軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7.ローザはフラグを回避したい(1)

「やあ、王子。随分気合いが入ってるじゃない」

茶会当日――冷たい空気の中にも、まどろむような陽光がにじむ、穏やかな昼下がり。

月下香(チューベローズ) が美しく咲きこぼれた庭園に、ラドゥのからかうような声が響く。

アイアン製の優雅な丸テーブルでは、装飾的なチュニックとブーツを合わせたレオンが、長い脚を組んで席についていた。

日頃シャツとズボンのような簡素な装いを好む彼にしては、珍しくかっちりとした服装だ。

そうしてみると、獅子のような金の髪と精悍な美貌もあいまって、見る者が息を呑むほどの迫力である。

さらに言えば、茶会の類には滅多に顔を出さないと評判のレオンが、まるで開会を待ちわびるように、一番にテーブルに着いていることを、ラドゥはそう評してみせたのだったが、レオンは、軽く眉を上げることでそれを受け流した。

「そういうおまえこそ。盛装姿など初めて見たぞ」

「初めて参加する社交的な場だから、一応ね」

かく言うラドゥもまた、襟元の開いたカジュアルな 長服(カフタン) ではなく、金糸で刺繍の入った詰襟の白い長服を着用している。

頭には布をぐるりと幾重にも巻いたような四角い帽子を乗せ、肩からは幅広の布を流しかけと、エキゾチックながら、魅力的な装いだ。

「今の俺は、反抗的な異教の虜囚ではなくて、王妃陛下の主治医って身分だからね。立場にふさわしく、高貴な装いをしなきゃ」

「当てこすりのようなことを言う」

ラドゥがにやりと笑えば、レオンは軽く顔を顰めてみせる。

だが、表情とは裏腹に口調は軽やかだ。

ローザによって互いへの不信を解消してから、彼らはこうして軽口の応酬をできるほどに打ち解けたのである。

むしろ、威信と魔力に満ち溢れた王子に誰もが平伏するなか、不遜ともいえる態度を貫くラドゥは、レオンにとって気の置けない友人となりつつあった。

さて、茶会とは言っても、「男性は政治的談話を、その妻は世間話を」といった趣旨で開かれることの多い王城内では、一般貴族の流儀とは異なり、女性と男性がテーブルを分けることになっている。

ラドゥは、少し離れた女性用のテーブルに令嬢たちが集まりはじめたのを見ながら、つまらなそうに男性用のテーブルに着いた。

「でも、残念。せっかくローザにかっこいいところを見せようとおしゃれしてきたのに、同じテーブルですらないなんて」

「そうか? 茶会が始まれば、話しかけに行く機会もあるだろう。令嬢たちの間に最初から混じって、うっとうしい視線を浴び続けなくて済むんだ、実に合理的な席次だと思うが」

肩を竦めて言い返すレオンに、ラドゥは「合理的ねぇ」と皮肉っぽく目を細める。

「見合いにしては、随分まどろっこしいことをすると、俺は思うけど。君はどう思うの、おめかしして、いそいそ見合いの茶会にやって来たレオン王子?」

「さてな」

悪びれなく返したレオンに、ラドゥは片方の眉を持ち上げた。

「聞いたよ。 田舎(ラングハイム) 出身のローザが、貴族の流儀を知らないのをいいことに、王女と共謀して、なかばだまし討ちのようにして出席を決めさせたそうじゃないか。わざわざ 番犬(ベルナルド) が非番の日に当たるよう手を回したりさ。やれやれ、これが女に不自由したことがないと噂の、百戦錬磨の王太子がすることかねぇ?」

「あまり虐めてくれるな。これでも焦っているんだ」

レオンは胸に手を当てて、大げさに嘆いてみせる。

冗談めかしてはいたが、実際、その言葉の半分以上は本気でもあった。

ローザは、レオンが接してきたどの令嬢とも異なり、あまりに純真――男女のいろはに、疎かったのだから。

まず、黄金色の誘惑とまで呼ばれる魔眼が、まるで効かない。これまで、レオンが数秒見つめてみせれば、どんなに貞淑な女性でも、欲望を剥き出しにしてしなだれかかってくるものだったが、ローザは相変わらず、その澄んだ紫の瞳で見つめ返すばかり。

