軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17

* ルルシャ *

細く硬い寝台に、トイレが1つ。それだけがルルシャのいる独房のすべてだった。「国家反逆罪」などというまったく身に覚えのない罪状。取り調べでは洗いざらいすべてを話したのだが——ここにこうして閉じ込められ、外部との唯一の出入り口である鉄扉は閉ざされたままだった。

「いったいなんだというのだ……」

最初の1日こそ悔しさや不安で眠れなかったものの、2日目は迷宮攻略の疲れが一気に出て1日中眠っていた。そして3日目の今は、自分の置かれた状況を冷静に考える余裕が出てきた。

自分の活躍を望まぬ人々がいることはわかっていた。だけれど、自分が努力するのは自分のためではなく他でもないこの帝国のためだ。迷宮攻略で結果を出せば理解してもらえると——信じていた。

「……それがこのザマか」

部下たちと話をしたいと申し出たがそれも断られた。聞けば、部下とルルシャはすでに結託しているために証言の信憑性が低い、などと言われた。取り調べを行った官吏はルルシャが「連絡員など送っていない。戦力を我が物にしようとした反逆者」と信じ込んでいた。なので「連絡を送ったという証拠を出せ」と言って譲らなかった。

定期連絡、援助を求める連絡員を送ったのだがその7人すべてが行方不明という。中には、ルルシャを——女で、ヒト種族とのハーフである彼女を嫌う者もいたが、全員が全員、連絡が取れないというのはおかしい。

「何者かが連れ去ったか……? 迷宮内で行方不明になったというのは考えにくい。道はさほど複雑ではなかったし、私が撤退するときにはなにもなかった」

ため息が出る。自分をここに閉じ込めておくよりも先にやらなければいけないことがあるだろうに。連絡員の、7人の命が掛かっているのに。

「……あるいは7人全員が買収され、私が死んだ後に出てくる、か?」

自嘲めいた笑いがこぼれる。あり得る、と思ってしまった。こんなところに閉じ込められた今となっては。

怒り、悔しさ、悲しみ、徒労感、絶望、不安……様々な感情がないまぜになり、ルルシャは寝台に突っ伏して顔を覆った。感情に流されて涙が出てきたが、声を上げるのは歯を食いしばってこらえた。外には看守がいる。自分の反応を誰かに報告していないとも限らない。自分を陥れて、にんまりしているようなヤツらの喜ぶことをしたくはない。

せめてもの矜持だった。

「それにしても……礼のひとつもきちんとできなかったな」

30分も耐えていると心が落ち着いてきた。

そうすると今度は、自分を助けてくれた人たちのことを思い出した。

窮地を助けにきてくれた冒険者たち。少年が自分になにか話があると言っていたが——この調子では聞くこともできなさそうだ。

「あのオートマトンが仕掛けてきた感情攻撃をどうやって切り抜けたのだろうな。実に興味深い。純粋なヒト種族には効かないのか? いや、それなら商会の雇った冒険者だって効かないはずだろうに……いや……」

ルルシャはぶつぶつと考え始めた。陰謀をあれこれ考えるよりも迷宮を考察しているほうがずっと性に合っている——。

ガチャリ、鉄扉のカギが開く音で我に返った。

薄く開けられた扉の向こう、看守のレフ人が顔を出してぶっきらぼうに言った。

「出ろ。面会者だ」

面会者……? この 大罪(・・) を犯した自分に?

一瞬、あの少年かと思ったけれど、異邦人が会えるわけもないだろう。

とはいえ独房に長々滞在していたい気分ではまったくないのでルルシャはそこを出た。腕に手錠を掛けられると、潔白なのに自分が悪いことをしたような気持ちになってくるのに辟易した。

面会室はこれもまた殺風景な一部屋だったが、独房の3倍くらいは大きかった。そこに座っている人物を見てルルシャはハッとして跪く。

「アナスタシア殿下! なぜこちらに!?」

レモン色のドレスはこの国ではなかなか見かけることのない布地で仕立てられており、彼女が特別な人物であることを示している。

だが、なによりも目立つのは——滑らかで白い肌だ。その肌によく合うプラチナブロンドの髪はさらりとしており、ダイヤモンドをちりばめた金の髪留めが後ろに留められてある。

