軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7.ローザは「推し」を育てたい(4)

ローザはくすりと笑った。

「すべてあげるわ。……いいえ、これらはすべて、元からあなたのものよ」

「は……?」

「ここにあるのは、『ラングハイム家の子どものために』用意された品。わたくしが享受してきたものはすべて、本当は長男であるあなたが受け取るべきものなのだから」

呆然としているベルナルドに一歩近づき、ローザはその両手を取った。

オルゴールを押し付けがてら、さりげなく、すべすべお肌を堪能してしまったのはご愛敬だ。

「あなた、自分が盗みを働いたと思っているのね? でも違うわ。あなたは、受け取るべきものを受け取っただけよ。だいたいあなたは、わたくしの弟。かわいい弟にあげられるものがあって、姉様は嬉しいわ」

そう、ローザは推しに全財産を貢ぎたいタイプなのだ。

課金。それは至高の愛情表現。

(わたくしが用意したものをベルたんが身に着ける……それはつまり、わたくしが間接的にベルたんの体を抱きしめているも同然……!)

重度の変態思考だ。

その腐りきった発想が伝わってしまったのか、

「…………っ」

ベルナルドは熱いものに触れたように顔を歪めた。

「きれいごとを……!」

むしろ、腐りごとなのだが。

「僕は『かわいい弟』なんかじゃありません。現に、あなたの大切なものなんて、とっくに港に出入りする荒くれどもに、二束三文で売り払ってしまった。現金が一番なんでね。僕は今夜にだって、あなたの宝物や、家宝でさえ、躊躇いなく売り払えますよ。そういう人間なんです」

「でもね、姉様は――」

「僕は、あなたを姉だなんて思ってない!」

ベルナルドは叫び、腕を振り払う。

そのはずみで、二人の手に挟まれていただけだったオルゴールが、床に落ちてしまった。

――カシャーン!

繊細な磁器は、粉々になって砕け散る。

無残に剥き出しになった機械部分を見て、さすがにベルナルドも顔を強張らせた。

「あ……――」

無意識に、指が床の破片を追いかけようとする。

「こいつ!」

「なんてこと……!」

ルッツは血相を変えて叫び、ローザもつい声を荒げた。

(繊細なベルたんの指が、無機物の破片なんかに傷付けられてしまう……!)

そんなのだめだ。

この世で「受け」を傷付けていいのは「攻め」だけ。

ローザが慌ててベルナルドの手を掴むと、ベルナルドはきゅっと眉を寄せ、顔を逸らした。

「なにをするの、ベルナルド!」

「……さっきから言っているじゃないですか。僕はこういう人間――」

「あなたの指が傷つくでしょう!」

心を鬼にして厳しく叫ぶと、ベルナルドは弾かれたように顔を上げた。

「……は?」

それから、ぽかんとした様子でこちらを見返す。

その表情も実にまた受け受けしくて、よい。

ローザは自分のぐひぐひした顔を見られぬよう、かつ、感触を堪能できるよう、彼の顔を自分の胸元に抱き寄せた。

「ねえ、高価なんて言っても、しょせんは物よ。それであなたの指が傷ついたら、わたくしはそちらの方が悲しい。お願いだから、ベルナルド。あなたはもっと、自分のことを大切にして」

頭の形がよい。

頬のまろやかな感触もよい。

我慢できず、ローザは弟の頬に両手を添え、そのあどけない顔をねっとり舐めるように見つめた。

「こんな人間、だなんて言わないで。あなたはとてもいい子よ。わたくしの、世界一かわいい弟――」

「…………っ」

だが、言葉はまたしても遮られてしまった。

ベルナルドがぱっと身を引いたのだ。

ただ、先ほどとは異なり、彼の顔は赤く染まり、瞳は、心なしか潤んでいるように見えた。

(な……っ、もっ、萌え……っ)

心臓を内角から鋭くえぐる愛らしさに、思わずローザの呼吸が止まる。

それがいけなかったのだろう。

ベルナルドはローザの手が緩んだのをいいことに、今度こそ踵を返してしまった。

「……明日には荷物をまとめて出て行きます。お世話になりました」

そう、低く吐き捨てて。

「なんてやつだ! ぶっ殺してやる!」

ルッツは悪態をつき、それからはっと口元を押さえてローザを窺ったが、彼女はといえばそれどころではなかった。

(毛を逆立てた猫のようなベルたん……み゛ゃあああああっ!)

きしゃーっとこちらを威嚇してくるようなベルナルドの受け受けしい振舞いに、心臓を撃ち抜かれていたからである。

これはまずい。

今すぐ発散させねば、再び気絶まっしぐらである。

ローザはハートをぎゅんぎゅんさせたまま、ひとまずルッツに掃除係を呼ぶよう言い渡し、うまいこと部屋から追い出す。

その隙に、寝台の上をごろんごろん転がって、それからちょこんと正座した。

(……とはいえ、ベルたんに家を出て行かれるわけにはいかないわ)

賢者タイムだ。

ローザは不意に舞い降りてきた冷静さをがしっと掴み、そのまま沈思黙考した。

せっかく手に入れた最高の「受け」を、ここで手放してしまったら、きっと自分は生きる希望をなくしてしまう。

なんとかベルナルドの不満を解消し、家出を思いとどまらせなくてはならない。

少なくとも、自分が修道院入りしてしまうまでの、二年ほどは。

(ベルたんは、わたくしが嫌だから出て行きたいのよね。姉とは思えない、と言っていたし)

推しに嫌われているなんて泣けてくるが、真剣に考える。

(きっと、わたくしの腐った性根が滲み出ているからいけないのだわ。もっと擬態を強めなくては。より有能で、気高く、こう、イイ感じの姉に……)

だが、すでに立ち振る舞いは相当気を付けているつもりだし、教師役として、持てるスキルはすべて披露してしまった。

これ以上ベルナルドを感服させるような能力は、今のローザにはなさそうだ。

(けれど、諦めてはそこで試合終了よ。今のわたくしにないのなら、「作れば」いいのだわ)

あらかたの能力は鍛えきった感があるが、唯一、魔力にだけはまだ伸びしろがある。

なにしろあれは、危機に接すれば接するほど容量が増えてゆくものなので、危険な目に遭いに行けば、もれなく実力が付くのだ。

(そうよ、ベルたんはまだ、魔力が発現していないし。ここでわたくしが、ばーんと魔力の才能を見せつければ、姉として認めてもらえるチャンスが……!)

幼い頃から尊死の危機に何度も接したせいで、魔力は目覚めたものの、近頃は逆にそのせいで、多少のピンチには魔力が刺激されなくなってしまっていた。

しかも、腐に目覚めてからというもの、萌え活動のため専ら部屋に引きこもっていたので、そんな状況下では「危機」など訪れるはずもなく、魔力は絶賛伸び悩み中である。

自分の身を、それっぽい危機にさらさなくてはならない。

それも、今すぐ。

ローザは顎に指を当てて目を細めた。

しかし、領内では病弱イメージが先行しすぎて、ローザを襲ってくれる人物などほとんどいないし――

「……港に出入りする、荒くれ者?」

そのとき、ふとベルナルドの言葉を思い出し、ぱっと顔を上げる。

素早く計画を吟味し、それから、ローザは勢いよく寝台から飛び降りた。

窓の外には、夕空に白く浮かびはじめた満月。

あれが昇りきるまでに魔力を伸ばし、ベルナルドに見せつけつつ、縋り付くのだ。

そうと決めたら行動的なオタク――貴腐人ローザは、するりと部屋を抜け出した。