作品タイトル不明
ラズールで直接買い付ける
チャイを飲んで一息ついた俺は香辛料を売っているラーシャのお店にやってきた。
前回は香辛料を買いにきたらサルバ、シャナリア、バグダッドの三人が待ち受けていたわけだが、さすがに今回はいないと思いたい。
仮にも王族なのでそこまで暇ではないだろう。
「いらっしゃい! あっ、サルバ様の友人の……!」
お店に入るなりラーシャがやってくるが、俺を見るなり驚きの声を上げた。
「前回は突き出すような形になってごめんね。サルバ様に頼まれていたから」
「いや、いいよ。むしろ、俺のせいで迷惑かけてゴメンね」
第二王子が護衛と共に庶民のお店に居座るなんてラーシャたちには多大な心労をかけてしまったに違いない。
「いえ、お金をたんまりと貰えたからあたし的にはラッキーって感じ? サルバ様はイケメンだし!」
「あ、そうなんだ」
サルバとのゴタゴタに巻き込まれて大迷惑しているかと思ったが、彼女的には美味しい展開であったようだ。
うん、商魂たくましい感じがあるし、まったく気にしてないみたいだ。
「ところで今日はいないよね?」
「いないよ! でも、お店にきたら衛兵に声をかけるようにって言われてる」
「……香辛料だけ買ったらすぐに帰っていい?」
「そうするとお店への報酬が減って、怒られるから勘弁してほしいなぁ」
どうやらサルバは俺とコンタクトを取るために、この店にお金を出しているようだ。
どれだけ俺と会いたいんだよ。
「まあ、夕方までに帰れるなら問題ないから大人しくここにいることにするよ」
「わーい、ありがとう! これで今月もがっぽりだー!」
しばらく滞在できることを告げると、ラーシャは嬉しそうに通りへと出て、巡回している衛兵に声をかけた。
衛兵がピイッと笛を鳴らすと、あちこちで連鎖して笛の音が鳴り響いた。
「これでサルバ様か護衛の誰かがくると思う」
「そ、そうなんだ」
俺がやってきただけで街の衛兵全体に影響を及ぼすような体制が作られているのが怖い。
「先に買い物を済ましちゃう?」
「そうだね。クミン、クミンシード、コリアンダー、ターメリックを瓶で五つずつお願いするよ」
「そんなに!? 前にも結構買わなかった?」
「料理の研究で使い切っちゃったんだよね」
「そうなんだ。いっぱい買ってくれるし、割引して金貨十枚でいいわ」
「ありがとう」
銀貨五枚分と結構な割引であるが、俺がここに残ってくれるお礼も兼ねているのだろうな。
ラーシャがそれぞれの香辛料を瓶に詰めて箱詰めにしてくれる。
俺は対価として金貨十枚を払って、香辛料の入った箱を受け取った。
保存用にたくさん買い込んだからこの値段になっただけで、定量として考えればエリノラ姉さんがくれた金貨三枚で十分に買うことができた。
これで思う存分にカレーを作ることができる。
やっぱり、香辛料はラズールに転移して直接買い付けるに限るや。
「じゃあ、用も済んだし、俺は帰るね」
「え、待って! 話が違うよね!?」
香辛料が手に入ったのならこっちのものだ。
出入り口に向かうと、その行き先を阻むように巨体の男が現れた。
「……そうだ。アルに帰ってもらっては困る」
バグダッドは両腕を伸ばすと、俺が抱えていた香辛料の入った木箱をひょいと持ち上げた。
「あー、バグダッド! 返して!」
「ダメだ」
取り返そうとジャンプをしてみるが、二メートルを超える巨体の男が両腕で木箱を遠ざけてしまえば為すすべもなかった。
サイキックを発動して魔法で取り返そうとするが、バグダッドも瞬時に木箱を魔力で覆って抵抗する。
サイキックにこんな防ぎ方があったんだと驚きつつ、支配権を強引に奪うために魔力を強めた。
「ぬっ……!」
俺が魔力を塗り潰そうとしているのがわかったのか、バグダッドが険しい表情を浮かべながら魔力を強めて抵抗してくる。
しかし、魔力の量だけでなく質量も俺が上回っているのでバグダッドの魔力を押しのけていく。
「ちょ、ちょっと待って! そんなすごい魔力を出されたらお店が潰れちゃう!」
ラーシャの声で我に返ると、お店の空気がビリビリと震え、陳列されている棚がガタガタと揺れて瓶が落ちそうになっていた。
濃密な魔力がぶつかり合ったことで余波が出ていたらしい。
さすがに物理的にお店に迷惑をかけることは本望ではないので、俺たちは魔力をスッと収めることにした。
「ごめん。ちょっとじゃれ合いが過ぎた」
「……すまない」
「じゃれ合いのレベルが高過ぎるわよ!」
本気で木箱を取り合うのであれば、互いに別の魔法を駆使すればいいだけの話だ。
それをしなかったのは純粋に魔法使いとしての力比べが楽しかったからだ。
「あんな風にサイキックに抵抗されたのは初めてだよ」
「抵抗したのにあっさりと支配権を奪われそうになった。さすがはアルだ」
互いの健闘をたたえ合って俺たちはニヤリと笑う。
お互いに相手のことを尊敬しているからこその心地よさがあった。
「俺の買った香辛料を返してくれる?」
「返せばアルは逃げる。だから、これは俺が預かっておく」
バグダッドは近くにあるイスに腰掛けると、足元に木箱を置いた。
イスの脚があるせいでサイキックをかけても瞬時に引っこ抜くということはできないだろうな。
「で、俺に会いたがっているサルバは?」
視線を巡らせるがお店に入ってきているのはバグダッドだけで、肝心のサルバとシャナリアの姿が見えない。
「……サルバ様は兵士たちに剣術を教えている。もうしばらく、ここで待ってもらいたい」
「サルバが剣術?」
「サルバ様はラズール王宮剣術の一級を修めている」
一級というのがどのくらい凄いのかわからないが、あの放蕩王子が他人に剣術を教えている姿が想像できなかった。
「とりあえず、その剣術の指導とやらでサルバは遅れるんだね」
「ああ」
「どのくらい? 俺、夕方くらいには戻らなくちゃいけないんだけど……」
「一時間もしない内に到着されるだろう」
半日くらい待てと言われれば、問答無用で帰るところであるが、そのくらいの時間なら適当に待つこともできるか。
「そういえば、故郷でダリーを作ることはできたか?」
「あ、うん! バグダッドのお陰で作ることができたよ! 家族や友人からあまりにも好評過ぎて、あっという間に香辛料がなくなっちゃった」
「……そうか。それはよかった」
表情が乏しいバグダッドであるが、よく見れば口角が上がっているのがわかる。
彼なりに嬉しく思ってくれているみたいだ。
「そうだ。アレンジレシピを開発したんだけど食べてくれない?」
昼食も食べていないのでお腹が空いてきた。
どうせサルバはしばらくこないんだし、マイホームでこっそりと開発していたカレーパンならぬ、ダリーパンの感想を聞いてみたい。
「ダリーを使ったものか?」
「うん」
「興味がある。是非食べさせてくれ」
ダリーの新メニューと聞いて、バグダッドが興味を示して立ち上がる。
決まりだ。
「ラーシャ、ちょっと厨房を借りるね」
「ご飯を作るならあたしの分もお願い!」
「わかったよ」
奥の従業員スペースに入ると、その奥にある厨房へと俺とバグダッドは入ることにした。
香辛料のお店なのでここの厨房には数多の香辛料が揃っている。
ここ以上にダリーを作るのに最適な厨房はないだろうな。