軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【アニメ化決定記念】EX16 過ぎた日々すら愛おしく思えるほど

世界を救った英雄、フラム・アプリコット――ミルキットと所構わずいちゃつき、かっこいいイメージが薄れた現在でも、フラムのファンは大勢存在する。

しかしそんなファンたちも一枚岩ではない。

いくつかの派閥に分かれていた。

最も多いのは、純粋に世界を救った英雄としてフラムに憧れる者。

彼らはミルキットとの関係性も微笑ましく見守っていることも多い。

次に多いのは、フラムを神のように崇め崇拝する者だろうか。

オリジンが滅び神が消えた今、その代わりとしてフラムを拠り所にしているのである。

そして、フラムに恋をする者。

あまり多くは無いが、そういった人々も確実に存在している。

ただ遠巻きに恋をしているだけならまだいい。

だが困ったことに、彼らの中には『ミルキットより自分の方が魅力的』と考えてしまう者もいた。

当然、ミルキットに手を出そうとすればフラムに即座に消される。

そもそも悪事を企んだ時点で消される。

しかし、中には監視の目をかいくぐり、計画を進める者もいた――

◇◇◇

その研究所は、東区にある何の変哲もない民家の一室にあった。

居住スペースを削って作られたその空間には、怪しげな装置がいくつも置かれている。

特に目を引くのは、部屋の中央に配置されたテーブルの上にある近代的なマシン。

立方体のガラスケースから無数のケーブルが伸び、それは三十センチほどの縦長のディスプレイと繋がっている。

ディスプレイには文字と図形が立ち並び、どうやら画面に触れて魔力を注ぎ操作する装置のようだ。

一方で、ガラスケースの内部には、複雑な術式が刻まれた板状の魔石が並べてあったり、中身の見えない三つのカプセルが設置されケーブルで円形に繋がれたりしていた。

見た目だけでは何の機能を持っているかまではわからないが、とても素人には作れない、魔法と科学が高レベルに融合した装置であることは間違いないだろう。

そして、部屋にはその装置に手を伸ばす女が一人。

濃い茶色の髪を長く伸ばし、前髪で目元が隠れた彼女の名は〝アーニー〟。

齢二十五になる、どちらかというと地味な印象を受ける女性だった。

普段は王都の研究所で働いており、実はエターナの同僚でもある。

もっとも、いわゆる平社員のようなもので、幹部であるエターナと近づくことは滅多に無いが。

「ふ……ふふ、ようやく完成したわ……!」

愛おしむようにディスプレイに触れ、女は声を震わせ歓喜する。

「過去改変装置……ッ! これがあれば、私はフラム様と結ばれることができる……ッ!」

顔に不気味な笑みを浮かべ、そんな夢物語を語る。

だが、ふいに彼女が手のひらに魔力を込めると、装置が起動しディスプレイに映像が映し出される。

それは故郷であるパトリアで平和に暮らす、まだ幼いフラムの姿だった。

「あぁ、フラム様かわいいぃ……幼い頃もこんなに可愛かったんですねぇ。好きぃ、素敵ぃ……!」

こねくり回すように、画面の中のフラムに両手で触れるアーニー。

「私だったらもっとあなたのことを幸せにできるのに……どうしてあんな包帯女と結ばれてしまったの、フラム様あぁぁ……!」

彼女はフラムが聞いたら一発でふっとばされそうだし、ミルキットが聞いてもビンタの一つぐらいかまされそうな言葉を繰り返す。

異様な光景ではあったが、最大の疑問はなぜこの装置にフラムの過去が映し出されたか、である。

その理由の一つが、ガラスケース内部にある三つのカプセルにあった。

「でもそんな間違った〝現在〟もこれで終わり。そしてこれは偶然なんかじゃない。私の手元にあなたの欠片が届いたのは、紛れもない運命……っ!」

それは紛れもない偶然であった。

ある日の休日、アーニーが裏路地を歩いているとそこで闇市を発見したのだ。

表では出回っていない怪しげな商品が並ぶ中に、ひときわ邪悪なオーラを纏う金属片があった。

魂喰いの欠片である。

どこで手に入れたのか知らないが、商人はどうやらそれを手放したくて仕方なかったらしく、大喜びでアーニーに売ってくれた。

それから彼女は呪いに蝕まれたのか、徐々に正気を失っていき、フラムへの執着を強くしていった。

そして己の知識を総動員して、一つの結果を導いたのである。

『人の意思を循環させることでオリジンは生まれた。そして呪われたこの破片には恨みや憎しみといった人の負の思念がこもっている。呪いの螺旋を作ることで、オリジンのように無限のエネルギーを生み出す装置を作り出せるかもしれない……』

つまり――装置内部の三つのカプセルの中には魂喰いの欠片が入っており、これによりオリジンに類似したエネルギー生成機関として成立したのだ。

だがそれだけでは、ただエネルギーを生み出すための装置に過ぎない。

アーニーの目的はただ一つ、過去を改変して自分が今のミルキットの位置に収まること。

ではフラムの過去の情報をどうやって手に入れるか。

そこでこの魂喰いの欠片が関係してくる。

欠片には、主たるフラムの情報もいくらか刻み込まれていた。

それを元に過去を解析し、生み出した無限の魔力で過去を改変する――それこそが、この装置が作られた目的であった。

もっとも、それだけではフラムの過去の全てを知ることはできない。

なぜなら魂喰いが知っているのは、あの牢屋で出会った瞬間以降の彼女でしかないから。

「いいえ、それだけじゃないわ。運命は私たちの肉体同士も引き付けている……!」

そこでアーニーはフラムをストーキングした。

尾行だとすぐにバレてしまうため、フラムが訪れた施設を調べ上げ、フラムが去ったあとに訪れる。

そして――落ちている毛髪を探した。

フラムの情報が足りないのなら、フラムの一部を採取すればいい。

そんな単純な考えである。

そして、アーニーはついにそれを手に入れ、装置内部にある別のカプセルに収めた。

これにより、彼女はフラムの過去の全てを掌握したのだった。

「運命の赤い糸が私とフラム様を引き合わせた……そして今、歴史は正しい道へと歩み始める! 待っていてくださいフラム様、すぐに私があなたの隣に立ってみせますから! うふふふ……ふははははは……っ!」