むしろ、その深みのある色合いに、気付けばレオンが魅入られてしまうほどである。

茶に誘えば「ベルナルドのお相伴に与ってよいということですか?」、小物を贈れば「ベルナルドに渡しておきます」、思わせぶりに耳元に口を寄せてみれば「秘密のご伝言ですか?」。

自身に価値を認めず、かつ異母弟を溺愛する彼女は、なぜだかレオンもそうであると信じて疑わず、しきりとベルナルドを引き立てようとばかりしてくるのである。

焦れたレオンが、「いや、俺は、今、おまえと話したいんだが」と無粋承知で直截に告げれば、はっとした表情になって、「将を射んとすれば、ですね……」と居住まいを正しはじめる始末だ。

魔眼の誘惑に堕ちないローザは、レオンにとって救いであり希望であったが、さすがにここまで鈍いとなると、彼としても天を仰ぎたくなる。

もっとも、そんな彼女の攻略をじっくり楽しむのもやぶさかではなかったのだが、最近になってレオンはあることに気付いてしまった。

ローザは、王城の全方面で人気が高いということである。

図書室に赴けば、その熱心な読書ぶりで司書たちに愛され、騎士団の訓練を見守れば、そのひたむきな眼差しで騎士たちの心を鷲掴みにし。

常に「ふふっ」と慈愛深い微笑を浮かべる様は目にも心にも快く、なんなら通りすがりの使用人にさえ好意を寄せられる有様である。

また、人の悪意を信じない彼女は、驚くくらい簡単に危機に吸い寄せられてゆく。

この前など、本宮へ向かおうとした際、いかにも素行の悪そうな行商人の男二人組に、道案内を請われて物陰に連れ込まれそうになったのを、危ういところでベルナルドに声を掛けられ、事なきを得たほどだ。

「だって……殿方お二人が、『道を違えてしまった』と仰るから、これは見過ごせない、お話をお伺いせねばと思いまして……」

危機感の薄いローザは、そんなお人よしなことを言って肩を落としていたが、これを機にクリスは彼女をほとんど離宮から出さなくなったし、レオンも一層、「早々にローザを囲い込まねば」との思いを強くしたのである。

「どうも俺は、これぞと思った相手は、さっさと腕の中に閉じ込めたがる人間だったらしい」

己の意外な性質を自覚したレオンは、なので悪びれることなく肩を竦めた。

余裕のなさは承知だが、それでも、さっさと外堀を埋めてしまうに越したことはないと、割り切ってしまったのである。

そうしてみれば、今までは嫌で仕方なかった王妃からの茶会の誘いも、渡りに船でしかない。

ちょうど彼女がローザに興味を持ったのをいいことに、クリスと共謀し、速やかにローザの出席を実現させたと、そういうわけであった。

「今日クイーンズカップを振舞うかは王妃陛下の気分次第だが、俺もクリスもローザに肩入れしていること自体は、それとなく話を通してある。久々に王妃陛下と話したが、彼女自身、ローザのことはかなり気に入っているような印象だった。もっと早くこうすればよかったな」

思惑通りに事が運んだ、と、レオンは上機嫌だ。

「クリスからは、ローザには金と赤を基調とした華やかなドレスをあつらえさせたと聞いた。王妃陛下は派手好きなことで有名だが、そんな中であっても、間違いなくローザが主役として注目を集める状況になるだろう」

