軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

016 蠢く螺旋

テーブルの上に、色とりどりの料理が並んでいる。

右側には、ハープーシと呼ばれる葉野菜を使ったクリーム煮込み。

素材の持つしゃきっとした食感を残したままで、優しいクリームの味を染み込ませた逸品だ。

真ん中にはメインディッシュの、ジェノフィッシュのソテーが置かれている。

ジェノフィッシュは水棲のDランクモンスターだが、大きいものだとサイズは2mにも達すると言われている。

とはいえ、フラムの目の前にあるのは50cmほどのサイズしかないが、それでもかなりの存在感だ。

香味油によってこんがりと焼けた表面から、薄っすらと湯気が立ち上っている。

鼻で思い切り空気を吸い込むと、香ばしくスパイシーな匂いが胸いっぱいに広がった。

こんがりと焼けた皮の内側には、ふわっとした身が詰まっている。

見ているだけで涎が出てしまいそうである。

さらにはひき肉と野菜を炒めた料理や、ジェノフィッシュの頭の部分の出汁を使ったスープ、加えて焼きたてのパンまで並び――

全てのメニューが揃うと、完成を首を長くして待っていたフラム、エターナ、セーラの3人は、すぐさま『いただきますっ!』と手を合わせて食いついた。

そのあまりの勢いが嬉しくて、ミルキットは「めしあがれ」と言って微笑む。

今日は、あの時の約束を果たすため、セーラを招いてミルキットの料理を振る舞う日である。

期待を裏切るわけにはいかない、といつも以上に気合を入れて作ったため、明らかに豪華なメニューだ。

調理の時点で、フラムが後ろから抱きついて様子を覗いたり、エターナがこっそりつまみ食いをしたり、セーラも真似してつまみぐいをしようとするもバレて頓挫したりと、完成を待つ彼女たちはそわそわして落ち着きのない様子だった。

