できるだろう、という気がしていた。それもこれもすべてレイジがくれた【魔力操作】のおかげである——人差し指の先端に煌々と白い炎が現れ、超高温がワイヤーを溶かした。

「っ!」

ワイヤーは弾けるように切れてアナスタシアの指を切り、血が流れた。

目の前で、扉のロックが外れたようであり、ギィ、と数センチ外へと開いたのでアナスタシアは両手でそれを押した——。

「!?」

途端に扉が開き、身体が前のめりに飛び出す。そこは地上2メートルほどの高さでアナスタシアは無様にも地面に転げ落ちた。

痛い。肘やお尻を打った。ホコリっぽくて咳き込んでしまい声が漏れ、周囲にぽっ、ぽっ、と鬼火のような火が灯っては消えた。

(そんなことより、レイジさん!)

痛みをこらえて立ち上がったアナスタシアは、周囲を見てぎょっとした。

ここはがれきが積まれた場所だったはずだ。多くの建物が崩れたところでもある。だというのに辺りは一面更地になっていたのだ。

(強力な【風魔法】……!)

レイジがただ者ではないと思っていたけれど、これほどの魔法の使い手だとは知らなかった。

「豊穣ノ空」の船底からは何本もの支柱が出ており、見事に巨体を支えていた。これが、地上ががれきであったり、極端に速度がついていたら支柱は折れ、飛行船は横倒しになっていた。

それとて飛行船が全壊するよりはよほどマシで死者の数だって抑えられたはずだ——もちろん死者はゼロではなく、重軽傷者は数十人と出ただろう。

レイジの魔法が「豊穣ノ空」を、多くの乗組員の、そしてアナスタシアの命を救ったのだ。

「!」

アナスタシアは離れた場所で仰向けに倒れているレイジに気がついて走り出した。ここまで全力で走りまくっていて疲れてはいたけれど、レイジの頑張りに比べればたいしたことはないと思う。

(レイジさん、レイジさん、レイジさん!)

駈け寄りながらアナスタシアは、胸に湧き起こる感情に戸惑う。

「感謝」がいちばん強い。「尊敬」や「親愛」ももちろんある。一方で「興味」といった思いも強い——これほどの人物はいったいどのようにして生まれ、ここに至ったのかという「興味」だ。

「————」

近くに寄ってみてわかる。服はあちこちほつれ、汚れにまみれていた。ここに来るまで多くの人々を救ったことでついた汚れでありアナスタシアはもちろんそれを知らないのだけれど——「人助けをしてきたに違いない」と容易に想像がついた。

目をつぶったレイジは眠っているようで、その顔は満足そうだった。

アナスタシアはその場に膝をついて、彼の上半身を持ち上げる。その頭を抱きかかえるように持って、目元に掛かる前髪をどけてやる。

(レイジさん……)

温かくて、そのくせ頭がどうにかなってしまいそうな、狂おしい思いがアナスタシアの身体の中心から湧き上がる。

思えばすべてが演劇のようにドラマチックだった。

数少ない友人のルルシャを救うために現れた少年。

こちらの意図を読み取って、期待をはるかに超えて迷宮を攻略した。

のみならず、自分の体質を見抜いて紙に書かれたときには心臓が止まるかというほど驚いた。

夜にこっそりと会いに来てくれたときには同じ心臓が張り裂けそうなほどにドキドキした。

そして自分に生きる希望を与え、さっきは絶体絶命のピンチを救ってくれた。

(私は、わかっていました)

アナスタシアは、自分の心の内に生まれていた感情の正体を知っていた。

(あなたに、恋に落ちたのです)