軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EX15-2 亡霊の白昼夢

フラムのカミングアウトに対し、セーラは恐る恐る聞き返す。

「念の為聞いておくっすけど、おねーさんの愛が溢れすぎて幻覚が見えているとかでは……」

「無い、と思う」

愛が溢れているのは事実なので、フラムも自信はなさそうだ。

しかし、不可解な点は増えていることだけではない。

「それに幻覚の方のミルキット、見た目が違うんだよね」

「見た目が違うのにミルキットおねーさんってわかるんすか?」

「顔立ちや体型は一緒なの。けど髪は黒くて、服装もゴシック調? っていうのかな、そういう黒いドレスを着てる。あとは表情もちょっと悪女っぽくてミルキットらしくないっていうか」

「過去にそういう姿をしたミルキットおねーさんを見たことは?」

「無い」

首を横に振り、フラムはそう言い切った。

セーラは「んー」と唸りながら、近い症状が無いか頭の中を探ってみるが、なかなか見つからない。

「一応ここで検査することはできるっすけど、フラムおねーさんが自分で自分の体を診る以上のことはできないと思うんすよ」

「やっぱりそうなっちゃう?」

「さすがにどんな魔法もおねーさんのステータスには敵わないっすからね。けどおねーさんがそうやって相談するってことは、自分の体に異常は無いし、外部から干渉されてる様子も無いってことっすよね」

