軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

メイドとしての気品

ラーちゃん、ギデオンが買い出しに同行することになってしまい、俺たちはミスフィード家の馬車で王都を移動することになった。

御者席にはミスフィード家の使用人が座っており、馬車の内部にはラーちゃん、ロレッタ、ギデオン、俺、ミーナが座っている。

そんな中、ミーナだけがカチコチになっていた。

「ミーナ、なんで緊張してるの?」

「だ、だって、ミスフィード家の次期当主の方がいらっしゃるんですよ?」

ラーちゃんとは出会い方が軽かったこともあり、幼い相貌なのでミーナも緊張しないようだが、ほぼ初対面のギデオンにミーナはとても緊張しているらしい。

確かにギデオンって俺たちの想像する貴族っぽい感じがあるもんね。

「大丈夫だよ。あの人は自分の興味のあるものにしか興味を示さないから」

一定のレベルの魔法使いじゃなければ興味を示さないので、間違いなくミーナのことは眼中にないはずだ。他所の家の使用人に対していちゃもんをつけたりはしないだろう。

「は、はぁ」

「ちょっと顔が良くて偉い大きなエリックだと思えばいいよ」

「それは既にエリック様ではないのでは?」

「確かに。もう原型がないね」

顔が良くて偉いエリックだなんて、そんなの既にエリックではない。

なんて笑い合うと、ミーナの肩から少しだけ力が抜けた。

「アルフリート、今夜振る舞う予定の料理はなんだ?」

「串揚げだよ」

「どんなお料理?」

「一口サイズにカットした様々な食材を串に刺して衣をつけ、油で揚げる料理だよ」

「串に刺す食材とは、どのようなものなのだ?」

「肉類、魚介類、野菜類となんでもいけるよ」

「なんでもいけるの?」

「うん、大体のものには合うからね」

このバリエーションの豊富さが串揚げの魅力の一つともいえるだろう。

「じゃあ、出汁巻玉子がいい!」

「ラーナ様、さすがにそれは合わないのではないかと」

ラーちゃんのリクエストを聞いて、実際の食べたことのあるロレッタが苦笑しながら嗜めようとする。

「出汁巻玉子もいけるよ」

「えっ!? いけるんですか!?」

俺が問題ないとばかりに頷くと、ロレッタが驚きの表情を浮かべた。

出汁巻玉子の串揚げだって可能だ。

変わり種の串揚げとして前世で食べたことがあるからね。

少し手間はかかるだろう具材であるが、ラーちゃんが食べたいというのであればしょうがない。

「なら俺は魚介類がいい」

「魚や貝も非常に相性がいいからオススメだね。でも、王都の商店街にいい魚介店なんてあったかな?」

何度か王都で買い物をしたことがあるが、魚介類を取り扱っているお店はほとんど無かった気がする。

「北区の商店街に行けば、魚介類もある」

「へー、そっちにも商店街があったんだ」

メインストリートの規模には遠く及ばないが、北区の方には貴族や商人御用達の高級な商店街があるらしい。

「海に面していない王都では魚介類は冷凍されたものを仕入れることになりますからね。食材の鮮度を維持するために業務用の冷凍庫をいくつも保有している高級店でしか扱えないのです」

「なるほど」

ロレッタの補足に俺は感心する。

氷の魔道具は製作できる者がかなり限られているので、貴族の中でも冷蔵庫などは争奪戦になっている。そんなものを何台も保有するには財力だけでなく、人脈も広くなければ手に入れることはできないだろうな。

道理で普通のお店ではあまり見かけないわけだ。

「ひとまずはメインストリートで大まかに食材を揃えて、魚介類などの食べたものを北区の商店街で揃えようか」

俺の立てた買い出し方針に異論が上がることはなく、ギデオンが御者にそのまま言葉を伝えた。

目的地にたどり着くと、俺たちは馬車を降りた。

メインストリートにはたくさんの人が行き交っており、通りの両端には商店が軒を並べていた。

ここ最近は富裕層向けのお店ばかりに通っていたので雑多な賑わいが随分と新鮮に感じられるものだ。

「メインストリートだ!」

「ここに来るのも久しぶりだね!」

迷子になったラーちゃんと出会ったのがここだと思うと感慨深い。あれから一年近く経過したのか。時の流れは早いものだ。

「ちっ、平民が多いな」

馬車から降りるなり、ギデオンが不快そうに呟いた。

そりゃ、そうだよ。ここは主に平民の皆さんが買い物する場所なんだから。

などと心の中で突っ込んでいると、ギデオンの体内で魔力が活性化する気配がした。

「んん?」

何をするつもりだろうと見守っていると、ギデオンは活性化させた魔力を周囲に放出した。

濃密な魔力を波動として放つと、周囲にいる平民たちがギョッとしたように振り返る。

そこには明らかに貴族っぽい男がおり、王都の住民たちは顔をあおざめさせて道を空けた。

「ちょっ! 何してるのさ!?」

「人が邪魔だから道を空けるように威圧しただけだ。ほら、道が空いたんだ。今の内に進むぞ」

平民から恐れの混ざった視線を向けられるが、ギデオンはまったく気にすることなく前を歩く。

ひょっとしてこの辺りの店について詳しいのだろうか?

