軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小さな望み

「よし、屋敷に戻るか」

「それはいいが、倒したこいつはどうするのだ?」

倒れ伏したブラムを見下ろしながら言うエリックの言葉を聞いて、俺は少し考え込む。

「このまま屋敷に連れ帰って、草原で眠ってしまったとかでどうかな?」

「いや、明らかにぐったりしてるだろう」

エリックの言う通り、ブラムは不意打ちで後頭部を強打されたせいか白目を向いてぐったりとしている。平原が心地よくて眠ってしまったなどとは言えない表情。

眠ってしまったなどとは言い張れないな。

「こっそりブラムの執事に渡したら大丈夫じゃないかな? 人当たりもよさそうだったし、あの人なら上手く処理してくれそうだよ」

ブラムの執事は人当たりのいい優しい老執事というような感じで、ブラムが横暴な言動や態度をとる度に申し訳なさそうにしていた。

彼に任せれば良きようにしてくれるに違いない。

「処理と言うな。そんな言い方をするとまるで俺達が遺体でも隠そうとしているみたいだ」

エリックにそう言われると、本当にそんな気分になってきた。

まあ、自分達にとって都合の悪いものを隠そうとしているので、あながち間違いでもないのかもしれない。

「確かに、あの執事はそんな感じだったが収穫祭を回るのにブラムもいないと不自然だろう」

本当に皆気にするだろうか? などと失礼なことを思ってしまったが、ブラムは一応伯爵家。ラーちゃんやアレイシアが気にしなくても、ノルド父さんやエルナ母さんは気にするだろうな。

