軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

メイドの義務

カグラから帰ってきて数日。

家族にカグラ料理を振る舞ったり、食材を整理したり、お土産を渡したりと俺のやるべき事は終わった。

カグラで使い過ぎたお金も、卓球次第で十分すぎるほどに戻ってきて恒久的な利益を得ることができそう。

細かいルールや道具の詳細についても旅の帰り道でトリーに説明しておいた。

後は大人であるノルド父さんの領域だから丸投げだ。

田舎でロクな施設もないコリアット村で生産するわけでもないのだ。後はリバーシのようにトリーが上手くやってくれるだろう。

ロクに働かずに恒久的なお金を得るシステムを作り上げる。

これこそ、理想のスローライフをおくるためにかかせないものであろう。

働かなくてもお金が入ってくることの何という素晴らしき事か。

ともかく、そんな訳で今の俺にやらなければならない事はない。

さらに現在、エリノラ姉さんが王都で騎士団の演習に参加しているために屋敷にいないのだ。

それは俺がエリノラ姉さんの稽古に付き合わされる事や、命令されてこき使われる時間がなくなり自由の時間が増えるという事。

つまり自由な時間が増えるという訳だ。

これはもう有意義に過ごすしかないだろう。

いつも考えてはいるけどできなかった事や一日中ボーっとする事も可能なのだ。

残念ながらエリノラ姉さんがここに帰ってくるのは時間の問題だ。

それがいつ帰ってくるのか具体的にわからないが、夏には帰ってくるとエリノラ姉さんは言っていた。下手をするともう帰ってくる途中で後一週間もないのかもしれない。

エリノラ姉さんがいない時間など、いつもの十倍は貴重だからな。存分に楽しんでおかないとな。

そう思った俺は自分の部屋で今日は何をするべきか思案する。

「とりあえず氷魔法で冷気を出して、部屋を涼しくしておこう」

そう決めた俺は、氷魔法を発動して部屋に冷気を振りまく。

暑苦しかった空気が冷たくなり、室内が冷たい空気で満たされた。

暑い空気が押しやられて冷たい空気に変わっていくこの感覚が好きだな。

ヒンヤリとした空気が肌全体を撫でるのが心地よい。

それから風を通すために開けていた窓を閉める。それからカーテンも閉めて日光もカットだ。

これで早々室内の気温が上がる事はないだろう。

暑苦しい部屋ではいい考えも浮かびやしないからな。

こうやって快適な環境を整えてあげるのも大事だからな。

部屋の温度を調節していると、ふと喉が渇いてきた。

夏だしやっぱり冷たいものが欲しいかな。フルーツ系の物を飲みたい気分だ。

フルーツ系で冷たいものといえば、旅の途中で立ち寄ったキッカのブドウジュースだろう。

俺は空間魔法で亜空間に収納しておいた樽のブドウジュース、コップ、スプーンを取り出す。コップを樽に近づけて蛇口を捻ると、綺麗な紫色をしたブドウジュースが出てきた。

それからコップに入れたブドウジュースだけを氷魔法で徐々に凍らせて、シャーベット状にすると完成だ。

シャーベット状になったブドウジュースをスプーンでかき混ぜる。ちょうどいい具合になっているのを確認したら、スプーンでそれを掬い上げて口の中へ。

口の中に冷たさが広がると同時に濃縮されたブドウの甘みが広がる。

暑さで渇いていた口の中が即座に潤うと同時に、フルーティーな味が爽やかさをもたらしてくれる。ブドウ独特の酸味と冷たさがマッチしており、暑いこの季節には堪らないな。