正直に言うと、フラム以外は微妙に邪魔ではあったが、嫌な気はしない。

自分の作る料理を誰かが心待ちにしてくれることなんて、彼女と出会うまでは無かったことだから。

「おいひいっふへ、ふあはにはははふうへっす!」

「うん、ほいひい。ひゃっは、ひふひっほのひょうりは、ほいひい!」

「……おいひい」

口に料理を入れたまま喋るので、もう誰が何を言っているのか全くわからない。

けれど美味しいと言ってくれているのは伝わるのだから、不思議なものだ。

ミルキットは自分の分には一切手を出さず、幸せそうに口いっぱいに頬張る3人を眺めていた。

すると見かねたフラムが、自分の皿に取り分けたジェノフィッシュのソテーを一口分切り分け、フォークに刺して彼女の方に差し出す。

「はい、あーん」

「ご主人様、自分で食べられるから大丈夫です」

「とか言って全然動いてないじゃん。ほら、あーん!」

「あ、あーん……」

かなり強引なフラムに押されて、口を開くミルキット。

中に魚の身が入ると、魚の身とスパイスの芳醇な香りが広がる。

確かに美味しかったが、自分で作った料理な上に、恥ずかしすぎて味どころではない。

「仲いいっふねあの2人」

「いつもあんな感じ」

「顔は治ったのに、包帯巻きっぱなしってのもよくわかんないっすし」

「フラムにしか見せたくないんだって」

「……仲、いいっふねぇ」

「うん、そんな感じ」

ひたすら食べ物を口に運びながら、じゃれあう2人を観察し、会話を交わすセーラとエターナ。

家に招待された時、いきなりあの英雄エターナに出迎えられ、セーラは驚いたものだが、今ではすっかり状況に順応している。

若さゆえか、それとも波長が合ったのか。

「そういえば」

フォークを握る手を止めて、セーラは少し真面目な表情でエターナに問いかける。

「マリアねーさまと、一緒だったんすよね」

「うん、一応は」

「どうっすか? 元気だったっすか?」

「あんまり話してないからよくわからない。でも……何か、隠し事してる感じだった」

「……隠し事、っすか」

セーラはあまり驚かない。

彼女はハープーシにフォークを突き立てて、口に運ぶ。

しゃくっ、しゃくっ、という音を鳴らしながら咀嚼し、飲み込むと、言葉を続ける。

「おらと違ってマリアねーさまは偉いっすから、色々と教会の事情があるんすよね」

「教会は信用ならない……って、修道女の前で言うと悪いかな。ごめん」

「いいっすよ、おらも同感っすから」

エニチーデから戻って以降、セーラは研究所について調べようと動き回っていた。

しかし、全く情報はつかめない。

仮にあの化物の研究がまだ続いているのだとしたら――あの施設は放棄されて時間が経っていた、今はもっと進歩しているに違いない。

大して強くないモンスターであるオーガですら、2人がかりでようやく倒せるほどの力だったのだ。

もしあれが、強力なモンスターや、冒険者に埋め込まれることがあれば――

「難しいことは後にした方がいいかも」

「そう、っすね。今はミルキットおねーさんの料理を楽しむっす!」

「それがいい……はむっ」

「はぐっ、ふがっ!」

2人は頭を空っぽにして、おかずを口に詰め、パンにかじりつく。

一方、フラムはなぜか恥じらうミルキットにフォークを持たせ、「あーん」と言いながら口を開いていた。

◇◇◇

みなで片付けを終えると、4人は再びテーブルに座り、ミルキットが煎れてくれたお茶を片手に情報交換を始める。

できれば楽しい話だけをしてセーラを見送りたいが、そうもいかない事情があるのだ。

「あれから研究所について調べたっすけど、何も出てこないっすね」

「あの時の、キアラリィの場所が記されてたっていう資料は?」

「たぶん中央区教会の司教が持ってたものと思うっすけど……あの時は偶然、部屋に無防備に置いてあっただけみたいっす」

「つまり、司教は事情を知っている」

エターナの言葉に、セーラは「たぶんっすけど」と言って頷く。

「でも、あとをつけても行ける場所は限られてるっす」

「別のアプローチから攻められないかな、他の地区の教会とか」

「北区の大聖堂は間違いなく無理っすから、東区か西区になるっすね。でも西区は……教会騎士の知り合いが何人か居るっすけど、そんな場所じゃないっと思うっすよ?」

「どうして、言い切れるんですか?」

ミルキットが問いかける。

以前より積極的に会話に参加するようになった彼女に少し驚きながらも、セーラは答えた。

「孤児院が併設されてるんすよ。西区はほら、治安が悪くて捨てられた子供も多いっすから、そういう子供の保護も兼ねてるんすよ。実際、おらも入ったことあるっすけど、秘密の研究所をあそこに隠すのは無理があると思うっす」

逆にそれを隠れ蓑にする方法もあるが、そこまで教会も外道ではないとセーラは信じたいのだろう。

それに、実際に足を踏み入れたことがあるということは、少なくとも彼女に調べられる範囲では怪しげな部分は無かったということ。

「じゃあ、現状で調べられそうなのは東区の教会、か……」

「あそこも裕福な人が多い地域っすからねえ、目立った真似はあまりできないと思うっすけど。そもそも、研究施設自体は外部に作られてるんすし、教会を探っても何も出てこない可能性は十分にありえるっす」

「まあ確かにね、今も研究が続いてるって保証は無いわけだし」

「どうだろ」

そこでエターナが口を挟んだ。

「王国の人体実験の歴史は意外と古いし、今も続けてる可能性の方が大きいと思う」

「古いんですか?」

「少なくとも私が生まれた時にはもう行われてたはず」

その場に居る誰もが、『それがいつなのかまったくわからない……』と心の中で口を揃えた。

少なくとも、エターナを除く3人よりも遥かに年上なのは間違いないのだろう。

「そのコアとかいうやつを埋め込まれた、気持ち悪い化物が居た施設。地下にそれだけの施設を作ったってことは、王国も教会もそれに賭けてた証拠。1箇所潰れた程度で諦めるとは思えない」

