軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

026 不都合な真実

まどろむ意識の中、遠くに鳥のさえずりが聞こえる。

少しまぶたを持ち上げると、見慣れた木の天井が見えた。

カーテンの隙間から差し込む陽の光が眩しくて、顔の上に右手を置いて遮光する。

「……朝、かな」

声は少ししゃがれていた、喉が乾いているようだ。

フラムは上半身を起こし、ボサボサになった髪を掻き、周囲を見回す。

タンスに、机に、もう1つのベッド、その他もろもろ。

間違いなく、自分の部屋である。

「えっと……昨日は、帰ってきたらすぐにベッドに飛び込んで……んで、そのまま……」

寝て、終わりだ。

家に帰ってきてからのフラムの記憶は、たったそれだけ。

だがあれは確かに早朝の出来事で、それが今、朝ということは――

「……一日中、寝てたのかな?」

いくらなんでも寝すぎである。

それだけ、体力を消耗していたということなのだろう。

一日中走り回って、戦い続けて、早朝までそれを続けたのだから、いくら装備で体力が向上しているとはいえ、肉体は限界に近づいていたはずだ。

まだ完全に調子が戻ったわけではないのか、少し体が重かった。

所々、筋も痛む。筋肉痛というやつだろうか。

「っ……ふああぁ……あ……」

フラムは大きなあくびをすると、むにゃむにゃと口を動かす。

ぼーっとした表情は、まだ意識が完全に覚醒していないことを示していた。

もやがかかったようにぼんやりとした意識。

頭は眠たげにゆらゆらと振り子のように揺れ、そしてある地点でぴたりと止まった。

視線が向かう先は、自分の真隣。

そこには、ぐっすりと眠る、可愛らしい色白美少女の姿があった。

……寝間着を着た、ミルキットである。

よく見れば、彼女のベッドは空っぽだ。

寂しさに耐えきれなかったのか、はたまた心配すぎて離れたくなかったのか。

何にせよ、どうやら彼女は、フラムが眠っている間に布団に潜り込んだようで。

「寝顔かわいー……」

フラムはふにゃりと気の抜けた笑みを浮かべると、彼女の髪を撫でた。

寝間着を纏っていると言うことは、自分と違い、ミルキットは家に戻ってもからもしばらく起きていたのだろう。

あれから、ガディオは、エターナは、そして――インクはどうなったのか。

考え込みながら、頭が覚醒するのを待つ。

手はミルキットの髪に触れたり、頬を撫でたり、耳をくすぐったり。

睡眠を邪魔しているわけではなく、陽の高さからしてとっくに起きるべき時間は過ぎている。

ついでに起こしてやろうと思ったのだ。

「んゅ……ごしゅじん、さま……」

「んー? 夢の中でも私がでてきてるのかなー?」

「ごしゅじんさま……いかない、で……」

無意識の寝言に、フラムの心臓がきゅんと締め付けられる。

急速に上がっていく体温。

そりゃあ、事態が事態だったし、不安な気持ちになるのもわかるが――

「不意打ちはずるいぞー、うりゃうりゃ」

フラムは八つ当たり気味に、ミルキットの柔らかい頬を指で突く。

すると彼女は「んぅ……」と薄っすらと目を開き、自分を見下ろす主の方を見た。

「ご主人さま?」

「おはよ、ミルキット」

自然と溢れた笑顔を、ミルキットに向けるフラム。

表情を作る必要もなく、彼女はフラムをそういう気持ちにしてくれる。

そこに居るだけで、その姿を見せてくれるだけで。

「あ……おはようございます、ご主人様」

そしてミルキットも、フラムを見るだけで頬が溶けるようにほころぶ。

互いの存在が、自分の中で、一気に膨らんでいる実感があった。

ほんの数時間程度の離別ではあったが、一生会えなくなることへの恐怖が、そしてその後の再会が、雨降って地固まるとでも言うべきか――感情を加速させたのである。

占有領域は、とっくに主と奴隷のそれを超えていて。

そして二人ともそれを自覚していて。

