軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ネバネバ打法

「そろそろコリアット村にいこうかな」

うつ伏せの状態で読んでいた本をパタリと閉じる。

王都から戻ってきてそれなりにゆっくりとした時間も過ごせたことで、ちょっとくらい外に出てもいいかなって思えるようになってきた。

このタイミングを逃すべきではない。

「久しぶりにトールとアスモに会いに行こう」

俺は読んでいた本をサイキックで本棚に戻すと、防寒着に着替えて玄関に向かう。

廊下の窓から見えた景色では、薄っすらとだけ雪が降っていたので雪靴を履いてしっかりと紐を結び、扉を開けて外に出た。

「うん、そこまで寒くはないね」

空気はヒンヤリとしているが肌を刺すような冷たさではない。

マフラーなどの防寒着をしっかりと身に纏っていれば、問題ない程度だ。

空を見上げると灰色の雲が漂っており、しんしんと雪が降っている。

昨日、今日と雪が降り続いているせいか玄関の周りにも雪は厚く積もっているようだ。

久方ぶりとなる外への一歩を踏み出そうとすると、不意にヒュンッと音が鳴った。

音が鳴った方向にシールドを展開すると、雪玉が衝突した。

「マジか。このタイミングで防がれるのかよ……」

雪玉が飛んできた方向に視線をやると、バルトロが唖然とした表情を浮かべていた。

その後ろにはミーナとサーラもおり、三人で除雪作業をしていたようだ。

ふふふ、上手く不意をつけたと思ったのだろうが甘いな。

「つい最近、玄関で奇襲を受けたから用心するようにしているんだ」

「公爵家の屋敷でどんな風に過ごしていたらそうなるんだよ」

心外だ。まるで俺が悪いことをしてきたかのような物言いだ。

シューゲルに頼まれて、息子のギデオンに詠唱破棄を伝授しただけなのに……。

「さて、雪玉を投げつけられたからにはお返しをしてあげないとね?」

「おらぁ!」

氷魔法で即座に雪玉を生成して射出すると、バルトロは傍に突き刺していたスコップを拾い上げ、バッターのようにフルスイングをした。

「おお、あの速さに合わせるなんてすごいね」

「もっと速くてもいいんだぜ?」

バルトロがスコップを構え直しながら挑発するように言ってくる。

まるでバッターがピッチャーを挑発しているかのようだ。

「いいね。だったらルールを決めて勝負しよう!」

「ルール?」

俺は無属性魔法のシールドをバルトロの身体の横に展開した。

「うお? なんだ?」

「投手である俺はシールドの範囲にだけに雪玉を投げる。打者であるバルトロはその横に立って雪玉を打ち返すんだ」

ホームベース上の打者がバッティングをする姿勢で立った時にユニフォームのズボンの上部と肩の上部の位置の真ん中の高さから、膝頭の下部までの空間が、野球における厳密なストライクゾーンとなる。

それに則った形でストライクゾーンをシールドでわかりやすく可視化してみた。

イメージとしては野球の一打席勝負みたいな感じだ。

「なるほど。投球ターゲットの対人勝負版みてえなものか! いいぜ! やってやろうじゃねえか!」

以前、収穫祭の催しで投球ターゲットをやったために、バルトロもすんなりと理解できたようだ。キックターゲットと投球ターゲットは村の男性陣からかなり人気だったみたいだからね。

