軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

小次郎 仕事辞めた

「小次郎です、ウナギ料理を持って参りました」

しばらく待っていると、小次郎がやってきた。どうやらウナギ料理を持ってきたらしい。

「入れ」

「失礼いたします」

俺が入室を許可すると、小次郎と共に小間使い三人が入ってきた。

小間使いの者の手には盆があり、それぞれ丼ぶりを載せている。

微かに香ばしい匂いがする。

何だ、この無性に胃袋を刺激するような香りは。醤油系の味付けだろうか? 香ばしさの中にほんのりと甘さも感じる気がする。

香りの出所は間違いなく、あの丼だろう。

まだ蓋を開けていないのに、このような香りがしてくるとは……蓋を開けるとどうなってしまうのか恐ろしくもあった。

正直、あのウナギを使った料理と聞いて、期待していなかったのだが、これは案外いけるかもしれぬな。

「ふん、ウナギの生臭さを誤魔化すために濃い味付けをしたのでしょう」

「それは食べてみればわかります」

嫌味のような絹笠の言葉に、小次郎は余裕の表情で流す。

小次郎の変わらぬ態度を見て、絹笠はどこか面白くなさそうに鼻を鳴らした。

本人はウナギの美味しさを語っていたが、そこまで自信があるものなのか。

香りや小次郎の態度といい期待が高まる。

小間使いの者が我々の前に折敷を置くと、そこに丼ぶりを置いていく。

小間使いの者が視線をやると、小次郎は口を開いた。

「これが我が友より教わった、ウナギ料理――うな丼です」

小次郎の自信のこもった声と共に、丼の蓋が開けられた。

温かな湯気が立ち昇り、爆発的な香りが室内に広がる。

「っ!? なんだこの香ばしい匂いは……っ!」

先程のものとは比べ物にならない香り。

それを嗅いだだけでガツンと脳から刺激が伝わり、胃袋が遠吠えを上げるように鳴いた。

丼にはカグラ人の主食である、慣れ親しんだ米。その上には平べったい魚の切り身のようなものが乗せられており、醤油ベースのタレらしきものがかけられていた。

「この平べったいものがウナギですか?」

俺の思っていた疑問を、桜花がおずおずと尋ねる。

茶色く焼き色がついたこの魚……本当にウナギなのだろうか?

「はい、ウナギを捌きました」

「あのようなヌメヌメした魚をよく、このように平たく切れましたね」

桜花の言う通り、ウナギはヌメヌメとしている上に細長く非常に切り辛い。

それをいとも簡単に捌いてみせるとは、料理のしない自分でもその技術が如何に難しいものかわかる。

「沸騰直前のお湯に入れてやることで、ウナギはヌメリと共に臭みがとれるのです。勿論、練習はしましたが……」

落ち着いた様子で言葉にして語ってみせる小次郎。

「それも友とやらの教えか?」

「はい、まだ彼の足元にも及びませぬが」

ふむ、その小次郎にウナギの調理法を教えた友とやらが気になるな。道理のある調理法を知っていることから、名の通った料理人だろうか?

