軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

冷たいミルクティー

「アルフリート様、冷やしタオルとレモン水です」

稽古が終わり、疲労から地面に座り込んでいると、サーラが冷やしタオルとレモン水の入った水筒を持ってきてくれた。

礼を言って冷えたタオルを受け取り、額から流れる汗を拭う。

「はぁー、冷たいタオルが気持ちいい」

ひんやりとしたタオルで汗を拭うのは最高だな。冷たさが心地よくてずっと頬ずりしたくなる程だ。

とはいえ、顔の汗を拭うだけが冷やしタオルの素晴らしい使い方ではない。

俺はテキパキと顔の汗を拭くと、そのままタオルを首へと回す。

すると、火照った首周りの熱をあっという間に奪い去ってくれた。

逃げ場がなくて籠っていた熱が吸いつくされるような爽快感。

ああ、暑い中汗をかくのは嫌だが、この感覚は悪くないな。

俺はタオルの冷たさを存分に感じられるように、ぐるぐると首に巻いてしまう。

これでタオルの冷たさも持続できるな。

「あはは、それいいね」

「あたしも」

そんな俺をシルヴィオ兄さんとエリノラ姉さんが見ていたのか、真似をするように首に冷やしタオルを巻いた。

あれ? どうしてだろう? やっていることは同じはずなのに全然見え方が違う。

エリノラ姉さんやシルヴィオ兄さんは、タオルを首に巻いてもお洒落なスカーフを巻いているように見えるのに、俺は精々エリマキトカゲか畑を耕しているお婆ちゃんだ。

一体この差はどこから生まれ……やっぱり顔なのか?

深く考えると自分の心が傷付きそうになるので、思考を切り替えるように水筒に口をつける。

冷たい水に混ざったほのかなレモンの酸味。それが汗をかいて疲れた身体に染み渡る。

やっぱり稽古終わりはこのレモン水に限るな。

でも、夏が過ぎて気温が寒くなっていくと、今程の感激と美味しさは得られなくなるのだろう。そう思うと少し残念だな。

とはいえ、俺は季節が変わろうとも魔法で気温を調節できるからな。冬でも冷たいものを味わいたくなったとあれば、火魔法で暖かくして味わうまでだ。

冷やしタオルで身体の熱を冷まし、レモン水で喉を潤すとホッと息を吐く。

どこからともなく吹いた風が、俺達の肌を優しく撫でる。

タオルで汗を拭ったばかりの肌がスーッとして気持ちがいい。

心地良さに目を瞑ると、屋敷の周りある木々からサラサラとした葉音が聞こえてくる。

自然の奏でる演奏をしばらく聞き入っていると、しばらくしてぽっつりと止んでしまった。

それを残念に思いながら目を開ける。

まあ、こればっかりは俺の風魔法で再現しようにも無理だろうな。

できなくもないけど、自然のものと比べると違和感が出てしまうと思うし。

熱の籠りが落ち着いてくると、次は肌のべた付きが気になってくるな。

冷やしタオルで汗を拭うのも気持ちがいいが、やはり一番はお風呂に入って身体を洗い流すことだ。

身体に根が生えたようで非常に立ち上がりたくない気分であるが、ここは意思を総動員して必死に立ち上がる。

そして、未だに近くで座っているエリノラ姉さんやシルヴィオ兄さんを見て喜ぶ。

よし、これで一番風呂は頂きだな。

そう思って自分の部屋に戻り、着替えなどを持つと、階段を降りて一階にある浴場に向かう。

すると、ちょうど一階からミーナが階段を上ってきて。

「アルフリート様、お風呂ならさっきエリノラ様が入りましたよ?」

「うええ!? なんで? 俺が一番に戻ってきたのに!」

ちょっと待って。さっき俺が立ち上がった時、エリノラ姉さんはまだ地面に座って休んでいたよね?

