作品タイトル不明
湧き水
川でキャッキャウフフな水の掛け合いを終えた俺達は、休憩を終えて湧き水の源泉地目指して歩いていた。
目の前ではバルトロがずぶ濡れの姿で歩いている。
いつもの服はピッタリと肌に張り付き、肌色の背中が見えてしまっている。
これが綺麗な女性であれば、セクシーで目が惹かれるのだろうが残念ながら目の前にいるのはただのオッサンだ。まったくもって嬉しくはない。
そんなスケスケのおっさんはため息を吐く。
「ったく、坊主は手加減ってもんを知らねえのか?」
「よく言うよ。大人げなく足で水をかけてきた癖に」
七歳児相手に不意打ちで水を蹴り上げるのはないと思う。
アーバインやモルト、ルンバといい俺の周りにいる大人は大人げない人奴等ばかりだ。
「だからって、水魔法を使うのは無しだぜ」
などとブツブツ言いながら服を絞るバルトロ。
とはいえ、これ以上言ってこないのは自分も大人げなかったと思っている節があるのだろうな。
とりあえず過去のことは水だけに水に流して、俺は尋ねる。
「ここから湧き場所までどのくらい?」
「もう少しだ。十五分もしないうちに着くぜ」
うむ、だとしたらもうひと踏ん張りだな。目的までの明確な情報があると人は頑張れるものだ。
今、目の前にある川の上を目指していざ歩かん。
期待に胸を膨らませて俺とバルトロは川沿いに歩いていく。
すぐ傍では川が流れており、日光も刺してこないのでとても涼しい。
別に会話などしなくても涼しい水の音や、流れる川を眺めたりしているだけで十分に楽しいな。
流れる水を見ながら川沿いを歩いていると、バルトロがぴたりと止まった。
「もう、湧き場所に着いたの?」
「いや、シラビとノービル見つけたから採ってくぞ」
む? どこにあるのやら? そんなことを尋ねる間もなく、バルトロは川沿いから少し離れた場所へと歩いていく。
後を追うようについていくと地面には太い茎から二股に生えたもの、食卓でもたまに上がるシラビがあった。
「こいつは湿気が多いところを好むからな。川の近くの木陰とかによく生えている」
「へー、そうなんだ。森では見たことがなかったけど、生えてるのは山だけ?」
「ああ、この辺の山だけだな」
これはまた貴重な知識が手に入った。
身近に食べている野菜ではあるが、意外とどこでどのように生えているかは知らないものだ。
「ハサミでこうやって根元から少し上を切って採ってくれ。そうすればまた生えてくる」
「わかった」
ネギに似ている見た目だが、どうやらまた生えてくるところもネギと同じらしい。もしかすると同じ種なのかもしれないな。
なんてことを考えながらバルトロからハサミを受け取る。
「俺はあそこに生えてるノービルを採ってくる」
バルトロの指さす先では、ニラのような細長い葉っぱが生えていた。
シラビと似たような場所にあることから、恐らくノービルも湿気が多い場所に生えるのだろう。
バルトロが離れると、俺は腰を下ろしてシラビの根元にハサミを添える。
チョキンと切ると、太い茎はあっさりと切れた。
茎が太いのでもう少し手こずるかと思ったが、意外と切れ味がいいらしい。
俺は根元を切ってしまわないように気をつけながら、チョキンと切ってはサイキックで浮かしを繰り返す。
背負い籠はバルトロが持っているしな。あっちまでいちいち移動するのは面倒だし。
「おう、坊主。そのくらいでいいぞ」
二十個目のシラビを手に入れてサイキックで浮かせていると、バルトロから声がかかった。
「籠に入れていい?」
「いや、採ったシラビとノービルは少し川で冷やしておく。その方がシャキッとして身がしまるんだ」
なるほど、そのような特性があったのか。
帰り道に採ればいいのではないかと少し思いもしたが、このような理由があれば納得だ。
俺とバルトロは再び川に戻る。
シラビやノービルに付いた土などの汚れを俺がサッと流している間に、バルトロが水の流れが緩やかなところで石の防波堤を築く。