噛む度にシャクシャクと音が鳴るのも面白い。

人によっては好みが別れるだろうが、俺は少し氷の食感が強い方が好きだな。

こっちの方が冷たいシャーベットを食べている感じがするし、溶けたら溶けたで変化して柔らかいシャーベッドも楽しめるからな。

俺の友達にはギリギリまで溶かして、極限まで濃縮された状態で食べる猛者もいた。

それはともかく同じシャーベットでも好みは微妙に違うのではないかと俺は思う。

そんな事を思いながら俺は黙々とスプーンを動かしてシャーベットを食べる。

しかし、あまり急いで食べると頭がキーンとしてしまう。

だというのに美味しくてスプーンを止める事ができない。

「あー、キーンってきた!」

思わず額を押さえながら俺は呻く。

わかっていたのにやってしまった。

これが冷たい物を食べる時の恐ろしさだな。

「冷たい空気を感じます!」

鈍痛に額を押さえていると、廊下の方からメイドであるミーナの声が響いてきた。

今日のミーナは窓拭き担当で、先程まで一階の廊下にいたはずなのだが……。

もしかして、俺の部屋から漏れ出る冷気を感じとったのだろうか? まあ、冷気は重いから下に降りる性質はあるけど、俺の部屋から漏れ出た冷気が一階にまで行ったとは考えづらいな。

俺が首を傾げている間に、ミーナの気配がこちらへとやってくる。

そして俺の部屋の前で立ち止まった。

それからミーナが部屋の扉に張り付いたのだろうか。ガタガタッと扉が揺れる音がした。

無言でそんな風に音を鳴らされると、部屋にいるこちらは怖いのだが……。

「……やっぱり、アルフリート様の部屋から漏れていますね……」

確証を得たかのようなミーナの真剣な声。

しかし、ミーナは入ってこられない。

基本的にうちのメイドは用事がない限り、プライベートな私室に入ってこないのがルールだ。メルさんから、その重要性を説かれているミーナはそれを破らないだろう。

破ったら主である俺から文句は言われるし、メルさんからも怒られるハメになるからな。

だからこそ、次にやるであろうミーナの行動は予想できる。

俺が確信していると、程なくして部屋の扉がノックされた。

「……アルフリート様、ミーナです。何かお困りの事はないでしょうか?」

用事がない限り部屋には入れない。なら、用事を作ってしまえばいいと考えるだろう。

残念ながら今は一人で自由に過ごしたい気分なのだ。ミーナが部屋にいれば空間魔法だって使えないし不便極まりない。

ここで会話をすれば何だかんだと押し切られてしまう可能性があるので、可哀想であるがここは無視が一番だ。

「…………」

「アルフリート様? 聞こえてないんですか?」

再度のノックと共にかけられるミーナの声。

それでも俺は答えずに無言を貫く。

俺の事は昼寝をしているとでも思いこんで諦めてくれ。

「……もしかして、眠っているんですか? こんな涼しそうな部屋の中で朝から二度寝とか羨ましすぎますよ!?」

羨ましいだろう。夏であるというのに涼やかな空気の元で過ごせることの何と素晴らしい事か。

ミーナには扉から漏れた冷気をおすそ分けするから今日は我慢してくれ。

「……むむむ、私も入りたいです。でも、何の用もないのに入ったら怒られ……いえ、メイドとして主であるアルフリート様の体調を心配するのは当然の仕事ですよね? こんな涼しい部屋の中で眠っていたら風邪を引いてしまうかもしれません。アルフリート様はたまにお腹を出して寝ていますからね。ええ、部屋に入って主の心配をするのはメイドとしての義務なのです!」