しかし、彼女の言葉には謎の説得力がある。

嘘をつくとも、当てずっぽうで物事を推測するとも思えないし、研究はまだ動いているという方向性で考えた方がいいのだろう。

「ひとまず、おらの方で、どうにか東区や大聖堂に入り込んで、調べられないか試してみるっす」

「ごめんね、私たち全然役に立てなくて」

「いいんすよ、おらも個人的に関心はあるっすから。自分が所属してる教会が悪いことをしてるなら、それは明るみにしたいっすし」

今まで彼女を育ててくれたのは、間違いなくオリジン教の教会だ。

本当は疑うことすらしたくないのだろう。

だが、研究所で実際に化物や大量の死体を見てしまった以上、教会は何らかの罪を犯しているのだ。

悪は裁かれなければならない、それは教会の人々が彼女に教えたことだ。

「そういえば、デインの方はどうなんすか? 潰す手立ては思いついてるっすか?」

「それがね……あいつ、最近やけに大人しいのよ。おかげで西区も平和そのものみたいで、私にも全然絡んでこないの。おかげで逆にやりにくいっていうか……どうも、何か裏で大きな計画を動かしてるらしいんだけど」

「嫌な予感がするっすね……」

「うん、とりあえず計画の概要だけでも掴めないか、依頼をこなしながら探りを入れてる状況」

結局、今のところはまだ、具体的な情報は何も得られていない。

フラムが「気長にやってくしかないね」と言うと、全員が頷いた。

規模の違いはあるが、デイン一派にしても、教会にしても、フラムたちに比べると規模の大きな組織だ。

すぐに有益な情報が見つかるわけもなく、地道に探っていくしかないのである。

その後は、食後の団欒を穏やかに過ごし、3杯目のお茶が無くなる頃に、食事会はお開きとなった。

セーラは「平気っす!」と言っていたが、さすがに西区の夜を10歳の少女1人で歩かせるわけにもいかず。

結局、フラムがセーラを送っていくことになるのだった。

◇◇◇

その日の深夜、西区の路地裏に、男の野太い叫び声が響いた。

「く、来るな……来るなあぁぁぁあああっ!」

見たところ年齢は20代半ばと言った所だろうか。

マントを羽織り、軽いレザー製の鎧を纏った彼が、冒険者であることは想像に難くない。

男は背負っていた手斧を構え、敵と向き合ったが――迫る脅威に対し、どう戦えば良いのか全く思いつかない。

人であれば、あるいはモンスターであれば、対抗する手段はあったかもしれない。

だが、相手はただの“眼球”である。

目の形をした化物でもない。

ころころと、ただひたすら彼に近づいて転がってくるだけの、人間の眼球なのだ。

しかしその数があまりに多い。

路地の地面はおろか、そこを囲む建物の壁も、さらには屋根の上にまでぎっしりと敷き詰められ、その黒目は一様に男の方を見つめている。

もはや逃げ場はない。

後ずさりする背中が壁に当たった時、

「ああぁぁぁぁああああああ……!」

彼は自分の死を確信し、座り込みながら嘆いた。

それでも命を守ろうとする本能が、悪あがき程度に斧を振り回す。

ぶちゅっ。

いくつかの眼球はそれで潰れたが、焼け石に水である。

ついにその湿り気を帯びた球体が彼の体に触れる。

つま先から膝へ、膝から太ももを通り越しへ、そして胴体を駆け上り肩にまで到達したかと思うと――ずずず、と体の中に潜り込んでいった。

痛みはない。

ただくすぐったさと、体内に異物が入り込んでいく奇妙な感覚に、男は喘ぎながらえずく。

そして完全にそれが入り込むと、そこからずるぅっ! と新たな腕が生えてきた。

感覚もある、自由に動かせる。

それは紛れもなく、自分の体の一部なのである。

「あ……あぁっ……!」

わけがわからない。

彼はデインに命じられるまま、ちょっと教会の関係者を脅しに行っただけである。

だというのに、その帰り道で地面に眼球が落ちていると思ったら、少しずつその数が増えていき。

そしてやがて道を埋め尽くすほどになったそれから逃げたら、追い詰められて、体の中に入られて、腕が、増えた。

