軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

こういう釣りも悪くはない

「おーい、アル! 釣りしようぜ!」

船室にあるハンモックで寝転んでいるとルンバが扉を開いてそう言ってきた。

「釣り?」

「そうだ、釣りだ! 晩飯のおかずを増やすために魚を獲るんだ」

そう言って笑顔で釣り竿を見せてくるルンバ。

釣り竿とは言ってもリールなどがついている立派な釣り竿ではない。リールがついていない延べ竿だ。先端部分には長い糸があり、そこからウキや重し、針といったシンプルなもの。

三メートル近い大きなものなので斜めにしないと天井に当たってしまうようだ。

「釣りかぁ。潮風に当たりながらボーっとするのもいいねえ」

「何を言ってるんだ? 釣りは魚が釣れるからいいんじゃないか?」

俺が感慨深く呟くと、ルンバがキョトンとしながら答える。

まったく、エリノラ姉さんといい、トールといい皆そんな事を言うんだから。

釣りはまったり時の流れを楽しみつつ、談笑したりするのがいいのだろう。

談笑の合間を縫うようにまったり釣れるくらいが丁度いいんだよ。

「まあ、とにかく晩飯を増やすためだ。行くぞ!」

そう言うとルンバはこちらへと近付き、ハンモックを下から押し上げる。

体重の軽い俺は、それだけで浮き上がりルンバの肩へと背負われてしまった。

突然の浮遊感に驚いたけれど結構楽しいな。

「よし、甲板まで出発!」

「おお!」

そんな訳で俺は、ルンバの肩に乗せられたまま甲板へとやって来た。

そこではアーバインやモルト、ダグラスを初めてする多くの船員達が延べ竿を海へと垂らしていた。

今は風もなく、波の様子も穏やかで釣りをするには絶好の機会だな。

「おお、アルも来たか! こっち来いよ!」

俺達が甲板を歩くと、アーバインとモルトがこっちに来いとばかりに手を振る。

それに応じて俺はルンバの肩に乗せられたまま、船の端へと移動した。

うおっ、ルンバの肩に乗っているせいか海を余裕で覗き込めてしまうせいか、ビビるな。このまま落ちたらドボンだ。

「よし、そのまま海に落とすか」

「待て待て、軽いし針につけたら良い餌になるぞ」

アーバインとモルトが物騒な事を言い出したので、俺は即座にルンバの肩から降りて二人の背に回った。

「そんな事を言っていいのかい? 今二人が海に落ちるも落ちないも全て俺の足次第だよ?」

二人は船の縁側、手すりのような場所に座っているので、俺が軽く足で押してやれば即座にドボンだ。

「冗談だよ、やめてくれ。もう海水はこりごりだ」

「そうそう。冗談!」

アーバインとモルトはにへらっと笑ってそう口にするが表情が強張っていた。

さっきの海水かき氷で懲りたらしい。

二人のその様子を見て満足して足を引くと、モルトとアーバインがボソリと。

「アルフリート様の目って死んだ魚のようだから、本気にしか見えねえぜ」

「ああ、この前バーベキューで食った魚を思い出したって――うわあっ! 蹴らないで下さい! 落ちる!?」

ちょっと憤慨しつつ、モルトとアーバインの背中を足で押してやると面白いように叫び出した。その様子を見て他の船員達も笑っていたので、俺を侮辱した罪はここらで勘弁してやる。

誰が死んだ魚のような目だ。まったく。

「おーし、アル! 竿の準備ができたぞ!」

俺達がそんな風な事をしている間にルンバは延べ竿の準備をしてくれていたらしい。

これはありがたい。

「長くて重いから気をつけろよ?」

父親のような台詞を言われながら、俺はルンバから竿を受け取ろうと思ったが、先に受け取ると座る時が面倒だ。

それを察してくれたのか、左側にいるアーバインと右側にいるダグラスが大きく場所を開けてくれた。

「ありがとう」

ルンバやアーバイン、ダグラスに礼を言ってから延べ竿を受け取り、俺も二人にならって縁側に座った。

ちなみにこの世界にある延べ竿はシナの木という海辺に生える木を使うのが主流だ。

水に強く、しなやかで丈夫ということなので延べ竿に使うにはもってこいなのだ。

「餌ならもう付けているから、そのまま垂らしていいぞ」

そうルンバに言われて、針の先を見ると先端に小さな魚が付いていたので、俺がそのまま針を海へと沈めた。ちょっと小魚にしては大きい気がするが気にしない。

海面では延べ竿のウキがプカプカと漂うように浮いている。

ただそれだけであると言うのに、ウキを見つめるのは何故か楽しいな。

こうやって潮風を感じ、青々とした海や空を眺める。

川釣りもいいけど、広大な海での海釣りもいいな。何より景色がいいし解放感があるしね。

……穏やかに過ごせる時間はいいなあ。

前世の忙しさを振り返りながら、俺の今の時間の流れを噛みしめるように味わう。

しばらく無心でウキを眺めていると、隣にいるアーバインが口を開いた。

「今回こそは俺がデケえ魚を釣ってやるからな」

「そんな事を言って、お前はロクなものが釣れた試しがねえ」

アーバインが意気込むのを見て、モルトが呆れたように肩をすくめる。

「何だと? もし、大物が釣れてもお前には食わしてやらねえからな?」

「へいへい、まずは生き物が釣れるといいな」

何だろう。アーバインってばそんなに釣れないのだろうか? やっぱり心が醜い人には魚すら寄り付いてこないのであろうか?

