軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シルフォード領に行く理由

「アル、ちょっといいかい?」

朝食後に家族でリビングで過ごしていると、ノルド父さんが厳かな声をかけてきた。

いつになく真面目な雰囲気だ。ノルド父さんがこのように俺だけを指名して呼ぶなど、ロクな事ではない。

「ごめん、今ソファーでゴロゴロするので忙しい」

「それを忙しいとは言わないよ。ほら、こっちに来なさい」

「大事な話よ」

大事な話とか言われると余計に行きたくなくなるんだけど……。

嫌な予感を感じつつも、俺はノルド父さんとエルナ母さんが待ち受けるテーブルへと向かう。

ノルド父さんは俺が大人しく着席するのを確認すると、咳払いして口を開いた。

「アル、王都で出会ったエリック君を覚えているかい?」

エリック=シルフォード。スロウレット家と同じ男爵家の者だ。

王都の貴族交流会では初っ端からメンチを切り合い、さらにはトングで斬り結んだ仲だ。そんな奴のことを忘れるはずがない。

「覚えているよ。俺とエリックは互いの技巧を比べ合った仲だからね」

「何言ってるのよ。お肉を取り合ってトングで喧嘩しただけでしょ?」

俺がカッコつけて言うと、シルヴィオ兄さんとジェンガをしているエリノラ姉さんが呆れたような声で突っ込んでくる。

「喧嘩したとは人聞きの悪い。あれはちょっとじゃれ合っただけだよ。エリックとはその後も普通に喋ったし、翌日には一緒に王都で遊んだ」

「そう思っているのは当事者だけなのよ」

俺が毅然と言い放つも、エルナ母さんがどこか呆れたような声を上げる。

何? 一体どうしたと言うんだ。そもそもどうして二か月以上も前のことを今頃になって蒸し返すというのか。

「どういうこと?」

「そう思っているのは当事者だけで、周りで見ていた人はそうは思っていないということだよ」

ノルド父さんの含みのある言い方を聞いて、俺は理解する。

「ほうほう、つまり他の貴族達はスロウレット家とシルフォード家が険悪になっているって思っているわけ?」

「そういうことだよ」

肩をすくめながら言うノルド父さん。

なるほど、どうしてそんな前の事を蒸し返すと思ったら、そのような噂が流れるようになっていたのか。

「勿論、実際はそうでないんだけど――って、念のために聞いておくけどエリック君とは険悪じゃないよね? 仲良く王都で遊んでいたし友達だよね?」

「うん、一応友達だよ」

エリックのことを友達かと言われたら微妙なところだ。

だが、こんな空気の中、そうじゃないと言えるはずもない。

「そこは迷わず友達だと言って欲しいところだけど」

「友達だよ!」

俺が改めてきっぱりと告げるも、ノルド父さんとエルナ母さんはとても心配そうな顔をしていた。

大丈夫だよ。俺とエリックはもはや遠慮のない関係。それすなわち、友達と言っても過言でもないだろう。うん、エリックと俺は友達だ。

「まあ、ともかくスロウレット家とシルフォード家の仲が良好な事を対外的に示しておく必要があるんだ。そのために僕達は互いの領地に行こうという話になったんだよ」

「互いの家に遊びに行って、俺達はそれくらい仲がいいですよーと周囲にアピールするわけ?」

「簡単に言うとそういうことね」

俺が確認するように言うとエルナ母さんが頷く。

なるほど、別に俺は周囲に誤解させたままでも構わないのだが、それでやりづらくなるのは俺以外の家族だ。

「で、いつ行くの?」

「あら、今回はいつになく素直ね。アルのことだから村から出たくないとかごねるかと思ったわ」

「本音を言うとカグラから帰ってきたばかりで出かけたくないんだけど、俺とエリックのせいだしね」

俺が引き起こした行動である以上、行きたくないとは言えるはずもない。

「既にシルフォード家と連絡して段取りはつけてある。一週間後にシルフォード領に入る予定だから移動時間を考えると三日後の朝に出発だね。それと今回は家族全員で行くよ」

「あたしとシルヴィオも行くのー?」

ノルド父さんの最後の言葉に驚いたのか、エリノラ姉さんが振り返って聞いてくる。

俺のせいで出かける羽目になっていると理解しているからか、声があからさまに面倒くさそうだ。