いつもはそんな意識の高い事を言ってない癖に、調子のいい時だけそのような事を言う。

ミーナも昔はもっと単純だったのに誰の影響でこうなったというのか。

俺が呆れていると、不意に部屋の扉がガチャリと動く。

それを見た俺は慌ててサイキックで扉を閉じ、念には念を押してロックもかけた。

「ああっ!? アルフリート様、何か変な魔法で扉を閉めて鍵をかけましたね!? 実は起きているんでしょう!?」

すると、廊下の方からミーナの憤慨するような声が聞こえる。

危ねえ、扉の鍵をかけるのを忘れていた。鍵をかけるとエリノラ姉さんが部屋に入る時に怒るものだから鍵をかけない習慣ができていた。

今は屋敷にエリノラ姉さんもいないし、ゆっくりしたい時は鍵をかけておこう。

「さっきから騒がしいですよミーナ。何をしてるんですか?」

ドンドンと扉を叩いて何か喚くミーナを無視していると、サーラの声が聞こえた。

恐らくミーナの声が騒がしいために様子を見に来たのだろう。

さああ、サーラに怒られて撤退するがいい。

「大変ですサーラ! 部屋の中にいるアルフリート様が急に胸が痛いと言い出したんです!?」

そう思いながら笑みを浮かべていると、扉の前にいるであろうミーナがとんでもない事を口走った。

こいつ何を言っちゃってるの!?

「本当ですか!? 早く部屋に入って様子を確かめましょう!」

「でも、部屋に鍵がかかっているので中に入れなくて困ってるんです……っ!」

「すぐにスペアキーを持ってきますっ!」

ミーナの言葉を真に受けたサーラがこれ以上ないほどに焦りの声を上げる。

「いやいや、俺は至って平気だから!」

「……えっ? アルフリート様?」

今にも走り出しそうになっていたサーラが困惑の表情でこちらを見つめる。

そして扉が開いた瞬間、ミーナが素早い身のこなしで俺の部屋へと侵入した。

「……はあぁぁぁ、涼しいです。ここは天国ですよ」

恍惚とした表情を浮かべながら呟くミーナ。

まったくこのメイドは相変わらず欲望に忠実だなぁ。

ミーナに呆れの視線を向けていると、サーラが寄ってきておずおずと尋ねてくる。

「……えっと、アルフリート様。胸が痛くはないのですか?」

「まったく痛くないよ。ミーナが涼しい俺の部屋に入りたいから嘘を言って、サーラに扉を開けさせようとしたんだよ」

俺が真実を説明してやると、サーラは無表情からの無言になった。眉がピクピクと痙攣しており、額の方を見てみれば青筋が浮かんでいる。

酷く心配して焦ったというのに、本当の理由を聞いてみればかなりしょうもない事だったのだから。

「……とにかく、アルフリート様が今日も健康なようで何よりです」

「うん、いつもありがとね」

サーラは笑顔を浮かべながらそう言うと、部屋の中にいるミーナの下へとツカツカと歩み寄る。

「はあぁ、この床のヒンヤリさも堪らないです。頬をピタッとくっつけると――痛いです!? 何するんですか!?」

「……いくら欲望に忠実でも言っていいことと悪い事があります」

声に怒気を混じらせながらミーナの耳を引っ張るサーラ。

さすがに今回のミーナの嘘は許せないものだったのだろう。

「だ、だって、これだけ涼しいんですよ!? 中に入りたくなるじゃないですか!?」

「だからと言って、さっきのような嘘は洒落になってません。ミーナはもう少し欲望を抑えるように努力をすべきです。きっと余計な時間を与えるから良からぬ事を考えるのでしょう。今日は余計な事を考えないようにいつもの三倍は働いてもらいますよ。村へ食材の調達、庭掃除、雑草抜きと外でやる仕事がたくさん残っているんです」

「こんな暑い中、外だけの仕事をやらせるなんて酷いです! 鬼畜です!」

ぐいぐいとミーナの耳を引っ張りながら部屋を出ていくサーラ。

人間暇になると余計な事を考えると言うしな。サーラの言葉は一理あると思う。

「助けて下さいアルフリート様!」

耳を引っ張られながら廊下を去っていくミーナが、俺に助けを求める。

「ほら、メイドとして主である俺の体調を心配するのは当然の義務なんでしょ? だったら、俺の健康が損なわれないように、外だけでなくしっかりと屋敷も綺麗に掃除してね?」

「では、屋敷の掃除も追加ですね」

俺の言葉を聞いたサーラがにっこりと笑みを浮かべながらミーナに告げる。

「そ、そんなあぁぁっ!?」

ミーナの悲痛な叫び声が屋敷に響き渡った。