「……仕方がない。ちゃんと起こすか」

放置しておいて収穫祭の途中で乱入してきたりした方が面倒だ。楽しい祭りごとに面倒事は持ち込みたくない。

決闘の見届け人であるエリックもいることだし、ここで説明しておこう。

「エリック、ちゃんと何が起こったか説明してあげてね?」

「俺がするのか?」

俺が頼むとあからさまに嫌そうな顔をするエリック。

「負けた相手に説明されるなんて屈辱とか思われそうだし、審判をしていた第三者の言葉の方が納得しやすいかなって」

「弁が立つ貴様なら問題なさそうだが」

「こういうのは理屈じゃなくて感情だから」

世の中、正しいことを言えば勝てたり、相手を納得させたりできるなんてルールはない。

それは前世での出来事やエリノラ姉さんを相手にして、身に染みて理解している。

「なんだか途轍もなく感情が籠っているように思えるな。

「明日の朝食はマヨネーズ料理を追加してもらおうかな」

「いいだろう。元々口裏を合わすという約束だからな」

俺がお駄賃代わりに料理に追加をすると、エリックは仏頂面から嬉しそうな顔へところりと変えて引き受けた。

マヨネーズが絡むと本当にチョロいな。マヨネーズ料理を開発するだけで、簡単な頼み事ならば聞いてくれそうだ。

最初は頭の固い奴だったけど、随分と柔らかくなってきたものだ。

それだけマヨネーズが魅力だということかな。

なんてことを思いながら、俺は倒れているブラムを揺すってやる。

しかし、まったく起きる気配がなかったので水魔法で作った水を顔にかけてあげた。

「うお!?」

すると、白目を剥いていたブラムが跳ねるように上体を起こした。

キョロキョロと周囲を見渡して、無事に立っている俺を見ると目を見開く。

「……もしかして、俺は負けたのか?」

「ブラム様の負けです」

呆然と呟いたブラムの言葉に答えるようにエリックが告げた。

「一体、何が起こった……確か、俺はアルフリートへと斬りかかって、それから……」

後頭部による衝撃で詳しいことは覚えていないようだ。それはよかった。

俺はにやけそうになるのを我慢しながら、エリックに続きを促すようにアイコンタクト。

「ブラム様は、アルフリートの一撃によって負けたのです」

「負けただと!?」

「審判として遠目に見ていた私でもギリギリ目で追えるかといったような水平切りでした」

バカ、そこは一撃とかいって濁せばいいんだよ。

案の定。具体的な攻撃手段を耳にしてブラムが違和感を覚えたようだ。

「水平切り? 不思議と身体はどこも痛くなく、何故か後頭部に痛みがあるのだが?」

「いや、それは……」

早くもエリックがボロを出してつまりそうだったので、仕方なく俺が口を挟む。

「できるだけ相手を傷つけずに無力化する技ですから。しかし、申し訳ありません。後頭部については、ブラム様が後ろに倒れられた時に……」

「もういい。それ以上は言わなくてもわかった。刀といったか。異国には様々な技があるのだな。この俺が容易く無力化されてやられてしまうとは……」

どう考えても、そんな都合のいい技はないと思うのだが、異国の技といえばすんなりと受け止められたよう。これからも困ったら異国の技を使おう。何かと役に立ちそうだ。

「これでもエリノラに敗れてから稽古を重ねてきたつもりだったが、まさかこうも呆気なく負けるとはな。決闘の約束もすっぽかす貴族としての誇りもない軟弱な奴だと思っていたが、さすがはエリノラの弟といったところか。奴が認めるだけのことはあるのだな」

「い、いえ」

てっきり負けて激昂したりするものだと思っていたので意外だった。

それほどまでにブラムにとって剣で負けるということは重要だったのだろうか。

エリノラ姉さんの弟=強いという方程式はわからなくもないが、それは大きな間違いだと思う。エリノラ姉さんがおかしいだけだから。

「では、決闘については俺の勝ちということでいいですね」

「ああ、正面から戦って負けては仕方がない」

うん、俺とエリックが念入りに仕掛けただけあって、ブラムは剣術で正面から破れたと思って結果を受け止めているよう。

何故だろう。胸が痛い。

特にエリックからの視線がグサグサと胸に刺さるようだった。

しかし、これも俺が平和な暮らしを送るためだと思えば、耐えられるもの。

決闘なんて危ないもの真面目にやっていたら、いくら命があっても足りない。

とはいえ、俺にも一つ気がかりな点がある。

これでブラムがエリノラ姉さんを諦めてしまうのか。

感情的で周りが見えないところがあり、プライドが高いところもあるが根は悪い奴ではなかった。

エリノラ姉さんの件があって、俺に面倒な絡みをしてくるので面倒ではあったが、それがなくなったとあれば、ただの貴族らしい少年なのではないか。

あのエリノラ姉さんを引き取ってくれる可能性のある奇特な男だ。俺が快適なスローライフを送るために、この先を応援してもいいかもしれない。

「ブラム様、エリノラ姉さんについては――」

「諦めていない」

おお! じゃあ、これからは別の方法でエリノラ姉さんにアプローチをしてくれるのか!

と喜びを露わにした俺だがブラムの次の一言で霧散する。

「だから、また今度お前に挑む」

「……は? どうしてそうなるんです?」

ブラムがどのような考えをして、そこに至ったのか理解できない。

「決まっているだろう。エリノラと婚約するためだ。だが、安心しろ、負けてすぐに挑むようなことはしない。しばらくは俺も稽古をしたいからな」

「いや、別に俺に決闘を挑まなくてもエリノラ姉さんに直接挑めば――」

「だから言っただろう? それでは俺が納得できん。それにお前に勝てない以上、エリノラに勝つことはできないからな」

いや、それじゃあ決闘を吹っ掛けられる俺も納得できないんだけど。というか、その理屈は間違ってはいないけど、極端過ぎると思う。俺を踏み台にしないで欲しい。

「それでは俺が困るんですけど」

「知らぬ。俺はお前を倒せない限り、エリノラと婚約できなくて困っているんだ」

くそっ、やっぱり面倒臭いなコイツ。

決闘を吹っ掛けられる前に、これ以上挑まないでくれとか約束を交わしておくんだった。

「ブラム様、俺は決闘に勝利しました。勝利者として小さな望みをお願いする権利くらいあると思いませんか?」

貴族のルールにのっとると、決闘というのは互いに何かを賭けてやるもの。勝利者の言う事は可能な限り順守されるものである。

「まさか、伯爵家とあろうものが決闘を挑んで負けたのに、何のしないと? まさか、そんな誇りのないような真似はしませんよね?」

隣にいるエリックが決闘を逃げ出した癖にみたいな視線を向けてきているが無視だ。俺に貴族の誇りなんて欠片もないのだから。

「チッ……小さなものであればな。俺にできないことや、エリノラを諦めろだとかは無理だぞ?」

大丈夫。むしろ、引き取るのであればこちらからお願いしたいくらいなのだから。

「俺の小さな望みは――」