薄暗い部屋に、女の狂気のこもった笑みが響く。

だが急にその声は止まり、アーニーは真顔になって画面を見つめた。

「でもその前に、私は知らなくてはいけない。フラム様の全てを……過去を……」

魔力を込めた指で装置を操作すると、フラムの過去が映像として映し出される。

「さあさらけ出して。誰も知らない、私だけが知るあなたの全てを……!」

アーニーは目を見開き、この世に産み落とされ、元気に泣き声を上げるフラム・アプリコットの姿を凝視した。

◆◆◆

今から二十年以上前――王都南にある農村でフラム・アプリコットは誕生した。

反転属性を持つがゆえに、ステータス0のまま成長しない体質の彼女。

しかし赤子のときは基本的に誰もがステータスは0だ。

ステータスは戦闘能力を表す数値なのだから当然である。

ゆえにその時点では、希少属性に驚く者はいてもステータスに違和感を抱く者はいなかった。

だが幼い頃から病弱な子供ではあったらしい。

繰り返し体調を崩し、何度も教会の修道士の世話になっている。

その時点では反転の魔力はそこまで肉体に染み込んでいなかったのか、回復魔法も効いていたようだ。

もっとも、〝反転〟のデメリットが その程度(・・・・) で済んだのは奇跡とも言える。

一般的に、希少属性の持ち主は数百年ごとに生まれてくる。

これは勇者に限った話ではない。

夢想の属性が勇者の時代と同じ頃に存在したことからもわかるように、全ての希少属性に共通する特徴なのだ。

反転もその例外ではない。

では、なぜ今まで反転の持ち主が歴史に登場することがなかったのか――それは誕生直後、あるいは産まれることもなく死んでいたからだ。

反転は所有者の成長すらも反転させる。

つまり、生まれた赤子は大人ではなく、さらなる子供へと向かって行こうとする。

結果としてすぐに死んでしまうのである。

では、なぜフラムは生きているのか。

それはフラム・アプリコットが、反転のデメリットをステータスに 押し付けた(・・・・・) からである。

数千年前――人造地獄に集められた人の負の感情は、呪いとなって災いをもたらした。

それを封じ込めるため、当時の勇者たちは夢想の魔法を利用して、ステータスという概念を生み出し、呪いの矛先をそのステータスに向けることで影響を最小限に抑えた。

要するにそれと同じことが、フラムの肉体の中で偶然に起こったのだ。

人の成長とは異なり、ステータスは0が下限値。

マイナスにはならない。

だから生き延びた。

そういう意味では、フラムが呪いの武器と惹かれ合うのは一種の運命のようなものだったのかもしれない。

それはさておき、どうにか反転のデメリットを掻い潜り生き延びたフラムだったが、その後の人生も平坦ではなかった。

三歳になってもステータスは変動せず。

この頃になると回復魔法を使うと逆に体調が悪化するようになり、修道士も『この子は呪われているかもしれない』とフラムを避けるようになった。

両親も不安ではあったが、食事に山菜と称して薬草を混ぜるなどして、どうにかフラムの健康を保った。

それでもステータスは変わらない。

そのまま、フラムは五歳になった。

外に出て他の子どもと一緒に遊ばせると、すぐに疲れ果てて体調を崩してしまう。

転んで怪我をすると極端に治りが遅い。

無理して体を動かしても、体力が付くことはない。

フラムは、自然と周囲の子供からも距離を置かれるようになっていた。

大人はそれでもフラムを守ろうとしてくれたが、子供は正直で残酷だ。

それに、物心が付いた頃には、フラムは自分でも自身の異常さを理解しはじめていた。

両親はフラムに対して過保護になっていく。

幸いなことに、反転の呪いは知能の方には関係がなかったため、彼女はよく絵本を読んでいた。

アプリコット家はただの農家であり、裕福ではないためあまり多くの本は与えられなかったため、繰り返し繰り返し、擦り切れるほど同じ本を読み続けていたという。

それでもフラムが極端に暗い子に育たなかったのは、マリン・レオージュとパイル・アナナースという二人の幼馴染がいたおかげ。

うん、この頃からは〝私自身〟がはっきり覚えてる。

マリンとパイルは、私をいじめる同世代の子供たちから守ってくれた。

毎日のように家にやってきては、外に連れ出して一緒に遊んでくれたし、体調が悪い日は家のなかでずっとおしゃべりをしていた。

フラムの両親も、もちろん私自身も、二人には心から感謝している。

……だからこそ、久々に故郷に帰って、知らないうちに結婚して子供まで産まれてるのを見たときは、すっごく寂しかったんだけどね。