何から何まで、1から10まで理解が及ばない。

一体自分は、今、何と戦っているのか。

しかし答えは出ない、次々と眼球が体を転がりながら登ってきて、中に沈み込んでいく。

痛くないのだ、それが一番怖かった。

いっそ痛ければ、叫ぶことができれば、それで恐怖は紛れたかもしれない。

「うぁっ、ああっ、ああぁぁああっ!」

右の親指が2つに増えた。

足が3本に増えた。

体の内側では胃袋がパンパンに膨らみ――いや、これも2つに増えたのだろう。

心臓の鼓動も、どくんどくんどくんと時間差でいくつも脈打っているのを感じる。

腕はとうに右左合計で5本にまで増殖していた。

さらには、眼球が首に入り込み――

「うあぁぁぁああっ!」

「あぁぁっ、あああぁぁぁああっ!」

叫び声が、ユニゾンした。

今度は頭が増えたのだ。

首の途中から、まるで木の枝のように新たな首が伸び、全く同じ顔が2つ並ぶ。

意識が混ざりあって、体が誰のものなのかわからなくなり、這いずって逃げる自由すら失った。

これが教会の関係者を脅した報いだと言うのなら、償いはもう十分なはずだ。

「もうやめてくれっ」

「殺してくれえぇぇぇ!」

「いやだっ、死にたくないっ!」

「人間のまま殺してくれよぉお!」

だというのに、止まらない。

眼球は彼の体を埋め尽くすほど殺到し、そして体内に入り込んでいく。

次第に頭がさらに3個、4個と増えていくと、もう自分が誰なのか、何を感じているのかもわからなくなり――ついに彼は、体も、そして心も、人間ではなくなっていった。

◇◇◇

翌朝。

教会関係者の元に向かわせた部下が帰ってこない。

そう連絡を受けたデインは、珍しく自ら捜索に乗り出していた。

彼は西区の完全掌握という野望を叶えるべく、ついに教会へ手を出すことにした。

本格的に計画が進行しはじめた影響で、フラムへの妨害は随分と甘くなっている。

仲間を傷つけた報いは受けさせねばならない。

しかし、今はそれより優先すべき重要事項があるということだ。

教会を手中に収めるべく、まずは末端を腐敗させる。

これは以前から進めていたことで、すでに接待や賄賂によって、教会騎士の数人と、神父数人がデインたちに手を貸している。

さらには教会と取引のある西区の商店や、その商店に品を卸す問屋に手を伸ばし、確実に地盤を作っていく。

周囲を固めてしまえば、教会に圧力をかけ、買収した騎士や神父たちを高い地位へと押し上げていくのだ。

今はその圧力をかける段階だったのだが――まあ予測出来ていたことではあったが、こうも早く、連中が実力行使に出てくるとは。

デイン自ら出向いたのは、教会の動向を探るためでもある。

殺害、あるいは死体隠蔽の方法を見るだけでも、どういった人間が教会に手を貸しているのか、あるいは騎士自身がやったのか、大体の見当はつく。

拉致監禁されていたとしても、それは同じことだ。

手口を見て、敵を見定める、誰を潰すべきなのか判断する。

今後の作戦を立てるためにも、まずは自分の目でそれを確認せねばなるまい。

「……ん?」

西区の教会からそう遠くない路地を歩いていた彼は、違和感を覚え、鼻を鳴らした。

すると、どこからか生臭い匂いが流れてきている。

死体ではなく、血の匂いもしない、だが異様だ。

強いて言うなら生ゴミに似ていたが、それよりももっと強烈で、凝縮されたような――

自分の鼻を頼りにデインは進んだ。

そして、とある角を曲がった先で、 それ(・・) を目撃する。

「なんだ、ありゃ……」

思わず彼ですらそんな言葉を漏らしてしまうほどの、異形。

肌の色も、個々のパーツも、それは人間だった。

手は手の形をしているし、足は足だし、顔だってある。

ただ、それが正しい場所に配置されておらず、そして数もちぐはぐなのだ。

言うなれば、ただの肉塊に、腕や足、頭が数十個ずつ付いている、そんな化物が、うごめいている。

「まさかこいつ、行方不明になってたフィルか!?」

彼の顔を見て気づく。