「そうだよ。シルフォード家と合同稽古もする予定だし、向こうには海があるから退屈はしないと思うな」

「……まあ、向こうにはルーナがいるし退屈はしなさそうね」

「海かぁ。僕まだ海を見たことがないから見てみたかったんだよねぇ」

ノルド父さんが仕掛けた餌に見事に引っ掛かる二人。

さすがは我らが父、子供達に何を与えれば喜ぶ理解している様子。

これなら道中でネチネチと文句を言われることはなさそうだ。ノルド父さんに感謝である。

「ところでルーナって誰?」

「シルフォード家の長女。この間の王都の演習で知り合った友達よ。勿論、アルとは違ってトングなんかで斬り結んだりしてないから」

エリノラ姉さんの言葉に突っ込みを入れたいところであるが、それよりも俺には驚いたことがある。

「……エリノラ姉さんに貴族の友達がいるなんて」

「あたしはアルみたいにおかしな行動はしてないし、王都の騎士団の演習にも参加しているんだから友達も多いわよ」

弟である俺に舐められるのが気にくわないのか、エリノラ姉さんが自慢してくる。

なるほど、同じく騎士を目指す者同士が集まるとなれば友達にもなるだろうな。順当にいけば将来は同じ職場の同僚になるのだ。友好を深めない手はない。こんな姉でも友達を作るのは可能か。

いや、でも待て。騎士団の演習に呼ばれるということはルーナさんとやらはかなりの剣の実力を持っていることになる。

騎士を志す女性全てがエリノラ姉さんのような化け物とは思えないが、もしもという事がある。

化け物二人と稽古などしたくない。

「そのルーナって人はエリノラ姉さんくらい強いの?」

俺が恐る恐る尋ねると、エリノラ姉さんがきっぱりと言う。

「あたしの方が強いけど、アルとシルヴィオがやったら間違いなく負けるわね」

お、おお、良かった。エリノラ姉さんでも勝てない女傑であれば、何がなんでも稽古から逃げるつもりだった。

でも、戦いには相性というのもあるしな。ルーナさんはたまたまエリノラ姉さんと相性が悪かったという場合もある。

あまりエリノラ姉さんの言葉を鵜呑みしないようにしよう。

「アルはカグラに行ったから海を見たことがあるよね?」

注意点を心のノートに刻んでいると、シルヴィオ兄さんが尋ねてきた。

「うん、エスポートでも見たし、船で海を越えたからね」

「いいなー。僕も船に乗ってみたいな」

「シルフォード領では漁が盛んだから漁船もたくさんあるはずだよ。頼んだら乗せてくれるかもね」

「……アル」

ノルド父さんの言葉を聞いたシルヴィオ兄さんが俺の方を見つめてくる。

さすがにシルヴィオ兄さんが何を望んでいるのかわからない俺ではない。

「う、うん、エリックに船に乗れるように頼んでみるよ」

「ありがとう!」

俺がそう言うと、シルヴィオ兄さんが嬉しそうに笑う。

まあ、シルフォード領まで行く羽目になったのは俺が原因だからね。できる限り、皆が旅を楽しめるよう力にはなるつもりだ。

「海ねえー、しょっぱい水が広がっているだけでしょ?」

一方、エリノラ姉さんは剣以外に興味がないのか、ちょっとどうでもよさそう。

「シルフォード領では海が近いから毎日のように海鮮料理が楽しめるわよ?」

「それはいいわね! 海ってば凄いじゃない!」

エルナ母さんに諭されて、エリノラ姉さんが見事な手の平返しを見せる。

なるほど、今回の旅をエルナ母さんがまったく嫌がっていないのは海鮮料理のお陰か。

海に面していないスロウレット領では、どうしても新鮮な海鮮料理を食べることはできないからな。それを楽しみにしているのだろう。

「シルフォード家の料理が楽しみね!」

「きっと新鮮な貝とか魚とかが食べ放題よ」

「貝ってどんな味がするの?」

「どう言ったらいいのかしら? 難しいわね? 海の味かしら?」

「それじゃ、わかんないわよ」

もはやシルフォード領に行くことに異論はないのだろう。

皆がこれからの旅に期待して、楽しそうに会話をし始める。

「思えば家族全員で出かけるのは初めてだね」

俺が言うと、ふと皆が会話を中断して「おー」というような声を漏らす。

さも、今気付いたというような感じだ。

「機会はあるはずなのに皆が遠出するのを嫌がるから……」

ノルド父さんの言葉に心当たりがあるのか、俺達はそれとなく視線を逸らした。