「びっくりした。いきなり隣で寝てるんだもん」

「申し訳ありません。ご主人様が全く目を覚まさないので、不安になってしまったんです。もう、このまま目を覚まさないのではないか、と」

「あー、心配かけてごめんね。どうも私、相当疲れちゃってたみたい」

「そうですよね、大変でしたよね。本当に、お疲れ様でした。ご主人様のその頑張りがあったからこそ、インクさんは無事でいられたんだと思います」

「私一人じゃなにもできなかったよ」

「例えそうだとしても、ご主人様抜きでは、何もできなかったと……エターナさんやガディオさんも、そうおっしゃっていました」

あの二人に、褒められるなんて。

気恥ずかしいやら嬉しいやらで、フラムははにかんだ。

無価値でもない、役立たずでもない、今の自分は英雄に認められるほどの力がある――と、そこまで自惚れることはできない。

しかし、その言葉は確かにフラムの自信となって、彼女の心を強くしていく。

「あ、そういえば、インクが無事だったってことは、もう目を覚ましたの?」

「はい、今はエターナさんの部屋で休んでいるそうです。ひとまず最も危険な時間は過ぎましたが、最低でも半年は油断できないとおっしゃっていました」

「半年……長いかもしれないけど、そりゃそうだよね、他人の臓器を移し替えるなんて、普通は考えられないもん」

あえてあの時言わなかったのは、ようやく手にした微かな希望に水をささないためだったのだろう。

「少なくとも傷が塞がるまでは、私たちも会わない方がいいそうです」

「そっか……早く顔を見たいけど、ちゃんと生きててくれるなら、それで十分かな」

それさえわかっているのなら、待つのは苦ではない。

インクの無事を知り、胸のつっかえが取れたフラムは、ミルキットとともにベッドを出て身だしなみを整える。

戦闘中に服はボロボロになってしまったので、自ずと別のものを着ることになるのだが――激しい戦いが多いせいか、枚数が減ってきている。

そろそろ買い物に行って、新しい服を買わねばなるまい。

ひとまず今日は白のシャツの上にチェックのシャツを羽織って。

姿見の前でくるりと一回転し、今度は椅子に座って鏡を見ながら髪を整える。

すると、いつのまにやら給仕服に着替え、包帯も巻き終えたミルキットが、後ろからじっとその姿を見つめていた。

「どうしたの?」

少しその顔は緊張しているようにも見える。

今日の給仕服は、紺のワンピースに純白のエプロン、頭にはカチューシャ――という、いかにも正統派なスタイル。

普段よりは少し地味ではあるが、何を着たって似合うのだから不思議なものだ。

「あの……ご主人様に、渡しておきたいものがあるのですが」

そう言って、彼女はタンスの引き出しをあけると、中から何かを取り出して手に握る。

そしてその場で立ち止まり、目をつぶって悩ましい表情を浮かべた。

ミルキットが自分に何を渡そうとしているのか、さっぱりわからないフラムは、鏡越しにではなく、体の向きを変えて直接彼女の様子を眺める。

しばし握った手を胸に当てたまま動かなかった彼女は、「よしっ」と小さな声で気合を入れると、フラムに近づいた。

「これ、なんですが」

フラムは椅子に座ったまま、ミルキットの顔を見上げながら手を前に差し出す。

するとその上に――花の飾りの付いたヘアピンが置かれた。

水色で半透明の花は、部屋に差し込む光を受けてキラキラと輝いている。

「うわ、かわいい……ミルキット、これもしかして私にプレゼントしてくれるの?」

「は、はい。こんな物しかお渡しできなくて申し訳ありません」

なぜプレゼントを渡す彼女が申し訳なさそうにするのか。

フラムは即座に「いやいや」と否定する。

「私がご主人様に貰ってきたものと比べると安っぽいですけど、その……本当はセーラさんのことで落ち込んでいる時に渡そうと思ったんです。少しでも励ませたら、って。でも、結局渡すタイミングが無くて。でも、渡せないのは嫌で」

