軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

見送りにきた兄妹

「ふふふ、仕事を辞めたお陰か実に清々しい気分だ! カグラの海も俺の吉報を喜んで祝福しているようだ!」

俺とルンバと喜びを分かち合った後でも、まだ余韻を噛みしめているのか小次郎が一人笑う。

まあ、今の彼は辛い仕事を辞めて自由になったのだ。無敵のメンタルモードというやつだろう。きっと今は何をしていても楽しいに違いないな。

「にしても小次郎があっさりと仕事を辞められて良かったよ。仕事を辞めるとなると急に面倒事が舞い込んでくるからねー」

「……まあ、面倒事なしにあっさりとはいかなかったな」

何気なく俺が言うと、小次郎がどこか神妙な顔つきで答えた。

「ん? 辞める時に何かあったの? 仕えていた大名に引き留められたとか?」

「ああ、お前に辞められると困るんだとかお偉い爺に言われたよ」

おお、俺が予想していた上司の典型的な台詞ですね。

「だから俺はアルの言う通りに言ってやったさ! そんな大事な人材をボロ雑巾のようにこき使っていたんですかと! いやあ、あの時の爺共の複雑そうな顔と言ったら、痛快だったな!」

「おお、やるじゃん小次郎! よく言ったね!」

「ははは、今までは機嫌を伺いはしたが、仕事を辞めるとなっては関係ないからな! きっぱり言ってやったぞ!」

俺が前世で言ってやりたかった事を引き継いでやってくれるとは……。

俺の意思を継いで、成し遂げた者がいてくれたのは本当に嬉しい。

ああ、俺も小次郎がきっぱりと言い放った瞬間に立ち会いたかったくらいだ。

「お偉い爺さんの方じゃなかったら、結局面倒事って何だったんだ?」

俺が小次郎の勇士に感動していると、傍で聞いていたルンバが小次郎に尋ねた。

確かに、小次郎の様子だとお偉方相手は特に問題ないように思える。

これほどまでに辞める意思を固めた小次郎を阻んだのは一体何なのか? やはり引継ぎといった業務整理か?

「母上と妹だな」

おお、それは何とも面倒な。

「母上は未完成ながらうな丼を食べさせて、いかにうな丼が美味いか、カグラに利をもたらすか、自分がうな丼を如何に愛しているかで説き伏せることができたが妹はダメだったな」

「おいおい、それは小次郎の腕が未熟だからじゃねえか? 美味しいうな丼を食わせりゃ、妹だって普通納得するだろ」

「まったくもっとその通りだ。俺がアルぐらい美味しいうな丼を作れれば妹も反対しなかったはずだ!」

ルンバに謎の指摘をされて小次郎が顔を覆うようにして嘆き悲しむ。

いや、うな丼がいくら美味しいからと言って、世の中の人間全員が納得するとは限らないからね?

「妹はうな丼をマズいと言い、『こんな物を作るくらいなら刀士を続けろ』と決闘を吹っ掛けてきたのだ」

おお、でもうな丼をマズいと言い張って勝負を仕掛けている。一応、ことの発端と言えば、小次郎の腕の未熟さにあると言っても過言ではないのか?

いやいや、小次郎は料理人ではなかったのだし、仕事を辞めることと料理の腕は自由。

挑戦することに年齢や腕の良し悪しなどは関わりないわけで、仕事を辞めることとはまったく関係がない。

「何だか、言いがかりみたいだね」

「ああ、だがそこまで言われて黙ってはいられなかったしな。決闘を引き受けて白黒つけたというわけだ」

うな丼を教えただけで、家族を巻き込んで決闘騒動になるとはな。

「それで仕事を辞めたんだから勝ったって事だよね?」

「うな丼の名誉と仕事が辞められるかが懸かっていたからな。妹には悪いが本気でいかせてもらったさ」

どこか余裕のある笑みを浮かべる小次郎。

確かにそんな状況であれば社畜として、男としても負けられないな。

「まあ、お陰で妹には拗ねられてしまったが、そこは美味しいうな丼を改めてご馳走して認めてもらおうと思う」

「……そうだね。きっとそうするのが一番だよ」

きっと妹さんだって、小次郎のうな丼を本心からマズいと思った訳ではないはず。

兄が刀士という仕事を辞めるのが寂しかったとかそんな理由だよね。

いつか妹にも認めてもらえるようなうな丼が作れるようになればいいな。

「ん? おお?」

俺がそんな事を思っていると、ルンバが腕を組んで唸り声を上げる。

「どうしたのルンバ?」

「兄と妹が決闘って、どこかで聞いた事が――」

「おーい! アルー! 見送りにきたぞー!」

ルンバの言葉を聞いていると、聞き覚えの実にある少女の声が聞こえてきた。

「ああ、春が見送りにきてくれたみたい」

振り返ると、そこには春と修一、護衛である楓さん、スケさん、カクさんも俺達を見送りにきていた。

「おお、異国の地であるというのに仲の良い少女ができたのか! アルも見かけに寄らずやりおる――」

ニヨニヨしながら何かを言っていた小次郎だが、振り返るなり言葉を止めて固まる。

その表情は酷く驚いているようだ。

「おお!? なんだ小次郎がいるぞ!?」

「何? それは本当か?」

春と修一は小次郎の事を知っているのか、そんな事を言いながら走り寄ってくる。

えっ? どうして春と修一が小次郎を知っているんだ?