それでも――成長すると、どうにもならない問題は出てくる。

十歳になると、大抵の子供は学校に行きながら、家の仕事を手伝うようになる。

特に農村だと、子供も重要な労働力だ。

自然とマリンとパイルと遊ぶ頻度も減ってしまう。

そんな中で、私は変わらず過保護に守られていた。

農作業のような重労働を手伝えば、私はまたたくまに寝込んでしまうだろう。

だからまるで深窓の令嬢のように、家の中からじっと外の様子を眺めることしかできなかった。

もちろん、私だって何もしなかったわけではない。

できる限りの家事はやろうと心がけていたし、この頃から家の食事作りも担当するようになった。

村の大人に話を聞いて、おいしいコーヒーの煎れ方も学んだりした。

できることを。

できる限りのことを。

劣等感に押しつぶされないように。

私はここにいていいんだと思い込むために。

お父さんもお母さんも、本当はどうしてこんな子が産まれてきちゃったんだろうって思ってるだろうから。

私がどう頑張ったってそれを払拭することはできないだろうけど。

少なくとも、『頑張ってる』っていう免罪符があることで、私が思い込むことはできる。

それから十六歳まで、どうしようもない日々が続いた。

みんな大人になっていく。

マリンもパイルも大人になって、私の前では以前と変わらないけれど、私のいない場所では知らない顔をしている。

私をいじめていた子も大人になって、直接手を出すことはなくなって、遠くから冷たい視線を向けてくる。

私も体だけは大人になった。

でも、何も変わらない。

ステータスは0のまま、少し動けばへとへとになるし、料理ができると言ってもお店で働ける体力はない。

みんなが思っていただろう。

『お前はいつまでそうなんだ』

両親も思っていただろう。

『あの子はいつまでこのままなの』

私も思ってたよ。

『私はいつまで生きてていいんだろう』

何のために生まれて、何のために死んでいくのか。

いずれ病気になって、他の人なら治癒魔法で治せるけど、私だから治せずに死んでいったりして。

そんな暗い未来がずっと頭の片隅にあった。

両親や親友に愛されてるってのはわかる。

でも一方で、その愛情を向けられる価値なんて私には無いんだって。

天秤が吊りあった――いや、自己否定に少し傾いた、ゆるやかな苦痛の人生。

それが延々と続いていった。

じゃあオリジンのお告げで英雄に選ばれて幸せになったかっていうと、そうでもないところが私のめんどくさい部分。

だってみんな言わなかったけど、こう思ってただろうから。

『フラムが産まれてきたのはこのためだったんだ』

称賛されて、期待されて、心配されて。

私は笑顔で泣いた。

ありがとう、ありがとう、って心にもない言葉を言いながら。

引き裂かれそうな心の痛みの中で。

これで私が素直に喜べるような人間だったらよかったんだけどね。

結局、優しくしてくれた人たちも何かしらの見返りがほしかったんだって、そう思っちゃって。

今日まで愛してくれた時間が、まるで対価みたいに感じられて。

急に陳腐に思えてきて。

神様に捧げられる供物ってこんな気分なんだろうなって、そう思ってた。

まあ、実際のところはそんな冷静にかっこつけたこと考えてたんじゃなくてさ、他の……選ばれてよかったっていう安堵とか、今まで冷たい目を向けてきた人が褒め称えてくることに戸惑ったりとか、色々あったんだけど。

けど選ばれてしまった以上、私に選択肢はなかった。

オティーリエさんが迎えに来て、大勢に見送られながら馬車に乗せられて。

離れていく故郷を見ながら、頭の中では出荷される家畜の歌が流れてたりして。

何のために生まれてきたのか、私が考えたって意味はない。

これが答えなんだ。

じゃあ、やるべきことをやるしかない。

今日まで育ててくれたお父さんやお母さんに報いるために。

かわいがってくれた村の人たちや、マリンやパイルのためにも。

立派な英雄にならなくちゃ。

馬車の揺れで酔って気分が悪くなりながら、そう自分に言い聞かせていた。

◆◆◆

アーニーはいつの間にか布巾を手に持ち、溢れ出す涙を拭いながら〝フラム・アプリコットの物語〟を見つめていた。

数日かけて全てを見届けたあと、彼女は大きくため息をつく。

「はぁ……フラム様は、伝わっている以上に辛い人生を送ってきたのね……故郷での日々だけじゃない、半年間の旅の中でも頑張っても報われない日々を過ごして……それでも健気にっ、ううぅ……っ」

