軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

母と息子の魔法攻防

「アルフリート様、起きてください」

ゆさゆさとサーラに揺り動かされて、俺は重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。

すると視界には艶のある黒髪をしたサーラがいた。

「あれ? 俺ってばコリアット村に帰ってきたはずだよね?」

「何を言ってるんですかアルフリート様。ここはコリアット村にあるスロウレット家の屋敷ですよ」

寝ぼけ眼を擦りながら言うと、サーラがカーテンと窓を開きながら答える。

すると薄暗かった部屋が一気に明るくなり、部屋に新鮮な空気が入ってくるのがわかった。

閉じ込められていた空気と外にある新鮮な空気が入れ替わる。

呼吸をすると爽やかな空気が俺の肺へと入り、身体中を巡る。

ああ、やっぱりここはコリアット村にあるスロウレットの屋敷だ。

この空気と窓の外にある緑豊かな景色を見て確信した。

目を開けるといきなり黒髪のサーラがいたから、一瞬カグラの旅館で目が覚めたんじゃないかと思ったよ。

安心した俺は憂うことなく、身体を横にする。

久し振りのベッドの感触が心地よい。

旅の間はほとんどが馬車の中、時折宿のベッドでの寝起きだったからな。自分のベッドで眠るのは久し振りだ。もっとこの柔らかさを堪能していたい。

それに昨日は旅から帰ったばかりだというのに、ノルド父さんに無理矢理稽古をさせられたから身体中が筋肉痛なのだ。横になりながら窓へと視線をやるために身体を捻じっただけで感じた筋肉痛。これは重傷だと俺の身体が訴えているのだ。ここはそれに従うべきであろう。

「どうしてまた眠り出すんですか! もう朝食の時間でノルド様やエルナ様も席についているんですよ?」

「痛いっ! サーラ、痛い! 昨日の稽古のせいで全身が筋肉痛なんだ。身体を揺すらないで!」

「あっ、すいません」

俺が筋肉痛による痛みを訴えると、サーラが謝りながら手を離す。

筋肉痛だと言ったばかりなのに。いや、心の中で思っていただけでサーラには言っていなかったな。これは仕方がない。

「俺は筋肉痛が酷くて歩けないから朝食は部屋に持ってきて」

「そのような言い訳でノルド様とエルナ様は納得しないと思いますけど?」

「言い訳じゃない。これは症状なんだ。だから、サーラはノルド父さん達にそう伝えて、ここに朝食を持ってきてくれると嬉しい」

「……いいですけど知りませんよ?」

俺がそう伝えると、サーラがどこか呆れたような表情をして部屋を出ていく。

ちょっと最後の台詞が気になるのだけれど、まあいいか。

これで俺は惰眠を貪れるし、後で好きなタイミングで朝食を食べることができる。

朝食が冷めるのはバルトロに申し訳がないが、俺は今や病人なのだ。

さすがにバルトロも許してくれるだろう。

そう思いながら布団を被り、目を瞑っていると一階から誰かが早歩きで階段を上ってくるような音が微かに聞こえた。

この足音はサーラではないな。足音の感覚がサーラよりも大きいし、リズムが独特だ。

これはエルナ母さんだな。

「何が筋肉痛で歩けないよ。さっさと起きて部屋から出てきなさい」

カチャッ。

扉の前からエルナ母さんの声が聞こえた瞬間、俺はサイキックを使って部屋の鍵をロックした。

「んっ!?」

エルナ母さんが扉を開けて入ろうとしたが、ロックされたせいで詰まり、妙なうめき声を漏らす。

ふふふ、自分の部屋の鍵の構造くらい理解しているのだよ。無属性によるサイキックを使えば、この程度のことは造作もない。

さすがに息子を起こしにくるのにスペアキーまで持ってくる母親はいるまい。出直してくるといいさ。

「母親が息子を起こしにきたのに鍵を閉めるってどういう事よ。しかも無魔法のサイキックまで使って」

「息子は病人なんだから休ませて」

「筋肉痛のどこが病人よ。バカな事言ってないでさっさと降りてきなさい。朝食が冷めるでしょ」

「嫌だ」

いつもの俺ならばここまで頑な抵抗はしない……多分。

今回は本当に稽古による筋肉痛が酷いのだ。だから、優しさを持って食事をここまで運んでほしい。

「そこまで言うなら、こっちも実力で部屋から叩き出すわよ? 魔法を先に使ったのはそっちが先なんだから」

エリノラ姉さんみたいな物騒な事を言い出すエルナ母さん。いつもより短気なのはこんなやり取りのうちに朝食が冷めてしまうからだろうか。

だとしたらなおさら放っておいてくれてもいいのに。

エルナ母さんの魔法適性は火と水。

火に至っては屋敷の中なので使うのは危ない。この夏の季節に熱気で俺を炙り出すという方法もあるが、エルナ母さんにそこまで繊細な魔法が使えるのか?

