作品タイトル不明
寝室巡り
「このフロアはスロウレット家の皆様がご自由に使ってくださって構いません」
ミスフィード家でしばらく滞在することになった俺たちは、客室らしき場所に通された。
これがエリックの屋敷くらいの手頃なサイズであれば素直に頷けるのだが、俺たちが案内されたのは大きなホテルのロビーくらいの広さがあった。
俺たちの知っている客室じゃない。
「そ、そうですか……」
ノルド父さんも圧倒されているようだ。
「自由に使っていいということは、寝室も自由に選んでも?」
「はい、どの部屋でも構いませんよ」
見渡す限り、二階にはたくさんの部屋がある。そこから自由に寝室を選べるっていうのはワクワクする。
「ちょっと寝室を見てくるよ」
「好きになさい」
エルナ母さんから許可を貰って、俺は一人で屋敷の廊下を歩いていく。
ミスフィードの屋敷は全体的に白い壁をしており、家具やカーペットも薄い青色や灰色といった淡い色合いのもので統一されている。
屋敷というとアンティーク調なイメージがあるが、こういう英国風っぽい雰囲気も高潔感があっていいね。とっても新鮮だ。
屋敷の内装に感心しながら手頃な部屋を開いてみる。
一つ目の部屋は寝室だ。入ると大きなダブルベッドが並んでいる。
ちょっとしたテーブルやイスが並んでおり、やや広いが一般的な寝室と言えるものだろう。
一つ目の部屋を出て、二つ目、三つ目の部屋を開けてみるとこちらも寝室だった。
もしかして、全部同じ造りなのだろうか? 少し残念に思いながら四つ目の部屋を開けて見ると、こちらではダブルベッドが一つだけ鎮座していた。
一人用かと思えば、そうではなく家具などの数を見れば明らかに二人用である。
傍に設置されている魔道ランプを点けてみると、ちょっと大人っぽい雰囲気になる。
これはラブラブな夫婦向けの寝室だな。ノルド父さんとエルナ母さんに勧めておこう。
俺には縁がないし、雰囲気がちょっと合わないや。
五つ目の寝室も同じ雰囲気で、六つ目の扉を開けてみる。
こちらは洋室のようでちょっとした談笑ができるようにソファーなどが並んでいた。
客室を縮小したような部屋である。スロウレット家にとっては、こっちに案内してもらった方が落ち着いただろうな。
洋室を出て、七つ目の部屋を開けてみると大きな天蓋付きのベッドが鎮座していた。
「おお、これまた違う雰囲気だ」
天蓋付きのベッドなんて初めて見たな。
おそるおそる近づいてベッドに腰かけてみると、とてもフカフカだった。
大の字に手足を広げてみても、まったく手足がはみ出ることはない。ゴロゴロして転がって遊ぶこともできるほどに広かった。
カーテンを閉めてみると、開放感が薄れる代わりに密閉感が生まれた。
圧倒的なプライベート空間。周りから寝姿が見えないために安心感がある。
なんだかお姫様になったかのような気分だ。これは悪くない。
「ここを俺の寝室にしよう」
他の寝室と違って家具があまり多くなく、スッキリとしているっていうのもお気に入りポイントだった。
寝室の場所をしっかりと覚えると、俺は客室へと戻った。
そこではノルド父さんとエルナ母さんが寛いでいた。
「寝室は決めたかい?」
「うん、七つ目の部屋にした」
「じゃあ、僕らもその辺りの寝室にしようかな」
寝室が真反対となれば声をかけるのも面倒だからね。どこかに泊まる時は大体家族で近い場所に泊まる。
「二人には五つ目の寝室をお勧めするよ」
「ならそこにしようか」
特に寝室に対する拘りが小さいノルド父さんは、自分の目で確かめることもせずに頷いた。
屋敷の内装を把握しているロレッタは、俺の気遣い(悪戯心)に気付いてちょっと笑っていた。
普段子供との距離が近いので、こういう時くらい二人の時間を用意してあげないとね。
「では、そちらの部屋に荷物を運んで参ります」
「ええ、お願いするわ」
寝室が決まり、控えていたミーナとサーラが荷物を入れるために動きだした。
荷物さえ運び込まれれば、寝室は決まったも同然だ。
後で変えようとしても、荷物を運び出す労力を考えれば二人はきっと妥協する。
俺ってばなんて親孝行な息子なんだろう。
「……なにか企んでいるような顔ね?」
「気のせいですよ母上」
心の中でムフフと笑っていると、エルナ母さんがじっとりとした視線を向けてきた。
相変わらず鋭い。
素知らぬ顔でソファーに座って紅茶を飲んでいる間も、エルナ母さんはずっと訝し気な顔をしていた。
怪しんでいるなと思っていたら、エルナ母さんは唐突に立ち上がった。
