作品タイトル不明
ただタイミングが悪い
「えへへー、四匹もすくえたー」
手の中にある瓶を見つめて満足そうにしているラーちゃん。
自分で小魚をすくうことができたのが嬉しいのか、さっきからズーッと瓶を見つめて頬を緩めている。まるで初めて貰った玩具に喜んでいるみたいで、反応が可愛らしい。
「ふむ、なんとか三匹すくうことができたな。途中で何度網が欲しいと思ったことか」
「……私は六匹」
エリックは最後の方にようやくコツを掴んで三匹、ルーナさんは呑み込みの早さを発揮して六匹だ。
「はじめてで六匹もすくえたなんて凄いですね」
俺は前世の夏祭りで何度も経験して、すくえるレベルに達したというのに、エリックやルーナさんはあっという間にゲットしてしまっている。
「……私達にとって魚は身近なものだから、すくい方さえわかれば捕獲は容易い。それよりも、ポイを一枚も破らずに捕まえていくアル君の方がすごい」
「まるで泳いでいる小魚もすくわれたことに気付いていないかのようだったな」
俺は陰が薄いからか、それとも覇気のようなものがまったくないからだろうか。ポイですくおうとしても小魚が全く警戒しないんだよな。そのお陰で小魚をすくい放題だ。
「一応、これを考えた側だから慣れてるだけだよ」
ちなみに小魚は、とっくに瓶の中には収まらなくなったのでリリースしている。主催者が乱獲したなんて言われるのも嫌だしね。
さて、十分な数の小魚をすくうことができたし、そろそろお暇しようかな。
「もう! 何であたしから逃げるのよ! 追いかけるとポイが破れるのよ!」
「くっ! また破れて……もう一回よ!」
などと考えていると、エリノラ姉さんとアレイシアが怒りを滲ませながら破れたポイを突き出していた。
「も、申し訳ございません。もうポイがなくなってしまって……」
「はぁ? もうないの?」
「用意する数が足りないんじゃないかしら?」
それはあなたたちがドンドンと破いていくからなんですけど。
小魚すくいは初心者が多く難しいから十分な量のスライムの皮を準備していたんだけどな。
小魚がすくえない鬱憤が溜まっているせいか、エリノラ姉さんとアレイシアの圧がすごい。
領主の娘であり、村でも有名なエリノラ姉さんと客人である貴族に詰め寄られてお兄さんが涙目だ。
あまり可哀想すぎるので、ここは俺が間に入ることにする。
「さすがにポイがなくなってはすくうことができませんよ。そろそろ、日が暮れる時間ですし、屋敷に戻りませんか?」
「なら、隣の――」
「悔しいけれど仕方がないわね。収穫祭は明日もあるのだし、今日はこの辺りにしときましょう」
「……そうですね」
俺の提案をエリノラ姉さんが却下しようとしたが、アレイシアが素直に受け入れることで通ることになった。
すごい、権力があればエリノラ姉さんすらも黙らせることができるのか。
もしかしたら、理想のスローライフを送るためにはある程度の権力があった方がいいのかもしれない。そうすれば、エリノラ姉さんが稽古しようと言ってきても、真正面から否と言えるはずだ。
いや、でもそれをすれば後が怖いな。それに権力を持つと、それなりの責任や仕事も降りかかることになる。忙しそうにしているノルド父さんを見れば、それはよくわかること。
やっぱり、面倒な地位はない方がいいか。少なくとも今はまだ子供なのだし。
にしても、アレイシアにも拘るところはあるが、どこかの誰かと違って聞き分けがあっていいなぁ。
「何よ?」
ジッと視線を向けていたからだろうか、エリノラ姉さんが振り返る。
「いえ、何でも」
なんとなく消化不良になっているからか少し機嫌が悪い。
こういう時は余計なことは言わない方がいい。エリノラ姉さんの弟を七年も務めているのだ。さすがに俺も学習するものだ。
「さて、すくった小魚を水槽に戻すとするか」
「えっ? エリックは持って帰らないの?」
エリックが小魚をリリースしようとすると、ラーちゃんが目を丸くさせた。
「ラーナ様、スロウレット家の屋敷に持ち帰ってどうするんです?」
「このまま瓶の中で飼う!」
「瓶の中で飼育したところで知識のない私達では、数日もしないうちに死なせてしまいますよ? 生き物を育てるには責任というものが生まれるのです」
「でも、周りの人は皆持って帰ってるよ?」
ヤバい、ラーちゃんが気付いてはいけないところに気付いてしまった。
ここで村人は死なせると分かっていて、持ち帰っていると誤魔化すのもよろしくない気がする。
ひとまず、他のことで気を惹いて、ラーちゃんの意識を逸らさなければ。
「よっしゃ、飯ゲット! アスモ、とった小魚を焼いてもらおうぜ!」
「……えっ? 小魚を焼く?」
しかし、なんとタイミングの悪いことだろう。近くの屋台にいたトールが小魚の入った瓶を掲げて、そんな台詞を言ってしまった。
トールとアスモは意気揚々と小魚の入った瓶を、別の屋台に持って行く。
「ラーナ様、その先はあまり見ない方が身のためというか――あっ、ラーナ様!」
察しのついたロレッタがラーちゃんを引き留めようとするが、ラーちゃんはトールの方に向かってしまう。
「おっちゃん、これ全部焼いてくれ」
「塩は多めで、レモンもつけて」
「おう、任せろ!」
トールとアスモから受け取った瓶から水を抜くと、屋台のおっちゃんは小魚を熱したフライパンの上に落としていく。
ラーちゃんの身長ではフライパンで何が起こっているかはわからなかっただろう。しかし、フライパンからはジュワアッと油の弾ける音がしていた。
「え、ええええ!? 綺麗なお魚さん達が……」
見えなくてもそれで十分に察しがついたのだろう、ラーちゃんがショックを受けて立ち尽くしている。
その様子を見て俺とロレッタは顔を手で覆いたくなった。
……ああ、やっちゃった。
小魚を愛でることしか考えていなかったラーちゃんからすれば、せっかくすくったものを焼いて食べるだなんてショックだろうな。
だが、この世界の暮らしは決して裕福ではない。誰もが貴族のようにお金を持っているわけでもないのに、ただ綺麗ですくうのが楽しいという理由でお金を出して小魚すくって遊んだりはしない。
そこに食べられるという価値がついてようやく催しとして成り立つ。
だから、すくった小魚を料理してもらっているトールやアスモは悪くない。ただ、タイミングが悪かっただけだ。
小魚すくいの見せたくない部分を見せてしまった。
呆然とするラーちゃんになんて声をかけたらいいのかわからない。
「ラーナ様、小魚は水槽に戻してあげましょう?」
ロレッタが優しく諭すように言うと、ラーちゃんは小さく頷いた。