軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1.ローザは「推し」を手に入れたい(1)

いったいいつから自分が「そう」だったのか、ローザにはわからない。

だが、物心ついたときにはすでに、彼女は「そう」だった。

つまり――

(ああ。まったくもう、本当になんて、殿方同士のラブっていうのは、こうキュンキュンくるのかしら)

恋愛方面の趣味嗜好が、腐りきっていたのだ。

白雪姫を読んだ時には、七人の小さな男たちが密かに繰り広げたであろう人間ドラマを思うと、胸のときめきが止まらなかった。

聖書を読んだ時には、勇者と姫君の恋愛なんぞより、主神ベルクと戦神の絆や、魔神とのライバル関係にどれだけ興奮したことか。

その腐った眼差しが、現実世界に向けられるのにも、そう時間はかからなかった。

早くに母親を亡くし、父親には放置された幼少時代。領内では至高の身分だっただけに、近しい友人もおらず、父親の色狂いのため女手も遠ざけられて、それでも健気に微笑みを絶やさない――と見られている彼女だが、実際のところは違った。

彼女はただ面倒な人付き合いを避けて引き籠り、存分に腐ィルターを炸裂させていただけなのである。

例えば、庭師がなにげなく執事に向けた眼差しに、もし嫉妬が含まれていたら。

例えば、今なにげなく部下の肩を叩いた料理長の手に、隠しきれない恋慕の情が滲んでいたとしたら。

もし絆が、友情を超えた激しい感情が、深い懊悩が……そう思うだけで、世界は実に色めき、光り輝いていた。

ローザはそうした光景を、物陰からニマニマ愛でているだけなのである。

ローザが思うに、男性同士のラブとは、まるで美しい薔薇のようだ。

色鮮やかで、どこか淫靡で、退廃的。

情熱的で、目を引かずにはいられない魅力があり、芳しく咲き誇る。

パステルカラーの穏やかな花々が咲く庭で、今は異端に見える一輪の薔薇。

けれどいつの日か、この庭中に、いや、世界中に、この薔薇の園を広げてみせる――。

齢(よわい) 五歳にして、ローザはそう決意した。

来(きた) るべき薔薇教普及に向け、「攻め」と「受け」の概念を定義した六歳のあの日。

攻受関係を「×」記号で表すことを閃いた七歳の夏。

貴腐ワインからヒントを得て、己を「貴腐人」と命名した八歳の冬。

研究(・・) のため父の書斎から持ち出した春書を紐解き、悶絶して高熱を出した九歳の秋。

着々と腐の道を邁進していたローザだったが、しかし幸か不幸か、彼女をぎりぎり社会の枠に押し戻してくれた、とある存在があった。

それが、母方の叔父、アントンである。

ローザとは逆に、女性同士のラブをこよなく愛した彼は、ことあるごとにその良さを語り、叫び、一方的に妄想を垂れ流すものだから、周囲の顰蹙を買っていた。

たまたま彼の家の紋章が百合をあしらったもので、しかも彼が小太りの体型だったことから、社交界は彼を「百合豚」と蔑み、大いに虐めたという。

最後には、高貴などこぞの女性二人をモデルに、いやらしい内容の小説をしたためていたことがばれ、決闘騒ぎになった末、社交界から永遠に追放されたのだ。

彼の名は禁忌になり、同時に女性同士の恋愛や、それを思わせる要素は、社会から徹底的に排除された。

さようなら、そしてありがとう、アントン。

ローザはその一連の事件を聞いて、学んだ。

百合であれ、薔薇であれ、同性間のラブを拙速に広めようとしてはならない。

時間をかけて、徐々に根付かせていかねばならないのだ。

そしてそれをするためには、その発信者が異端者であってはならない――特に、醜かったり、他者から馬鹿にされる要素を持っていたりしてはならない。