「この辺に詳しいの?」

「わかるわけがないだろ? だからさっさと俺の前を歩いて案内しろ」

「えー」

わかってはいたけど、なんてめちゃくちゃな人なんだ。同行させて後悔しかない。

「では、私が前を歩きますね!」

ギデオンに主導権を握らせると、とんでもないことになると理解したのだろう。

ロレッタが慌てた様子で前を歩いて先導してくれる。

確かに歩くのは快適だけど、市民からの視線が痛い。

「気まずいからもう威圧は無しで頼むよ?」

そそくさと威圧したエリアを通り抜けると、俺はギデオンに注意する。

「この方が効率的なのだが、まあいい。ロレッタが前にいれば十分だろう」

「どういうこと?」

「ロレッタも威圧するの?」

「あの、ラーナ様、私はそのような非常識な真似はしませんから」

俺とラーちゃんが疑問符を浮かべる中、前を歩くロレッタが否定した。

使用人から非常識と言われているが、ギデオンはフンと鼻を鳴らすだけでまるで意に介していなかった。

にしても、ロレッタが前にいれば十分とはどういうことだろうか?

小首を傾げていると、ロレッタがいつもより姿勢を正し、しっかりと前を見据えながら歩く。

明らかに仕立てのいいメイド服を身に纏っていることはもちろんであるが、彼女の堂々としながらも気品のある仕草はどこかのお偉い貴族に仕えていることをひと目で平民に理解させるものがあった。

ロレッタの姿を目にするなり、貴族がいると理解した平民たちはおのずと邪魔にならないようにスペースを空けてくれた。

「おお! 自然に通りやすいようにスペースができている!」

どこかの公爵家次期当主のように無駄に周囲を威圧することも、迷惑をかけることもないスマートな方法だった。

「ロレッタ、すごーい! 威圧してないのになんで?」

「使用人としての風格でしょうか? さりげなくやんごとなき方がいると周囲の方にお伝えするのです」

「へえ、そうなんだ! これからはロレッタに前を歩かせる!」

「いえ、私はラーナ様の専属メイドなので、それは……」

快適に歩くためにこれからは専属メイドに前を歩かせようとするラーちゃん。

主のために付き従うことを主命としたロレッタからすれば、前を歩くなんてとんでもない。

そもそもこういうのはメイドではなく、護衛の騎士などにさせることなんだろうな。

「にしても、同じメイドを前に立たせてもこれだけ状況が異なるのはなんでだろうね?」

俺がラーちゃんと出会った時に、ミーナが先頭を歩いてくれることはあったがこんなことはなかった。

「むむ! アルフリート様、それは私にはやんごとなき貴族に仕える使用人としての威厳が無いと言っているのですね? 聞き捨てなりません!」

「そう言うなら次はミーナが先頭を歩いてみてよ」

「いいですよ! やってあげますよ!」

売り言葉に買い言葉というやつでロレッタの代わりにミーナが先頭へ。

「ふふん、私の気品を見せてあげますよ」

そう息巻くと、ミーナは姿勢を正してメインストリートを歩いた。

コツコツとパンプスの音が響き渡る。

その優美な歩き姿に誰もが目を見張って――。

「いたっ!」

「おお、すまん」

「い、いえ。こちらこそ、すみません」

自然に人垣が割れることはなく、通行人のおじさんと正面からぶつかっていた。

「ほら」

「そ、そんなぁ」

ロレッタが前を歩くと勝手に人垣が割れたというのに、ミーナになった瞬間に人で溢れ出した。これはもうメイドとしての風格に差があるとしか思えない。

「足裏の重心はかかとから指の付け根。そこから指先へと移動させてください。足裏はべったりつけずに中央外側を意識」

「は、はい!」

「指先は小指の付け根から親指の付け根へと重心を移動し、踏み込みは親指で行ってください。かかとを地面につける際は、膝はまっすぐの状態をキープするのがポイントです」

ミーナは戸惑いながらもロレッタから美しい姿勢と歩き方の指導を受けている。

「スロウレット家は使用人への教育が甘いんじゃないか?」

「いや、まさにおっしゃる通りで。面目ない」

ギデオンがミーナを見つめながら渋い顔をする。

上流階級としての立ち振る舞いを身に着けているギデオンからすれば、ミーナの立ち振る舞いはあまりにも見苦しく見えるようだ。

言い訳をさせていただくならうちは爵位も低いし、田舎住まいだからこういう振る舞いがあまり必要とされてなかったんだよね。

公爵家と交流なんて無かったんだけど、何がどうなったのかこんな風に密接な交流をするような間柄になっている。グレゴールやシューゲルとの共同事業もあることだし、これからも交流はより密接なものになるだろう。スロウレット家は使用人の数が少ないこともあり、ミーナが仕事として駆り出されることになるかもしれない。

あとでミーナの教育についてノルド父さんとエルナ母さんに話しておこう。

「目線は三十度高く、背中を真っ直ぐに」

「は、はい!」

「歩幅を少しだけ広げて一本の線上を歩くように!」

「はい!」

ロレッタから指導を受けたミーナがメインストリートを歩く。

先程とは見違えるような歩き姿に思わず俺とラーちゃんは思わず拍手する。

「おおー!」

「ミーナがメイドさんみたい!」

「みたいじゃなくて、メイドですから!」

今の歩き方はとても綺麗だった。

「やっぱり、人間って歩き方が大事なんだな」

「人はその者の振る舞いで内面を判断するからな」

しみじみと感想を漏らすと、ギデオンが含蓄のありそうなコメントをした。

ギデオンの立ち振る舞いは常に洗練されており、立っているだけでも美しいと思える。

でも、そんな振る舞いを身につけているギデオンに一番常識が無いのだから、さっきのコメントの真偽については怪しいものだ。

「では、ミーナさん。今の歩き方を意識して、今日は歩き続けてくださいね」

「へ!?」

「崩れていれば、その都度指摘しますので矯正し、正しい歩き方を身につけましょう」

ロレッタがすっかりと指導モードに入っている。

同じメイドとしてミーナの立ち振る舞いに思うところがあったのだろう。

「こういうのは身体に染み込ませるのが大事だっていうし、頑張って」

泣き言を漏らすミーナに俺は気の抜けたエールを送るのだった。