「うん、そういうのが無いのは確認済み。だから問題は私の内側か心にあるんだと思うんだけど……」

「……欲求不満っすか?」

「それは無いよ! 絶対無い!」

断言できるだけの理由がそこにはあった。

ここで話せるような内容ではないが。

「ちなみにっすけど、いつから症状は現れたんすか?」

「一週間ぐらい前、かな」

「どんな状況でそれは見えるんすか? 時間帯とか、場所とか」

「法則性は見当たらない。目をつぶってる間は見えないけど、普通に生活してたらどこでもいつでも不定期に現れてる」

「視界に写り込んでる感じっすか? それとも景色に溶け込んでるっすか?」

「景色の方かな。例えば私は今、セーラちゃんの方を見てる。けど振り返ったら――」

言いながらフラムは後ろを振り返る。

すると、そこには先ほど説明した通りの“黒いミルキット”が立っていた。

「あ、いた」

目が合うと、彼女は妖艶に薄ら笑いを浮かべる。

少し不気味だった。

「そこにいるんすか!?」

「うん、後ろにいる。触ったりは――できないかな、すり抜けちゃうし」

セーラから見ると、フラムは何も無い場所に手を伸ばしているようにしか見えない。

だがその様子を見るに、かなりはっきりとした形で見えているらしかった。

「その見え方だと、確かに脳に何らかの問題が発生した際に生じる幻覚症状に近くはあるっすけど――」

これがフラムでなければ、すぐさま治療法も思いつく。

だが問題は、相手が相手なだけに一般的な病気である可能性はかなり低いことだ。

「まあ、何も見つけられない可能性が高いっすけど、ひとまず検査の手配をするっす」

「ありがと。ごめんね、急に来て手間かけさせちゃって」

「大切な友達の頼みを聞くのは当然っす。それに、こっちもおねーさんの手を借りることになりそうっすから、持ちつ持たれつっすよ」

我ながら馬鹿げた相談事だ――と罪悪感を抱いていたフラムは、セーラの明るさに救われる。

その後、彼女の手配によりすぐにフラムの脳の検査が行われた。

が、想像通り何も問題は見つからず。

ミルキットの幻覚の原因はわからないまま、フラムは医療魔術師組合本部を後にするのだった。

◇◇◇

帰り道、フラムは中央区の公園付近を通りかかった。

ふと子どもの歓声が聞こえてきてそちらに視線を向けると、人だかりの向こうにピエロの姿があった。

「あれがインクが見てたっていうピエロかぁ。ロコリって子もここに来てたんだよね」

軽くピエロの姿を眺めていたフラムだったが――なぜだかその動きに不気味なものを感じた。

子供たちはあんなに喜んでいるのに。

「色々経験しすぎて心が汚れちゃったかな……?」

自嘲っぽくそんなことを言っていると、近くのベンチに見知った女性の姿を見つけた。

キリルやショコラのお菓子作りの師匠であるティーシェだ。

彼女は酒瓶を手に、あと少しで夕方になるとはいえ昼間から公園で飲酒している。

頬はほんのり赤く染まり、それなりに酒が回っているようだ。

するとティーシェもそんな視線に気づいたのか、フラムと目が合う。

そしてお互いに会釈した。

フラムは彼女に歩み寄ると、改めて挨拶を交わす。

「こんにちはティーシェさん。今日はお休みですか?」

「おう、サボりだ。店も落ち着く時間だからな、弟子二人に任せてる」

それを聞いて思わず苦笑いするフラム。

今ごろ店では、キリルとショコラの師匠に対する愚痴大会が開かれていることだろう。

「ティーシェさんはピエロが好きなんですか?」

「んあ?」

「じっと見てたじゃないですか」

「ああ……好きってわけじゃねえよ。あいつ、知り合いなんだ」

「あのピエロと?」

「名前はコリウスってんだ。昔は王都にケーキ屋を持っててな、結構繁盛してたんだよ」

「王都ってことは……」

「ああ、五年前に綺麗さっぱりぶっ潰れちまった。嫁さんと一緒にな」

ショコラもそうだったように、オリジンの封印が解かれたあのとき、肉親を失った人間は少なくない。

悲しいかな、珍しい話ではないのだ。

「だがあいつはへこたれなかった。残った一人息子と一緒に、こうしてコンシリアが復興してく中で、また自分の店を持とうって頑張っててな。実際に、また店を持つことができたんだ。さすがに前よりは小さかったがな」

それを聞いたフラムの表情が曇る。

なぜなら彼は今、公園でこうしてピエロをしているから。

その店はおそらく――

「ただ神様ってのは残酷なもんでねぇ。いや、神様っつうとオリジンが思い浮かぶから残酷なのが当然なのか? まあ、ともかくそっちの店も、周囲の火事に巻き込まれる形で焼けちまったんだよ」

「だから、ああやってピエロを?」

「いや……まだ終わりじゃねえよ。店と一緒に、息子まで死んじまったんだ」

まさに踏んだり蹴ったり。

神を恨みたくのも当然、と言いたくなるほどの悲惨さである。

「さすがのあいつでもしばらくは飲んだくれててな、あたしとはそこで親しくなったってわけだ。もちろん、菓子作りの方でも面識はあったんだけどな」

「でも今は、飲んだくれてない」

「偉いだろう? あいつ立ち直ったんだよ。そして『店を持つのは無理でも、子供たちを笑顔にすることはできるから』ってああやってピエロをやってるってわけだ」

話を聞き終えて、すぐにフラムは不気味だと思ってしまったことを心のなかで謝罪した。

なんて崇高な心を持った人なんだろう。

それだけの不幸に見舞われながらも、まだ周囲の幸せを願っているなんて。

「いやあ、敵わねえよなあ。菓子職人になりたいって思った理由も、お客さんの笑顔を見たいからっつってたぐらいだ。あの大道芸も店を持ってた頃に客を喜ばせるために身につけたもんなんだと」