派手好き、のあたりで、レオンは皮肉気に庭園に一瞥を向ける。

初冬だと言うのに、強い芳香を湛えた花が咲き乱れる庭園。

装飾過多な家具、寒さを感じさせぬよう贅沢にしつらえられた屋外暖灯。

給仕するのは侍女ではなく、いずれも小ぎれいな小姓ばかりだ。

王妃がまだ王太子妃だったときに、前王妃から授けられたのが、この 月下香(チューベローズ) の庭園だった。

名前ばかりは 薔薇(ローズ) と付いているが、実際にはそれは、水仙のような形をした、甘い香りが鼻につく花だ。

「淫らな美」を花言葉に持ち、別名は「娼婦の花」。

美貌と寵愛を笠に、贅沢と漁色に溺れるドロテアを、間違いなく揶揄して与えられた庭だった。

だがドロテアはそれを気にするでもなく、美男たちを傅かせ、子どもを人形のように弄び、気まぐれに茶会を開く。

「――楽しみだ」

母親に対する複雑な感情を飲み下し、レオンは薄く笑んだ。

実際、目に痛いほどの色の洪水の中でも、一際美しく輝いてみせるのだろうローザを思うと、あれほど億劫だった茶会が楽しみに思えるのだから。

「……ふぅん。王妃サマがローザを気に入っている、ねぇ」

だが、ラドゥは意味深に呟いた。

「なんだ?」

「いや? 主治医として何度か接した限りでは、そんな素直な女性には見えなかったけど、って思っただけ」

真意を問えば、ラドゥはほんの少し、その鳶色の瞳を細める。

「ローザが傷付くことにならなければいいけど。……ま、そんなことになれば、それは君の手落ちだし、俺はそこに付け込めばいいだけだね」

「それはいったい――」

レオンは眉をひそめて身を乗り出したが、そこで言葉を切った。

「失礼。こちらに腰掛けてもよろしいでしょうか?」

ちょうどレオンたち男性用のテーブルに、新たな参加者が加わったためだ。

銀にも見える灰色の髪と、眼鏡に覆われた知的な灰色の双眸。百合の聖紋をあしらった神父服がいかにも清らかな、三十半ばほどの男性である。

あらかじめクリスから「ローザと懇意の聖職者も参加させることにした」と聞いていたレオンたちは――茶会や食事への招待を以って寄進とするのは、ままあることである――、新たな客との交流に意識を切り替えた。

「初にお目にかかります。私は聖ユリア教の徒、アントニーと申しまして、このたびは王女殿下ならびに、ローザ・フォン・ラングハイム様のご厚意によって、離宮で逗留をさせていただいております」

「妹より話はかねがね。レオン・フォン・ベルクヴァインだ。こちらは、癒術で知られるアプトの里出身で、王妃陛下の主治医にあたる、ラドゥ・アル・アプタンという」

「はじめまして」

男たちは適切な礼儀正しさとにこやかさをもって、滑らかに挨拶を交わす。

アントニーと名乗った神父は、いかにも清廉かつ穏やかな人物であり、さすが聖職者と言うべきか、レオンの金色の瞳にもあまり反応した様子はない。

褐色の肌を持つラドゥに対しても特に忌避も示さず、テーブルをともに囲む相手としては心地のよい人物に見えた。

ただ、レオンは泰然とした笑みの下でさりげなく相手を観察し、聖職者にしてはやけに目鼻の整った神父に、なんとなく不審なものを感じ取った。

ローザや妹に接触している人物なのだから、この茶会できちんと探りを入れておいたほうがいいかもしれない。

事前の情報によれば、このテーブルにはあともう一人、王妃のお抱え神父も加わるはずだ。

名はマティアス。

基本的に会話は、神父同士で盛り上がるのだろうが、時折耳をそばだててみよう。

レオンはそう心に決めると、今一度、女性用のテーブルのほうを振り向いた。

主催者側の人間であるクリスは既にテーブルにつき、ほかの席もほとんどが埋まっている。

今回参加するのは、ローザと、唐突に離宮勤めを解雇されてしまった四人の令嬢たちだ。

中でも、王妃の歓心を買うことに長けていたペトロネラ・フォン・ヒューグラー伯爵令嬢は、離宮内では従妹を使ってローザに嫌がらせをしていたと聞くから、レオンは内心、彼女がこの茶会で王妃の威を借り、なんらかの報復を仕掛けてくるのではないかと、気を揉んでいた。

(着飾ることしか頭にない、男と見るやしなだれかかる伯爵令嬢のどこを、王妃は気に召しているのだか。ああ、それとも、だからこそ相性がいいのか)

いつも派手なドレスをまとっては、甘い声でレオンに擦り寄ってきたペトロネラ。

そんな彼女が、上機嫌で扇を広げているのを認めて、レオンは眉を寄せる。

だが、そこで、彼はある違和感を抱いた。

(……いつになく、地味な装いだな)

いつも発情した孔雀のように着飾っていたペトロネラが、今日は、淡いベージュのドレスを身に付けている。

相変わらず乗馬服姿のクリスは例外として、ほか三人の令嬢たちも、皆、グレーやくすんだ水色、朽ち葉色の大人しいドレスをまとっていた。

王妃の茶会は、いつも華やかかつ最先端の着こなしを競い合い、刺繍やビーズ、フリルや香水の香りに溢れた、悪夢のような会であったはずなのに。

レオンは、残された空席を見て、胸騒ぎを覚えた。

まだ来ていないのは、たった二人。

最上身分の女性として、遅れた登場を暗黙裡に約束されている王妃ドロテアと――客の中では最も身分が低いはずの、伯爵令嬢ローザだ。

(なぜ、彼女はまだ来ていない……?)

