軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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僕が左のルートを伝えたとき、わずかに、ダンテスさんの瞳に安堵が横切ったように見えた。

……やっぱり「黄金旅団」のことが気になっているんだな。ちりぢりになった冒険者がこの部屋に来たら、間違いなく左のルートを選ぶはずだし。

「それでいいのか、レイジ?」

「はい」

最短での攻略を考えると「真実」っていうのを選ぶべきなのかもしれないけど、「迷宮攻略」イコール「真実」とは誰も言ってないんだよね。それに「財貨」の選択肢は「畏怖の迷宮」で「畏れることなく」というのは相当に怪しい気がする。

左のルート「生を懇願する」は無難な選択肢であるとも言える。

ダンテスさんはうなずくと、

「俺の意見も左だった。正面と右も気になるが、ともかく、一度左を確認してみようか」

反対意見はなかった。あ、ゼリィさんだけは眉をハの字にしていたけどね。

僕らは再度、巨大な顔の前に立った。

ダンテスさんが盾を構え、ゼリィさんが短剣を抜く。ノンさんとミミノさんは後方待機だ。

「じゃ、触りますよ」

身軽な僕かゼリィさんがタッチする役目なんだけど、僕には【森羅万象】があるので異変を察知しやすい。

ダンジョンに満ちている魔力を感じながら巨大な顔の唇へと手を伸ばす。ミミノさんの「魔力中和剤」も服んでいる。大丈夫。大丈夫なはずだ……。

文字が刻まれた表面に触れる。

……けど、なにも起きない。冷たく硬い感触があるだけだった。ぬらりとしているのに乾いているな。

じゃあ、下だろうか?

下唇に指先を触れた——瞬間。

「!?」

がばりと口が開いたのだ。

『キャハハハハハハハハハハハ!』

バックステップで離れる。耳障りな甲高い笑い声が聞こえる。

「構えろ、ゼリィ!」

ダンテスさんが鋭く叫んでゼリィさんが腰を落とす。僕もダンテスさんの横で短刀を引き抜いた。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

笑い声はすぐに止んで、その後は痛いほどの静寂が訪れた。

巨大顔の口はぽっかりと開いて、人ひとりが通れるほどの通路が空いているが、先は暗くて見えない。

「……これだけ、か?」

「そのようですね……魔力的な変化はないようですし」

「ふぃ〜。驚かすんだもんなあ、もう」

ゼリィさんが肩をすくめながら言うけれど、

「ゼリィ、まだ警戒を解くな」

「あいあいさー」

盾を構えたダンテスさんがそろりそろりと顔へと近づいていく。口の中は真っ暗闇だ。

「ノン、明かりを」

「はい」

横からノンさんが魔導ランプをかざす——と、

「!? レオン!?」

ダンテスさんが叫んだ。

口の中——10メートルほど進んだ先は行き止まりで、そこにレオンが座り込んでいたのだ。

レオンは衰弱しきっていたものの外傷はなかった。手持ちの水は昨日で切れて、およそ1日間は水すら飲めなかったようだ。

ミミノさんの【生活魔法】で水を出してそれを飲ませる。ふやかせたパンを貪るように食べると、いきなり立ち上がると走り出した——ああ、わかる、わかるよ……トイレだよね……。

このトイレという問題はかなり切実ではある。天然洞窟ではないダンジョンは、魔力が循環していることと関係しているのかしないのか、有機物が取り込まれていくためにそのあたりでトイレをしても大丈夫という特徴がある。

うん……「六天鉱山」にいたときはラルクも僕も物陰でこっそりやったよなぁ……。

この「畏怖の迷宮」もおそらくそうで、僕らは離れた通路でひっそりとやるようにしているし、たまに左右がポカッと空いているような通路もあるのでそこで済ませる。女性陣は特に大変だ。冒険者は膀胱炎との戦いだ、って以前ダンテスさんが真顔で言ってたのもわかる。

「ふ〜〜、マジで死ぬかと思ったぜ」

すっきりした顔でレオンが戻ってきたが、足取りはふらついている。

顔に囲まれた部屋で、どっかりと座ったレオンへミミノさんが言う。

「この貸しは大きいべな」

「あ? 俺だってお前がパーティーの金を持ち出したこと、忘れてねえぞ」

「ダンテスの石化を見捨てたレオンが言うことじゃない」

「あんときはあんときだ。大体ダンテスのほうが頼ってこなかった——」

「もういい。止めろ、ふたりとも」

ダンテスさんは怒っているふうはまったくなく、ただただ呆れたように言った。

「レオンはそれだけ話せれば十分元気だな。ミミノもすぐに噛みつくな。もう、同じパーティーの仲間じゃないんだぞ」

「…………」

「…………」

ふたりは黙りこくった。

かつてパーティーを組んでいたときのことを思い出したのだろうか?

