軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

頑固な味見役

「ただいまー」

「おかえり」

「うわっ!」

玄関に入ると、エリノラ姉さんがいたために驚きの声を上げてしまう。

「ちょっと、人の顔を見るなりその反応はどうなのよ?」

「ご、ごめん、つい反射的に……」

やましいことをした後に会いたくない人物ナンバーワンなので不意に遭遇するとビックリしてしまった。

エリノラ姉さんは何かと鋭いから会いたくないんだよね。

「反射的にって余計に悪いじゃない」

エリノラ姉さんがぶつくさ何か言っているのをスルーして、俺は身体にかかった雪を落として靴を脱ぐ。

こういう時は平常心を保っていつも通りに振舞うことが大事だ。エリノラ姉さんは微かな違和感を敏感に感じ取るからね。

というか、この姉。自動剣術による稽古を始めた時にグラビティをかけたというのに、ずっと素知らぬ顔で生活をしている。

もしかして、ずっと気付かないままに生活しているんだろうか?

だとしたら個人的にはすごく面白く思うと同時に、魔力に対して鈍感過ぎる姉が純粋に心配だ。

でも、面白いのでひっそりとグラビティを重ねがけして重力値を上げておく。

「それにしても遅かったじゃない。今日は何してたのよ?」

グラビティをかけた瞬間に声をかけられたので焦ったが、バレた感じではなさそうだ。

「マイホームでルンバとのんびりしてたよ」

「ふうん」

ふうんって何ですか? 女性のその曖昧な言葉は怖いんだよね。どんな意味を含んでいるかわからないから。

「勝手にどこかに行っちゃうから自主稽古ができなくて退屈だったじゃないの」

なんだ。さっきの言葉に特に意味はないのか。

ただ稽古相手がいない故の不機嫌さだったらしい。

俺じゃなくてもシルヴィオ兄さんがいるじゃないかという返答は、古来より繰り返されているのでもう言わないことにした。

具体的にはエリノラ姉さんにノックを要求するのと同じくらい諦めている。

「自動剣術の稽古ならここ最近、毎日のように付き合ってるじゃん。たまには休ませてよ」

「しょうがないけど、明日は付き合いなさいよね」

「はいはい、わかったから」

俺から言質がとれるとエリノラ姉さんは満足したように微笑んだ。

とりあえず稽古ができるとわかると、満足してどこかに行ってくれるだろう。

などと楽観的なことを思っていると、不意にエリノラ姉さんが眉を潜めて近づいてくる。

具体的には靴を脱いで屈んでいる俺の首元へ。

エリノラ姉さんの吐息が微かに当たっているのか非常にくすぐったい。

「うわっ! 急に何さ!?」

「……なんか? 微妙に香ばしい匂いがするわね? 嗅いだことのない匂いだわ?」

まさか俺の身体からカレーの匂いを検出したというのか?

念入りに石鹸で身体を洗い、しっかりと歯磨きをした上に、衣服も洗濯してきて新しい衣服に着替えたというのに。

エリノラ姉さんは犬なのだろうか?

