軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22

ムゲさんの商会に届いた2通の書状を前に、僕らは額を突き合わせていた。

1通は、召喚状である。「ロロロ商会」と「ムゲ商会」(ムゲさんの商会名はそのものずばりなのだ)との間で、帝国金貨1,000枚の商談について証言の食い違いが生じており、その内容を質すということだった。

実質的な訴訟である。盗っ人猛々しくもロロロ商会が訴え出たのだ。彼らは示談に応じることもやぶさかではないという内容まで付記されていた。

そしてもう1通は、アナスタシア殿下から送られてきた封書である。閲覧妨害の魔術と、封を解いたことがわかる魔術の両方が掛けられた厳重なもので、僕らが受け取ったときには中を見られた形跡はなかった。

『皇帝陛下にバッグをお渡ししました。陛下は再調査を約束してくださいましたが、問題は、仮に潔白であることがわかったとしてもルルシャは元のポジションには戻れないだろうということです。多くの仲間を失い、攻略が失敗したので。ですが、あなたの働きには大いに感謝しています。今の私に自由になる資産はありませんが、あなたに報いるために私の髪を一房お送りします。魔術触媒として使用すること、あるいは売ることを許可します』

これは……厳重に隠さなければいけない内容であることは確かだった。「ハイエルフ王族の髪!?」ってミミノさんが素っ頓狂な声を上げて数分は固まって動かなかったからね。

エルフたちを率いるハイエルフは特殊な魔力を持っており、これは他に替えが効かないらしい。特にエルフの古い魔道具などを動かすときにハイエルフの髪は有用であるという。

また、いろいろなものを蒐集する好事家というものも存在し、彼らに売ればどれほどの値がつくのかわからないのだそうだ。そもそも相場が存在しない世界だし。

でも……僕はそのどちらも使う気になれなかった。

この世界は、現代日本に比べればはるかに装飾品や化粧品が劣っている。裏を返すと素材の良さというか、自らの肉体を誇っているようなところがある。それはそれでいい。だけど問題は——女の人にとってやっぱり「髪」というのはとてつもなく重要なものなんだ。アナスタシア殿下の、あの完璧に整った髪を切ってしまったということが僕の心に鉛のように沈んでいった。

こんなものを、望んでいたわけではないのに。

僕はただルルシャさんに会って、ヒンガ老人の話をしたかっただけなのに。

(それに……この痕跡)

もうひとつ気になっていた。アナスタシア殿下はこの紙に書かれた内容の一番最後に、ペンを置いたけれど離したような——なにか書こうとして止めたような跡があったのだ。

アナスタシア殿下はふだんから筆談をしているので、とても字が上手だ。そこまでの内容も何の淀みもなくすらすらと書かれてあったのに、最後の最後で書き損じ? と思ったのだ。

「——それで、ムゲさんはどうする?」

ダンテスさんが切り出した。

僕らは相変わらず商会の倉庫に集まっていて、ピッチャーから冷水を注いで回って飲んでいる。暑い。日陰だと結構マシなんだけど、それでも少し動くと汗が噴き出る。

「そりゃあもう戦いますよ!『畏怖の迷宮』から持ち帰った部品を売っ払って訴訟弁護人を雇うお金も手に入りましたからね!」

シュシュッ、とムゲさんはシャドウボクシングをやるみたいにパンチを繰り出している。やる気満々だなぁ。

ムゲさんが言ったとおり「畏怖の迷宮」から持ち帰ったもののうち、猫チャンのバージョンアップに使った部品以外は売却済みとなっている。

手に入ったのは帝国金貨8枚と少々。僕らはそのうち4枚をもらった——ムゲさんは猫チャンに使ったぶんは自分で負担すると言ったんだけど、ダンテスさんがこう言ったんだ。

——猫チャンだってパーティーメンバーだろう?

だから、彼(彼女?)にも取り分はある、という意味だ。

それを聞いたムゲさんはちょっと目を潤ませてたよね。ダンテスさん、こういうときはカッコいいなぁ……お酒さえ飲まなければ……。

ともあれ、ムゲさんの手元には200万円くらいは入ったので、1回の訴訟を戦うくらいのお金にはなるのだそうだ。まあ、訴訟に勝ったら金貨1,000枚だし、そりゃやる気になるよねえ。

「ダンテスさんたちはどうしますんで?」

「ウチは——どうする、レイジ」

「…………」

僕はアナスタシア殿下からの手紙をじっと見つめていた。

書き損じ。いや、 書こうとして(・・・・・・) 、書かなかった(・・・・・・) ことがあるのか……?

(アナスタシア殿下はルルシャさんのために動いてくれたから、味方だと考えていいはずだ。でも、殿下は僕らに対して負い目を感じているふうだった……)

王族なんだからもっと横柄でいいはずなのに、あの人は思いやりをちゃんと持てるのだ。

「ムゲさん。アナスタシア殿下に会うことって——」

「いやあ、できませんよ! できないできない! 私らだって遠目で拝見することだってほとんど無理なんですからねえ。迷宮管理局に顔を出すのとはわけが違いますよ」

「…………」

殿下が封書を寄越してくれたのは直接会えないから、か。執事を怒らせて無理をした感じあったもんな。

(それじゃあ、なにを書こうとしたんだろう……。ルルシャさんの悪い未来? いや、もうそれは書かれてあるもんな。僕らに負担があるような頼み事? 僕らにできることなんて——)