そう言えば、以前、アッヘンバッハ公爵領の領都冒険者ギルドで、訓練官のヨーゼフさんが言ってたな。ダンテスさんたちとゴブリン退治をしたって。そのときにもレオンはいたのだろうか。

「……これで貸し借りナシのチャラ、縁もゆかりもない赤の他人になりましょうってことかよ。ダンテス」

「そうは言っていない。だが、俺たちの歩む道は違ってしまったんだ。そうだろう?」

「俺は変わってねえ。変わったのはお前だ」

「そうかもしれん。石化がじわじわと身体を蝕んでいるときにはいろいろと人生について考えたものだからな……」

ダンテスさんがしんみりと言う。

僕は——ダンテスさんが言ったことを今でも覚えている。それは【森羅万象】があるから完璧に記憶している、ということではなくて、心に深く印象づけられたという意味で。

——だから俺は、ノンはもちろん、こんな旅に付き合ってくれたミミノにもできる限り尽くしたい。なにかの縁だからライキラやお前にも惜しみなく知識を与えるし、なにかあれば命を懸けても守ってやりたいと思う。……もしそうなっても気にしないで欲しい。それは、俺のワガママなんだ。生きているうちになにか、爪痕を残したいと……そう思っているだけだからな。

聞いたとき、僕はこの人が「死を覚悟しているんだ」と思った。結果として石化から救うことができたけれど、あのときのダンテスさんが日々、どんなことを考えているのか推測はできても聞くことまではできなかった。

ヨーゼフさんと飲みに行った夜も、ヨーゼフさんと飲める最後のお酒だと思っていたのだろうか。

わからない。

でも、ダンテスさんはきっと変わっていないんだと思う。石化に侵される前からずっと責任感があって、誰かを守れる人だった。

「それは——悪かったよ。俺だってお前がどうなってるか、心配したことは一度や二度じゃねえよ」

「そうなのか? お前のことだ。てっきり俺みたいなむさ苦しいオッサンじゃなく、若い女の子をパーティーに入れて喜んでいるのかと思っていた」

「おいおい! そりゃあ言い過ぎだろうよ!? 俺が目指してるのは冒険者としての頂点だけだっての!」

「ふっ、冗談さ。それより——ここに来るまでなにがあったか教えてくれるんだろうな?」

「それは構わないが」

レオンは苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「聞いてもおもしれえ話じゃねえぞ。俺たちはトラップに掛かったんだ……」

それは僕らも知っている情報だったので、ダンテスさんがうなずきながら言いかける。

「ああ。色とりどりの岩——」

「——あとは裏切りだな」

裏切り……?

「ん? ダンテス、なんでお前があのワケわからん岩のトラップを知ってんだ」

「いや、それは——その前に『裏切り』とはなんだ?」

「裏切りは裏切りだ。俺らはトラップに引っかかった。それだけならしようがねえ、マヌケってことになるが、これでも 純金級(ゴールド・ランク) の冒険者だぞ。落とし穴ごときの多少のトラップくらいじゃびくともしねえよ。だけど——メンバーのひとりが、トラップに掛かった仲間たちを助けようとしている俺たちにオートマトンを連れてきたんだ」

「なんだと?」

違う。僕らが知っている話と。

「アイツは最初、ミスって通路の奥にいたオートマトンに見つかった、みたいな顔をしていたが、俺は見ていた。アイツは俺たちがトラップに掛かった後に、わざわざ通路を進んで連れてきたんだ。大体、落とし穴に落ちかけた仲間を引っ張り上げている俺たちを手伝おうともせず奥へ行くって時点でどうかしてるだろ? その後の戦闘で数人が落とし穴に落ち、俺もそのクチだ。残りの仲間と雇い主たちがどうなってるかはわからん」

確かに——レオンの言うことも一理ある。

性格はともかく、純金級という冒険者の中でもトップクラスの彼らが、足元に穴が空いたくらいで半壊するようなことがあるのかと。トラップの確認だって慎重に行うはずだ。

レオンは言った。

「おかしいと思ってたんだ。パーティーに誘った当初はまったく俺たちなんて眼中になかったくせに、俺たちがレフ魔導帝国行きを決めた瞬間、『仲間に入れてくれ』と来たもんだ。だから エルフ(・・・) ってヤツは信用ならねえ」

「……おい、レオン。裏切ったのはもしかして……」

ダンテスさんが、聞いた。

「ポリーナ、なのか?」

レオンは驚いたように眉を上げ、こう言った——なんで知ってるんだ、と。