「では、冷めぬうちにどうぞ」

「う、うむ」

小次郎に促されて、俺は思考を打ち切って目の前の料理に集中する。

箸と丼を手に取り、まずはウナギを持ち上げてみる。

似ても焼いても臭く、骨も多いウナギだ。タレは実に美味しそうなものであるが、肝心のこちらはどうか……。

ええい、小次郎が男を見せて料理したのだ。ここまできて躊躇うのは失礼であろう。

俺は思い切って、ウナギを口へと運ぶ。

「や、柔らかい」

噛みしめると外はパリッとしており、中はふんわりとしている。

「それに生臭さも感じられません」

同じく口にした桜花も驚き、目を見開いていた。

そう、このウナギ料理は、俺達が過去に食べた生臭く、硬いウナギ料理とは大違いだ。生臭さや硬さはなく、小骨もほとんどない。

噛めば噛むほどウナギの脂が出てきて、ウナギ本来の旨味が感じられる。

そして、何よりもこのタレとの相性が素晴らしい。数々の焼き魚の類を食べてきたが、これほど力強く、美味しく感じられるのは初めてだ。

「確かにウナギ料理にしては中々のもの。しかし、この程度では――」

絹笠が丼を置いて言うと、小次郎はゆっくりと手を前に出す。

「いえ、うな丼の味はそんなものではありません。これは身と米を同時に口にして初めて完成するのです」

「同時に?」

「ええ、米と共に掻きこんでください」

小次郎がそう言うと、絹笠は渋々といった様子でウナギと米を口に入れる。

「う、美味い――」

絹笠が慌てて口を塞ぐが、もう遅い。

絹笠の驚愕に塗れた表情を見て、小次郎はしてやったりとした顔で笑っていた。

小次郎にいい思いを抱いておらず、辛口と評判の絹笠を思わず唸らせるとは、一体どのような味なのか。

小次郎の言う通りに、米と共にウナギを口にする。

その瞬間、身体に電撃が走ったようだった。

――米が足りない。

俺は掻っ込むようにして米を口の中に入れた。

またその米にも甘辛いタレが染み込んでいて最高だ。

香ばしく脂の乗ったウナギと、甘辛いタレ。それらは見事なまでに米と合っていた。

間違いない。この料理は、お米と一緒にかき込むことで昇華するのだ。

これがうな丼の神髄。

夢中になって食べ進めていると、ふと丼の中が空であることに気が付いた。

それを少し残念に思いながら丼を折敷に置く。

ふと、他の二人へと視線をやると俺よりも早く完食していた。

「ウナギとは正しい調理法で食べると、ここまで美味しい魚であったのか」

これに気付かずにウナギを食べずにいたことのなんと勿体ないことか。

「タレの味で誤魔化すのではなく、きちんと処理をしてウナギの美味しさを引き出していましたね」

「いえ、俺の焼いたウナギなど、友の焼いたウナギに比べればまだまだです。それにこのタレも、友が研究用として授けてくれたものでしたし……」

桜花がそう褒めるも、小次郎は懐から出した小壺を出して謙遜する。

これだけでも十分に美味しいといえるのに、まだ先があるというのか。

「ですが、俺は経験と研究を重ね、友の味を越えてみせます! そして、その時は店を開き、うな丼の美味しさを広めるのです! それが今の俺の夢!」

力強い瞳をしながら宣言する小次郎。

あの周りに流されるままだった小次郎が、ここまで熱く夢を語るとは……。

昔から小次郎の姿を見てきたが故に、目頭が熱くなってくるのを感じる。

「とはいえ、夢を叶えるにも辞職できてからというもの。ここを乗り越えねば、それは叶わぬこと」

絹笠の言葉により、皆の視線が一斉にこちらへと向く。

「小次郎は十分に可能性のある美味しさを示唆してみせた。誰もがマズいと見捨てたウナギをここまでの美味しさに昇華させて。ウナギであれば、そこらの川でも大量にとれる。貧しい民であっても、これほど精の

つく食材が食べられることは大きく、食文化も前進する。これ程の功績が見込めるのだ。認めてやろうではないか」

「私も剛毅様の意見に賛成でございます」

「なっ!? お二人共正気ですか!?」

俺と桜花の決定が余程意外だったのか、絹笠が慌てふためく。

「ワシは認めませんぞ! このうな丼にそこまでの美味さがあるとは思えませぬ! よって、小次郎は刀士を辞めることは――」

「見苦しいぞ、絹笠」

ここまで可能性のある料理を出されてなお、私情でそれを認めようとしない絹笠に俺は腹が立った。

「ここまでの料理と男としての覚悟を語ってくれたものを認めずして、どうするというのだ? これが認められぬのであれば、俺はこれから上がってくる新しい風を全て切り捨てねばならぬことになる。それはカグ

ラにとっても大きな停滞となろう?」

普段より威厳のある声を出しつつも、睨みを効かせて牽制。暗に絹笠が持ち込んだ政策や、方針を全て蹴ることになるぞと脅す。

このような振る舞いはあまり好まないが、将軍としてやらねばならぬことがある。

桜花が母親として力を貸してくれたのであれば、長年仕えてくれた主君として俺は力になろう。

「ぐっ、しかし、今あやつに辞められると……」

「む? 小次郎は刀士であろう? 部隊の再編の調整は必要だが、そこまで抜けても大きな問題はないはずだろう? 部隊の管理や、帳簿などの書類仕事をしている訳でもあるまいし……」

そこまで言って、絹笠の表情が青くなった。

それに気付いた俺は、絹笠へと問いただす。

すると、本来ならば絹笠や周りの者がやるべき仕事を小次郎に押し付けていたことがわかった。部隊の管理や記録、帳簿、兵糧……とても刀士の頂点に立つ男がするべき仕事ではない。

