軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

スリッパ

美味しい昼食を食べ終わった後には、ゆったりとした時間がリビングを流れていた。

大きなテーブルの席には俺とエリノラ姉さんが対面で座っている。

しかし、エリノラ姉さんは俺の足元をちらちらと何度も見てと落ち着きが無い。

「ねえ、アルが足に履いているそれは何? 靴じゃないわよね?」

「違うよ。ただのスリッパだよ」

「スリッパ?」

この世界は家でスリッパを履くという習慣はない。そもそもスリッパすら存在しない。基本は室内だろうと靴だ。外出用の靴と家で過ごすように靴が分けられているのだが、これが実に面倒くさい。日本で生まれた俺からしたら、もう裸足とか靴下を履いていればいいじゃんって感じ。

なので俺はほとんど靴下いっちょで屋敷を歩き回っているのだが、この季節は足元が冷える。

なので俺はスリッパを自作して履いている。

ちなみにこのスリッパ、使い古した布などを使っているのですごくエコ。クッション性も問題なく実に快適だ。

「すごく履きやすいし、脱ぎやすいよ」

「へえー、ちょっと貸してよ」

出た! この台詞。これは気に入って返ってこない、または数日後ボロ雑巾のようにくたびれて返ってくるという典型的なパターンだ。

俺が渋っているとエリノラ姉さんは不満を露わにする。

「何よ? 脱ぎやすいからいいでしょ?」

「はいはい」

俺は足をぷらぷらと振った勢いでスリッパを、正面にいるエリノラ姉さんの足元へと飛ばす。反対向きだし雑な渡し方で怒られるかと思ったのだが、返ってきたのは小言では無く感嘆の声だった。

「……へえー、本当に脱ぎやすいのね」

足元のスリッパを拾い上げて眺める。

「まあね」

「あれ? なんかさっき母さんが履いていた物と見た目が違うわ」

疑問符を浮かべながら、エリノラ姉さんは様々な角度からスリッパを観察する。

残念ながら素材が足りなかったので、このスリッパは四つしか作っていない。材料が足りなかった事と、俺が飽きてしまったという事が原因だ。断じて後者に原因が偏ったりはしていない。そもそも気に入らないからという理由で返却されては悲しくなるし。

気付けば、エリノラ姉さんはソファーでくつろぐエルナ母さんの元にいた。

「ああ、母さんも履いている!」

「ええ、アルに貰ったのよ。靴のような締め付けもないし、いつでも脱げるしすぐに履けるから楽よ。それに靴より可愛いしね」

「アル! このスリッパ、さっきのよりも可愛いのだけど!」

エリノラ姉さんは勢いよく振り返ると笑顔で叫ぶ。

「そのスリッパはカエルのゲコ太君だよ」

ゲコ太君。緑色の布を贅沢に使ったアルフリート傑作の一品。全体が単調にならないように、足を入れる部分は黄緑色の布を使い、甲の部分にはつぶらな瞳が可愛く付けられているもの。

「ゲコ太!? じゃあこれは?」

「子豚のトン吉だよ」

トン吉。薄ピンク色の布をふんだんに使い、スリッパでありながらも子豚さんの可愛らしさを表現した、名匠アルフリートの名作。かかとには小さく丸い尻尾が付着されており、決して歩行の邪魔にはならない。甲には愛らしい耳も付いており、小さな瞳、口が黒の糸によって描かれている。特に真ん中に付いた大きなピンクのお鼻が特徴的である。

「へえー、ゲコ太がいい!」

俺の自慢の一品だったのに。

エリノラ姉さんはトン吉で歩く感触を確かめると、用はないとばかりに端に寄せた。

「ゲコ太君は一つしかないよ」

「お母さん!」

「駄目よ」

「まだ何も言ってないわよ!?」

「ゲコ太君はあげないわ」

「くっ、流石母さん。そういうところアルと凄く似ているわ」

「そう?」

俺ってあんなにとりつく島もない男だっけ?

言葉は通じないと判断したのか、いつの間にかソファーではエリノラ姉さんとエルナ母さんによるゲコ太の奪い合いが始まっていた。

大きなソファーがギシギシと悲鳴を上げるがそんな事はお構いなしだ。

うん。この戦いは実に珍しい。狭いソファーの中を俊敏に動き回るエリノラ姉さんだが、エルナ母さんの防御は高い。何よりスリッパを胸元に抱える事での防御力は絶大だ。どうしてあの立派な胸がエリノラ姉さんに受け継がれなかったのか不憫でならない。

堅牢な防御を破れない苛立ちと、己の劣等感を刺激された事でエリノラ姉さんの攻撃は激しさを増す。

「やあんっ! くすぐりなんて卑怯よ」

「うるさいっ! こんなもの……っ!」

今凄く艶めかしい声が聞こえた気がする。ちょっとドキッとくるのでやめて欲しい。

すでにゲコ太君はエルナ母さんの手からは落ちているのだが、エリノラ姐さんの攻撃はやまない。もはやゲコ太君など眼中にないようだ。今はひたすら目の前にいる人物へと八つ当たりをするようにくすぐり続ける。

