軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

あらぬ誤解

ラーちゃんの放ったとんでもない言葉により、俺は口に含んでいた水を霧状に噴き出した。

俺の目の前にはにっこりと笑うラーちゃん。

俺が咳込んでいる間、シェルカとエリックはポカンと口を開けて固まっている。

俺だって同じ気持ちだ。俺がいつラーちゃんとキスなんてしたのか。

肉体年齢では大して年が離れていなくても、精神年齢では大きく離れている俺とラーちゃん。

肉体年齢うんぬんだとしても、七才の少年と四才の少女がキスというのは不味いと思う。

しかも相手は公爵家の令嬢。洒落になっていない。

本当にいつキスなんてしたのだろうか。

俺には心当たりなどないのだが。

俺が冷や汗をかきながら必死に記憶をたどっている間に、シェルカが動き出した。

「……ねえ、それは本当なの? ラーナ?」

冗談なんでしょう? という表情でラーちゃんに尋ねるシェルカ。

「本当だよ!」

それにたいしてラーちゃんは花が開くような屈託のない笑顔で答える。

「いや、それは――」

「き、貴様! このような幼気な少女相手にそのような事を!?」

俺が慌てて否定しようとしたところで、エリックが俺に指を向けて非難する声で喚き出す。

その大きな声量により、俺の弁護の機会が一つ減る。

くそ、こういうのは後になればなるほど厄介になっていくので、早めに意見を主張しなければならないというのに!

「あなたそれ本当なの!? 本当ならただじゃおかないんだけれど!」

エリックの言葉に感化されたのか、眦を吊り上げてこちらに食ってかかるシェルカ。

ほら、ややこしい事になってしまった。

俺はシェルカに胸元を掴まれながらも必死に答える。

「してないしてない! そんなのしてないって!」

「でも、ラーナがしたって言っていたじゃないの!?」

「落ち着け四才児の言葉だぞ? 何か勘違いがあるはずだ」

俺が諭すように、ゆっくりと語りかける。

その言葉を聞いて一瞬手の力を緩めるシェルカだが、わなわなと体を震えさせるとこんな事を言ってきた。

「つまり、あんたはそれを言い訳にして逃れようとしているのね!?」

「何でそうなるの!?」

「何という性根なんだ! 貴様それでも男なのか!? 見損なったぞ!」

「もう、お前は黙ってろ! ややこしくなるだけだ! ラーちゃん? 俺達はキスなんてしていないよね?」

俺は余裕たっぷりの表情でラーちゃんに尋ねる。

わかっているよ。つい見栄を張りたくなっちゃったんだよね?