かと思えば、拳を握って怒りをあらわにする。

「それにあのジーン・インテージって男! 英雄面しておいて本当はフラム様を売り飛ばしてただなんて許せないッ!」

ジーンは今のところ、品行方正で誠実な英雄ということになっている。

実際に 今の(・・) ジーンはそういう人間として存在しているので、余計にギャップが大きい。

しかしアーニーはしばし怒りを撒き散らしたあと、再びため息をついた。

「でも……ミルキットとの恋物語は脚色のない事実だったなんて、そっちも驚きだわ……」

フラムのような立派な英雄が、あんな包帯ぐるぐる巻きの不気味な女と結ばれるわけがない。

王国に伝わっている物語は大きく脚色されたものに決まっている。

アーニーはそう思い込んでいたのだ。

しかし突きつけられたのは、むしろ物語よりも深く結びついた二人の姿。

「あれを見ると認めざるをえないような気が……」

揺らぐ恋心。

だが、アーニーはぶんぶんと首を振って弱気な自分を振り払う。

「いいえ、そんなわけないわ! フラム様の隣に立つのは私よ! 彼女の全てを理解した今だからこそわかる、私ならもっとフラム様を幸せにできる!」

そう自分に言い聞かせ、再び思い込みを深めるアーニー。

彼女は端末に触れ、いよいよ過去改変へと動き出す。

「まずは手始めに……そうね、フラム様の苦痛を取り除きましょう。奴隷として売られることなく、旅を続ければ包帯女と出会うことはないわ」

魔力を込め画面に触れると、フラムの人生が一気に巻き戻され、奴隷商人に売られたあの日へと戻っていく。

そしてアーニーの操作により、エターナに気分転換に誘われたことで、ジーンの呼び出しを回避することに成功した。

「ふふ……運命は変わったわ。これで私がフラム様と出会う余地を生み出すのよ」

そう思って眺めていたアーニーだったが。

エターナと王都で買い物をするフラムが急に足を止め、とある路地を見つめる。

そこには奴隷商人にボコボコにされるみすぼらしい奴隷の少女の姿があった。

「えっ、あれって……待って、やめて。その女を助ける必要はないわ、フラム様!」

アーニーの呼びかけも虚しく、フラムはその少女をかばうように割り込む。

そしてエターナが奴隷商人を流して排除した。

こうしてフラムとミルキットは出会うのであった。

「こんな偶然があるなんて……おかしいわ、だってミルキットはあの奴隷商人の元で売れ残って、処分される直前だったはずじゃない。何がどうなってあんな場所にいたっていうの?」