「尊敬しちゃいますね」

「ああ、尊敬しすぎて参考になんねえ」

こればっかりはフラムも同感だった。

もしミルキットを失うようなことがあれば、絶対に立ち直れないという確信があるから。

話を聞く前と聞いた後では、ピエロの見え方がすっかり違う。

ああ、なんて感動的な風景なのだろう――観客の中に、あの“黒いミルキット”が混ざってさえいなければ。

「……厄介だなぁ」

「ん? 何か言ったか」

「いえいえ、こっちの話です。あ、芸が終わったみたいですね」

「じゃあ例の時間だな」

「例のって……?」

ティーシェが答えを言うより先に、子供たちからひときわ大きな声があがった。

そして子供たちはピエロに殺到する。

コリウスは揉みくちゃにされながらも、一口大の何かを配っていた。

「飴ですか」

「おう、終わったらタダで配ってんだよ。ガキは現金だからな、ただの芸を見せるだけじゃあそこまでは集まんねえだろ」

「なるほど……しかもプロの作った飴ですからね」

「ああ、味は間違いない。あたしは食ったことねえけどな」

「貰ってきたらどうです、いいおつまみになるかもしれませんよ」

「お前、あたしのことタチの悪い酔っ払いだと思ってるだろ」

毎日あれだけの数を配るとなれば、金銭的な負担も馬鹿にならないだろう。

それでもコリウスは続けている。

身を削り、魂を削り――子供たちの笑顔を見るために。

しかし子供は現金と言っても、彼が懐かれているのもまた事実。

飴を配り終えても、「あれ見せて」「自分も一緒にしたい」とコリウスは纏わりつかれていた。

ティーシェはその微笑ましい風景を肴に、酒を飲む。

「贅沢な時間ですね、ティーシェさん」

「まったくだ。あいつのおかげでつまみいらずだよ」

「帰ったらキリルちゃんたちのお説教が待ってそうですけど」

「酒が不味くなること言うなよぉ……いや、慣れっこだし酒は美味いままなんだけど」

慣れてていいのか、と声に出さず視線で突っ込むフラム。

そうやってコリウスの様子を眺めていると、彼は道具を片付けはじめた。

やがて子供たちに手を振って、「また明日」と帰っていく。

同時にティーシェがベンチから立ち上がった。

「会いに行くんですか?」

「ただ意味もなく眺めてると思ってたのか? 久々に一緒に飲まないかって誘いに来たんだよ」

そう言うと、彼女はコリウスを小走りで追いかけていった。

フラムは軽くその背中を見送って、そろそろ帰るか――とその場を離れる。

だが公園を出る手前ぐらいで、ティーシェが引き返してくるのが見えた。

なぜか困った顔をして。

そんな彼女とフラムの目が再び合う。

するとティーシェは方向を変え、フラムの方に近づいてきた。

「どうしたんです。飲みに誘うんじゃなかったんですか」

「いや、それが……居なくてな」

「コリウスさんがですか?」

「ああ、目の前で角を曲がったから、その先で声をかけようと思ったんだよ。そしたら、まるで消えたように姿が見えなくなっちまって」

「酔っ払って道でも間違えたんじゃないですか」

「そんな馬鹿なことはしねえよ!」

ティーシェは「おっかしいなあ」と呟きながら眉間に皺を寄せている。

結局、彼女はそのまま店に戻っていった。

フラムも酔っ払いの戯言扱いしながらも、釈然としないまま帰路につくのだった。

◇◇◇

その夜の夕食後。

フラムとその同居人たちはテーブルを囲み、温かいお茶を飲みながら、その日起きた出来事をゆるく語り合う。

誰かが始めたわけでもない、何となくで続いている習慣だった。

そんな会話の中で、おもむろにショコラはテーブルの上に白い紙に包まれたビー玉ほどの大きさの何かを取り出した。

そして自慢げに「じゃーん」とみんなに見せつける。

「ねーねー、ショコラ。それなに?」

インクは無邪気に尋ねた。

他の面々も、見ただけでは何かはわからない様子。

その反応が肩透かしだったのか、ショコラは「ありゃっ?」と首をかしげる。

隣ではキリルが噴き出すように笑っていた。

「せんぱーい、かわいい後輩をそういう風に笑うのよくないと思いまーす」

「あまりに滑ってたから面白くなっちゃって」

「滑った!? ショコラちゃんが滑ったって言いました!?」

「ねー、スルーしないでよぉショコラぁ」

「はっ、ごめんごめんインクちゃん。これはね、ピエロ印のキャンディなのでーす!」

再度インクに自慢するショコラ。

ぴくりと反応するフラムとエターナだったが、当のインクはあまりに気にしてない様子で、

「あー、あれかぁ」

とあっさりとしたリアクションだった。

「あれぇ、知ってたのかな」

「ピエロは見たことあったから。最後に何か配ってるなとは思ってたけど、この飴だったんだ」

ピエロに夢中だった子供たちにとって、最大の楽しみでもあったキャンディの配布。

だがピエロそのものには興味がなかったインクは、配っているものが何かを気にしたこともなかった。

するとミルキットが口を開く。

「中央区の公園にいるピエロのことですか? 買い物の帰りに何度か見かけたことがあります」

「そーそー、それそれ。このキャンディって子供しかもらえないから、ショコラちゃん、味が気になってたんだ」

「どうしてショコラがそれを持ってるの」

エターナが尋ねると、代わりにキリルが答えた。

「店で子供から貰ってたね」

「先輩も見てたんですね。『キャンディとケーキを一気に食べると甘いもの食べ過ぎってママに怒られるから、これはお姉さんにあげる!』って小さい女の子がくれたんですよ。あー、かわいかったなぁーっ」