むしろ、周囲から一目置かれ、称賛される、そんな高みに上ってこそ、この薔薇園拡大計画は成功するのだ、と。

それを機に、ローザは自己研鑽に励んだ。

書物を読み、旧家の出だった執事から厳しくマナーを教わり、実践を積んだ。

死角があってはならないと、掃除洗濯炊事算術経営化学医術馬術と、思いつく限りの鍛錬を己に課した。

領民にも最大限にこやかに、そして有用さを認めてもらえるよう接した。

特に、癒しの魔術を応用した腐葉土づくりは受けがよく、やはりなにかを腐らせることこそ己の本分、とローザは確信したものだ。

ただ、聡明なローザは、貴族令嬢としての価値を高めすぎることの危険性にも気付いてしまった。

即ち、婚期が早まってしまうということである。

貴族の結婚なんて、見栄と世間体。

下手に身分の高い家に嫁ごうものなら、待つのはひたすら夫に傅き、くだらない社交と世継ぎ製造に疲弊する、地獄の日々だ。

いくらサロンで権力を握ったとしても、薔薇愛という異端の教えを広めるには、世間体が邪魔をする。

そこでローザは、婚期が近付いたら修道女になろうと考えた。

彼女たちは、独身でありながら相応の社会的身分が認められるし、なにより素晴らしい写本技術を持っている――つまり、新しい文化や知識を、書物として広める力を持っている。

ならば自分が、薔薇愛という名の新たな聖書を記し、修道院を中心に発信することも可能のはずだ。

そうして、やがては大陸中に、新たな信仰を根付かせるのだ。

自分はいずれ薔薇教の教祖となる――。

その強い想いが、彼女を突き動かし続けた。

薔薇本布教のための下準備として、領民の識字率向上に努め、修道院入りしてすぐに個室をもらえるように、寄付だって惜しまない。

そう、ローザの寄付は、そんな下心に根差したものだった。

(ああ……けれど……。薔薇の道とは、こうも険しいものなのね……)

だが現在――十四歳となって、ローザはしみじみこう思う。

理想の「受け」が、いやしねえと。

彼女の暮らすここラングハイム領は、峻厳な山々と切り立った入り江を併せ持つ、寒冷な土地だ。

夏は涼しいが、冬の寒さは厳しく、必然、人々は頑強な意志や引き締まった肉体を持つに至った。

つまり、男たちの多くは実にきりりとして、女子どもを「守る」「導く」といった価値観の持ち主だということだ。

当然、恋愛観もそれに倣い、ラングハイムでは男性が女性をリードするのが当然とされる。

(つまり、「攻め」キャラの宝庫とは言えるのだけど……やはり、「受け」の属性は、育ちにくいのよね)

ローザは暇つぶしに農地――というか農家の男たちを視察しながら、憂い顔で溜息をついた。

ちなみに、「攻め」とは、男女で言う男役を果たす男性のことで、「受け」とは女性役のことだ。

通常、攻めの対義語とは守りだが、「愛を受け取る側だから」という思いを込めて、ローザがこう定めた。

その「受け」のレベルが、ここラングハイムでは圧倒的に低い。

それが、ローザのここ最近の悩みであった。

(いえ、攻受は結局相対的な問題だから、無理やり「受け」枠に収めることもできるのだけど……でもやはり、絶対的な「受け」というのが、世の中にはいると思うの)

菫色の瞳で空をぼんやり眺めながら、そんなことをつらつらと思う。

磨き上げた美貌は、そんな姿でさえも彼女を儚げな天使のように見せていたが、情操を偏った方向に異常成長させたローザは、いまいちその辺りの自覚が薄かった。

(やはりこう、美形で。繊細で、あどけなくて、庇護欲をくすぐる感じで。それでありながらどこか憂いを帯びていて、影というか、深みがある感じ。でも意外に芯が強くて、歩くだけで攻めがほいほいされていくような……ああだめ、まずいないわ)

