軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33.ローザは危機を抜け出したい(2)

今や、銀色の月を思わせる美貌を得た彼は、口の端を持ち上げ、薄い唇で笑みを刻んだ。

「百合豚アントン、と」

「……………」

すごくシリアスに向かない二つ名だな、と一同は思った。

「ええと、アントニー、いえ、アントン神父は、我々に正体を明かしてまで禁忌の術を披露してくれる、と?」

「仕方ないでしょう、緊急事態です。保身で逃げてばかりいては、後で悔やむことになりますからね」

彼がそうした発言をするのは二度目だ。

苦笑気味に答えるアントンを、ベルナルドは眉を寄せて見つめたが、言葉の意図を問うよりも早く、アントンの手の上の景色がゆらりと揺れはじめたので、関心をそちらに引き戻した。

今は、ローザのことだ。

「同じ空の下をたゆたう風よ。ローザ・フォン・ラングハイムの周りを巡る風を集め、我が手の上に紡げ」

ふわ、と、温かな風が吹く。

やがてそれはアントンの掌の上でぐるぐると渦を巻き、唸るような音を立てた。

同時に、渦巻く風が、まるで膜のように 厚み(・・) を持ち、その上になにかの像を結び出す。

「なんだこれ、風の膜? すごい、映像まで見えるんだ」

「なるほど、音の反響を利用して像を再現しているのか。だが……俺の眼でも、映像が鮮明には見て取れないな」

「僕もです、兄上。なんだろう、なじみの悪さというか、魔力の反発のようなものを感じる」

素直な驚きを露わにしたラドゥに対し、魔力に造詣の深い王族兄妹は素早く分析を述べる。

「その通りです。この術は、音声を再現するほか、親和性の高い者には映像をも伝えることができる。皆さんの目には映らないかもしれませんが、今、私にはくっきりと映像が見えていますよ。彼女は今――ひっ」

だが、渦に視線を凝らしたアントンが、そこで突然悲鳴を漏らしたので、一同はぎょっと身を乗り出した。

「なんだ!? なにが見える!?」

「ぐぅっ、大量の、裸の男たちが……お、おぞましい」

アントンにはちょうど、半裸状態の男たちがひしめく様子が見えていた。

ただでさえ百合原理主義者のアントン。

修道院時代、さんざん男たちに言い寄られた過去もあり、大量の、それも露出度の高い男たちがいる光景というのは、彼にとってそれだけで悪夢である。

「なんだって!?」

「大量の、裸の男!? まさか――」

アントンは、あくまで彼個人の感情として恐怖しただけだったのだが、結果としてそれが、周囲の「ローザ男性恐怖症設定」に拍車を掛けてしまったことを悟り、慌てて声を上げた。

「あ、いえ、大丈夫です! ローザは無事です! 彼女にとってはなんら問題のない状況です」

だって、アントンの視界に映るローザは、座り込んでしまっているものの、顔を覆った両手の隙間から、食い入るように男たちを見つめている。

呼吸がせわしないのは、恐怖ではなく、興奮によるものだろう。

(さてはローザ、君、この状況にわくわくしているな!?)

同族ならではの勘と言おうか、アントンは正確に状況を読み取った。

どうやら場所は地下室のように見え、案の定事件に巻き込まれているようだが、あまり危機感のない状況だという感じがぷんぷんする。

か弱そうな外見をしているから誤解されがちだが、あれでローザの精神はタフだし、使い勝手のいい癒力も持っている。

奥に 魔獣(バイコーン) も見えるが、鎖に繋がれているようだし、正気を失った様子の少年たちもいるが、彼らの動きは隙だらけで、魔力持ちのローザにかかれば敵ではないように思われた。

(あ、たぶんこれ、マティアス神父としては窮地に追いやったつもりなのに、本人としては喜んでいるパターンだ)

ローザを美化せぬアントンは、至って冷静に判じた。

「殿下の予想通り、地下室と思しき場所に、連れ込まれてはいるようですね。奥にバイコーンがいます。ただ、鎖で繋がれているし、だいぶ弱っている。すぐ横にフェイくんもいるようだし、問題なく無力化できるレベルでしょう。あとは、挙動不審な少年たちが十人程度いるだけで、そちらはなおさら問題ない――」

「問題ないはずがないだろう! なぜごまかそうとする!」

「神父殿。僕たちは過酷な現実でも受け入れる用意がある。変に事態を矮小化しないでくれ!」

が、冒頭の悲鳴ですっかり警戒態勢になってしまったレオンたちには、アントンの的確なコメントも、ごまかしとしか響かなかった。

彼らには音声しか手掛かりがないというのに、その音声も未だ風の音に掻き消され、よく拾えないのだからなおさらだ。

「ごまかしてなどいません。実際、私の目にはそう見えるだけで――ああ、ほら、音もだいぶ鮮明になってきた。ちゃんとご自身の耳で聞いてください」

アントンは焦ったが、ようやく風の唸りが収斂し、周囲にも聞き取れるレベルまで音声がクリアになったので、ほっとして呼びかけた。

ここで一発、男の裸に興奮したローザがドン引き発言でもかましてくれれば、状況がさして危機的ではないと伝わるだろうし、なにより彼らもローザに対して冷静になると思うのだが。

『……うした、ローザ! ……にが見えていると……んだ!?』

『……が! ……イには、見えないというの……!?』

どうやらフェイは、ハアハアしながら光景をガン見しているローザを心配し、肩を揺さぶっているようだ。

対して、ローザは興奮のあまりか、結構きわどい単語を放ちながら、上の空で応じている。

術者であるアントンにだけは、それがくっきりと聞き取れた。

(よし! いい流れだ。ローザ、今こそ君の下世話な薔薇趣味を披露したまえ! そうして、王子たちにドン引かれるがいい!)

そんな場合ではないのだろうが、アントンはつい物見高く拳を握る。

が、

『俺には見えない! くそ、まさか、幻覚の類か……?』

『幻覚ですって? え? これは、わたくしにしか見えないの……? わたくしが、汚れているから……?』

ようやく誰の耳にも鮮明になった会話を聞いて、その拳を震わせる羽目になった。

(いや、だからさ、ローザ)

「幻覚!? ローザにだけ幻覚が見えてるのか!?」

「声が震えて、相当怯えているようだ……。まさか、幼少時の恐ろしい出来事を……!?」

「バイコーンの猛毒とは、精神に影響するものだったのか!?」

聴衆たちはすっかり、ローザがありもしないトラウマを刺激され、怯え切っていると思い込んでいる。

(自分の薔薇趣味のこと、薄汚れてるとか言うなって言ったじゃあああああん!)

なぜ毎度このような流れになってしまうのか。

音声がクリアになるタイミングも悪すぎる。

もはや心配警戒モードマックスになってしまった四人を横目に、アントンは頭を抱えた。