「ミルキットからもらえるなら、いつでも私は嬉しいよ」

「ご主人様……やっぱり優しいです。ありがとうございます。その、少しでも、恩返しできたらいいな、と思って、実は手作りしてみたんですが」

「作ったの!?」

ミルキットは恥ずかしそうに、顔を赤くして頷く。

ただでさえ、彼女からはじめてもらったプレゼント、という時点で一生の宝にしようと決めていたのに――手作りとなれば、フラムにとってはもう家宝級である。

むしろ付けるのがもったいなく思えるほどだ。

だが、作ってくれたことに報いるには、それを使うのが一番である。

宝石箱に収めて、観賞用にしておくわけにはいかない。

「ありがとう! 本当に、ほんっとうに嬉しい! 早速だけど、付けても良い?」

「もちろんです」

フラムは前髪を斜めに分けると、ヘアピンを付けて固定する。

そして少し額を出した、いつもと少し違う髪型を鏡で確認してにやけた。

ミルキットも、自分が作ったヘアピンを使っている主の姿を見て、幸せそうに微笑んでいた。

「どう?」

「ご主人様はいつも素敵です」

「そういうんじゃなくて……いや、まあ、嬉しいんだけども」

フラムがそう言うと、二人は黙り込んでしまう。

鏡越しに視線が絡み合う。

なぜか気恥ずかしくなって、お互いの頬に、さっと赤みがさした。

◇◇◇

着替えを終えたフラムとミルキットは、一階に降り、居間に入る。

そこではガディオが窓際に立ち、外の様子を眺めていた。

鎧ではなく、黒のコートを羽織った彼の姿をフラムが見るのは初めてだ。

窓から外の様子を見ているだけだというのに、やけに絵になる。

「おはようございます、ガディオさん」

「フラムに……ミルキットか」

名前を呼ばれ、ミルキットは緊張した面持ちで頭を下げた。

昨日は一緒に過ごしていたはずなのだが、まだ彼の迫力に慣れないようだ。

「あれだけプラーナを消耗して、一日で起きられたのなら上々だな」

「一日で上々なんですか……」

さらっと恐ろしい事実を告げられる。

今後は、もう少し考えて使わなければなるまい。

「ところでガディオさん、普段はそういう格好なんですね」

フラムの言葉に、ガディオは自分の服を確認して、

「ああ、旅の途中はずっと鎧だったからな、見る機会が無かったのか」

と納得する。

彼の鎧はどうやらエピック装備では無いらしい。

あの巨大な黒の鎧は現在、一階の別の部屋に置いてあるようだ。

ガディオほどの地位のある人間なら、エピックの鎧ぐらい持っていてもおかしくは無いはずなのだが――彼なりに、あの黒い鎧に何らかのこだわりがあるのだろう。

フラムとガディオが話している間に、ミルキットはとてとてと小走りで台所に向かい、朝食の準備を始める。

一方で二人は、それぞれ椅子に座ってテーブル越しに向かい合った。

「今さら言うのもおかしな話かもしれませんが、まさかガディオさんが助けにきてくれるとは思いませんでした」

「俺もだ、騒がしいと思って様子を見てみれば、まさか巻き込まれているのがお前だとはな。それだけではない、フラムがまともに戦っていることも、そして頬に奴隷の印を刻まれていることにも、驚くことばかりだ。パーティを抜けてから、何があった?」