気になって仕方ないアーニーだが、彼女にそれを見ることはできない。

なぜならこの装置に存在する過去の記憶は、魂喰いの破片と毛髪から抽出されたもの――つまりフラムのものだけだからだ。

「くっ、だったら今度は直に包帯女を排除するだけよ。フラム様が魂喰いを手に入れた場面なら……!」

薄暗く湿っぽい地下牢の中で、グールに食われ、奴隷商人にナイフを突き刺され、命を落としていく売れ残りの奴隷たち。

残るはフラムとミルキットのみ。

本来ならグールたちはフラムに標的を定めるが――ここでアーニーが介入する。

グールたちは突如として向きを変え、ミルキットに襲いかかったのだ。

「そうよ、そのまま包帯女を食い尽くしてしまいなさい!」

この時点で、フラムが命を賭けてまで見ず知らずの少女を救う理由はない。

仮に魂喰いを握って力を手にする流れになったとしても、すでにミルキットは死んでしまうのだ。

そこに過去のアーニーを介入させ、自分がパートナーとなる。

完璧な作戦であった。

「なっ、魂喰いがひとりでに倒れてグールたちがフラム様に……どうしてよ、魂喰いがこの流れを望んだっていうの!?」

――不可能な点を除けば。

「だったら魂喰いが動かないように調整したらいいだけよ!」

アーニーの介入により、魂喰いの角度がわずかに変わり、動かなくなる。

すると――ミルキットが食われる直前、奴隷商人が『おっと』と言ってナイフを手から落とした。

その音でグールたちがフラムの方を向く。

「なんでそうなるのよぉっ! だったら奴隷商人がナイフを落とさないようにして――」

次は壁の燭台が落下する。

「なんでぇっ!?」

続けて壁の一部が崩落。

「どうしてぇっ!?」

鉄格子が軋み、奴隷商人の椅子の脚が折れ、地上での事故で爆発音が鳴り響き、先に食われた奴隷がグールとして目覚め、終いには何の前触れもなく魂喰いが震えだし――

「どぉぉおしてこうなるのよぉぉおおおおっ!」

いかなる手段を使っても、ここでグールにミルキットを食わせることはできなかった。

もはや何らかの見えない力が働いているとしか思えない状態だった。

「おかしいわ。こんなのおかしい。だって、だって私がフラム様と結ばれる未来がないってことじゃない。まるで、包帯女と結ばれるのが運命だったみたいにッ!」

アーニーは認められなかった。

目を血走らせ、鼻息を荒くしながら、次々にフラムとミルキットの出会いを阻む作戦を決行していく。

寝る間も惜しみ、仕事も無断欠勤し、食事すらも採らずに没頭すること数日――

成果はゼロであった。

「何なのよ……これは……過去を改変できたら……フラム様と私は、結ばれるはずじゃ……」

どのような試練を課しても、二人は必ず出会う。

どのような困難を与えても、フラムはミルキットを助ける。

あるいは理不尽を極めてしまえば、あっけなく二人とも死ぬ。

一蓮托生とはまさにこのことだ。

もはや――認めるしかない。

「運命……」

そう、フラムとミルキットは運命の赤い糸で結ばれているのだ。

その相手は、どんなに過去を変えようとアーニーになることはない。

彼女はそんな苦しい現実を噛み締め、机に突っ伏す。

「ううぅぅ……私じゃない……どうして私じゃないのよおぉ……」

ちなみに、アーニーはフラムとの面識は一切ない。

オリジンとの戦いにおいて、目の前で助けてもらったとかもない。

ちょっと過激で頭がいいだけの、ただのファンである。

「無限の力があれば、なんだって……できると思ったのにぃぃ……」

また、確かに今のところこの装置は大量の魔力を生み出せてはいるが、決して無限と呼べるものではない。

加えて、シミュレーションは可能でも、実際に過去改変などできるはずがなかった。

もっと言えば、アーニーが見た過去は〝すでに運命が定まった現在〟から見たものだ。

