作品タイトル不明
王都のフィッシュマーケット
メインストリートで豚肉、牛肉、鶏肉といった三種類の肉を買いそろえると、俺たちは北区の商店街へとやってきていた。
「よし、魚介類を買いに行くぞ」
マントを翻し、意気揚々と前を歩くギデオン。
こちらには頻繁に足を運ぶことがあるのかお店については詳しいらしい。
特に詳しくない俺は黙ってギデオンの後ろをついていくのみ。
何も考えずに歩くって楽だな。
「やはり、こっちは歩きやすいな」
前を歩いているギデオンが快適そうに言った。
富裕層が利用するだけあってこちらの商店街は道幅も広い上に人通りも整然としたものだ。
快適性は言うまでもないだろう。
これなら周囲に魔力圧を飛ばすこともないので、こちらとしても安心して一緒に歩いていられるというものだ。
「アルフリート様、私たち場違いじゃないでしょうか?」
ミーナが周囲をキョロキョロと見回しながら不安そうに言ってくる。
「こういうのは堂々としていればいいんだよ」
というか、さりげなく俺も平民であるかのように言わないでほしい。
俺もれっきとした貴族なんだから。
「着いたぞ。この辺りだ」
オロオロするミーナを宥めながらギデオンの後ろをついていくと、俺たちはフィッシュマーケットにたどり着いた。
この辺りには王都に集まる魚介類が販売されているらしい。
水槽の中には生きた魚たちが泳いでおり、陳列台にはふんだんに氷が敷き詰められ、その上に冷凍された魚介類が並んでいた。
「お魚さんがいっぱい!」
たくさんの海の魚たちを目にしてラーちゃんも興奮しているようだ。
「あ、ギンジョウだ」
「よくご存知ですね」
思わず目についた魚の名前を口にすると、ロレッタが感心したような表情をする。
「前に旅先で見たことがあってね」
銀色の皮に黒い斑点模様を散らした魚は港町エスポートの魚屋でも目にしたことがあった。
お腹にたっぷりと脂が乗っており、網で塩焼きにするととても美味しかったのを覚えている。
「わっ! 高っ!? エスポートの五倍以上の値段だ!」
ギンジョウの下に表記されている値段を目にして俺はギョッとした。
あっちでは銀貨二枚程度の魚だったのにこっちでは金貨一枚ほどの値段になっている。
「当たり前だ。ギンジョウが水揚げされる海域からどれくらいの距離があると思っているんだ?」
「そ、それもそうだね」
鮮度が落ちないように氷魔法で氷漬けにし、遠方から気を遣いながら運び込むことの苦労は知っているつもりだけど、現地で新鮮なものを安く食べていた経験があるとこの値段差に驚いてしまうものだ。
空間魔法による転移を利用すれば、エスポートで水揚げされたものを氷魔法で凍結し、王都に運び込むだけで儲けることができそうだな。
「串揚げとやらにはどのような魚介類が合うんだ?」
「主に海老、貝、白身魚なんかだね」
「わたし、海老がいい!」
「よし、ならばこの水槽にいるキングシュリンプを全部買うぞ!」
オススメの具材を挙げると、ギデオンが当然のように水槽買いを決定した。
「ひええ! アルフリート様! このキングシュリンプって食材、一匹で金貨五枚もしますよ!?」
「うん、そうだね」
「あれ? なんか反応が薄くないですか? さっきはあんなにも値段に驚いていたのに……」
「俺が驚いていたのはエスポートでの安い値段を知っていたからだよ」
「でも、食材一つで金貨五枚ですよ?」
確かに高いとは思うけど、スロウレット家で日常的に食べているカレーの方が遥かに高額だ。
「まあ、カレーの方がもっと高いし」
「またまたご冗談を」
「…………」
表情を崩さずにミーナを見つめていると、俺が嘘を言っているのではないと理解したらしい。
「え? まさか、本当にそうなんですか!?」
「そうだよ。というか、カレーの費用についての話し合いに時にはミーナもその場にいたよね?」
「え? いましたっけ?」
「いたよ。ほら、エリノラ姉さんのグラビティを解除した時……」
いつの出来事なのかを具体的に示すと、ミーナが何かを思い出したように顔になる。
「唐揚げカレーのことを考えていて聞いていませんでした」
駄メイドが過ぎる。
「そ、その、具体的な値段は……」
「白金貨一枚」
「!? し、白!? 私のお給金何十年分……」
大雑把な費用を告げると、ミーナは目を白黒とさせて口をパクパクとさせていた。
次からはもっと有難くカレーを口にするといいよ。
「賑やかな声がすると思ったら、やっぱりアルじゃない」
ミーナにカレーの真実を伝えたところで後ろから聞き覚えのある涼やかな声が響いた。
紅の長髪をたなびかせた端正な顔立ちをした少女は、先日ラーちゃんと一緒にけん玉をして遊んだ公爵令嬢ことアレイシアだ。
紅のドレスを身に纏い、黒の日傘を差しながら優雅に微笑んでいる。
「アレイシアだ!」
ラーちゃんが駆け寄って抱き着く。
片手が日傘で塞がっていたアレイシアであるが、彼女は器用に身体を後ろにずらして衝撃を逃がしながら、片手でラーちゃんを受け止めてみせた。
「それだけの運動能力があるのになんでけん玉が下手なの?」
ぼそりとそんな呟きを漏らすと、後ろに控えている使用人のリムが唇の前で人差し指を立てていた。それは言っちゃいけないことらしい。
「……なんでアレイシアがここに?」
「暇つぶしに買い物にきたのよ。アルたちは?」
「ただの買い物だよ」
「これからアルが串揚げを作ってくれるんだー!」
俺は無難な回答をしたもののアレイシアに抱き着いたラーちゃんが誇らしげに言う。
ああ、そんな言い方をしたら愉快犯的な一面を持つ、アレイシアが興味を示しちゃうじゃないか。
「串揚げ? 聞いたことのない料理ね? 私も気になるわ」
アレイシアが猛禽類のような瞳を細める。
面白そうなイベントを黙っていたことに対する非難が込められているような気がした。
「ど、どうだろう? 串揚げについてはシューゲル様に振る舞うことになっているから……」
「じゃあ、今からミスフィード家のお屋敷に向かって許可をもらってくるわ。それなら問題ないでしょう?」
そもそも俺はミスフィード家の客人であって、アレイシアを食事会に招き入れることを決定できる身分にはいない。
「……えっと、ギデオンはどう?」
「父上が許可すれば問題ないだろ」
次期当主であるギデオンは魔法以外のことに良くも悪くも興味がないので丸投げであった。
「では、お先に失礼するわ。私の分も含めて、食材の調達をお願いね」
現場での許可が取れたと判断したアレイシアはリーングランデ家の馬車に乗り込むと、あっという間にフィッシュマーケットを後にする。
「……アルフリート様、ただシューゲル様に串揚げを振る舞うだけがドンドンと大事になっていませんか?」
「俺もそう思う」
シューゲル家に振る舞うだけならばともかく、よその公爵令嬢までやってくるとなると話は大きく変わりそうだ。
なんとなく嫌な予感がした俺は、フィッシュマーケットで多めに魚介類の具材を購入しておくのだった。