俺が疑問に思っている間に、護衛である楓さんが急いでやってくる。

「兄上!?」

「楓!」

兄上? もしかして楓さんと小次郎は兄妹なのか?

「どうして兄上がここにいるんですか!?」

「お前こそ、どうしてここにいるんだ!?」

「あたし達はアルと友達だからな! 見送りにきたんだぞ?」

「と、友達!?」

口を挟んだ春の言葉に、小次郎が驚く。

それから小次郎は春と楓にクルリと背を向けて、俺とルンバの方にやってくる。

「……お、おい、お前達は……その、知っているのか?」

どこか歯切れが悪そうに聞いてくる小次郎。

「春と修一が将軍家の長女と長男ってことか?」

「あ、ああ、そうだ。何だ知っているのか……」

ルンバが答えると、小次郎はどこかホッとしたような表情を見せた。

春と修一の地位を知っているのであれば心配して当然か。

「というか小次郎、楓さんが妹なの?」

「うむ、まあそうだ。俺と楓は将軍家に代々お仕えする家柄でな。楓が春様の護衛を、俺が修一様の護衛をしていたというわけだ」

見比べてみれば、小次郎と楓さんって似ている。

二人共すごく整った顔立ちで、特に切れ長な瞳は瓜二つだな。

美男美女の兄妹で将軍家の護衛に選ばれるほどのエリートか。これはすごいな。

「それで兄上はどうしてここにいるんで?」

俺とルンバと小次郎でこっそりと話し合っていると、楓さんがどこか苛立ちを含めた声で聞いてきた。

ん? 待てよ? ということは、俺はそんな凄い小次郎にうな丼を伝授して、仕事を辞めたらなどと気楽に言っていたのか?

ただの刀士ならまだしも、修一の護衛という重要な役割についているエリートな人となると俺もさすがに気が引けてきたのだが……。

俺が小次郎にうな丼を教えたら楓さんに怒られそうな気がする。

「うむ、俺は友であるアルが出港すると聞いてやってきたのだ」

「友? 一体いつの間にそんな関係になったんです?」

「いや、友であり師匠か。アルは俺にうな丼の道を示してくれた御仁だからな」

「なっ! お前っ!」

俺が不安になっていると、早速小次郎が口走ってくれた。

小次郎の発言を聞いた楓さんがすごい形相でこちらを睨み、カツカツと近寄ってくる。

「アルフリート殿のせいだったのですね!? 私の兄が急に仕事を辞めるだなんて言い出したのは!」

「いや、俺のせいだなんて人聞きが悪いじゃないか! 俺はただ小次郎と河原で出会って一緒にうな丼を食べただけだよ! うな丼を作りたいと言ったのも、仕事を辞めるって言い出したのも全部小次郎だよ!」

「そうだぞ楓」

「では、計画性のない兄上が妙に商人的な話で母上を説得したのも? 将軍様や大名を相手に妙にハキハキと啖呵を切ったのもアルフリート殿に関係がないんですか?」

「……いや、それは俺が教えたけど」

「やっぱり! やはり兄上に吹き込んでいるのはアルフリート殿ではないですか!」

利を説く話などをしたけど、それはあくまで小次郎が仕事をやりやすいように色々教えただけで……いや、ごめんなさい。小次郎が上司にぎゃふんと言わせられると面白いなと思って、色々吹き込んだりしました。

「楓、アルのせいにするな! これは俺が自分で意思で決めたことだぞ!」

「一人では何もできない兄上が何を言ってるんですか! 仕事を辞めたいなどと言いながら、具体的な行動には何も移さなかった癖に!」

「な、何を言うか! そ、それは他にやりたいことが見つからなかっただけで仕方なく続けていたんだ!」

小次郎、そこでどもると途端に小物っぽくなるから毅然と答えてほしい。

「……修一の護衛は仕方なくだって……」

小次郎と楓さんの言い合いを聞いていた春が、修一の心を抉るような言葉を言った。

「……春、そこは言わなくていいから。それに小次郎が忙しすぎる仕事に辟易していたのは知っていたし」

「専属の護衛なんだろ? 修一は小次郎が辞めてよかったのか?」

どこか達観したような面持ちで答える修一にルンバが尋ねる。

「勿論、本音を言えば惜しい。小次郎はこの国で父上に次ぐ実力者だからな。教わりたいことはまだまだあった」

本当にごめんよ。そんな人をウナギ職人に転職させてしまって。

「だが、小次郎の生き生きとした顔を見たら、引き留める気にもならなくなったな」

「そうだな! あれほど元気な目をしている小次郎は久し振りに見たしな! 楓はすっごく寂しそうだけど」

激しく言い争いをする小次郎と楓さんを見ながら、くっくと笑う修一と春。

これが将軍家に器の大きさなのだろうか?

働く時間は多くてしんどかったかもしれないが、こんなにも暖かい人達が周りにいるじゃないか。

やりたい事がなかった以前の小次郎は、だから刀士という仕事を辞めなかったのではないだろうか。俺はそう思った。