現代においてフラムとミルキットが強固な絆で結ばれている以上、いかに過去を変えようとも現実に収束するのは当然のことである。

しかし疲れ果てて眠りに落ちたアーニーが、それを知る由もなかった。

◇◇◇

それから三日後の夕方。

フラムは自宅でミルキットといちゃいちゃしていた。

フラムがリビングにあるソファに腰掛け、ミルキットはその膝の上に向き合うように座っている。

「ミルキットは今日もかわいいねぇ」

「ふふっ、さっきも言ってましたよご主人様」

「何回でも言うよ。かわいい私のお嫁さんなんだから」

「ご主人様ぁ……」

そして意味もなくお互いの髪の毛をさわさわ触りながら、思い出したように口づけをする。

とてもではないが他人に見せられる光景ではなかった。

なおフラムとミルキットは平気で外でもこれぐらいやるし、同じ空間にはエターナとインクもいる。

二人はフラムたちと違い、隣同士で椅子に座って肩が触れ合うぐらいの距離感である。

「今日は一段とすごい」

「あたしたちもあれぐらいやっちゃう?」

「そろそろキリルとショコラが帰ってくる」

「あ、やらない理由それなんだ……」

インクにそう指摘されて、エターナの頬がわずかに赤くなる。

ごまかすように彼女は手元の本に視線を移し、それを見たインクは幸せそうにくすりと笑った。

穏やかな夕暮れ、これ以上ないほどに平和な一日である。

そのとき、フラムがピクリと何かに反応する。

「二人が帰ってきたみたいだけど……」

「何かあったんですか?」

「玄関のところで何か困ってるみたい。行こっか」

「はいっ」

フラムとミルキットは決して離れることなく、腕を絡めながら玄関へ向かう。

エターナたちはそれを目で追った。

そしてフラムが玄関から顔を出すと、予想通りそこにはキリルとショコラの姿がある。

「キリルちゃん、ショコラさん、おかえり。立ち止まってどーしたの?」

「あ、フラム。ちょうどよかった」

キリルは困り顔でフラムの方を見る。

すると同様に困惑気味のショコラが口を開いた。

「先輩が言うには、このポストの中にとんでも厄介なものが入ってるらしいんですけどぉ」

「厄介って、どんなものですか?」

ミルキットが尋ねると、キリルは首を傾げる。

「フラムはわからない?」

「ごめん、気配は感じないかも」

「……そっか、珍しいね」

「とりあえず開けていい? 私なら処理できるものなんだよね」

「たぶん」

フラムはポストに手を伸ばす。

すると、そこには白い布に包まれた何かが入っていた。

持ち上げてみて、フラムはそこで理解する。

「あー……またこれかぁ」

すると彼女の視界に、ゴシックロリータな服装を着た黒髪のミルキットが現れる。

『どうやら何者かが扱いきれずに主様に返却したようですね』

フラムの視線の動きに気付いたミルキットが、心配そうに覗き込む。

「ご主人様、例のものを見ているんですか?」

わずかに頬を膨らませ、嫉妬しているようだ。

ミルキットも〝黒いミルキット〟のことは知っている、警戒するのは当然である。

「うん、また出てきてる」

「ということはその包みの中身は」

「たぶん魂喰いの欠片だね」

フラムがそう言うと、ショコラとキリルは驚く。

「ひえぇ、本当にヤバいやつじゃないですか。先輩、お手柄ですね」

「そっか、魂喰いはフラムのことをよく知ってるから気配も隠せるんだっけ。でもそんなものがどうしてポストに」

「この手紙に書いてあるんじゃないかな」

そう言って、フラムは布の中から手紙を取り出した。

◇◇◇

「勝手にフラム様の過去を見てしまい申し訳ありません。運命で繋がったお二人を引き裂こうとするなどと愚かなことをしてしまい申し訳ありません。愚かな私をどうかお許しください。そしてこれからもお慕いすることをお許しください。フラム様とミルキット様の幸せが末永く続くことを祈っております」