使えたとしてもこちらには氷魔法による冷気がある。対応はできなくもない。

続いて水魔法に至っては、扉の外から入れることも難しい。使えば廊下や室内もびしょ濡れになるし、さすがにそこまではしないだろう……多分。

「『我は求める 水よ地を這え』」

俺が不安に思いながら考え込んでいると、エルナ母さんが詠唱を省略した水魔法を発動させた。

すると扉と床に存在する僅かな隙間から、にょろにょろと蛇のように形作られて水が勢いよく侵入してく

る。

そしてベッドの上で寝ている俺に向かって飛んできた。

「うわあああああっ! 水魔法の使い方が汚い!」

「うふふ、水魔法は上手くコントロールすれば、どこにでも侵入することができるんだからね」

侵入してきた水は床を濡らすことは一切ない。扉と床のごく僅かな隙間を縫うように水を廊下から侵入させて、室内に入った瞬間一気に膨張させているのだ。

繊細な水の質量変化、視認せずとも感知して相手に魔法を飛ばす技能。

間違いない、エルナ母さんはかなりのやり手だ。ただでさえ水は流動的で魔力のコントロールが難しい。それをここまで手足のように使ってみせるとは……。

ここ数年間、わからず疑問に思っていた事がこんな形でわかるようになるとは何とも言えない気持ちだ。

しかし、俺だって魔法使いだ。この程度の水攻めでやられるわけにはいかない。

俺は飛んでくる水へと手をかざして氷魔法による冷気を発射。

低温の冷気によって襲いかかってきた水が凍りついて蛇の彫像と化す。室内には白い冷気が漂い、室内の温度が一気に下がった。

季節が真夏なお陰か、暑苦しかった空気がヒンヤリとして気持ちがいい。

「くっ、そういえばうちの子は氷魔法が使えるのだったわね。いつもジュースや水を飲むためにしか使っていないから忘れていたわ」

「そういえば、氷魔法を始めて一般的な用途のために使用した気がする」

氷魔法を始めて自衛的な意味で使用した。攻撃をしてきたのが母親というのがおかしいと思う。

「足元がヒンヤリとして気持ちがいいわね」

部屋に籠っている冷気がエルナ母さんのいる廊下にまで届いているのだろう。そんな呑気な声が聞こえてくる。

「そうだね。夏だからねー」

「また暑くなってきたら氷魔法を使ってちょうだいね」

「しょうがないなー。……ああ、暑くなってきたから氷魔法を使うね。ほいっと!」

そんな会話をしているうちにエルナ母さんが再び扉の隙間から水を侵入させてきた。

俺はそれを氷魔法で凍りつかせる。

「「…………」」

エルナ母さんがやりそうな事くらいお見通しだ。伊達に俺も七年間も息子をやっていないからな。

ふふふ、これならエルナ母さんも流石に手を出せ――

などと考えていると洒落にならないレベルで身体が冷えてきた。

「さ、寒い!」

「夏だというのに寒いっていうのもおかしな事よね」

布団をかぶせて寝転がると、廊下からエルナ母さんの呆れた声がする。

まったくもってその通りだ。

おかしいな、今は夏だというのに。部屋の窓をサーラが開けてくれたはずなのだが、俺の氷魔法による冷気はそんなものは知らんとばかりに白い息を吐いている。

今はこうして布団を被っているが、生憎と布団は夏仕様。よても薄いもので防寒性には優れていない。

つまりこうして寝転がっている間にもドンドンと室内の気温は低下していくわけで……。

「くそ! こんなところじゃ寝られないよ!」

真夏に風邪を引いてしまう前に、俺はベッドから飛び上がって部屋の扉へと移動する。

そして、負けを認めながら扉に手をかけるも、扉はビクとも動かない。

「あ、あれ? 扉が開かない?」

「当たり前でしょ? 扉を凍り付かせたのはアルなのだから」

……そういえば、そうだった。

「火で溶かしたら水になって部屋がびしょ濡れになるからやめなさいよ?」

「…………」

どうしよ?