ちょうど全てを洗い終える頃には完成していたので、綺麗に洗ったシラビとノービルを入れる。
プカプカと防波堤の中を浮かぶ山菜。
「流される心配もないね」
「よし、後は湧き場所を目指すだけだ!」
しばらくそれを眺めて流されない事を確認した俺達は、そのまま川に沿って山を登り続けた。
◆
「着いたぜ。ここが湧き場所だ」
川沿いに山を登ることしばらく。俺とバルトロはついに湧き場所へとたどり着いた。
目の前では湖と思えるような円形の水場があり、奥にある崖からは大量の水が落ちている。
辺りにはコケが大量に繁茂しており、ここが自然の領域だと言う事を主張しているようだ。
自然が生み出した聖域と呼べるような場所を前にして、俺は息を呑んだ。
コリアット村には七年も住んでいるが、まだまだこのような場所があったとは驚きだ。
山を登るのが面倒くさいからと普段は敬遠していたが、ここに来てよかった。
実際それなりに山を登るのは面倒だったのだけれど、湧き水だけでなく、このような光景が見られるのであれば全然悪くない。
「どうだ? 綺麗だろ?」
この光景に見惚れていると、バルトロが得意げな表情で尋ねてくる。
「こんなに綺麗な場所ならもっと早く言ってよ」
「はは、悪いな。坊主の驚く顔が見たくてよ。それに最初から綺麗な場所があるって言っても、感動が薄れちまうだろ?」
ニヤリと笑いながらそのように言うバルトロ。
確かに、事前に綺麗な場所があると言われると期待してハードルが上がり、今程の感想は得られなかったかもしれないな。
サプライズによる感動を与えてくれたバルトロに少し感謝だ。
「ところで水源地はどこにあるの?」
「崖の下と、川の中心だな」
「川の中心?」
崖のところは恐らく真下に水脈があって噴き出ていることが想像できるが、川の中心にもあるのか?
「ここからじゃ遠いからよくわからねえけど、近付いてみるとそこからも水が噴き出しているのが見えるぜ」
バルトロの指さす場所で、それがどこかはわかったが湧いているようには見えない。
先導するバルトロについていって、俺はそこに近付く。
「あっ、本当だ。湧いてる」
円形になっているその中心部分では、微かに砂を動かしながらも水が湧き、水面を動かしていた。
へー、あそこからも湧いているのか。そこと崖の下と二か所あるんだな。
「じゃあ。ちょっと飲んでみるか」
「うん」
バルトロの傍の崖から、流れてくる湧き水があったので俺はそこに手を伸ばす。
冷たい水が手の平に溜まり、俺はそこに口をつけて飲んだ。
「ぷはぁ! 美味しい!」
「だろ?」
喉が渇いていたことや、ここまでわざわざ登ってきた苦労があったからか最高に美味しく感じられる。
冷たくて気持ちよく喉を通るこの感覚。村の川や湖の水も十分に綺麗で美味しいが、ここの湧き水はそれ以上だ。
「ああ、やっぱりこの湧き水は美味いな」
同じくバルトロも手で水を飲んで、ため息を吐くように言った。
あっという間に手の平の水が無くなってしまったので、俺はもう一度水を飲む。
うん、美味しい。何杯だって飲んでいたくなるな。
にしても、なんとも贅沢な時間の使い方だろうか。
労働にいそしめば、こんな風にまったりとした時間は間違いなくとれないだろうな。
仮に時間的に可能だとしても、心の余裕がなければ無理だし、やったとしても有限な時間から引き裂いたこととなる。
屋敷からここまで来るのにかかった時間は多分二時間半くらい。
水に不便したことのない前世の社会人が、ここまでの労力をかけることは難しいだろう。
精々スーパーやコンビニ売られているミネラルウォーターになるに違いない。
「坊主、樽を貸してくれ。水を入れる」
なんてことを考えていたら、バルトロがそう言ってきたので、浮遊させていた樽を渡す。
すると、バルトロは水が落ちてくる真下に樽をセット。
空だった樽の中に、流れ込む水の音がする。
「よし、水が満杯になる間、俺達は弁当を食べるか!」
「そうしよう!」