軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

浜辺に行こう

「アル、例のお願い聞いてくれた?」

エリックにソファーやベッドの大切さをひとしきり語ると、シルヴィオ兄さんが近寄って耳打ちしてくる。

あっ、すっかり忘れてた。

「ごめん、今から頼んでみるよ」

「お願い」

俺がすっかりと忘れていたことに気付いていたシルヴィオ兄さんだが、特にそれを気にした風もない。

出発の前にした約束を忘れた事に少し罪悪感を覚えながら、俺はエリックの方へと向く。

「ふむ、父上にソファーでベッドをねだるべきか? いや、俺一人が使うベッドをいきなり買えといっても却下されそうだな。この間、新しい剣を買ってもらったしなぁ」

俺が熱く語ったからだろうか。エリックは真剣な表情で何やらぶつくさと呟いている。

「ここは皆が使えるという建前を押し出してソファーを獲得したらどうかな?」

「なるほど! それならいけるかもしれないな!」

「今頼めば、俺達という客人もある手前かエーガルさんも断りにくいはずだよ。そうだね、客室のソファーがボロボロでこれでは客に品位を疑われる。客をもてなすのに相応しくないという理由を挙げれば頷くしかないはずだよ」

「……お、おお」

「それで高級ソファーを買ったらルーナさんやナターシャさんも引きずり込ん――同調意見を使おう。それでベッドの重要性も説いて各ベッドも要求するべきだよ」

「き、貴様はなんて悪辣な手段を考えるのだ!? ……でも、それはかなり成功するイメージがあるので頃合いを見て使うことにしよう」

前世では、無理がある企画を通せという命令が何度も下されたからな。物事をあらゆる理由をつけて利用することは少し得意だ。

あの時の無茶な企画に比べれば、この程度の問題は楽なものだ。

エリックに軽く恩を売った俺は、ここぞとばかりにシルヴィオ兄さんの件を頼むことにする。

「エリック、ちょっとお願いがあるんだけどいいかい?」

「何だ? 言っておくが金ならないぞ?」

俺の言い方がマズかったのか、エリックがあからさまに警戒の表情を浮かべる。

「お金なんて要求したりしないよ」

「だったらいいが何だ?」

俺がそう言うと、エリックが警戒を少し解く。

それでも完璧に安心したりしない辺り、こいつも抜け目がないな。

「ここって船はある?」

「ここは漁が盛んだからな。商船のような立派な船はないが、小さな漁船ならいくつもあるぞ? もしかして海に出たいのか?」

「そうなんだ。シルヴィオ兄さんは海を見るのが初めてだから船に乗せてあげたくて」

何だか言葉だけ聞くと、子煩悩な父親のようで恥ずかしい。だが、きちんと約束した手前、仲介はこなさないとな。

「……ふむ、それなら構わんぞ」

「ありがとうございます!」

エリックの言葉を聞いたシルヴィオ兄さんが嬉しそうに頭を下げる。

「……本当に似ていないな」

そんな純粋なシルヴィオ兄さんと、俺を見比べてエリックがぼそりと呟く。

「まあ、シルヴィオ兄さんはノルド父さん似だからね」

「見た目もそうだが、大きく違うのは性格だ」

やめてエリック。マジレスは心が傷付くから。

「船はいつ出せそう?」

「今からでも行けるし、明日――は合同稽古があると聞いていたから無理だな。今日か明後日以降だ」

ノルド父さんの脅迫や甘い嘘ではなく、やはり合同稽古というのは存在したのか。

となると、明日に向けて英気を養えるのは今日だけだ。ここは海に出るのは明後日にして、今日はここでダラダラと過ごそうではないか。

そう思っていると、俺の目の前に凄くキラキラとした笑顔を浮かべているシルヴィオ兄さんがいた。その顔には期待感で満ちており、身体全体で今すぐ行きたいと言っているような感じだった。