髪からひょっこり出ている長い耳は、彼女がエルフ種族であることを示している——しかもエルフの頂点に立つハイエルフだ。

切れ長の瞳はサファイアブルーの輝きで、瞳そのものがひとつの宝石のようでもある。

健康的なピンクの唇はにこりとしていたが、そこから言葉が出てくることはなかった。

彼女の喉には、呪印の書かれた包帯が巻かれてあり、そこだけが異様なまでの存在感を放っている。

『立ってください』

その場に跪こうとしたルルシャに、アナスタシアはメモ紙を見せた——彼女は言葉を発することができないのだ。

「しかし……」

『いいのです。こちらに座ってください』

速筆ながら流麗な筆記を見せると、これ以上書かせることも不敬だと感じたルルシャはアナスタシアの対面に座った。

アナスタシアは看守を手招きすると、その手に小さな金貨を握らせた。看守が口元をほころばせながら部屋を出て行くと、部屋にはアナスタシアとルルシャのふたりきりになった。

「……いいのでしょうか?」

出て行った看守を気にしてルルシャが言うと、アナスタシアはにこりとして首を左右に振った。いい、ということだろう。

どのみちこの手錠には逃亡防止の魔術が仕込まれている。無理矢理解錠しようとしたり、この建物から出ようとしたりした瞬間、爆発するような代物だ。

『あなたが反逆罪だなんて信じられません』

「もちろん潔白です!」

ルルシャはそこまで問われていないのに、アナスタシアに取り調べで話した内容をもう一度伝える。話し続けていて気がつく。自分はこんなにも誰かに信じてもらいたかったのだと。

『私からもあなたの無実を皇帝陛下に伝えます』

「……ありがとうございます」

込み上げてくる感情をこらえる。今日は心が大きく揺れて情緒不安定になっている自分を自覚していた。

アナスタシアの言葉がうれしかった。たとえ——彼女が、地位のある人間でありながらこの国ではほとんど発言権がないのだとしても。

ハイエルフの王族である彼女は、エルフ種族にとっては当然重要人物である。だが彼女は幼いころ、エルフの森を訪れた筋の悪い魔導師によって呪いを掛けられ、声を失った。今も呪いは生きており、呪印によってそれを封じ込めている。

ハイエルフに「声」はとても重要なものだ。

森の奥での祭祀に肉声は必要不可欠であり、多くのエルフが従うのもその祭祀が——森の恵みを確かなものとする祭祀があるからこそだ。

アナスタシアはハイエルフ種族ながら、ハイエルフとしていちばん重要な器官を失ってしまった。

他のエルフの目もある。ハイエルフとして働けない者には、王族として優雅な暮らしをさせられないと判断された。かといってハイエルフがエルフに混じって暮らすことも体裁が悪い。

エルフの森の王は、アナスタシアを 輸出(・・) することにした。

「美の至宝」とも言われる種族、ハイエルフだ。エルフの森で生きていけなくとも、どこぞの国に差し出す価値があると判断されたのだ。

そうしてアナスタシアはレフ魔導帝国に贈られ——引き替えに魔導飛行船1艇がエルフの森に贈られた——。

これがルルシャの聞いたすべてだった。

彼女がこの国に来て1年。今、14歳となる彼女はこれからますます美しく育っていくだろう。

——ハイエルフとしては役に立てませんでしたが、魔導飛行船ならばエルフたちを豊かにしてくれることと思います。

初めて会ったとき、アナスタシアはそう書いてから寂しそうに笑った。

アナスタシアは丁重に迎え入れられ、国の行事があるときには皇帝の近くにいるように言われた。ヒト種族と同じ程度の寿命であるレフ人に比べ、ハイエルフは長命だ。そのため今の皇帝は彼女を妻にするのではなく、ハイエルフの皇女のまま、まるで「装飾品」のように扱っていた。

そんなアナスタシアと、帝国内では「腫れ物」のように扱われているルルシャとはどこか気があった。

「私は死刑になっても、殿下が幸せを見つけられるようお祈りしております」

『悲しいことを言わないでください』

『他には誰かここに?』

「この状況を覆すことは難しいようです。私の味方は少ないですから……。渉外局のアバ副局長も一度ここに来ましたが、彼は私の父をライバル視していたので、私がなにをしたのかを根掘り葉掘り聞いて去っていきました。今ごろ喜んでいることでしょう」

『私にできることはなにかありませんか?』

「お気持ちだけでもうれしいです。……そうだ。もしものことがあったら、『畏怖の迷宮』で私のチームを救ってくれた『銀の天秤』という冒険者たちに礼を伝えてはくださいませんか?」

冒険者? というふうにアナスタシアは首をかしげる。

それだけで多くの男が胸を撃ち抜かれるだろうという可愛らしさだった。

「私になにか伝えたい話があったようですが、今はこのような身分です……。殿下にお頼みするようなことではないのですが」

『遠慮しないで』

ふたりの会話はこの後も続いた。

それは、ルルシャにとって心休まる時間だった。