軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エリノラとの朝

エリノラ姉さんが屋敷に帰ってきた翌朝。ベッドの上で目を覚ました俺は動くことができないでいた。

理由は昨日のエリノラ姉さんとの稽古によるものである。といってもいつものような素振りや剣を振るうものではない。俺が限界になるまで走らせるというしごきのようなものであった。

昨日はお風呂に入って晩御飯を食べてから早めに就寝したというのにこの気怠さ。動いて確かめる必要もなく下半身が筋肉痛になっているのだと悟ることができる。

「……動きたくないな」

身体の調子を軽く把握した俺は布団の中でぼそりと呟いた。

昨日はたくさん走って疲れているのでもう少し寝ていよう。

そう思った俺は布団を被り直して目を瞑ったが、室内の気温が太陽の光によって上昇していることに気付いた。

このまま布団を被って眠り続ければ、気温と体温が上がって汗をかいてしまう。

俺は布団から手だけを外に出して氷魔法で冷気を振りまいた。

しばらく、部屋で冷気を放出していると室内の空気がヒンヤリとしたものに変わっていく。むわりとした空気が一瞬にして快適な空気に変わっていく感覚。まるでクーラーを作動させているかのようだ。

いつもよりも空気を涼しくした俺は、布団の中で丸くように眠る。

少し冷気が利いた室内で、布団を被ってぬくぬくと眠る。

冷気の恩恵を贅沢に生かした至福の時だなぁ。

幸福な時間を噛みしめて目を瞑っていると、階下から誰かが上ってくる音がする。

とても聞き覚えのある足音と気配だ。具体的に言うとエリノラ姉さんだと思われる。

朝食の時間にはまだ早いはずだ。朝の自主稽古にでも俺を連れ出そうとしているのか。

今一番会いたくない人物なので、俺は腕だけを動かしてサイキックを発動し、自分の部屋の扉を施錠した。

ふふふ、これで一安心だ。

エリノラ姉さんがひとしきり怒鳴ろうとも狸寝入りを決め込めばいい話だ。この屋敷にはマスターキーがあるが、それを取りに行くには一階に戻らなければならない。

マスターキーを取るのを面倒臭がって諦めてくれれば万々歳。

それを取りに向かうようであれば、転移してマイホームに逃げればいい。空間魔法で収納してある布団を取り出せばマイホームで二度寝をすることができる。

なあに、言い訳は朝の散歩にでも行っていたと言えばいいのだ。

これでエリノラ姉さんによる朝の稽古を回避することができるな。

布団の中にくるまりながらほくそ笑んでいると、エリノラ姉さんらしき気配が扉の前で止まる。そして無造作に扉のノブを動かそうとしたが、ロックをかけているので扉が開くことはない。

というか当たり前のようにノックを無視したな。そんな突っ込みを心で入れながらも帰れと俺は念じる。

しかし、そんな俺の願いとは裏腹に扉のロックがあっさりと解除されてエリノラ姉さんが入ってきた。

「……えっ? なんで?」

「やっぱり起きていたわね」

思わず目を開けて疑問の言葉を口に出すと、部屋に入ってきたエリノラ姉さんが呆れた表情を浮かべていた。

「母さんが言っていたのよ。最近アルは魔法で扉に鍵をかけるから、起こす時はマスターキーを持っていった方がいいって」

右手で俺の部屋のマスターキーを弄びながら言うエリノラ姉さん。

くそ、エルナ母さんめ! エリノラ姉さんに入れ知恵をしたな!