目を細め疑問を投げかける彼の表情は、少し怖い。

だがそれは、フラムを心配しているからこそだ。

魔王討伐のために一緒に旅をしていた少女が、次に再会した時には奴隷になっていたのだ。

ただ事で無いことは、誰にだってわかる。

「最初から順を追って説明すると――」

フラムはざっくりと、自分が経験してきた出来事を彼に語った。

ジーンによって奴隷として売られてしまったこと。

そこでミルキットと呪いの装備に出会い、戦う力を得たこと。

薬草を探しに行った先で教会の研究所を見つけ、化物と戦ったこと。

化物の狙いは自分であり、そして自分にはコアを破壊する力があるということ――

ガディオは真剣な表情でフラムの話に耳を傾け、その都度に相槌を打った。

そして、今日にいたるまでの出来事を全て話し終え、フラムが、

「とまあ、こんな感じです」

と話を締めると、「ふむ……」と腕を組んで考え込む。

「ジーンか、身勝手な男だとは思っていたが、まさかここまでとはな。ただ追い出すだけでは、プライドが許さなかったようだな」

「あの人を許すつもりは無いですけど、でも結果オーライだったのかもしれませんね」

「彼女と出会えたからか?」

そう言って、ガディオはミルキットの背中に視線を向けた。

「それもあります」

「それも、か。まだ理由があるんだな?」

「もし私を旅に参加させたのが、教会やオリジンの意思だとしたら……たぶん、私が予定通りに魔王城に到達していたら、それこそ連中の思惑通りになっていたはずだと思うんです」

「ジーンの身勝手さが、結果的に教会の陰謀を砕いた、というわけか」

「認めたくは無いですけどね」

だからと言って、やはりジーンが許されるわけではないのだ。

もし次に再会することがあれば、死なない程度に殺したいと、今でも思っている。

「そういえば、ガディオさんは、教会を調べていたんですよね?」

「ああ、パーティを抜けた後にどうにも胡散臭さが鼻についてな。知り合いが居ることを利用して大聖堂に探りを入れたりもしたが――」

「だ、大胆ですね」

「ふっ、確かに強引ではあったな」

歴戦の勇士である彼が笑ってしまうほどなのだ、相当無茶な侵入だったに違いない。

「しかしその方が手っ取り早い。結果的に、 螺旋の子供たち(スパイラル・チルドレン) や教会が隠したがっている歴史に関する情報も手に入れられたわけだからな」

「歴史……人魔戦争に関わることとかですか?」

「それもあったな。あとは、10年前と8年前に起きた魔族の襲撃事件あたりか」

「マリアさんとセーラちゃんが住んでた町で起きた事件ですね」

そう言って、フラムはセーラの行方をガディオから聞けていないことを思い出した。

気になって仕方ないが、彼の話をさえぎるわけにもいかない。

「そのセーラとやらが、セーラ・アンビレンならそうなのだろう。彼女がどうかは知らないが、少なくともマリアは魔族を強く憎んでいた。その理由は、襲撃事件の犯人が、魔族だったと思いこんでいるからだ」

「でも、違ったんですね?」

「元より出来過ぎた事件ではあった。回復魔法の才能を持った子供だけが生き残るなどと、あまりに教会にとって都合が良すぎる。しかしだ、教会騎士が町を滅ぼすために出撃したという記録は残っていなかった」

「改竄したんじゃないですか?」

「その可能性がある。だが、当時マリアは八歳だ」

「普通、人間と魔族の区別ぐらい付きますよね……」

「ああ、その部分の説明がつかない。ゆえに、現時点では襲撃者が人間なのか魔族なのかは断言できない。魔族に変装した人間の可能性もありうる。だが――犯人が誰だろうが、教会関係者であることに間違いはないだろう」

「言い切れる理由があるんですね?」

「実はあの事件の生存者は、マリアとセーラだけではない」

「他に生存者がいたんですか?」

ガディオは首を縦に振る。

そんな人物がいるのなら、セーラやマリアとの会話の中に出てきそうなものだが。

それとも、中央区のセーラを心配していた修道女――あのあたりに、実は同郷の人間が居たりするのだろうか。

「二度の襲撃に合わせて、計五人の妊婦が教会に保護されていた」

「妊婦……?」

それは、紛れもなく初めて聞く話である。

教会は何の目的があって、妊婦を集めていたというのか。

何らかの研究に利用するため、という予測はできるが――

「気づかないか? 襲撃は八年前と十年前。つまりその妊婦たちの子供は、8歳と10歳ということになる」

「……あ、もしかして…… 螺旋の子供たち(スパイラル・チルドレン) ?」

「そういうことだ。要するに、町を襲撃したのは“才能のある子供”と“実験材料とするための妊婦”を誘拐し……そして、“異教徒を抹殺”するためだった」

「異教徒の、抹殺……そういえば、セーラちゃんの体にもそんな跡があったはずです」

「おそらくはマリアもだ、かつてはオリジン以外の神を信仰していたのだろう」

「そうなってくると、確かに町の襲撃に教会が関連しているのは間違い無さそうですね」

マリアが魔族を強く憎む理由は説明がつかないが。

しかし犯人が教会とわかった以上は、そこはさして大きな問題ではないのかもしれない。

変装なり、洗脳なり、やり方はいくらでもあるはずなのだから。

「そういえば、仮に襲撃者が教会騎士だったとして、どうしてそこで魔族に罪を押し付けるんでしょうね。適当に巨大なモンスターに襲われたって言っておいた方が、話がこじれずに済む気がしますけど」