俺が隣でそんな事を思っていると、アーバインの竿が大きくしなった。

「きたっ!」

アーバインがそれを見て竿を立てる。

「おお! ウキがかなり沈んでいるな!」

右にいるダグラスが覗き込むようにして言うので視線を追うと、アーバインのウキはかなり深くまで沈んでいた。

アーバインの竿が大きくしなり、糸が左右に揺れる。

これは結構な大物なのではないだろうか?

「見ろ! モルト! これは結構な大物だぜ!」

「本当かよ!?」

モルトが驚きの声を上げる中、アーバインが魚を弱らすように竿を引く。

それから一分ほど格闘した末に、アーバインが目をカッと見開いた。

「ここだあああああああ!」

アーバインがしならせた竿を勢いよく振り上げる。

それにより海面から大きな黒い影がせり上がり、そして勢いよく釣り上げられた。

釣り上げられたものが宙を舞う。

大きな獲物に期待して目を見開かせた俺達の瞳に入ったものは、大きな革靴であった。

「ぎゃあーはっはっはっは! 確かにこれは大物だな! アーバイン! ああ安心しろ! これはアーバインの獲物だ。誰も取ったりしねえよ。お前一人で食べればいいさ!」

「うおおおおおおおおおお! 黙れ!」

バカにされたアーバインが竿を後ろに放って、モルトに掴みかかる。

なるほど。モルトの言っていた生き物が釣れるといいなという言葉は、こういう事だったのか。恐らくアーバインは毎回このように生き物以外の魚を釣り上げてきたに違いない。

「へへへ、革靴と一分も死闘を繰り広げた感想はどうだ? ――っておい! マジで危ねえって! 海に落ちるだろうが!」

「落とそうとしてるんだよ!」

左側にいる奴等が騒がしい。

釣りってのは、もっと穏やかにやるもんだよ。

「こら、お前達騒がしいぞ。魚が逃げるじゃねえか」

「「すんません」」

ダグラスに注意されて大人しくなる二人。

船の上では全てを取り仕切る船長が絶対的支配者だ。誰も船長には逆らえないのである。

ダグラスに叱られて二人が大人しくなったお陰で、再び穏やかな時間が戻って来た。

それに伴いポツポツと船員や、ダグラス、モルトが魚を釣り上げていく。

アーバインはモルトに煽られて歯をギリギリと鳴らす中、俺もそろそろ釣れないかなーと思っているとヒットした。

海面を漂うウキがポチャリと沈み込む。

「おっ、かかった――」

何て思うのも柄の間。

魚の力が強いせいか竿ごと俺の身体が引っ張られた。

そのまま海に落ちると思ったところで、俺の身体をルンバの手ががっしりと支えてくれる。

「た、助かったよルンバ」

俺が振り返って礼を言うと、ルンバが白い歯を見せて笑う。

「こういう時のために傍にいるからな! 気にするな! それより両手を離すなよ?」

「うん!」

何というイケメン。野性味のある男が好みという女性の気持ちがわかった気がする。

ルンバに支えてもらいながら、俺は竿をギュッと握る。

針にかかった魚は相当大きいらしく、延べ竿がキリキリと悲鳴を上げるようにしなる。

今までの川魚とは比べ物にならないくらいの引きだ。

これで釣り上げたのが革靴だったりしたら泣けるな。

「これこそ本物だぞ! アーバイン!」

「うっせえ!」

左側ではモルトとアーバインがそんな事を言い合う中、俺とルンバは船員達に見守られながら竿を引っ張る。

すると、ようやく獲物が弱ってきたのか徐々に海面へと上がってきた。

日光によって獲物の白い腹や鱗が反射し、キラリと光る。

「よし、革靴じゃないぞ!」

「ルンバさんまで!? いじりすぎですよ!」

ルンバとアーバインのやり取りを聞いて力が抜けそうになったが、何とか堪える。

獲物が針から逃れようと海面で暴れ回るのを、ハラハラとしながら引っ張り続ける。

獲物を引き上げて何分くらいたったであろうか、ついに獲物の引きが弱くなった。

「アル! ここだ!」

「うん!」

それを感じた俺達は、竿に力を込めて全力で振り上げた。

海面から獲物が飛び出し、宙を舞い上がる。

それは体長六〇センチを超える、マグロのような顔をした魚であった。

青みがかった背中に鋭い背びれ。そして何より額から生える大きな角が特徴的である。

何故に魚に角が生えるのか。

「ドスマグロだ!」

船員の誰かが叫ぶ中、ドスマグロは船の中央部に叩きつけられた。

それからビチリビチリト身体を跳ねさせる。物凄い元気だな。

十五センチくらいは跳んでいるのではないだろうか。

「やったなアル! これで晩飯は豪華になるな!」

ルンバが俺を肩車して喜びの声を上げる。

それにつられて皆が歓声を上げた。

多分このドスマグロは子供なので全員が食べられるかは不明だが、今はそんな野暮なことは言わない。

ただ大物を釣り上げた喜びと達成感に浸ればいいさ。

「それにしても何でこんな大きいのが釣れたんだろう? 俺ってば小さな魚だけを釣るつもりだったのに」

俺がふと我に返ってそのような事を呟くと、ダグラスが当たり前のように答えた。

「そりゃ、小魚を餌にしてたら大き目の魚しか釣れんだろう。最初から大物狙いじゃなかったのか?」

あっ、そっか。そういえばルンバが小魚にしては少し大きめの魚を針につけていた気がする。

あの時から俺が釣れる魚は、大き目の魚しかいなかったってわけか。

何だろう。俺ってばまったり釣りをするつもりだったのになあ。

疲れたように息を吐くと、下にいるルンバが不思議そうな声を出す。

「どうしたアル?」

「……何でもないよ」

たまには、こういう釣りも悪くはないかな。