ダイニングに移動したフラムは、手紙の内容を読み上げた。

テーブルを囲む同居人たちは、その怪文書に眉をひそめる。

「ひたすら謝っているだけで、何を言っているのかよくわからない」

「あたしもエターナと同じー」

「何かを企んでいた人が、勝手に失敗して勝手に謝ってるのかな?」

「英雄ってそういう狙われ方もしちゃうんですね。コワぁ」

それぞれが感想を言う中で、フラムは釈然としない様子であった。

「ミルキットを狙ってるから許せないけど、そもそも何も起きてないんだよね」

「今のところ、ご主人様に魂喰いの欠片を返却してくださった親切な方でしかありませんよね」

フラムとしても、魂喰いの欠片の捜索はしなければと考えていたので、ありがたいことこの上ない。

かといって、何も対応しないのもどうなのか。

悩んでいると――

「……あっ」

と、エターナが声をあげる。

「昨日、同じ研究所の人から急にお菓子をもらったって話をしたの覚えてる?」

彼女がそう言うと、ショコラが笑顔を浮かべた。

「ショコラちゃんも食べましたよ、美味しいクッキーでしたね!」

「そう、あれなんだけど。渡してきたのはアーニーという女性で、わたしとはほぼ面識がない。なのに渡されるときに突然謝られて、わたしはよくわからなかった」

「あたしもエターナと一緒にいたけど、すごい勢いで謝ってたよね。しかもエターナは心当たりがないって」

「謝る……」

顎に手を当て考え込むフラム。

意味のわからない謝罪――完全に手紙の内容と一致している。

さらにエターナは核心に迫る。

「その研究員は、ここ最近無断欠勤したりで様子がおかしかったと聞いている」

「つまりその人が偶然手に入れた魂喰いの欠片で私の過去を覗き見て……それを使って私とミルキットを引き裂こうとしたけど、失敗して、挫折して、謝った……?」

「推測に過ぎないけれど、その可能性がある。どうする、こらしめる?」

こらしめるには、実害がなさすぎる。

それに異様なまでに謝るぐらい、後悔する何かが起きたということだ。

フラムが思い出すのは、先日のロコリが巻き起こした騒動だ。

彼女は生まれついての性分故に、〝反省〟という形で罪を償わせることはできなかった。

それに比べれば、すでに反省している今回の犯人はなんと物わかりがいいことか。

「……まあ、理由はわかりませんが、反省したならいいんじゃないですか」

すでに悪さをするための魂喰いの欠片は返却済み。

何よりその方がフラムとしても楽――というのが、最大の理由であった。

そんなこんなで、今回の騒動は何も起きないまま、勝手にフラムたちが勝利して幕を閉じるのだった。

◇◇◇

その日の夜、パジャマに着替えて自室で二人きりになったフラムとミルキット。

ベッドの上に座ってご主人様に顔の包帯を外してもらいながら、ミルキットはじっとフラムの顔を見つめている。

「何か悩んでるように見える?」

見透かしたようにフラムが言うと、ミルキットは少し申し訳なさそうな顔をした。

「はい。ご主人様が自分でおっしゃるまでは黙っていようと思ってたのですが……隠せませんね」