ハッ、とする。

「そうか……迷宮か」

「レイジくん? どうしたべな?」

ミミノさんが僕の顔をのぞきこんでくるけど、僕は言うべきか言わないべきか、迷った。

(いや——ここで迷うなよ、僕。決めたじゃないか。僕は「銀の天秤」のパーティーメンバー。みんなに相談し、 ちゃんと頼る(・・・・・・) って)

意を決して、口を開く。

「……アナスタシア殿下は、僕らに『畏怖の迷宮』の 完全攻略(・・・・) を望んでいるんじゃありませんか?」

ダンテスさんが片眉を上げ、ミミノさんもビックリしたように目を見開く。

「どうしてそう思うのですか?」

ノンさんに聞かれ、

「……ルルシャさんの攻略失敗は確かに大きく、この国で生きていくにはかなり大変なことになると思います。これを帳消しにするには、迷宮攻略を成功させるしかないです。でも、彼女に攻略チームが与えられることは、もはやないでしょう。だから……」

「……代わりに私たちが攻略し、それがルルシャさんの おかげ(・・・) だったと証言する……ということですか?」

「はい……かなり無理筋の提案なので、アナスタシア殿下は書けなかったんだと思います」

僕が言うとみんな考え込むように黙り込んだ。

珍しいことに最初に口を開いたのは、

「坊ちゃん。そこまでやる必要があるんですかね?」

ゼリィさんだった。

「もう、十分じゃないですか。ていうか反逆罪とかいうのがあーしにはワケわかんねーっすけど、それはともかく命を救ったんでしょ? これ以上をルルシャさんも望んでないでしょ。坊ちゃんが会って話をするのならそれで十分じゃないですか」

「それは……」

その通りだと思った。

でも、そんなふうに考えられるのはゼリィさんが各国を渡り歩けるからなんだよね……。

ルルシャさんはこの国で生まれ、育った。そんな人が、これから先ずっと多くの人たちから「アイツは仲間を多く殺した」と思われながら過ごす。それは——とんでもなく苦しい人生だ。

日本で生まれ育った僕にはわかる。「海外に行けばいいじゃん?」と言われても、そう簡単なことじゃない——いや、実際にはやってみたら意外とできたりするのだけど、この国で生きていこうと願い、この国のためを思って働いてきたルルシャさんにそれを言うのは酷なことだと思うのだ。

ただでさえルルシャさんは、レフ人と自分の 違い(・・) に悩んできたのだろうし。

「おいおい、レイジもゼリィもそんなに深刻に考えるなよ。というかゼリィもそういうことが言えるんだな?」

重い沈黙を破るように、ダンテスさんがパンパンと手を叩いた。

「ちょっとちょっとダンテスの旦那、あーしはこれでも傭兵団時代は『謀略猫』と呼ばれてましてね……」

「それはともかく」

ダンテスさんがゼリィさんの発言をぶった切る。

「物事はシンプルだ。いいか、俺たちの前には未踏破の迷宮があり、しかも俺たちには入る権利がある。挑戦したいかどうか、それだけだろ? 俺たちは冒険者なんだ。その後のことは知ったことかよ」

それを聞いて——僕は目の前の霧が晴れていくように感じられた。

僕たちは冒険者。

そうだった。そんな単純なことも忘れていた。

「ダンテスさん、僕は——」

「わかった、わかった。レイジはちょっと待て。ミミノはどうだ?」

「ん〜。わたしはダンジョンの魔術がちょっと気になるから調べてみたいべな」

くるくると、立てた人差し指を回しながらミミノさんが言う。

「ノンは?」

「私はもちろん行きたいです。だって、いつ教会に引っ張り戻されるかわかりませんもの。冒険はできるときにしておかなきゃ」

胸の前でパンと手を合わせて微笑んだ。

「ゼリィさんは?」

「……降参っすよ。そんなこと言われちゃぁ、挑戦しない理由なんてどこにもないでしょうに」

肩をすくめて見せるゼリィさんは、「してやられた」って顔をしながらもイヤそうではなかった。

最後にダンテスさんは、

「決まりだな? ……まあ俺も、『黄金旅団』の連中が気になっていないと言ったらウソになるんだよな」

レオンたち「黄金旅団」はいまだ迷宮内だ。食料は十分あるとポリーナさんは言っていて、彼女は救助隊を出せないか迷宮管理局に掛け合うと言っていて、ここにはいない。

ポリーナさんは血を流しすぎたこともあって数日は動けないから、ムゲさんについていてもらうのがいいかもしれない。彼女の宿泊場所の問題もあるし、腕の立つ人がいるだけでもムゲさんは安心できるだろう。

「くぅっ、猫チャンはレイジさんに託します……!」

ムゲさんは猫チャンを動かすのに必要な起動キー——カギではなくて魔石のはめ込まれたプレート——を僕に渡した。

「ありがとうございます、皆さん……! ムゲさん、猫チャンの荷台いっぱいに戦利品詰め込んで戻ってきますから!」

「期待してますよ! 自分が行かずに戦利品が手に入るなんてボロ儲けですわ!」

ニカッとムゲさんは笑ってみせた。

「よし、そんじゃ準備して出発すっか」

「だべな〜」

「そうですね」

「りょーかいっす」

ダンテスさんの言葉に、僕はうなずいた。

「はい!」

こうして僕ら「銀の天秤」の、3回目の「畏怖の迷宮」挑戦が始まった。