「はい、その後エリノラ様が駆け込むように戻ってきて、浴場に直行しましたよ?」

ミーナの言葉を聞いて、エリノラ姉さんの行いを推測する。

「つまり、俺が行儀よく着替えを用意している間にエリノラ姉さんはそのまま浴場に入って、ミーナに着替えを持ってくるように頼んだわけ?」

「そういうことですね」

一番風呂だと思っていた俺のこの虚しさを察したのか、ミーナが朗らかに笑う。

ズルい……けど、エリノラ姉さんの行動の方が貴族として何ら問題ないし、賢いものだ。

さすがはエリノラ姉さん、人に命令して楽をすることに手慣れているな。

俺も魔法だけではなく、人に頼んで楽することを覚えないと。

「姉弟がいると、こういう何かの取り合いってありますよね」

「そういえば、ミーナの家って妹弟がいたんだよね?」

実際に村で会ったことは地味にないのだが、妹や弟がいると聞いたことがある。

「はい、妹が二人に弟が一人です」

「へー、じゃあ、ミーナが長女ってことになるの?」

「そうですね」

えー、ミーナが長女って正直言って全然イメージに合わないんだけど。

「ちょっとアルフリート様! その疑うような目はなんですか! さては私が姉らしくないとでも思っていますね? これでも家ではしっかりとしたお姉ちゃんなんですよ!」

「家では?」

「や、屋敷でもです!」

家についてはともかく、屋敷の部分は信用ならないな。

ミーナは妹的な感じで、むしろ後輩であるサーラが姉のようになっているし。

「私、エリノラ様に頼まれてた着替えを取ってきますね」

じっとりとした視線を向けていると、ミーナが逃げるようにそう言って階段を上っていった。

さて、どうしたものか。お風呂はエリノラ姉さんが入ったばかりだと言うし、まだしばらく入ることはできないだろうな。

汗をかいたままの状態で自分のベッドで転がるのも嫌だし、ここは大人しく待つしかないか。

とりあえず、俺はそのままリビングへと移動する。

中に入ると、エルナ母さんが少し気怠そうにソファーに座っていた。

「アル、いいところにきたわ。少し氷魔法で冷気を出してくれる?」

さすがにエルナ母さんも、この猛暑を思い起こすような暑さに参っているようだ。

最近は涼しいので今日も涼しいだろうと高をくくっていたので部屋に氷も置いてなかったしな。

俺がエリノラ姉さんを待つ間に、暑いところで待っているのも嫌なので、素直に氷魔法で冷気を出す。

部屋全体に行き渡るように放出すると、空気がどことなくひんやりとしてきた。

そのままもっと温度を下げたくなるが、これ以上下げると俺の汗が冷えてしまうので程々にする。

「ありがとう。大分涼しくなってきたわ。冷たいミルクティーがあるのだけれど飲む?」

「飲む」

おお、冷たいミルクティーとはいいな。

俺が対面のソファーに着替えを置いて座ると、エルナ母さんがティーセットで用意を始める。

氷魔法で冷気を振りまいたお礼に、エルナ母さん自ら淹れてくれるようだ。

「お風呂に入ろうとしていたの?」

「うん、でも、エリノラ姉さんが先に入っちゃったから」

「稽古の終わりは取り合いになるわよね」

なんて何気ない平和な会話をしている間に、エルナ母さんはポットからミルクティーを注いでティーカップを差し出してくれた。

ソーサーの上にはクッキーが三つ置かれている。

「はい、甘みが欲しいなら蜂蜜なり入れて自分で調節してね」

「ありがとう」

受け取った紅茶を軽くスプーンで混ぜた俺は、何も入れることなくそのまま口をつけた。

紅茶のほのかな苦みと牛乳のまろやかさが、何ともバランスが良く仕上がっている。

冷たくて美味しい。

「これ、いつものロイヤルフィードと違うよね?」

「ええ、味が濃い茶葉の方が、ミルクとバランスがとりやすいからね。まあ、ロイヤルフィードでも合わせられないこともないけど、こっちの方が美味しいわ」

なるほど、紅茶の風味とミルクの甘さのバランスなのだな。

紅茶を上手に淹れる知識は教わっていても、そこまでの深い茶葉への理解はないので新鮮な情報だ。

「すごく美味しいよ。エルナ母さんが、自分で作ったの?」

「ええ、納得のする味を探したかったからね」

澄ました表情でミルクティーに口をつけているが、どことなく嬉しそうだな。

こういうところはどことなくエリノラ姉さんに似ている気がする。

にしても、相変わらず紅茶に対する熱意がすごい。

エルナ母さんの用意したミルクティーは既に完成した味であり、ここに蜂蜜を入れるなど不要だな。

俺はそのままこくこくとミルクティーを味わうように飲んでいく。

ああ、このマイルドな甘みが疲れた身体に染み渡る。

「アルは味をわかってくれて嬉しいわ。エリノラだとどれだけ味を調えても、蜂蜜とか入れちゃうからね」

「ああ、エリノラ姉さんは、こういうトッピングみたいなのがあると試したくなる人だからね」

エリノラ姉さんは、蜂蜜や砂糖、レモンの切り身などと乗せるものがあると試したくなるのだ。

香りや風味を味わう紅茶であっても「甘みが足りない」と言って砂糖を入れたりする。

人の味覚はそれぞれではあるが、もう少し落ち着いて紅茶を楽しんでみてもいいと思うな。

「あっ、涼しい!」

そんなことを思いながらクッキーを食べていると、お風呂から上がったのかエリノラ姉さんがリビングに入ってくる。

風呂上がりだからか肌は少し上気し、赤茶色は下ろされていた。

ポニーテールじゃない姿は久し振り見たような気がする。

「なに飲んでるの?」

「冷たいミルクティー」

「あたしも飲む」

俺がそう答えると、エリノラ姉さんが隣へと座ってきた。

その際にエリノラ姉さんの長い髪がふわりと揺れて、石鹸の匂いが漂ってきた。

女性の風呂上りは男性に比べてどうしていい匂いがするのだろうな。

同じ石鹸とかを使っているはずなのに謎だ。

そんな疑問を感じている間に、エルナ母さんの用意したミルクティーがエリノラ姉さんの前に差し出される。

「はい、甘みが欲しいなら蜂蜜なり入れて自分で調節してね」

「うん、ありがと」

会話としては俺の時と同じもの。

しかし、エルナ母さんの言葉と表情を見れば、蜂蜜なんて入れてくれるなよと釘を刺しているように思えた。

さて、エリノラ姉さんはそれに気付いているのだろうか。

俺達が見守る中、エリノラ姉さんはスプーンでかき混ぜてからティーカップを傾けた。

こくりと呑み込むとそのまま固まり、無言でクッキーを頬張る。

そして、エリノラ姉さんは微かに首を傾げて、そろりと蜂蜜の入った壺に手を伸ばした。

「ちょっと待ちなさい。本当に蜂蜜を入れるのね?」

「う、うん、なんか紅茶もクッキーも甘さが足りない気がしたから」

いや、この控えめな甘さに敢えて調節していると思うのだけどな。

ただでさえ十分な甘みがミルクティーにはあるのだ。それなのに甘いクッキーを用意してもしつこいだけだろうから。

エリノラ姉さんが並々と蜂蜜を垂らすのを見ているエルナ母さんは、少し悲しそうだった。