「こっちこそ心配かけてごめん。でもミルキットが思ってるのとは違うかも」

「確かアーニーさん、でしたか。彼女のことではないのですか」

しゅるりと包帯が床に落ちる。

フラムは一旦話を止めて、存在を確かめるように頬を指で撫でると、自然な流れで口づけをした。

ミルキットも慣れた様子で目を閉じ受け入れる。

顔を話してフラムは微笑むと、会話を再開した。

「魂喰いの欠片を使って私の過去を見る方法が本当にあるとしたら、恥ずかしいものも見られちゃったんじゃないかなと思って」

フラムの過去にまつわる、〝恥ずかしいもの〟――ミルキットには心当たりがあった。

「以前、ご主人様が話してくださった内容ですね」

「そう、コンプレックスの話」

ミルキットが日記をフラムに見せたように、フラムもまた自分の過去を全てミルキットに明かしている。

互いに知らないことなど何もない。

「魂喰いがどこまで情報を持ってるかわかんないけど、もし当時のまま伝わってるんだとしたら、〝今は違うぞー〟って言っておいた方がいいのかなと思って。でも、伝えたら伝えたでややこしいことになるでしょ?」

「ひょっとすると、アーニーさんが急に謝った理由は、ご主人様のそういった過去を見たからかもしれませんね」

「……だとしたら訂正しない方がいい?」

「申し訳ないと思ってもらった方が、都合はいいかもしれません」

「そっかぁ……うーん、あんまりネガティブなこと考えてるって思われるのも困るんだけどなー。今は幸せでいっぱいだから」

そう言ってフラムはミルキットを抱き寄せる。

そして二人はそのままベッドにぽふんと倒れ込んだ。

ミルキットは抱き返すと、フラムの胸に顔を埋める。

「ふふっ、今日は私が甘えてもいいですか?」

「もちろんっ」

フラムの指先がミルキットの耳の近くの髪を軽く撫でると、ミルキットは幸福感にとろけたような笑みを浮かべた。

自分が幸せを与えている。

そう実感できる幸せを噛み締めながら、フラムは語る。

「きっと、生まれた来た理由なんて考えるだけ無駄で、ただただ体力を使うだけの不毛な行為なんだよ。でも、それをわかってても、どーしても考えちゃうときがある」

ミルキットはフラムの瞳をじっと見つめて、こくりと頷く。

「でも、今の私にはミルキットがくれた魔法があるから」

「はい、私もご主人様の魔法でずっと幸せです」

人はどうしても苦悩する。

けれど、今の二人にはそんな苦悩すら吹き飛ばす、あまりに都合の良い魔法の言葉があった。

フラムとミルキットは互いに微笑み合うと、声を揃えてその魔法を唱えた。

『私たちはお互いに出会うために生まれてきた』

示し合わせたわけでもないのにぴったり合うものだから、なんだかおかしくなって、二人はくすくす笑った。

そして愛おしさに顔を寄せ、また唇を重ねる。

世界いっぱいに満ちた甘い幸せに包まれて、夜は更けていく。

二人はしっかり覚えている。

いつか抱いた苦悩も。

味わってきた数え切れないほどの苦痛も。

息もできないほど寂しい空白も。

けれど今となっては――その全てを〝過去〟だと笑い飛ばせるのだった。