軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒き空賊は月下に笑う。

★ アナスタシア ★

こんなものを隠し持っていたのか——それが、アナスタシアの率直な感想だった。

「どうだえ。これが帝国の誇る最終兵器、戦略飛行船『豊穣ノ空』よ」

皇帝は愉快そうに言って、アナスタシアを引き連れて空飛ぶ空母「豊穣ノ空」内部を歩いた。

突如として帝国上空に昏い闇が垂れ込め、血のように赤き空間から巨大で不気味な生き物が降りてきたというのに皇帝が落ち着き払っていたのはこんな戦略飛行船を持っていたからなのだろう。

「月下美人」が美しくも素早い飛行船ならば、「豊穣ノ空」は不格好ながらも大きくて強い飛行船だ。この飛行船を動かすのに必要な人員は最低でも100人だという。

「『畏怖の迷宮』を攻略し『憎悪の迷宮』も攻略したと思えば、この有様。しかし裏を返せばこの『豊穣ノ空』の力を試す絶好の機会よ」

アナスタシアだけでなく多くの閣僚を引き連れた皇帝は、司令室の上部に位置する貴賓室にやってきた。司令室で多くの人々が働いているのを見下ろしつつ、前面に取り付けられた魔導強化ガラスを通してヘビギンチャクとの戦いがよく見える。

軍用飛行船による一斉砲撃でヘビギンチャクの胴体に、大蛇どもに、大量の炎が上がり、その巨体が嫌がるようにうねると閣僚たちの間から歓声が上がる。

皇帝は閣僚たちとここで「巨大モンスター討伐観戦」としゃれ込むつもりなのだ。アナスタシアがここに呼ばれたのは華やかさを加えるための、言わばただの「添え物」だ。

飛行船に乗ると言うことで、乗馬用にも使われるキュロットスカートにロングブーツ、それに防刃加工の施された上着を羽織っていた。喉には、念のため包帯をもう一度巻いて、その上からスカーフをつけたので他人から見て違和感はないはずだ。

(それにしても、なんなのでしょう……この感覚は)

アナスタシアはしかし、イヤな予感に襲われていた。確かにレフ魔導帝国の飛行船団はこの世界でも類い希なる武力であることは間違いない。砲台を備えた飛行船は40に迫ろうかという数があり、弓矢でも放つように多くの砲弾を浴びせられる国は他にない。

「我が軍は最強ですな」

「世界一と言ってもいいでしょう」

興奮気味に閣僚たちは話す。

(でも……あのモンスターには効いていないのでは……?)

アナスタシアの予感の根っこにあるのはその疑問だ。紫色の体液をまき散らし、ぼとぼとと大蛇も地面に落ちているが、それでもいまだヘビギンチャクは生きているし大蛇の数も減ったようには見えない。

砲撃による黒煙が視界を遮り、見えづらいところはあるが、ヘビギンチャクが瀕死のようにはまったく感じられないのだ。

キィィンン。

そのとき耳鳴りのような音が聞こえた。その場の人たちも怪訝な顔をしているのでアナスタシアだけに聞こえたわけではない。

すると、

「あっ、ヘビが落ちますぞ」

閣僚のひとりが指差して叫ぶと、確かに大量のヘビがぼとぼととヘビギンチャクから落ちていくのが見えた。落ちたヘビは、がれきに、建物に、絡まりながらうねうねと這っていく。

「ははは、これはあっけなく討伐が終わったのではありませんかな?」

「最後にヘビをまき散らすとは、迷惑この上ない」

「地上軍に連絡を取りましょう」

そんな言葉が交わされているが、アナスタシアにはどうしてもヘビギンチャクが——今となってはただの血まみれの巨大な 幹(・) が、まだ生きているように思われた。

「あの化け物を引きずり下ろしたい。天から生えているというのがどうも気に掛かる」

皇帝が当然の疑問を口にしたときだった。

ヘビギンチャクが、垂れ下がった、ヘビの抜けた頭を持ち上げてぐるりと飛行船団へと向いたのだ。

カッ——————。

離れた場所で見ているアナスタシアですら、一瞬「目を灼かれた」のだと思ってしまうほどの強烈な光が発せられた。

上空ナナメにほとばしった光は10を超える飛行船を巻き込み、雲を破り、空の彼方へと消えていった。

「い、今っ、なにがっ」

「目が痛い、目が」

「誰ぞ、陛下をお守りせよ!」

司令官室も、貴賓室も、いずれも大混乱に包まれた。

チカチカする瞳を開くと、アナスタシアが見たのはしおれるように垂れた巨大な幹だ。だがそれは地上へと降りていくと、自分が落とした大蛇の群れに突っ込んで、むしゃむしゃと食べ始めた。

