軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラーちゃんの自主練

「グレゴール、そろそろ帰るとするよ」

動き回る人形たちに包まれてだらしない顔をしているグレゴールに告げる。

「むう、もう行ってしまうのか? まだ日が暮れてすらいないが……?」

窓の外に視線を向けると、空はまだ明るかった。

しかし、だからといって日が落ちるまで居座れるわけではない。

「あんまり遅くなるとシューゲル様が心配するからね」

「私は平気だよ?」

ラーちゃんは平気かもしれないけど、俺が平気じゃないんだよね。

昨日の今日でまた夜に手を繋いで玄関を跨ごうものなら本当に命はないだろう。

「そうであったな。では、名残惜しいが今日はここまでにしておこう」

シューゲルがラーちゃんを可愛がっていることをグレゴールも把握しているのか、彼は理解してくれたようだ。

「そういうわけで、サイキック解除」

魔法が解除されたことにより、グレゴールの周りを動き回っていた人形たちは糸が切れたように動かなくなってしまう。

「うおおおおおおおおおおおおおおお! アンジェラ! アトモス! ゲコ太! チャッキー!」

動かなくなってしまった人形たちを目にして、グレゴールが嘆きの声を上げた。

夢というのはいつか冷めるものなんだ。

「グレゴール様、お気を確かに!」

「大変申し訳ありません。傷心中の主人に代わり、私共がお見送りをさせていただきます」

ティクルがグレゴールに駆け寄って声をかける中、素早くバスチアンが前にやってきた。

どうやら主人はしばらく使い物にならないと判断されたらしい。的確な判断だ。

なんかごめんね。

俺は心の中で謝るにとどまって、バスチアンをはじめとするドール家の使用人に見送られて馬車に乗った。

ミスフィリト家の馬車に乗ると、俺たち屋敷へと帰ることにする。

「ラーちゃん、今日は楽しかった?」

「うん! グレゴールとたくさんお話したし、お人形さんも貰った!」

ご機嫌そうに感想を語るラーちゃんの腕の中にはウサッピーの人形があった。

いつの間にかプレゼントされていたらしい。

「よかったね」

「でも、ウサッピーを動かすのができなかった」

嬉しそうな顔から一転させて顔をしゅんとさせるラーちゃん。

大好きなウサッピーを動かすことができなかったのが残念だったようだ。

「あれはすぐにできるものじゃないからね。地道に魔力制御の訓練をして使えるようになろう」

「うん! アルやティクルみたいにお人形さんを動かせるようになりたい!」

「なら、訓練あるのみだね。暇があるなら常にサイキックを使ってスプーンを浮かべておこう。こういうなんてことのない時間も貴重な訓練時間だよ」

「でも、今日は魔力が……」

「十本浮かべる必要はないんだ。一本だけでも常に浮かべ続けるだけでも十分な訓練になるよ」

サイキックを日常生活の中にしっかり落とし込む。

息を吸うように、歩くように、物を掴むように、日常にある自然な動作の一部にまで組み込むんだ。そのための訓練にたくさんの魔力など必要ない。

「わかった! 『サイキック』」

なんてことを説明すると、ラーちゃんは理解してくれたのかスプーンを一本だけサイキックで浮かばせた。

「アルフリート様、ラーナ様は本日かなり訓練をされたのであまり無理をさせるのは……」

対面に座っていたロレッタがおずおずと口を開いた。

冷静に考えれば、ラーちゃんはまだ五歳だ。前世の記憶を持つ俺や、既に成人しているティクルのようなメニューをこなすには過酷なのかもしれない。

「ごめん、ラーちゃん。さっきの無しで」

「やだ。やる」

「ええ? なんで? 無理しなくていいんだよ?」

「やるったらやるの!」

ラーちゃんはふくれっ面になりながら答えた。

どうやら子供扱いされてしまったことにご立腹のようだ。

こうなってしまっては優しくするというのが悪手になるだろう。

「わかった。ならできるところまでやってみよう。言っとくけど食事の時もお風呂の時も解除したらダメだからね?」

「うん。寝る時も解除しない」

さすがにラーちゃんのレベルでは眠ってしまうと魔力制御も解けてしまうだろうが、それくらいの気概でやることが大切だからね。

ロレッタがいれば、ラーちゃんも無理はしないだろう。

申し訳ないがその辺りの監督は任せることにしよう。

視線で丸投げすると、ロレッタはしょうがないといった様子で頷いてくれた。

そんな風に会話をしていると、俺たちの馬車はミスフィード家の屋敷へとたどり着いた。

「ラーナ様、お足元にご注意ください」

「……うん」

まだサイキックの常時発動に慣れていないのか意識がつい魔力操作に向いてしまっているラーちゃん。若干、意識が上の空であるがロレッタの甲斐甲斐しい介護があるので問題ない。

「お帰りなさい」

そのまま玄関をくぐると今日はシューゲルではなく、フローリアが出迎えてくれた。

「ただいま戻りました」

「…………」

俺とロレッタは返事をするが、ラーちゃんは魔法に気を取られているようだ。

挨拶も返さない娘に普通は叱るところだが、フローリアはまるで気にした様子はない。

むしろ、喜ばしそうな顔をしている。

「あら? もしかして、魔力制御の稽古かしら?」

フローリアも魔法使いだけあって、ひと目でラーちゃんがどういった稽古をしているかわかったようだ。

「うん。だから喋れない」

「わかりました。転ばないように部屋に戻りなさい」

フローリアがそう言うとラーちゃんはゆっくりと玄関を上がる。

そろりそろりと階段を上り、転ばないようにロレッタが細心の注意を払っている。

ちょっと危なかっしくて見ている方がヒヤヒヤとする光景だな。

「ラーナが自発的に魔法の稽古をするなんて驚きました」

さて、俺も退散させてもらおうかと思ったら、フローリアが話しかけてきた。

「ラーナ様は普段あまり魔法の稽古はされないのですか?」

「言えばやるのですが、気まぐれなのかイマイチ熱中はせず、自発的にやりはしませんでした」

ラーちゃんはまだ五歳。楽しいことは他にもあるし、色々と興味も移りがちなお年頃。

幼いながらもお茶会やパーティーに参加したり、勉強、作法、魔法の稽古とスケジュールは埋まりがち。一般的な子供に比べると自由な時間は少なく、空いた時間を遊びに費やしたいと思うのは当然

だろう。

「ですので、ラーナが自発的に稽古をする理由が非常に気になるので教えていただけますか?」

にっこりと笑みを浮かべるフローリア。

ラーちゃんが稽古で話すことができない分、その説明を俺がしろってことですね。

道理でラーちゃんをあっさり行かせたわけだよ。

「……なるほど。ラーナは人形を動かしたい一心で努力しているのですね」

「そうなります。しばらくはずっと稽古していると思いますが、温かい目で見ていただけると幸いです」

「ええ、娘が魔法に打ち込むのは素晴らしいことですから誰も邪魔はしませんわ。むしろ、スロウレット家の方々がご不快に思わないか心配なのですが……」

「うちの面々は私で慣れていますので問題ないかと」

なんて事実を告げると、フローリアはクスリと笑った。