作品タイトル不明
カルデアの農家
俺が一礼すると、いつまでも同じ人ばかり挨拶するのは悪いと思ったのか、バルナークは断りの台詞を入れてアレイシアのところに行った。
それと入れ違う形でグレゴールがこちらにやってくる。
「アルフリート殿、突然シューゲル様から招待を受けたのだが、今日の催しは……?」
「ああ、グレゴールを呼んだのはバルナーク様との繋がりを作るためらしいよ」
「やはりそうか」
シューゲルの思惑を伝えると、グレゴールは目に見えてホッとした表情をした。
訳もわからずに二つの公爵家が集まるパーティーに出席するのは不安だったらしい。
「人形劇の話を上手く通せていないんだって?」
「う、うむ」
「……この前は仲がいいから何とかなるって言っていたような」
「そ、それはだな……」
以前、スロウレット家の屋敷では、演目に使う衣服を卸すこともあってバルナーク家との関係値はかなり良い。公演枠は必ず勝ち取れるはずだと言っていた。
「違うんです! アルフリート様! グレゴール様は人形劇を売り込もうとされているのですが、他の貴族が邪魔をするのです!」
どういうことかと尋ねると、グレゴールの傍にいたティクルが口を開いた。
「他の貴族が邪魔を?」
ティクルから詳しい話を聞くと、グレゴールのように王都の一大事業である歌劇場の演目に噛みたいと考えている貴族はかなり多いらしい。
特にその中でも有名なドラゴンスレイヤーの劇は、スロウレット家の財政に大きな恵みを与えるだけでなく、地位や名声を盤石なものにした。
あれは極端な成功例ではあるが、多くの貴族がその影響力を無視できないと考えているらしい。
それもあってか演目の争奪戦は激化。
芸術に通じている者の大半は高位貴族であり、グレゴールはその者たちに阻まれているそうだ。
「……確かにそんな状態じゃ人形劇を売り込むこともできないね」
俺も過去にパーティーには出席しており、高位貴族に鼻持ちならない者が多いかを知っている。そいつらに揃って阻まれては上手くいくはずもない。
「とはいえ、私が大きなことを言いながら果たせていないことは事実だ。申し訳ない。アルフリート殿も一刻も早く人形劇を目にしたいと言うのに」
グレゴールがぺこりと頭を下げてくる。
いや、確かにグレゴールの作った人形劇を見たいと思うけど、そこまで求めているわけじゃないからね? 同じ熱量かのように肩を組んでくるのはやめてほしい。
「でも、今なら何とかなりそうだよね?」
なにせ今夜の立食パーティーには、主催者であるミスフィード家を覗けば、スロウレット家、リーングランデ家しかいない。
アレイシアにはバルナークに演目を売り込むつもりもないし、ミスフィード家は露骨にグレゴールの肩を持っているし、スロウレット家も応援している。
実質、グレゴールの独壇場のようなものだ。
「ああ、シューゲル様とアルフリート殿がここまでお膳立てをしてくれたのだ。今夜こそ上手く交渉をやってみせる」
別に俺は大したことはしていない。ただ串揚げを作って振る舞うだけだ。
ここまで事業が大きくなった以上、人形劇の方も上手くいってもらわないと困るし、グレゴールには是非とも頑張ってもらいたいものだ。
●
庭園では招かれた貴族たちがワイングラスを軽く傾けながら、優雅に会話を交わしていた。音楽隊が奏でる穏やかな音色が庭園へと響き渡り、談笑の心地よいBGMとなっている。
「さて、アルフリート殿。そろそろ今宵のメイン料理を振る舞いたい」
「かしこまりました。すぐに準備いたします」
招待された客人も揃い、それぞれが挨拶を終わらせ、会場も温まってきた。
そろそろ立食パーティーの名目である串揚げの試食会をしようじゃないか。
シューゲルから指示を受けた俺は、庭園の一画に用意された調理場へと移った。
そこではミスフィード家の料理人が串揚げのための準備をしてくれていた。
「アルフリート様、お待ち申し上げておりました」
真っ先に俺に声かけてくるのは、ミスフィード家の料理長であり、元宮廷料理人のベルナードだ。
元宮廷料理人ってことはかなり偉いよな? 現役ではないとはいえ、宮廷からかなりの信頼と影響力のある人物のはずだ。下手をしたら爵位持ちかもしれない。
「……えっと、ベルナードさん? ベルナード様?」
「今の私はあくまでミスフィード家にお仕えする一介の料理人であり、アルフリート様から調理の技術を学ばせてもらう立場です。そのような堅苦しい言葉遣いは無用でお願いします」
どんな風に声をかければいいか迷っていると、ベルナードがにっこりと笑みを浮かべながら言った。
年齢とか肩書きだとかは一切気にしておらず、俺から串揚げの料理技術を学べることが楽しくて仕方がない様子だった。
「調理技術については約束に含まれてないんだけど……」
「ご安心ください。今回は盗み見るだけに致します。シューゲル様が気に入った暁には後程改めて調理の指導をお願いすることになります。私の見立てでは確実に」
「ええ、それ明らかに二度手間だよね?」
どうせ教えることになるんだったら目の前でやっている今教えた方が楽なんだけど。
「では、何を対価とすれば、調理法を教えて頂けるでしょう? 生憎と魔道具の方はシューゲル様の許可がなければご用意はできません」
うーん、ここのところ魔道具についてはシューゲルから貰い過ぎたせいで、すぐにこれといって欲しいと思うものはない。お金についてはあればあるほどいいけど、直近ではそこまで困窮しているわけでもなかった。
ここ最近、目新しく感じたものといえば……
「カルデアの食材が欲しいな」
「カルデアの食材ですか?」
「うん」
先日、食べたアスパラガスはとても美味しかった。
霊峰カルデアでしか栽培されていない魔力を含んだ稀少な食材。
それを今後も食べてみたいし、それを使った料理をしてみたいと思った。
「でしたら、私が懇意にしているカルデアの農家をご紹介するというのはいかがでしょう?」
ベルナードの言葉に後ろにいる料理人たちがどよめいた。
「そのカルデアの農家はすごい人なの?」
新発明した料理の技術というのは、一朝一夕で身に着くものではないし、その料理が生み出す利益は上手くやれば金貨何百枚を越えるものになる。
その農家を紹介してもらえることに関して、それだけの価値があるのだろうか?
「カルデア食材を扱うことにかけては一番です。ただ性格にやや難があり、一度直接出向く必要はありますが、私からの紹介状を渡せば、無下にはされないはずです」
なんだか面倒くさい人のようだけど、カルデアの食材を栽培することにかけては一流の腕を誇るらしい。
「わかった。それを対価として教えるよ」
「ありがとうございます」
了承すると、ベルナードが深く頭を下げた。
シューゲルから正式な許可は貰っていないが、調理技術に関してはベルナードをはじめとする料理人たちの強い要望だ。
仮にシューゲルが調理技術を必要ないと思ってもベルナードたちは欲しがるだろうし、ミスフィード家に関わらない範疇でのものを対価としている。
これなら個人での契約として成立するだろう。