「……アル、僕は今行きたい!」

シルヴィオ兄さんの、期待感に満ち溢れた表情を裏切れるはずもなく、俺は顔を縦に振ったのであった。

「アルにシルヴィオ、どこに行くのよ?」

エリックとシルヴィオ兄さんと共に部屋を出ると、ちょうど寝室から戻ってきたのかエリノラ姉さんが声をかけてきた。その後ろにはルーナさんもいる。

「船に乗るために海に行こうかと思って。エリノラ姉さんとルーナさんは稽古?」

何か二人共木剣を持っていることが凄く気になるんだが。

「そうよ。ちょうど暇だったからアル達を誘って稽古でもしようかと思ってたのよ」

危ねえ! あのまま部屋でダラダラしていなくて良かった! 今すぐ海に出るように言ってくれたシルヴィオ兄さんに感謝だ。

やはり、あそこで素直に頷いた俺の判断は正しかったのだろう。

「どうする? 俺達は海に行くけど来る? それとも稽古しとく?」

俺達は何がなんでもここで稽古などはしない。そんな意思を示すために、牽制するように俺は言い放つ。後、エリノラ姉さんは誘わなかったら誘わなかったで拗ねる時があるから、その保険でもある。

「海ねー」

「……せっかくだから皆で海に行こう。稽古なら帰ってからでもできるし。それに海に出ると新鮮な海鮮料理が食べられる」

「それもそうね!」

悩んでいたエリノラ姉さんであるが、ルーナさんの提案にあっさりと乗った。その悩む時間の少なさから最初から答えは決まっていたのだろうな。

女の子が行動をするには時に理由が必要だとか、聞いたことがある。きっと今回のはそういう類のものだったのだろう。

そんな訳で俺達はエリノラ姉さんとルーナさんをパーティーへと追加した。

海へと出かけることをそれぞれの両親に伝えると、お目付け役としてミーナも合流することになった。

しかし、それは名ばかりで単にミーナに海を見せたかっただけだろうという配慮は皆が理解していた。

合計六人となった俺達は屋敷を出て、ゾロゾロと浜辺の方へと歩いていく。

屋敷から海までの距離はとても近く、少し歩くとすぐに堤防が見えた。

それをさらに乗り越えると綺麗な浜辺と海が視界に広がった。

「うわぁ! 海です!」

初めて海を目にしたミーナが、興奮したような声を上げる。

窓越しではなく間近で海を見たシルヴィオ兄さんも、その美しさに魅入られるように海を眺めていた。

海を初めて見る二人の反応が初々しいのか、何となくエリックとルーナさんの視線が生暖かいものにな

る。

「……私達にもあんな時期があったわね」

「そうだな」

しんみりと呟く二人の台詞が年寄り臭い。

だが、この台詞を聞いて二人の姉弟仲は良好なのだということがしっかりとわかった。

ここまで来ると少し海風が強く、空気には潮の香りが漂っている。

波が寄せては返し、ザザーンという波音が木霊す。

港町エスポートと違って静かだからだろうか。波の音がよりハッキリと聞こえるな。

太陽の光に反射して煌めく水面を眩しそうに見つめながら、俺達は浜辺の方へと歩いていく。

シルヴィオ兄さんとミーナは興奮で堪え切れなくなったのだろうか。俺達よりも一足先に走り出す。

「何か随分と歩きづらいわね」

俺達もそれを追いかけるように歩くと、砂浜が初めてのエリノラ姉さんが顔をしかめて足を上げる。

普通の土とは違う、細かい砂なので歩く度に足を取られる。

特にエリノラ姉さんはそれを知らずに歩いていたために、既に砂が靴の中に侵入しているようだった。

「……普通の土に比べると柔らかいからね。慣れてない人は注意して歩かないと――」

「へぶうっ!?」

「大丈夫!? ミーナ!?」

「……あのメイドさんみたいに転ぶことになる」

無表情で転んだミーナを指さしながら言うルーナさん。

ミーナよ、君はスロウレット家のメイドとして相応しい品格を示すのではなかったのか。

メイド服を砂まみれにしているミーナを見て、俺は思わず呆れてしまう。

まあ、最初からミーナにメイドとしての品格なんて期待していなかったけどね。

「なるほど、普通の道を歩く時とは違って、しっかりと地面を捉えないといけないのね」

「……そういうこと。ここで走る時なんかは太ももをしっかりと上げて走らないといけない。普段とは違っ

た筋肉を使うし、負荷も上がるから足腰を鍛えるのに凄くいい」

「ルーナの足腰が安定しているのは、ここで鍛えているからなのね」

そして、エリノラ姉さんとルーナさんの会話は、一般的な女性が浜辺でする会話ではないと俺は強く思った。