父親を除くラングハイムの男たちは皆、頼り甲斐があって、リーダーシップの取れるナイスガイだ。「攻め」キャラとしては申し分ない。

だが、「受け」の供給があまりに少ないのだ。

これでは妄想もはかどらない。つまり、修行が行き詰まるということである。

ローザは近頃、己の薔薇道に限界を感じはじめていた。

一時期は、世話役を申し出てくれた領民の中から、線の細い者たちを選んで「受け」教育を施そうとさえしたものだ。

しかしなぜか皆ローザの世話を焼くごとに、むしろ騎士道精神を高ぶらせてマスキュリンになっていったため、諦めて家に帰した。

(なよっとしたわたくしの外見がいけないのかも……)

ローザは、成長期に引きこもり、食事も忘れて腐活動に励んでいたせいで、とかく華奢で繊細だ。

これでは、せっかく「受け」の素養がある者がいても、相対的にその者の繊細さを低減させてしまう。

いっそ、自分がもっとムキムキして、顔に泥を付けてガハハと笑うタフガイであれば、周囲の「受け」成育環境としてはよかったかもしれないのに。

そう思うと、ローザは忸怩たる思いに駆られる。

しかも、ローザには、腐的に興奮しすぎると、心臓が高鳴るあまり失神してしまうという悪癖がある。

おまけに、長年のインドア生活が祟ったのだろう。肌はどこまでも白く、日焼けしようと外に出ても、赤く腫れるだけで終わるという残念な体質になってしまった。

おかげで、すっかり病弱なお嬢様扱いだ。

男たちは、彼女を見るや庇護欲を掻き立てられ、どんどん男らしさ、そして「攻め」属性を開花させてゆく。

(く……っ。わたくし、むしろその辺の殿方より丈夫だというのに……!)

「受け」を育てる才能のない己が憎い。

どんなに素敵な「攻め」がいても、彼らを惹きつける理想的な「受け」がいなくては、薔薇ラブは始まらない。

だって現実においては、「受け」の暴力的な誘引力がない限り、「攻め」は普通に、女性に惹かれるのだろうから。

(「受け」よ……。「受け」だわ、なによりも「受け」が必要なのよ……!)

焦りは募る。

自分ももう十四歳。

婚期までは二年ほどあるし、それまではしこたま理想のシチュエーションについてのネタを溜め込んでおこう、などと悠長に構えていたが、いっそ見切りを付けて、修道院に身を寄せたほうがいいのかもしれない。

世俗との関わりを断ってしまえば、妄想に没頭できるし、結果的によい腐的着想に恵まれるのかもしれないのだから。

ローザの心は千々に乱れた。

悶々と歩いていたら、道中、農夫のカールとティモに遭遇する。

どちらも「受け」レベルはさして高くないが、今、目頭を押さえたティモを、さりげなくカールが小突いたそのやりとりに、芳しい薔薇みを感じた。

よく見ればティモは拳ひとつ分カールより小柄で、そこに「受け」性を感じ取ることもできる。

ローザは機嫌を急浮上させて、笑みをこぼした。

(わたくしとしたことが、すっかり冷静さを失っていたわね……)

同時に自分を戒め、どこかにいるはずの薔薇神に向かって祈りを捧げる。

「ああ、神よ。今日もたくさんの尊みをありがとうございます」

ないものねだりをするのではなく、今ここにある薔薇みを堪能することこそが、修行の第一歩だ。

大丈夫。

数は少ないが、必ず「受け」はいる。

正しい努力を重ねていれば、きっと理想的な「受け」にも出会えるはず――。

そう言い聞かせていた一秒後、ローザは血相を変えた使用人に呼び止められた。

「ローザ様、大変です! 急いで屋敷にお戻りくださいませ!」

「まあ、ルッツ。どうしたの?」

ルッツは、くりくりとした瞳が愛らしい馬丁の少年だったが、最近は喉仏も目立ちはじめ、急激に身長を伸ばしはじめているのが気に掛かっていた。

馬に対する接し方など、もはや完全に「攻め」のそれだ。

やはりラングハイムには、可愛さ成分が足りない。

ローザが眉を下げて問うと、ルッツは低くなりはじめた声を潜めて告げた。

「旦那様が王都から戻ってこられ――隠し子を連れてきたのです」

それが、ローザに訪れた転機だった。