「スコップだと面が広くて簡単だから、そっちの細長いバットを使ってね」

「ぬおお!? 結構、細いなこれ!?」

さすがにスコップを使用されると、明らかに投手側であるこちらが不利なので土魔法でバットを作り出した。バルトロにはスコップの代わりに、そちらを使ってもらう。

「お? 振ってみると意外と悪くねえな」

バルトロが両腕でバットを握ってブンブンを振るう。

かなりいい音が鳴っている。

前世にあった野球道具を再現しているだけあって、握り心地や振り抜きはかなりいいと思う。

「それで具体的な勝負内容は?」

「投手は一度でも前に打たれたら負けで、打者は三回空振りをしたら負けっていうのでどう?」

「投手がシールドの範囲外に雪玉を投げた時はどうなるんだ?」

「シールドの範囲外に雪玉がいけば投手に一の失点だね。四点のマイナスで投手の負けになる。ただし、外れていても打者が振れば空振り一カウントになるよ」

「なるほど! そこが読み合いになるってわけか! いいぜ、やってやろうじゃねえか!」

バルトロは早くもこの勝負の肝に気付いたらしい。

不敵な笑みを浮かべてやる気満々だ。

「……男性ってこういう遊び好きですよね」

「アルフリート様も即席なのによくこんなルールを思いつけるものだと思います」

俺とバルトロがやる気に満ちている一方で、ミーナとメイドはやや苦笑いの表情を浮かべていた。

男はいくつになっても少年の心を忘れないんだ。

「よし、これくらいの位置かな」

野球におけるバッターとピッチャーの距離は十八メートル四十四センチ。それに則った位置に俺は立った。

「遠くねえか? そんな距離から届くのかよ?」

「大丈夫だよ。でも、安定して投げるために少しだけ傾斜をつけさせてもらうね」

野球におけるマウンドは本塁に向かって少し傾斜している。

これは投手が本来の能力を発揮するためのものだ。

マウンドが平らだと肘、肩などに大きく負担がかかってしまう上に球速が出にくい。その上、コントロールが不安定になってしまうので円滑に試合ができなくなってしまうのだ。

しかし、あまりにもやり過ぎると投手が有利になってしまうので公平性を保つためにこれだけの距離が設定されているといえるだろう。

「試しに一球だけ投げていい?」

「ああ、いいぜ」

投球ターゲットで何度も遊んでいたけど、こうやって傾斜のついたマウンドから打席の方に投げるのはかなり久しぶりだった。

さっきは思わず届くと言っちゃったけど、今の七歳児の身体で届かせることができるだろうか? 少しだけ不安になった俺はマウンドに立つと、大きく振りかぶって野球ボールと同じ大きさの雪玉を投げてみた。

俺の投げた雪玉は真っ直ぐに突き進み、十八メートルほど先にあるホームベースならぬホームシールドの真ん中へと当たった。

よし、問題なく届いている。それにちゃんとスタライクゾーンに入っているな。

「……へえ、いい球投げるじゃねえか」

「まあね」

バッターボックスから眺めていたバルトロが感嘆の声を漏らした。

強がるような台詞を吐いたけど、思っていた以上の球速に俺自身が驚いていた。

所詮は七歳児の身体なのでそこまで球速は出ないと思っていたが、初心者の高校生が投げたくらいの球速は出ていた気がする。多分、球速八十キロくらいかな?

通常、俺の年齢であれば、滅多にこんな球速は出ないんだけど、曲がりなりにも剣の稽古をしているからか身体の連動が上手くなっているんだろう。明らかに前世で投げた時よりもしっかりとエネルギーを使えている感覚がある。

もし、今の身体のまま前世に戻ったらリトルリーグを無双できるかもしれない。

「もういいのか?」

「うん、バッチリだね」

本当はあと五球くらい投げ込みたいけど、バッターとなるバルトロを相手に球を見せすぎるのは良くない気がするからね。

「それじゃあ、いくよ?」

「おう! いつでもこい!」

準備が整ったことを告げると、バルトロがバッターボックスへと立った。

身体は半身になっており、両手でバットを握っている。

野球経験がない故に洗練されている構えとは言えないが、どのように立てばバットが振りやすいかは何となく理解しているのだろう。油断できない。

ミーナとサーラが固唾を呑んで見守る中、俺は大きく振りかぶって雪玉を真っ直ぐに放り投げた。

――ブンッ!