そして、真実を聞いてしまった小次郎は……。

「ほほう? つまり、俺は何年も絹笠殿の仕事を押し付けられていたのですね?」

今までにないくらいに憤っていた。

それは桜花が怒った時とは正反対に静かにと、だが、濃密な殺気を纏っている。

直接殺気を当てられていない俺でも、思わずビビッて腰にある刀に手をかけそうだ。

「ま、まあ、落ち着け小次郎」

「…………」

俺が諫めると、小次郎にぎろりと死んだ魚のような目を向けられる。

気持ちがわかるとはいえないし、斬りたくなるくらいだろうがここは押さえてほしい。

しばらく待つと、ようやく小次郎から剣呑な雰囲気がとれた。

「つまり、そういった引継ぎの事情などから、小次郎に抜けられるのはマズいと?」

「……はい」

刀士としての鍛錬、部下の育成、修一の警護、育成、さらには書類仕事……道理で小次郎が仕事を辞めたいと言うはずだ。このような理不尽なまでの仕事を任せられて、辞めたいと思わないはずがない。

小次郎が日常用語のように辞めたいと言っていたせいか、そういった仕事環境を把握するのを怠ってしまったな。

だが、今更そのような後悔をしても意味はないか。

「小次郎、お前が刀士を辞めるのは認める。だが、その前に少しだけ引継ぎ作業をしてくれないだろうか?このままでは今後の作業に大きな混乱が出てしまうかもしれぬ」

「うわ、本当にアルの言っていた台詞がきたぞ……」

俺がそのように頼むと小次郎は嫌がるでも渋るでもなく、どこか驚いた表情をしていた。

「ん? アル?」

「い、いえ。しかし、それを剛毅様が頼まれるのは如何なものかと」

臣下の過ちをとりなしてやるのは主君の役目であるが、この場合は頼むべきは俺ではない気がする。

「稲葉殿、ど、どうか、今までのことを水に流し、最後にこのどうしようもない上司の失態の尻拭いを手伝ってくだされ……っ!」

「……ふむ、どうしたものか」

絹笠が伏して頼み込むも、小次郎は惚けた様子をしながら呟く。

小次郎もいい性格をしている。とはいえ、今までの仕打ちを考えれば、絹笠の手の平返しも酷いもの。すぐに頷けないのは当然だ。

「ここでお主に辞められると困るのだ!」

絹笠がそう言い放った瞬間、何故か小次郎が待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべた。

「そんな大事な人材をボロ雑巾のようにこき使っていたのか!」

小次郎の台詞に驚いたのは絹笠だけではない。俺や桜花も思わず言葉を発することができなかった。

「絹笠殿は大切なものほど苛めたり、壊したくなるような性癖をお持ちなのですか?」

「えっ、あ、いや……」

「辞められたら困る人材でありながら、どうしてそのように扱ってきたのか。俺には到底理解できないのですが。ましてや、そのような仕打ちをしてきた相手に今さら頼もうとなどとおかしなことではないですか

ね?」

何だろう。小次郎の瞳がとても暗い。

それは一人ではなく、数多の怨念を背負ったかのような……まるで深淵のような暗くて深い色を称えている。

一体、小次郎に何があったというのか。

正直に言うと、今の小次郎に声をかけるのは物凄く怖いのだが、ここで動かないともっと大変なことになりそうだ。

「……お、おい、小次郎」

「わかっていますよ。この辺にしておいておきます」

恐る恐る声をかけると小次郎は、深く息を吐いて目の色を元に戻した。

それからゆっくりとこちらに歩み寄り、

「剛毅様、この刀を返上いたします」

その腰にかけていた刀を、俺へと差し出してきた。

長い間目をかけて、子供のように可愛がっていた部下が刀を返す。そのことが無性に悲しくなった。

しかし、これを受け入れなければ小次郎は前に進むことができない。将軍である俺に刀を返上するくらいだ。生半可な覚悟ではないのだろう。

俺は差し出された刀をガッシリと手で受け取る。

「ああ、稲葉小次郎。よくぞ、長い間仕えてくれた」

小次郎は深く頭を下げると、立ち上がる。

「母さん、背中を押してくれてありがとう。それと楓のことを頼む」

「……ええ、当然です」

桜花の返事は素気ないものに見えた。しかし、その表情をよく見るととても嬉しそうであった。

「絹笠殿、引継ぎのための書類なら城にある俺の私室に置いてある。反りは合わなかったが、今まで世話になった」

こうして、小次郎は我が城を去っていった。

ああ、どうしたものか。小次郎が抜けた穴は大きく、混乱もあるだろう。それを思うと頭が痛い。

だけど、不思議と気分は悪くなかった。