嫌な予感がする。

見れば、クリスも強張った顔で小姓を呼び寄せ、離宮の方向へと走らせている。

恐らく別行動を取ったはずのローザを、急かしに行かせたのだろう。

(だが、あの真面目なローザが、遅刻?)

ラドゥも不穏な空気を感じ取ったのか、「ねえ」と低くレオンに呼び掛けてくる。

「見てよ。王妃サマの服」

視線で促した先には、お抱え神父のマティアスを連れ、こちらへと足を向けるドロテアの姿があった。

まるで修道女のような、青鈍色のドレス。

遠目なので、柄やレース飾りなどの詳細は見えないが、いつもは宝石で飾り立てている髪も、ベール付きのコサージュでほとんどを覆ってしまうなど、かなり質素な装いだ。

レオンはそこに来てようやく王妃の意図を悟り、眉を寄せた。

派手好きの王妃の目に適うよう、そして茶会の誰より輝けるよう、とびきり華やかに仕立てさせたローザのドレス。

だがもしそれを、ほか全員が清貧を掲げたような服装をした中、しかも遅刻した状態で、ローザだけが身に付けてきたとしたら――。

「嘘だろう……」

早起きして、離宮の薔薇に水をやるのが習慣のローザが、まさか遅刻するなど考えられない。

おそらく、彼女の招待状にだけ、違う開始時刻が記載されていたのだろう。

あまりに単純な嫌がらせだが、単純すぎたのと、ドロテアが好意的に見えたのとで、想像もしなかった。

しかも、クリスと自分で再三、「華やかに着飾るように」と言い聞かせてきたというのに。

ドロテアは楚々とした足取りでこちらに近付いてくる。

クリスの隣の席がいまだ空いていることを見て取ると、彼女は満足そうに目を細めた。

レオンが嫌った、ネズミをいたぶる猫のような瞳だ。

「ごきげんよう、皆さま。……まぁ。ローザ・フォン・ラングハイムはまだ来ていないのね」

「ごきげん麗しゅうございます、母上」

咄嗟に、クリスが立ち上がり、王妃に向かって礼を取る。

茶会は、主人が席に着いたら開始。ドロテアを着席させて、ローザの「遅刻」を確定させるわけにはいかないと考えたのだろう。

すぐに意図を悟ったレオンも、極力滑らかに移動すると、王妃の手を取った。

「ごきげんよう、王妃陛下。本日はまた随分とクラシカルな装いで」

「まあ、クリスならまだしも、あなたが自らわたくしに寄ってくるなんて、珍しいこと」

ドロテアは、たっぷりと毒を含んだ笑みを浮かべ、己のドレスの裾を持ち上げる。

「ふふ、素敵でしょう? マティアス神父のね、『主は清貧を尊ばれる』という説教にいたく感銘を受けたものだから、わたくし、慈愛深き淑女の手本として、これからしばらくは、身なりからそのように心がけようと思ったの」

そうして、ペトロネラたち令嬢のほうに、小首を傾げてみせた。

「皆さまもそう思わなくって? 刺繍やレース、派手な色のドレスに溺れて視線を誘う娘がいたとしたら、それは中身が空虚な証拠だわ」

「ええ、その通りですわ」

令嬢たちからは、まるで脚本があるかのような相槌が返る。

それに満足そうに頷くと、ドロテアはレオンの手を振り払った。

「さあ、貞淑なご令嬢たちの喉を、渇かしつづけるわけにはいかないわ。椅子を引いてちょうだい、レオン?」

「王妃陛下……なぜ――」

なぜこうも、ドロテアがローザを窮地に立たせるような行動を取るのかがわからず、レオンは眉を寄せる。

ドロテアはそれには応えようとせず、じっとレオンを見つめて唇を吊り上げた。

「さあ。お茶会を始めさせてちょうだい」

「あら……っ?」

だが、ちょうどそのタイミングで、可憐な声が響いた。

茂みを抜けるようにしてこの場にやって来た、ローザである。

なぜだか驚いているような声だ。

そして彼女の恰好を見て、その場にいた者は、一斉に息を呑んだ。