そのおぞましい光景に、アナスタシアは吐き気を覚えた。

だが問題はしおれていた幹がだんだんと膨らみ始めたのである——あの大蛇を食って、自分の体力に変え始めたのだ。

「『豊穣ノ空』の主砲を出せェッ!」

皇帝が叫ぶと、階下の司令官が振り返る。

「し、しかし陛下。主砲のテスト運用はまだ終わっておらず……」

「多少外れたところで、あの巨体を削れれば問題はない。すぐにやれ!」

「はっ!」

乗組員が忙しく動き始めると、眼下に見える甲板がパカリと開いて、そこから巨大な砲塔がせり上がってきた。

砲身の表面に青白い紋様が浮かび上がっているのはこれが魔導砲だからだ。先ほどヘビギンチャクが見せたものと同じ、高エネルギーを射出するタイプの砲塔で、実弾を込めることはない。

「おっ……」

誰かが声を漏らしたのは、不意に周囲が暗くなり、非常灯の明かりのみとなったからだ。

『主砲稼働のため船内の魔導エネルギーの85%を主砲に集中させます』

オペレーターのアナウンスが聞こえてくる。

『魔術制御システム問題なく稼働……主砲エネルギー充填15%、正面巨大生物を砲撃対象としてロックオン。充填40%、あと15秒で砲撃可能』

主砲の砲身だけでなく、砲塔自身が青白い光を放っていく。

アナスタシアも、閣僚たちも、そして皇帝も主砲を見つめていた。

だがそれに気がついていたのは彼女たちだけではない。

「敵が気づいた!」

大蛇を漁っていたヘビギンチャクは、ハッ、としたように先端をこちらに向けた。今まではそこは見えていなかったが、ここにきてようやくわかる。

そこにはぽっかりと穴が空いており、突起のような白い歯が無数に生えていた。飲み込み、すりつぶして食べるためのものだろう。

穴の奥に、光が集まる——向こうもこちらを撃とうとしている。

「は、早く撃たんか!」

『あと5秒。4、3、2、1』

司令官が「撃てェッ!」と号令を下すと同時に、主砲が輝くと青白い光が、赤い天からぶら下がった幹目がけて発射される。

耳をつんざくような轟音が響き渡り、「豊穣ノ空」自身も、発射の衝撃で背後へと数メートル後じさる。

その結果、命中精度は下がり、幹の右半分に直撃して爆音を響かせる。

一方で、動いた結果、ヘビギンチャクが放ったエネルギー波は司令官室に直撃はしなかった。だが船体に大穴を開け、「豊穣ノ空」は転覆するかというほどに揺れる。

司令官室に叫び声が走る。

深刻な攻撃を受けたことによる警報が鳴り響く。

アナスタシアはすぐそこにあった手すりをつかんで必死にこらえる。

落ちるかもしれない、敵を倒せなかった、どうなるのか——そんな思考が千々に乱れ、だけれど彼女はそのとき、

(レイジさんはどこに……)

自分の特異体質を治そうと努力してくれ、しかもケガを負わせてしまった少年のことを思い出していた。

ポリーナの勘違いや、アナスタシアを守る兵士たちのせいでひどい目にあった彼は、それでもなおアナスタシアのことを心配してくれていた。

(レイジさんのためにも、こんなところで、死ぬわけには……いきません!)

カッと、目を見開いた彼女が見たのは、ナナメに傾いだ「豊穣ノ空」の向こう、半分ほどにちぎれた巨大な幹。

そして——なぜ、ここにいるのか。

混乱する軍用飛行船団をよそに、悠然とたたずむ銀色の美しい船体。

「月下美人」は幹を挟んで反対側にいた。

その甲板に——強風で危険だというのに——たたずむ、ひとりの姿。

(……女性が……?)

闇に紛れる空賊の証である黒のマントをはためかせ、その下にはただの「お嬢」ではない、すみれ色の戦闘服が現れる。強風が、後ろでひとつにまとめた長い金髪を流していく。

何者にも屈しないという紫色の瞳が見据えていたのは、ちぎれつつもぶら下がっている巨大なモンスター。

そのとき口を開いた少女の声を、もちろん、アナスタシアが聞くことはなかった。

——あーあ、こんなにぶっ壊しやがって……。

この状況ではあまりにも不似合いな表情を、少女は浮かべた——。

笑ったのだ。

不敵にも、不遜にも、不可解にも。

まるで目の前の存在など たいしたことない(・・・・・・・・) とでも言いたげに。

——死ね、デカブツ。

少女の手に握られていたのは闇のような黒い刃。

振り上げたその上空に出現したのは、 竜の首さえも(・・・・・・) 落とす「影王」の刃だ。

刃が落ちる。

それは神話や伝説で聞いたような光景だ。

巨人、と言うには足りない。まるで神が——闇の神が振り下ろした刃のようですらあった。

「影王」の刃が斬ったのはヘビギンチャクだけではなかったのだ。空に広がる闇も、赤い血のような空間も切り裂き、そこに月が現れたのだから。

月光が射し込む中、ヘビギンチャクの巨体は地に落ち、天から生えている切り口からは豪雨のように体液が地面に降り注いだ——。