バルトロの高速で振り抜いたバットが空気を切り裂いた。

しかし、俺の放り投げた雪玉には当たっていない。

ホームシールドには着弾した雪玉の跡がしっかりと残っていた。

「よし、ストラーー」

「うおおおおおおお! 坊主の作ってくれたこのバットってやつすげえな! 振り抜きが最高だ!」

カウントを宣言しようとすると、急にバルトロが興奮の声を上げた。

どうやら俺が土魔法で作ったバットの振り抜きが想像以上に心地良かったらしく感動しているようだ。

「坊主、このバットくれ! これがあれば、わざわざ斧を持ち歩かなくとも楽に魔物を倒せる!」

「え、ええ? まあ、別にいいけど……」

「よっしゃあ!」

所詮は土魔法で作り出したものだ。その程度のものならいくらでも作り出せる。

遊び道具として作ったものを武器に転用されるのは少し複雑だけど。

「それはそれとして空振りだからストライクだよ」

「ストライク? ああ、空振りのことか……わかってるぜ。バットの振り抜きが良すぎたせいで、さっきはタイミングを外しちまった。だけど、次は当てるぜ」

バットの感覚を確かめるようにスイングすると、バルトロは不敵な笑みを浮かべてバッターボックスに立った。

確かにさっきのバルトロはバットの性能の良さに振り回されていた。しかし、さっきのフルスイングと、今の試し振りによってバルトロはバットの性能を大まかに理解したはずだ。

次はさっきのような無様を晒してくることはないだろう。

二球目は真ん中には放り投げず、少し低めに外側に放り投げよう。

そう判断し、俺は二球目の雪玉を投げた。

「ぬお!」

すると、バルトロが若干体勢を崩しつつもバットを振るった。

キインと甲高い音が響いたが雪玉は前には飛ばず、バルトロの斜め後ろへと飛んでいく。

「おい、坊主! 斜め後ろに飛んじまったけど、これはどうなるんだ?」

「前に飛んでいないからファールだね。カウントとしてはストライクになるけど、ファールの場合は何度ファールしてもアウトにはならないかな」

「これもストライク扱いなのかよ!? でも、何度ファールしてもいいっていうんならそれはそれで安心だな。前に打てねえと判断すりゃ、適当に流せばいいってことだ!」

それはあくまで理論上の話だ。そんな風に上手くできるはずがない。

俺は三球目を構えて、内側いっぱいへと雪玉を放り投げた。

すると、またしても甲高い音と共に雪玉が後ろへと飛んでいく。

素早く四球目を構えて、今度は内側の高めへと投げると、バルトロは少しバットを遅らせるようにして振って後ろに横に流した。

「うーわ! バルトロ! 本当にネバネバ打法やってる!」

「ネバネバ打法? なんか嫌な表現だな!?」

ネバネバ打法とは、ストライクゾーンにくる球を毎回掠らせて、空振りもせずに延々とファールにして投手を疲弊させるという粘りに粘りまくる嫌がらせのような打ち方のことだ。

「相手を疲弊させる賢い戦術と言いやがれ!」

「いい歳こいた大人がそんな卑怯な真似して恥ずかしくないの!?」

「ハハハ! 忘れたのか!? 俺は元冒険者だ! 勝つためならなんでもするぜ!」

真正面から糾弾するが、バルトロは恥じる様子もなく堂々と高笑いをする。

「俺の身の回りにいる大人は、どうしてこうも大人気ない人ばかりなんだろう?」

俺、七歳児だよ? もうちょっと手心を加えてくれてもいいと思うんだよね。

「可愛がってほしけりゃ、それ相応の振る舞いをするんだな」

「わかります。アルフリート様と接していると同年代――いいえ、それよりも上の方と接しているような感覚になるんですよ」

「こうして無邪気に遊んでいる時は年相応なのですが……」

俺の呟きにバルトロだけでなく、観戦しているミーナとサーラまでそんな反応をする。

まあ、実際に前世の年齢を合わせると、バルトロと同年代くらいなんだけど、そんな事情を説明するわけにはいかなかった。