作品タイトル不明
楓の間
椿の間でカグラ料理を堪能した俺達は、自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。
案外遅くまで酒宴をやるのかと思ったが、明日から仕事が忙しいらしく酒はほどほどに解散となった。
飲み過ぎる輩が続出するかと思ったのだが、そこら辺はちゃんと弁えているらしい。さすがは大商会の従業員となると違うんだな。
いくら呑んでも酔わないルンバはともかく、アーバインやモルトも程よく抑えているようで意外だった。
誰も酔いつぶれて倒れる者はおらず、ゾロゾロと椿の間から従業員が部屋に戻っていく。
「あー、美味かったな!」
「ああ、そうだな。これだけ美味いなら毎食が楽しみになるな」
アーバインとモルトの言葉に俺はうんうんと頷く。まったくもって同感だ。
先程の料理を味わうと、明日の朝食や夕食も楽しみになるな。
醤油や味噌と親しみのある味だったせいか食べると凄く落ち着いたよ。
和食は食材そのものの味を利用して旬を大切にする傾向があるから、素材そのものの味を活かそうとするバルトロにも案外合う料理かもしれないな。
とはいっても、塩で甘みを引き出したり、出汁を利用したりとあまりにも今までの料理法と違うから無理に押し付けたりはしないけどね。
明日の朝食はやはり味噌汁や魚の塩焼き、卵焼き、ご飯といったメニューだろうか。
明日のメニューを想像しながら二階へと階段へ上がると、麗しい女性達が口々に手を振ってお休みの挨拶をする。
これより上層では女性達が寝転がりながら恋バナとかしたりするのだろうか。羨ましい。
広い部屋なんていらないから俺もそっちに行きたいものだ。
こっちの階層にはむさ苦しい野郎共しかいないというのに。
カグラ服を着た女性達が上っていくのを見送ると、アリューシャとイリヤが階段から身を乗り出す。
「それじゃあ、あんた達いい子にしてるのよ? この階段を上ってきたらぶっ飛ばすからね」
「行かねえよ。さっさと寝ろ」
アリューシャの言葉にアーバインが素っ気なく答える。
「あと、アルフリート様でもダメだからね!」
アリューシャは最後にそう言い残すと、髪の毛を翻して上の階へと消えていく。
混浴の件があったせいか、俺まで注意されてしまった。何となくアーバインとモルトと同列に扱われるのは嫌だな。
「あはは。それじゃあ、おやすみなさいです」
イリヤが苦笑いをしながらも手を振ってアリューシャの後を追っていく。
華やかな着物を着た女性達がいなくなり、これで二階は男だけとなった。
「……おい、アル。行くぞ」
アーバインが俺の肩にポンと手を置いて呟く。
「いや、三階には行かないよ?」
「いや、そうじゃねえよ。さすがにあそこを攻めるほど俺はバカじゃねえよ」
アーバインがバカではないというのには甚だ疑問を感じる。こいつはやりかねないバカだと思うのだが。
「いたたいっ!」
俺が小首を傾げると、アーバインの肩を掴む手に力が入ったので、これ以上は気にしないことにする。
本能に素直なアーバインが三階でなければどこに行くというのだろうか。
俺が不思議そうな表情を浮かべると、モルトが膝を折って視線を合わせてくる。
「夜の旅館でやることと言ったら、一つしかねえだろ?」
「何?」
「「「枕投げだ!」」」
◆ ◆ ◆
アーバインとモルトとルンバに連れられてやってきた二階の大寝室。楓の間。
一階の食事場である椿の間と同等の広さを持つ畳部屋なのだが、床は一面真っ白な布団や枕で埋め尽くされていた。
「……ここにあるの全部枕と布団なの?」
「ああ、そうだ。一人一つずつじゃ物足りないからな。空いている部屋からかっぱらってきたんだ」
呆然と呟く俺の言葉にアーバインが得意げに答える。
部屋にいるトリエラ商会の従業員の男達も、どこか得意げな様子でこちらを見ていた。