大型モンスターの襲撃によって町が滅びることは、多くは無いがそう珍しいことでもない。

そこをあえて“魔族”と指定して、彼らに人々の憎しみを向ける理由がどこにあるというのか。

「いい観点だな、フラム。その原因も――理由まではわからんが、大聖堂で見つけた資料に記してあった」

やけに詳細な情報を得ているようだが、果たしてガディオは大聖堂のどこに侵入したのだろう。

おそらく、見つかれば即殺されるような、機密情報が隠された場所でなければ、閲覧できない情報なはず。

それを事も無げに話すガディオは、やはりインクの処置を平然とこなすエターナ同様に、天上人なのだとフラムは痛感する。

「およそ五十年前、前王がオリジン教に傾倒するようになった。それとほぼ同時に、魔族をあらゆる物語の悪役とするよう、お達しが出たそうだ」

「物語? 童話とか、劇とかですか? なんでまたそんなことを」

「理由はわからん。だが事実、それから二十年後には魔族イコール悪の認識が民衆にまで広まり、反魔族の機運が高まり、人魔戦争が起こるに至った」

「その流れだと、人間が戦争を仕掛けたってことになりませんか?」

「事実、そうだからな」

あっさり言い切られ、フラムは頬を引きつらせた。

「……歴史って、そんな簡単に捻じ曲げられるものなんですね」

「教会だけなら難しいだろう。だが、実際には王国も結託して情報操作を行っている。容易いとは言えんが、不可能ではないだろう。悪は人間、善は魔族。そんな都合の悪い歴史、統治者なら誰でも消したがるに決まっている」

フラムはふと、エニチーデの洞窟で三魔将のネイガスと話した時を思い出した。

人魔戦争について、彼女も確か、『人間が魔族の領土に攻め込んできた』と言っていたはず。

あれが事実だとするのなら、『魔族は人間を殺さない』という言葉も事実と考えていいのだろう。

まさか……教会よりも魔族の言葉の方がよほど信頼できると思える時が来るとは。

「そして、戦争に関してもうひとつ、隠蔽された事実がある」

「まだあるんですか?」

「話し出せばキリが無い程度にな。ひとまず今は人魔戦争についてだが――敗戦した人類に対して、魔族はある要求を突き付けた。フラム、それが何だかわかるか?」

「土地、は無いはずだし……お金とか、資源とかですか?」

「普通はそうなるだろう。だが魔族が要求したものは違った、彼らは“互いに二度と争いを起こさないこと”を望んだんだ」

なんて平和な要求――魔族に対するイメージとのギャップに、フラムは目眩がしそうになった。

これでは、まるっきり人類が悪役ではないか。

いや、事実そうなのだろう。

一方的に戦争を吹っかけた挙句に、負けても自分の非を認めず、真実を隠し続けているのだから。

「その要求って、今も有効なんですか?」

「そのはずだ」

「じゃあ、キリルちゃん……っていうか、魔王討伐の旅自体が、その要求を破ることになるんじゃないでしょうか」

フラムの疑問は当然だ。

それを聞いたガディオは、「ふっ」とどこか呆れたように笑った。

「ここから先はあくまで俺の想像だ、事実かどうか責任は取りかねる」

「それでもいいです、聞かせてください」

「まず俺たちは、あくまで民間人の寄せ集めだった」

「まあ、そうですね」

所属も地位もバラバラで、統一性がない。

ガディオやライナスのようなSランク冒険者や、ジーンのような王国に認められた賢者も居れば、エターナのようなどこから探してきたのかわからない魔法使いだっているぐらいなのだから。