「……何これ?」

扉から入ってきたのはシルヴィオ兄さん。入室して早々に二人の争いを見ればそう思うであろう。

「ただのじゃれ合いだよ」

「……そ、そう。ん? 何これ?」

シルヴィオ兄さんは若干頬を引きつらせた後に、足元にあるトン吉に気が付く。

「スリッパっていう履物だよ」

「履物? 靴とは随分違う造りだね。履いてみていい?」

「いいよ」

そう答えると、シルヴィオ兄さんはいそいそと靴を脱ぎスリッパへと足を入れる。

するとそのまま部屋を歩き周り、とんとんと足で床を叩いてみたりと感触を確かめている。

「何というか、すごく楽だね。これならすぐ脱げるし、部屋でも楽そうだよ」

「気に入った?」

「うん。できれば僕にも欲しいかな」

「実はシルヴィオ兄さんのスリッパを用意してあるんだよ」

「本当?」

シルヴィオ兄さんが顔を輝かして、すたすたとやってくる。

「はい、これ」

「……兎?」

「ピョン吉だよ」

ピョン吉。全体を清潔感ある真っ白の布で作り上げた物。その白さは雪兎を彷彿とさせるほどの白さであり、長く飛び出た耳が何よりの特徴である。その耳は細部にまで名匠アルフリートのこだわりがあり、特別素材が使われているために手触りが最高である。つぶらな瞳と茶色のお鼻がまた何とも可愛らしく、見てよし。履いてよしの一品である。

「可愛らしいスリッパだね」

「シルヴィオ兄さん冷え性っぽいから毛布入りだよ」

「本当だ。さっきのスリッパよりも暖かくて、それに……柔らかい!」

「でしょ?」

シルヴィオ兄さんは嬉しそうにくるりと回ったり、耳を触ってみたりと大変気にいったようだ。

「ありがとうアル! じゃあこれ貰うね!」

「う、うん。あげるよ」

余りにも爽やかな笑顔だったので、ちょっと動揺してしまった。

なるほど、村の奥様がやられる訳だ。なんというか美しいだけじゃなく、儚くて守りたくなるというか、母性をくすぐられてしまう感じだ。

これと普段の凛々しい顔のギャップを見れば威力は二倍。僅か九才でこの威力とは。成長して俺が守るなんて言われたあかつきには、落ちない人はいないんじゃないだろうか。

るんるん気分でシルヴィオ兄さんはクッキーを摘むと、リビングから出て行った。

さて、俺も女の争いに巻き込まれないように早めに戻りますか。

そう思い、戦場となったリビングから撤退するため、扉に手をかけた所で両肩を掴まれた。

「「待ちなさい」」

「……何でしょうか」

「どうせまだ持っているんでしょ? ゲコ太君を」

エリノラ姉さん、肩に力を込めないで。外れちゃうから。

「いや、ゲコ太君は布が足りなかったの」

「ピョン吉は作っていたのに?」

エルナ母さんまでもが疑惑の眼差しをしている。

「白と緑の布は全然違うでしょ!」

「本当はもう一足くらいあるんじゃないの?」

「トン吉なら――」

「「それはいらない」」

どうしてだよ! トン吉のどこがいけないんだ! こんなにも可愛らしいのに!

「……実はあと一足違う物が」

「あら、それはどんな物かしら」

「ゲコ太君より可愛いの?」

俺の一言により、期待の表情を浮かべるエルナ母さんとエリノラ姉さん。

「え、でもこれはエルナ母さん達には合わないよ。これはあの人専用だから」

「シルヴィオみたいに可愛い物かもしれないじゃない」

「ええそうね。それは見ないと分からないわ」

いやー、でもこれはやっぱり――

「「いいから見せて(なさい)」」

二人の圧力に負けて、俺は渋々スリッパを差し出した。

「……これはあの人の物ね」

「あたしもいらないわ」

これを見せると二人は、素材が集まったらできるだけ早くゲコ太君作って欲しいと言い残し、戻っていった。

それから早くに素材が集り、メイドの分や、来客用にまで作るはめになってしまった。

× × ×

「ん? 何だろこれ?」

ノルドが執務室に入ると、机の上には大きな木箱が置いてあった。当然ノルドはこんな物は置いた覚えがない。貴族の贈り物にしては余りにも質素すぎる。

木箱を持ってみた所、ほとんど木箱そのものの重さしか感じる事は出来ない。どうやら割れ物の類では無いことに安心しながらノルドは木箱を下ろし、蓋を止める紐をほどいていく。

「……何だろうこれは……ん? 手紙?」

ノルドは蓋を開けた瞬間に真ん中にあった、手紙らしき物を手に取った。先に物を確かめたいところだが、こういう物は大抵手紙に説明が書いてあるものなので手紙を読んだ方がよい。もし間違えて送られていた物だとしたら触るのはマズい。後は、差し出し人のわからない物に触れるのは気が引けたからでもある。

丁寧に折りたたまれた手紙を綺麗に手であけてみると、手紙にはこう書いてあった。

いつもお仕事お疲れ様です。そんなノルド様にこんな素敵な履物をご用意させて頂きました。

竜太。全体を赤の布で覆われている様はまるでドラゴンのよう。名匠アルフリートにより鱗の一つ一つにまで端正に作られており、作成者の細かな拘りが見えます。足を入れる部分にはドラゴンのお腹をイメージされており決して単調にはなっておりません。横側には今にも飛び立ちそうな翼が描かれており、これを履くだけで貴方も空が飛べるやもしれません。そしてなんと言っても目玉は甲の部分。今にも噛みついて唸り声を上げそうな躍動感あふれるドラゴンの顔。その顔は可愛らしくデザインされつつも、ドラゴンの威厳あふれる物となっております。

まさに、ドラゴンスレイヤーの名に恥じぬ履物です。

貴方を心から愛するアルフリートより。

「…………どうすればいいのかわからない」