軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46

バルコニーの白く塗られたイスに座っていたアナスタシア殿下は、僕が来たのを認めると腰を浮かせて表情をパァッと輝かせた。う〜ん、子犬かな? 黙っていればびっくりするほどの美少女で、喜んだ顔は年相応の可愛らしさとか無敵過ぎる。気をつけないとその辺にいる男どもはころっといっちゃうね。

「…………」

いや、そばに立っていたレフ人の侍女3人がほぅとため息を吐いているあたり、男だけでなく女にも刺さるらしい。しかも人種の壁を軽々と乗り越えるとは。

僕がその場で片膝をつこうとすると、わたわたして両手を振り上げる。スカートめくりするような動作で。「立て」ということだろう。

『急にお呼び立てして申し訳ありません』

すでに書かれていたメモ紙を差し出され、

「とんでもありません。礼服などは持っておりませんのでこのような格好で申し訳ありません」

殿下に勧められ、僕はテーブルを挟んで隣に座った。背中を建物に向け、お互いナナメに向かい合うようなスタイルである。こうすると筆談しやすいのだろう、いちいち紙を回転させなくていいし。

ここは殿下の住んでいるところらしく、広々とした緑の庭はこの街では非常にめずらしいものだ。背の高い建物からはこちらが見えているだろうけれど、一番近いところでも100メートルほどは離れている。

「それでご用件は……」

侍女がお茶を注いで出してくれる。ハーブの香りがするお茶で、すっきりとした清涼感を覚える。氷を落としてあるので夏にぴったりだ。

ここは2階部分がせり出したその下にあるので、日陰であり、吹き抜ける風は涼しい。今日は水色のドレスを着ている殿下もまた涼しげだ。

『魔力操作についてうかがいたいのです』

殿下は、今日はスカーフをしていない。触媒入りのインクで魔術式を書いた包帯を喉に巻いている。

「それは、そのぅ……」

僕はちらりと侍女たちを見た。僕の背後5メートルの位置には執事もいる。

殿下はこくりとうなずいて侍女たちを手で追いやると、僕に紙とペンを差し出した。筆談で、ということだろう。僕らの背中で彼らからは見えないだろうし。

(やっぱり、特異体質のことは秘密なのか……?)

僕が迷っていると、殿下はわずかに周囲を気にしながらひとつのメモ紙をちらりと見せた。

『私の喉は、邪な魔法使いによって呪いを掛けられ、発声できなくなったということになっています。その建前でこの国に寄越されることになりました』

その紙はすぐに閉じられたが、僕は内容を頭に刻んだ。

うなずいて、殿下には答えとした。

『【魔力操作】は体内の魔力をコントロールする天賦で、魔法を上手に使えない人にとって非常に恩恵のあるものです。【魔力操作】の天賦珠玉を手に入れるのが殿下の問題を解決する近道だと思います』

しばらくの沈黙の後、

『私にはもう、天賦珠玉を受け入れる 余地(ホルダー) はありません』

『天賦珠玉を入れ替えてはいかがでしょうか?』

声を出すと【火魔法】を乱発してしまうという問題を解決できるのなら、他の天賦は犠牲にしてもいいんじゃないだろうか。

殿下はしばらく目をつぶってから、

『私の天賦は、私という「贈り物」の一部として認識されており、勝手に外したり破壊することは許されていません。また、天賦の内容は秘中の秘なので、オーブ着脱を生業とする者を呼ぶこともできません』

僕はそれを見て、お腹の中心が重くなったように感じられた。

(「贈り物」って……)

人を物扱いするのか、ハイエルフは。

僕の様子の変化に気づいた殿下は続けてこう書いた。

『エルフは森に暮らしています。森の大敵は火。ゆえに、生まれたときから火を使う私は「呪われた子」だったのです』

「!」

そういうことか。エルフにとって忌むべき象徴である「火」を殿下はその身に宿しているから……「忌み子」なのだ。

(僕といっしょだ)

ただ黒髪黒目であるというだけで実の親に殺されそうになった僕と、同じだ。

僕はふと思い返す。

初めて出会った「 天銀級(ミスリル・クラス) 」冒険者のクリスタ=ラ=クリスタはエルフと人との間で生まれたハーフエルフだった。

彼が使ったのは【火魔法】だ。そしてこう言っていた。

——私は追放などされていない。自らの意志で、あの、停滞したゴミダメのようなエルフの里を抜け出したのだ。

エルフの里を抜け出すときに彼が選んだ武器は、エルフの嫌う【火魔法】だったというわけか。

エルフのいる森には天賦珠玉を産出する「 三天森林(サードフォレスト) 」がある。もしエルフがそこで星の数の多い天賦珠玉【火魔法】を見つけても、誰も使わないのだろう。だからクリスタも手に入れることができたのかもしれない。推測に過ぎないけれど。

(この世界は、あまりにも偏見に満ちている)

今さらながらに思い知らされた。

『殿下。僕に秘密を話してくださったということは、信頼していただいているということですよね? 殿下の天賦珠玉を、僕が外してもいいでしょうか』

「!?」

殿下の身体が、強ばった。

『僕には天賦珠玉を抜き出す能力があります』

僕は——僕自身の秘密に、【森羅万象】につながることを殿下に明かしていた。僕にも通じる境遇である殿下が、アナスタシアという人が、笑顔で暮らせるようになるのならなにかしてあげたいと——そう思ったのだ。