「 だから(・・・) だ。俺たちは義憤に駆られたただの有志の集まり、という扱いになっているんだろう。軍ではない、民間人の暴走だから、国が関知する所ではない、とな」

「なっ……そんなの、屁理屈じゃないですか!」

「ああ、もちろん魔族はいい顔をしないだろうな。それでも王国側は民間人だと言い張っている。だからこそ、三魔将などという集まりが産まれたのではないかと俺は睨んでいる。勇者に対する対抗戦力としてな」

フラムは絶句する。

つまり、最近の国内における魔族の破壊活動は、完全に自業自得の結果ではないか。

むしろ、この程度で済んでいることが奇跡だと言える。

魔族は数こそ少ないものの、力は人間の平均値を圧倒している。

彼らがその気になれば、人間の国など容易く滅びてしまうだろう。

だが、魔族は戦争を望んでいないのだ。

理由は不明だが、できれば人間を殺したくない、傷つけたくもない。

だから、“勇者は民間人である”という屁理屈を“宣戦布告だ”と決めつけて、開戦する理由がない。

王国はそんな魔族たちの“善意”、あるいは“甘さ”につけこんで、侵略行為を行っている。

外道以外の何物でもない――それが、今の教会と王国なのだ。

「どうしてそこまでして、王国は魔族を嫌うんでしょう」

「領土欲しさ、という理由なら単純明快でわかりやすいんだがな。リスクを考えると辻褄が合わない。五十年前、なぜ前王が突如オリジン教に傾倒しはじめ、さらに魔族を悪役にしようとしたのか。そしてなぜ今の王がそれを引き継いでいるのか――それを明かせば答えも出てくるかもしれないな」

王の真実を暴く。

そうすることで、自ずと教会の目的や、フラムを狙う理由が見えてくるのかもしれない。

簡単にはいかないことだ。

いくらエターナやガディオが味方についてくれているとは言え、それだけで乗り越えられるほど低い壁ではない。

しかし、全てを暴いて、陰謀を打ち壊さなければ――教会に狙われている間、フラムに平穏が訪れることはないだろう。

「まあ、今は難しく考えすぎないことだ。地道に情報を集めていくしか無い」

「もどかしいです」

「その想いは大事にしておけ、前に進む原動力になる」

そこまで話すと、ミルキットが二人の前にパンの乗った皿を置いた。

さらに誰も座っていない椅子の前にも、二つ。

こちらはエターナとミルキット自身の分のようだ。

インクの分は、キッチンの方に別に用意してあった。

あとでエターナが部屋に持っていって、食事を採るらしい。

「そろそろ朝食だな、話はこれぐらいにしておくか」

「待ってください、食事の前にひとつだけ、とても大事なことを聞きたいんですが」

ようやく話が一段落した所で、フラムはようやく一番気になっていたことをガディオに問いかけた。

「セーラちゃんは、どこにいるんですか?」

「……ああ、あの少女か」

すると彼は、少し困ったような表情を見せた。

無事だと言っていたはずなのだが、なぜそのような顔をするのか。

フラムの中に一抹の不安が芽生える。

「誰かといっしょなんですか?」

「そうだ」

「ガディオさんの知り合いとか……」

「ではない、な。一応、会話は交わしたことがあるが――」

やけに言葉を濁している。

フラムは覚悟を決めて、改めて問うた。

「セーラちゃんがどんな状態だったとしても、私は受け入れます。だから、ガディオさん、ちゃんと教えてくれませんか」

「無事は無事だ、間違いなく。怪我もしていない、病気でもない、安全も確保されている。だが一緒に居る相手がな……」

「誰、なんです?」

ガディオは腕を組んだまま少し黙り込む。

そして「ふぅ」と息を吐いて、口を開いた。

「三魔将、ネイガスだ。セーラという少女は彼女と行動を共にしている」

全く予想だにしていなかった名前に――

「……え? えぇぇええええっ!?」

フラムは思わず、大きな声をあげて驚愕する。

その声に驚いたミルキットはびくんと震え、その揺れで手元の皿からウインナーが一個、ころんと転がり落ちた。