多分、トイレのついでに自分たちの寝室を確かめるつもりなのだろう。
案の上、エルナ母さんは寝室の方の廊下へ歩いていった。
それからしばらくすると、エルナ母さんが廊下から戻ってきた。
寝室を覗いてきたのだろう。エルナ母さんの顔はご機嫌だった。
鼻歌が聞こえてきそうなくらいに軽やかな足取りだった。
「とってもいいお部屋ね」
「でしょ?」
ソファーに戻る際に、俺の耳元でエルナ母さんが嬉しそうに囁いて笑った。
どうやら俺のチョイスはエルナ母さんを非常に満足させられたらしい。
今夜はゆったりとした大人の雰囲気を楽しんでくださいな。
「それにしても無事に誤解が解けたようで安心したよ」
三人が落ち着いたところでノルド父さんがホッと息を吐いた。
「そうね。やってきて早々に目的を果たせたから大分気が楽だわ」
王都からスロウレット家まで手紙を出すのに一週間以上はかかる。その間にミスフィードが勘違いに気付いてくれたので、俺たちが弁明する必要もなくスムーズに和解することができたのだ。
シューゲルやフローリアを前に、身の潔白を証明するだなんて胃の痛いことをせずに済んで本当に良かった。
「王都にやってきた大きな目的は果たせたんだし、明日には帰るとかできない?」
「シューゲル様の口ぶりから一泊では帰してくれないだろうね」
「多大な迷惑をおかけした皆様を、たった一日でお帰しするわけにはいきませんから」
ノルド父さんだけでなく、ロレッタからもミスフィード家の意向を告げられた。
「ですよねー」
用事が終わったからバイバイとはいかないのが貴族の面倒なところだな。
「逆にどのくらい滞在することになるんだろう?」
「具体的に言えないけど、こういう時は最低五日は滞在することになると思うよ」
ノルド父さんが過去の経験を元にして言ってくれる。
それくらい滞在しないと貴族の中ではもてなしたとは言えないらしい。後の塩梅はもてなす側ともてなされる側の話し合いで決まるようだ。
ノルド父さん、早くミスフィード家を脱出できるようにシューゲルとの交渉は頼みます。
天蓋付きベッドは魅力的だけど、屋敷が豪奢過ぎて落ち着かないし、なにより公爵家の人が怖いから。
まったりと会話しながら今日の出来事の総括を話し合っていると、不意にノルド父さんが振り返った。なにかを察知したかのような反応が気になって、俺も振り返ってみる。
すると、奥の柱に人影がサッと隠れるのが見えた。
だけど完全に姿を隠すことができておらず、白金色の髪をしたツインテールが見事にはみ出していた。多分、ラーちゃんだろう。
俺たちは王都にやってきたばかりで疲れているだろうから、近づかないように言われているはず。でも、それでも遊びたくてこっそりと近づいてきた感じかな?
柱に隠れたラーちゃんは少しして柱から顔を出した。そして、俺たちが見ているとわかると慌てて隠れて、またゆっくりと顔を出した。
……なにあの可愛い生き物。
「ふふふ、アルは本当にラーナ様に懐かれているわね」
微笑ましい光景にエルナ母さんの頬も緩んでいた。
うちにもあんな可愛らしい妹が欲しいものだ。
「ちょっと屋敷を探検してくる」
俺の意図を察したロレッタが、申し訳なさそうにしながらも嬉しそうに頭を下げた。
ソファーから立ち上がり、ラーちゃんの隠れている柱に近づいていく。
「アル!」
ラーちゃんが飛び出してやってきそうになるが、俺はそれを静止させる。
「待って。あっちにある階段を降りて一階で合流しよう」
「どうして?」
「今日は俺たちが疲れているだろうから、フローリア様に会いに行かないように言われてるでし
ょ?」
「うん、言われた! でも、アルと遊びたい!」
親の言いつけを真っ向から破っていくこの破天荒さは嫌いじゃない。
「ラーちゃんの方から二階で接触すると怒られるけど、俺が勝手に歩き回って一階でラーちゃんと接触する分には何も問題はないよね?」
「そっか! アルってやっぱり頭良い!」
「貴族は建前を重視するからね。こうやって相手の言い分の穴をつくと何とかなるよ」
「なるほど!」
俺の言葉を聞いて、ラーちゃんがぴゅーっと階段を降りて一階に降りる。
それを確認し、俺は悠々と階段を降りた。
「あっ! ラーちゃんじゃないか! 時間を持て余して退屈しているんだ。よかったら一緒に遊ばないかい?」
「うん! 遊ぼう!」
建前を意識した口上を述べると、ラーちゃんは弾けるような笑みを浮かべ、使用人たちは苦笑いした。