マスターキーを最初から持っていなければ俺は悠々とこの部屋を脱出することができたのに。本当に余計な事をしてくれた。

「というかこの部屋涼しいわね。氷魔法でも使ってたのね? 相変わらず器用な事をするわね」

「まあね。ああ、エリノラ姉さん冷気が外に逃げちゃうから、そのまま外に出て扉を閉めて」

「あっ、それもそうね! ――って、そんな簡単な言葉にあたしが引っ掛かると思っているの? ほら、もうアルもわかってるんでしょ? 朝の稽古よ。稽古に行くわよアル!」

俺を稽古に連れ出すためか、エリノラ姉さんが布団を引き剥がそうと引っ張って来る。

しかし、俺はそれを意地でも離さまいとサイキックを駆使して布団を固定する。

「嫌だ! 昨日散々走ったお陰で下半身が筋肉痛なんだ! そっとしておいて!」

「そっとしておいたら、アルは増々太るでしょ! 筋肉痛なんてちょっと痛いだけで別に死ぬわけじゃないわ! ほら、布団から出てきなさい!」

「昨日頑張ったから今日くらいはいいじゃないか!」

「そういう怠惰さがこのざまなのよ?」

おいおい、エリノラ姉さん、弟に対してこのざまというのは酷すぎやしないだろうか。

「というか布団が取れないわね! アルのどこにそんな力があるのよ?もしかしてまたサイキックとかいう魔法を使っているのね!」

ふっ、すぐにその事実に気付かないとはエリノラ姉さんの魔力感知はまだまだ甘いようだな。身体強化のレベルが上がっているために、ノルド父さんやエルナ母さんと同じ魔力感知に至っているのではないかと危惧したが、杞憂だったようだ。

「バカ力を出す姉に対抗するためだよ」

「だったらあたしはアルの魔法に対抗するために身体強化を使うわよ?」

余裕の笑みを浮かべながら言うと、エリノラ姉さんが急に真顔になって物騒な事を言う。

「ふっ、いくら身体強化が上達したとしても俺の魔法力には敵わないよ」

「布団に拘らずに、このままベッドをひっくり返してあげるわ」

いやいや、さすがにエリノラ姉さんもそこまでしない……よね?

俺が視線で問いかけると、エリノラ姉さんはにっこりと笑ってベッドを持ち上げた。

ベッドの上にいる俺は突然の浮遊感に襲われて、天井までの距離が一気に近付いた。

「わ、わあああっ!? もう! わかったから下ろしてよ! ちゃんと朝の稽古に行くから!」

「初めからそう素直に言えばいいのよ」

俺が観念するように言うと、エリノラ姉さんはそう言ってベッドをゆっくりと床に下ろした。

まさか本当にベッドを持ち上げてくるとは思わなかった。あのまま拒否し続ければ今度は何をしでかすのやら。何をしでかすか予測できないところが恐ろしい。

エリノラ姉さんがいるとゆっくりと二度寝することもできやしないな。

エリノラ姉さんを部屋に入れてしまった事が俺の敗因なのだろう。

「ほら、さっさと着替えて。次はシルヴィオも起こさないといけないんだから」

俺がベッドから降りてホッと一息ついていると、エリノラ姉さんが勝手に棚から俺の稽古服を取り出して渡してくる。

エリノラ姉さんに促された俺は、そそくさとパジャマを脱いで稽古服に着替える。

その間にエリノラ姉さんがカーテンを開け、換気のために窓を開けていた。

俺が着替えを済ませると同時に、室内に太陽の光が差し込んでくる。

暗い室内に慣れていたせいか太陽の光が酷く眩しい。それでも俺は起きたら日の光を浴びる事を習慣にしているので、眩しさに目を細めながらも窓の傍に寄った。

「今日もいい天気ね! 絶好の稽古日和だわ!」

「そうだね」

エリノラ姉さんの言う通り、窓から見える空は雲一つなく澄み渡るようであった。

これ以上ないくらいの晴天だ。それを嬉しく思うと同時に雨であれば稽古が中止になったのにと残念に思えた。

開いた窓から風が入り込み、エリノラ姉さんのポニーテールがふわりとたなびいた。赤茶色の髪が空中で軌跡を描く姿はとても綺麗で、俺はしばし目を奪われた。

こうやって隣にエリノラ姉さんがいるのが懐かしいな。

「ここからの景色を見ると、家に帰ってきたんだって思えるわね」

窓枠に肘を置いたエリノラ姉さんが優しい表情を浮かべながら呟く。

こうやって綺麗な表情をしながら外の景色を眺めているエリノラ姉さんは、深窓の令嬢のようで本当に綺麗だ。

まあ、実際の本性は弟が寝ているにも関わらずに平気でベッドを持ち上げて起こしにくる姉だけどね。

そんな事を思いながらも、俺は窓から外の景色を眺める。

窓の外には屋敷の中庭があり、葉の生い茂った木々が生えている。

門を越えたその先には一本道や平原、小さな川が流れており、さらにその先には大きな山々が見えていた。

自然に囲まれた綺麗な風景。これこそが俺達の帰るべき場所だ。

俺とエリノラ姉さんは無言で景色を眺める。

それからしばらくして、エリノラ姉さんが両腕を上にグンと伸ばして伸びをした。

それから大きく息を吐くと、

「さあ、シルヴィオを起こして稽古に行くわよ! アル!」

俺の手を取って走り出した。