それによりシェルカ、エリックの視線もつられてラーちゃんへと集まる。

それに対してラーちゃんは新たなる爆弾を投下。

「アルからしてきたよ?」

何を当たり前の事を聞いているんだろうという風に、小首を傾げるラーちゃん。

「アルフリート貴様あああああああっ!」

エリックがまたもややこしい事を言いそうだったので、慌てて否定しようとしたがシェルカが俺の胸元を激しく揺らすので舌を噛んでしまった。

「あ、あああ、あなた! 自分からしたって!? 本当なの!? ねえ!? 答えなさいよ!」

ヒステリックの叫び出すシェルカだが、舌を噛んでしまって悶絶している俺には答えることができない。

「何とか答えなさいよおおおおおお!」

「ま、待て。そんなに揺らしたら……話せない!」

俺の言葉にはっとしたのか、シェルカがゆっくりと手を離す。

「……早く話しなさい」

もはや俺を見る目が咎人のそれだ。

俺は引っ張られた服を正しながら言う。

「まず、俺はラーちゃんとキスなんかしていない。今からその誤解を解くために質問をするよ」

俺はラーちゃんの元に近付いて、視線を合わせるために腰を沈める。

ラーちゃんは事の重大さが分かっていないようで、楽しそうに微笑んでいる。

「ラーちゃん? 俺達がキスしたというのは最初に出会った日かな?」

「うんそうだよ! 楽しかったー!」

ツインテールの髪を揺らして、元気一杯に答えるラーちゃん。

「うんうん。楽しかったね。具体的にキスをしたのはいつの時かな?」

俺が微笑みながら問うと、ラーちゃんは悲しげな気持ちを乗せて、上目遣いでこちらを真っすぐに見つめてきた。

「ええ? アル忘れちゃったの? アルが欲しそうにするからあげたのに……」

その瞬間に後方から聞こえる、テーブルからナイフやフォークを手に取る金属音。

俺の首筋辺りにビンビンと殺気が感じられる。

……もう、ここから逃げ出してもいいだろうか。

ほら、アルフリート。転移魔法があるじゃないか。そうすれば、また屋敷でのんびりとできるじゃないか。

俺の脳裏をそんな事がよぎる。

いかんいかん。ここで逃げ出すと後で何をされるかわかったものじゃない。

しっかりと誤解を解いてから帰るんだ。

思い出せ俺。このままでは俺からキスを強請ったという罪の烙印が押されてしまう。

あの日に俺がラーちゃんから欲しがったものなどあっただろうか。

南のメインストリートで出会って、クッキーを食べたら、喉が渇いて……。

…………あ、まさかあれの事であろうか?

「もしかしてラーちゃん野菜ジュースの事かな?」

「うん! そうだよ!」

これにはシェルカとエリックも話に付いていけないようで、ナイフやフォークを手に固まっている。

「……ちょっとどういう事?」

「説明するから、とりあえずその刃物をテーブルに戻そうか」

「あら、私ってばうっかり」

苦笑いをしながらテーブルへとナイフとフォークを戻す。

それを見てエリックも同じように戻した。

全くお茶目さんめ。何ていう風に流せたら俺の心もどれだけ楽か。

とにかく、冷静に話を聞く気になったシェルカとエリックに王都でラーちゃんと出会った時の事を詳しく話す。

「何だ……間接キスの事だったのね……」

安心したように胸を抑えて、息をつくシェルカ。

「何だ……それならそうと早く言えよ」

「お前が余計な事を言うから話がこじれたんだよ!」

「間接キスはキスじゃないの?」

「唇同士でするものだから。間接キスとは全然違うのよ。間接キスはもっと軽いものだから。だからといってこれも気軽にするような事じゃないのよ?」

「エリック。ここはシェルカに任せて俺達は離れよう」

「そうだな。これ以上ここにいると凄い質問をされるかもしれん……ところでマヨネーズは本当に無いのか?」

幼い少女故の勘違い。

それによって起こった事件は、シェルカが必死にラーちゃんの質問に答える続ける事で幕を閉じた。

× × ×

リーングランデ公爵家の屋敷の一室。

室内は高級な調度品の数々が置かれており、小さなシャンデリアの炎が室内を怪しく灯す。

本当は魔導具を使った方が、便利なのだがこれは持ち主の趣向からだ。

そんな部屋の中央にある豪奢な椅子へと腰掛ける少女。

彼女は艶やかな赤い髪の毛を払い、湯気が漂う紅茶に口をつけながら報告を聞く。

『――以上の事が書類にて纏められております。詳しくはそちらをご覧になって下さい。やはりお嬢様が見込んでいた通りの者かと』

その声の者は全身が黒の装束に包まれてはいるが、しなやかで丸みを帯びているので声を聞かなくとも女性と一目でわかる。

彼女は主たる者に膝を地面につき淡々と言葉を紡いでいた。

『なお、最近ではラザレス商会がやけに活発に動いているようです。恐らく、また新しい何かが出来上がるかと。現在は調査中です』

「……そう、ご苦労様。また何かわかったらすぐに教えて頂戴ね」

彼女は紅茶のカップを置いてそう答える。

カチャリと音を立てることなどはせずに丁寧に。

黒装束の女性はそれに短く返事をすると、滑らかな動作で天井裏へと上がり消えていった。

天井からはもちろん物音がすることはせず、どこに消えたのかは分からない。

それくらい当たり前の様子で彼女は書類を手に取る。

もし、彼女ですら知覚できるような者ならば即座に切り捨てている。

そうでなくては影など到底務まらない。

「……フフフ、明日のパーティーには顔を出そうかしら。面白い人に会えそう」

彼女のその微笑みをシャンデリアによる炎が妖しく照らしていた。