「まあ、ルンバの家で料理をしたからね」

マイホームにいて料理をしたことは嘘ではない。

故に俺の声音が震えることも、挙動不審になることもない。

大事なのは己の心すらも黙す建前だ。

俺はこの世界に転生して、それを痛いほどに学んだ。

「そう」

だから、その意味のわからない一言をやめてもらえませんか? エリノラ姉さんが言うと心臓に悪いから。

「アルの料理といえば、またあれが食べたいわ! ミルクジェラート!」

「ミルクジェラート? ああ、コタツに入って食べたいんだね?」

「そうそう! 最近、冷たいものとか食べてなかったから!」

「いいね。また作っておくよ」

氷魔法が使える俺の方が、バルトロよりも楽に大量に作れるからな。

ちょうど俺も食べたいと思っていたところだし問題はない。

「ええ、お願いね!」

ミルクジェラートの件で満足したのだろう、エリノラ姉さんは嬉しそうに笑って二階にリビングに入った。

俺はエリノラ姉さんの気配が完全に遠くなったのを確認してから息を吐き、自分の部屋へと戻った。

「アル、俺はとんでもねえことに気付いちまったぜ!」

マイホームでカレーを作り続けること四日。ルンバが厳かな表情を浮かべて言った。

「どうしたの? なにに気付いた?」

実に真面目な表情を浮かべるルンバの顔を見て、俺は期待するような視線を向けて前のめりになる。

「カレーってパンにつけても美味えんじゃねえか?」

「…………あー、うん。そうだね……パンにつけても美味しいよ」

「なんだアルも気付いてたのか! さすがだな!」

食料棚からパンを掴みとると、カレーもどきに浸して食べると「美味え!」と一人で叫んでいる。

期待外れも甚だしいが、ルンバは実にマイペースだった。

にしても、どうして美味しくならないんだろう。

あれから香辛料の配合量を変えてみたが、最初に作った時のように小さじを均等に入れてみるのが良さそうだ。後は若干割合を変えることで香ばしさが増したりする。

それがわかったのはいいが依然としてカレー風のシチューのままだ。

「おおっ、ちょっと赤みのあるカレーは他のよりも旨みが強いな!」

「どれどれ? あー、七味唐辛子を混ぜたやつか」

ルンバの指し示したカレーは七味唐辛子を混ぜたものだった。

料理を作っている際は味見をし過ぎて、微妙な味の違いが良く分からなかったが今ならどうだろう。

七味唐辛子入りのカレーを食べてみる。

「あっ、本当だ。辛さもありながらもちょっと旨みがある」

言われてみると若干旨みを感じた気がした。

スパイシーな香りだけでなく、しっかりとした辛み旨みがほのかに混じっていた。

「ということは、その七味唐辛子ってやつを混ぜたらもっと美味くなるんじゃねえか?」

「あるいは、そこに含まれている素材のいくつかを抽出して混ぜたらいけるかも!」

もっと七味唐辛子を入れてみるだけでなく、そこに含まれている唐辛子、山椒、黒胡椒などをそれぞれ単体で入れてみるのもアリだ。

若干、やけくそになって投入してみた七味唐辛子が思いもよらない一歩を見せてくれた。

七味唐辛子以外にもチリパウダーなんかもあったし、それを入れてみるのも良さそうだ。

前回はターメリックやコリアンダーを見つけたことで興奮して帰っちゃったけど、もう一度ゆっくりと吟味したいな。

他にも色々とラーシャに聞きながら香辛料を吟味してみたい。

というか、カレーを持っていってラーシャに味見してもらうのもいいかもしれない。

香辛料屋を営んでいる彼女であれば、このカレーの欠点に気付いて、いいアドバイスをもらえそうだ。

……でも、ラジェリカにはシャナリアがいたんだよね。

思考が活性化して様々な名案を思い付いたが、そこに一点の曇りがよぎった。

サルバがもう一度俺に会いたいとか言って探し回っている様子だった。

あれから数日経過しているとはいえ、まだうろついていたら嫌だな。

宮殿に来いなんて言われたら面倒だし。

香辛料から作るカレーはクミン、ターメリック、コリアンダーで本来は十分なのだ。

きっと見落としている何かがあるはず。もう少し自分の力だけで頑張ってみようかな。

そう思いなおして、今日作り上げたカレーを冷蔵庫に入れていく。

冷蔵庫の中に入れてあった昨日、一昨日のフライパンはすっかりと空になっており、台所には洗われて綺麗になったそれらが並んでいる。

冷蔵庫の中にあるのはカレーだけ。他にそれらしい食材はほとんど入っていない。

もしかして、ルンバってば……カレー以外食べていないのでは? まさかと思いつつも尋ねる。

「そういえば、ルンバ。最近カレー以外のものもちゃんと食べてる?」

「食ってねえぜ。アルの作ってくれたものがあるからよ」

懸念していた出来事がまさかの的中。

「いや、それはマズいよ! カレーだけじゃ色々と栄養が足りないから!」

「そうか? ニンジンとかタマネギとか野菜も入ってるじゃねえか」

「そんなんじゃ全然足りないし、栄養が偏りまくりだよ。付き合ってもらっている俺が言うのもなんだけど、よくカレーばっかりで飽きないね」

どんなものでも一日三食も食べていれば飽きる。四日や五日連続となると最早拷問だ。

前世の洗練されたカレーでもきついのに、俺の失敗作ならその比ではないだろう。

「カレーは美味えからな。それにアルのカレーが完成するまで味見には付き合うって約束したしよ」

「お、おお。ありがとう」

まさかあんな軽い会話でした約束を律義に守ってくれるなんてルンバが男前過ぎる。

「でも、カレーだけじゃ身体に悪いから、ちょっと休憩にしようかな」

そう、無理に作って食べてもらわなくても、適当に亜空間にでも収納してしまえばいい。

「おいおい、俺のことは気にしなくていいぜ。俺もアルの言う完成したカレーを食ってみてえんだ。ドンドン作ってくれ」

しかし、ルンバがムッとしながらそんなことを言う。

どうやらルンバに気遣って、俺がカレー作りの手を止めることが我慢ならないようだ。

ルンバは一度決意して前に進むと決めたら、曲がらない男なのだ。

俺がどれだけ言葉を弄しようが、今の態度を貫くだろう。長い付き合いなのでそれを俺はよくわかっている。

……これはマズい。

このまま俺がカレーを完成させないと、ルンバはずっとカレーばかり食べ続けることになりそうだ。

ルンバの健康的な意味や俺の精神衛生的な面でも一刻も早いカレーの完成が求められている。

それにはラジェリカにあるラーシャの店に行く必要があるわけで……。

「わかった。もう少し頑張ってみるよ。でも、今日のところは食材が足りなくなったから帰ることにするね」

「おう、わかった! また明日も頼むぜ!」

台所を綺麗に片付けると、俺はルンバにお礼を言ってマイホームを出た。

「ちょっとリスクを犯すことになるけど、ラジェリカに行ってみるかな」

なに、ちょっと転移で行ってすぐに戻ってこればいい。

大通りは歩かず、人目に触れないようにラーシャの店だけで完結しよう。

これなら大丈夫だ。

そのように決意をした俺は、空間魔法でラジェリカに転移した。