試しにスキャンもしてみたが、やはり探していた人物で間違いないようだ。

だが、デインが見た頭部は、すでにその機能を果たしていない。

口と鼻、目から体液を垂れ流すだけの、排泄器官のようなものである。

他の頭と同様に、男の脳は増殖したが、その意識は完全に喪失していた。

「デインさん、ここに居たんす……か、ってこの化物どうしたんすか!?」

「ここに居たんだよ、あと顔を見てみろ」

「顔って……こいつ、まさか……!?」

「何があったのか知らねえが、僕たちがやりあってるのは、思ってた以上に厄介な相手らしい」

「教会、ですよね」

「だろうな」

以前から黒い噂は聞いていたが、こんな化物を作り出すほどだったとは。

デインは腰からナイフを抜き取ると、わさわさと動く手足を押しのけ、おもむろに肉塊にナイフを突き刺した。

「デインさん!?」

手下は慌てた様子だったが、デインは冷静に肉を切り開き、中身を確認する。

刃を抜くと、切り口からはでろりと流れ出たのは、いずれも人間の肉体を構成する一部だ。

その中でも特に目を引いたのは、脈打つ心臓が2つに、眼球が3つ。

スキャンをかけると、心臓はフィルのステータスを表示したが、眼球は全く異なっていた。

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報い

属性:origin

筋力:origin

魔力:origin

体力:origin

敏捷:origin

感覚:origin

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奇妙な記述に、デインは思わずそれを睨みつけた。

「あぁ? オリジン? なんだよこれ、おかしくなったのか? おいお前、ちょっと試しにスキャンかけて――」

もう1人の男に改めてスキャンを頼もうとしたデイン。

しかし、彼はやけにきつい角度で首を傾けた状態で立ち尽くしている。

「おい、ぼーっとすんなよ、早くこっちにこい」

「あ、あのデインさん、俺……俺……今、どうなってます? うまく首と右手が動かなくて、つーか離れないんですけど」

今までは横からしか見えていなかったが、真正面から男の姿を見た時、デインはその異変に気づく。

男の右手が、頭と1つになっているのだ。

彼はデインがスキャンを使用している間、右手で髪をかきあげようとしていた。

しかし、そのまま右手が動かなくなり、そして首もどんどん、腕に引き寄せられるように傾いていく。

「何ですかその顔は。ねえデインさん、俺どうなってるんです! どういう状況なんですか!? あっ、い、痛い……痛い、んですけどっ、あぎぃっ!」

腕はすっかり彼の頭に飲み込まれ、消えてしまった。

さらには肩までもが同化しはじめ、その首はありえない方向に曲がっていく。

「た、たずげ……デイ、さ……っ、がぎゃっ!」

そしてゴギッ、と鈍い音がしたかと思うと、完全に男の首は折れてしまった。

口から涎が垂れ、襟元を濡らす。

それでも“同化“とでも言うべき現象は止まらず、デインの目の前で男はどんどん小さく折りたたまれていった。

最終的に頭だけの存在になった部下を前に、いくつもの修羅場を乗り越えてきたデインですら、呆然とすることしかできない。

――自分はどうやら、触れてはいけないものに触れてしまったようだ。

そう気づいた時にはもう遅かった。

ぶじゅるっ。

そんな音がして、デインは振り向き、フィルの死体に背を向ける。

そこには、顔のない少年が居た。

顔の変わりにあるのは、肉の渦巻き。

それが螺旋状に蠢くと、血のような赤い液体が垂れ、白いシャツを汚す。

肩から胸までを真紅に染めたその少年は、じっと、動くこと無くデインを見つめていた。

「は……はは……はははははっ……」

デインの乾いた笑い声が路地裏に響く。

見ればわかる、勝てる相手じゃない。

圧倒的な強者を前に、彼は無力感を通り越して、笑うしか無かったのである。

そして少年は、デインに向けて手を伸ばした。