夕食の前に妙に男達が話し込んでいると思ったら、こんなことを画策していたのか。
道理で誰も酒で酔いつぶれないわけである。酔っていては枕投げができないからな。食事のすぐ後というのは、旅館の人達が忙しく片づけをしている間にやろうというわけか。
それにしても全員が二つ以上枕を持っているということは、全男性四十名の二倍だから少なくても八十個以上はあるというわけか。
八十個の枕が一斉に飛び交う事を想像すると洒落にならない気がする。
『へへへ、今年は寝室が広いから思いっきりできるな』
『ああ、この広さなら本気で投げても大丈夫だろう。陣形もできる』
不敵な笑みを浮かべながら枕を両手に持つ従業員達。
……こいつら、できるな。
いくつもの滞在経験を経てそれなりの修羅場をくぐってきたと見受けられる。
そんじょそこらの旅行での枕投げとはわけが違うようだ。
だが、俺だってそれなりの修羅場は潜ってきたつもりだ。
毎朝、起こしに来るサーラを撃退し、稽古の日に起こしに来るエリノラ姉さんに枕を投げ返したこともある俺だ。(きっちりキャッチされて投げ返されて、もう一度眠りについた)
死線を潜ってきたのはお前達だけではないのだ。
「よーし、俺達も枕を拾うぞ!」
「おうよ!」
アーバインやモルトに続いて、俺も枕を拾い上げる。
「こんな大人数で枕投げをするのは初めてだな。楽しみだ!」
そう言って小さいボールを拾うかのように、それぞれの手に枕を収めるルンバ。
筋骨隆々な腕の筋肉を見るとかなり不安になってきた。
ルンバの馬鹿力によって投擲される枕は本当に大丈夫なのだろうか?
「ねえ、ルンバの投げた枕が当たったら首が千切れたりしないよな?」
俺が恐る恐る呟くと、アーバインとモルトがピタリと動きを止める。
「……布団を盾として掲げれば多分大丈夫だと思うぜ」
「そ、そうだな。ここに敷いてある布団は、こけても問題ないためのクッションだけじゃなく、即座に盾として使えるように多めに敷いてあるからな」
「旅の途中でルンバに倒されたソードボアを思い出しても同じことが言える?」
一発で頭蓋を陥没させ、地面にクレーターが広がっていく光景。
「「……いざとなったら身体強化をしよう」」
俺は常に身体強化しておいて、いざとなったら躊躇なくサイキックを発動しようと思う。
俺がそんなことを考えていると、部屋の中央に枕を持ったトリーがやってくる。
「枕投げの注意っすよー。くれぐれも枕無しで殴ったりしないように。あと、女将が来たら即座に寝たふりをするっすよー」
『『『はーい』』』
トリーの注意を促す声に男達が仲良く返事する。
枕を使わずに殴るのはなし。女将が来たら勝負を忘れて寝たふりをする。それが絶対のルールか。
本当に修学旅行みたいだな。俺達が生徒で女将が先生ってところか。
「トリーが仕切ってるのは意外だね」
「まあ、大商会の長だからな。従業員のガス抜きには気を使っているんだろ」
意外だ。こういうのは見て見ぬフリをしたり、止めたりする側に回るのだと思っていた。部下を持つ商会の長も大変なんだな。
「ねえ、アーバイン。これって味方とかいないの?」
「全員敵だな。組みたければ交渉して組めばいい。基本的の場の空気の流れとノリで敵味方が変わるしな」
アーバインのどこか突き放すような言葉を聞いて俺は考え込む。
俺はつい先程の食事で、足が痺れているアーバインに追い打ちをかけた。
こいつはやられたら懲りずにやり返すのがモットーの男だ。こいつは絶対に序盤では味方にならないだろうな。開始の合図と共に枕を投げつけてくるに決まっている。俺が追い打ちをかけたのはアーバインだけでなくモルトもなので、二人は組んでいると考えた方がよさそうだな。
最初にやるべきことはこの二人を沈めることだな。
「それじゃあ、準備はいいっすかー?」
トリーの間の抜けた声がかかると、寝室内にいる男性全員が枕を構えて剣呑な空気を滲ませる。
「枕投げ開始っす!」