その可愛さを思い出し、体をくねらせるショコラ。

インクは「ふーん」と相槌を打ちながら、テーブルに置かれた白い包みを指でつまむと、素朴な疑問を口に出す。

「何でピエロがキャンディなんだろ」

それにフラムが答える。

「あのピエロをやってる人、元はお菓子職人だったらしいよ」

インクは驚いた様子で聞き返した。

「えっ、フラム知ってるんだ」

「今日ちょうど公園の前を通りかかったら、ティーシェさんと会ってさ」

フラムがティーシェの名前を出すと、キリルとショコラが顔を見合わせる。

「フラムと会ったっていうあの話って本当だったんだ」

「ショコラちゃん、酔っ払いの言い訳だと思ってました」

「私も。まあ、サボって飲んでたことに変わりはないんだけど」

やはり店に戻ったあと、説教はされたらしい。

フラムは苦笑いしながらも話を続ける。

「あのピエロの人とティーシェさんは知り合いらしいの。子供を笑顔にするために昔から頑張る人だったんだって」

「へー、それでキャンディを作って配ってるんだ。すごいね」

「芸で人を喜ばせるだけでなく、飴までタダで配るなんて。人を喜ばせるのが好きな人なんですね」

インクとミルキットの感想に同意し、「うんうん」と頷くフラム。

一連の話を聞いて、ショコラはさらにそのキャンディへの興味を強めたらしく――

「プロが作ったキャンディとなれば参考にもなりそう」

「私も味見ぐらいはしてみたいな」

「じゃあ先輩とショコラちゃんではんぶんこします?」

「えー、あたしも食べたいよぉ」

「インクちゃんまで!? この大きさを三分割するのは難しいような……」

「私がやろうか、勇者の魔法で」

「たかがキャンディにそこまで!?」

大げさにのけぞり驚くショコラ。

その後、キリルは“ブレイド”で飴を三分割して配った。

インク、キリル、ショコラの三人はそれを口に放り込む。

真っ先に反応したのはショコラだった。

「おぉ、柑橘風味」

キリルもそれに続く。

「キャンディは小さいのにすごくフレッシュな香りがする、今の私には真似できないな。能力を全てお菓子作りに割り振った師匠が認めるぐらいだし、本当にすごい人なんだ」

一方でインクは無言でコロコロと飴を口の中で転がしていた。

そんな彼女にエターナが優しい声で尋ねる。

「どう、おいしい?」

「うん、おいひいけど……」

インクはわずかに顔をしかめた。

「珍しい香りがする、鉄っぽい?」

その言葉に、ショコラとキリルも同調する。

「確かに普通のオレンジとかじゃなさそうな……」

「隠し味? それとも鉄分が多い柑橘を使っている? わからないけど、インクの言う通りただ果物の風味がするだけじゃない」

必死に味を探ろうとするお菓子担当の二人。

フラムとミルキットは、その様子を興味深そうに観察していた。

「キリルちゃんもショコラさんも、お菓子食べてるのにすっごい真剣な顔してる」

「プロですからね。それだけ一生懸命なんだと思います」

その場はそんな微笑ましいやり取りで終わった。

問題が発生したのは、その翌朝のことであった――

◇◇◇

ドンドン、という重たいノック音でフラムは目を覚ました。

それはまだ空が完全に白む前、早朝と呼べる時間の出来事で、隣ではミルキットがフラムの腕を抱きしめ寝息を立てていた。

ゆっくりとその腕を外しベッドから抜け出したフラムは、ドアを開く。

そこには――苦しげに荒い呼吸を繰り返すキリルの姿があった。

「はぁ……はあぁ……フラム、ごめん……っ」

「キリルちゃん!?」

フラムはしゃがんでキリルの額に手を当てた。

汗でびっしりと濡れていたが、異様な熱を発しているのがわかる。

「すごい熱。ほら、私の肩を使って。立てる?」

「待って……私、だけじゃなくて……」

「まさかショコラさんまで!?」

「ご主人様……?」

会話に気づき、目を覚ますミルキット。

彼女は目をこすりながら、フラムの方を見つめた。

「キリルちゃんとショコラさんが体調を崩したみたい。ミルキットはここで待ってて!」

「あのっ、私にできることはありませんか?」

「ありがと。でもとりあえずここで待ってて、病気以外が原因の可能性もあるから」

フラムはミルキットに微笑みを返すと、キリルの体を抱えて彼女の部屋に飛び込んだ。

ベッドの上では、ショコラが苦しそうに身悶えている。

一旦キリルをベッドに横たわらせると、フラムはショコラの額に触れた。

やはりこちらもひどい熱だ。

(ショコラさんはともかく、キリルちゃんが急に熱を出すなんて。風邪にしては不自然な気がする)

しかもキリルですら思うように体が動かないほどの熱だ。

ただ事ではない。

まずは医療魔術師組合に連れて行くべきか――そう考えていると、エターナが部屋に入ってきた。

「フラム」

「エターナさん! キリルちゃんとショコラさんがっ!」

「インクも同じ症状が出ている」

「えぇっ!?」

どうやらフラムがキリルに起こされるより先に、エターナはインクの異変に気づいていたようだ。

そしてフラムたちを起こさぬように看病していたが――

「おそらくこれは通常の病ではない」

インクの体を調べるうちに、その発熱が薬では対処できないものであると悟った。

「この三人だけ急に熱を出すなんて、もしかして……」

「昨日のキャンディ」

「エターナさんもそう思いますか?」

「共通点がそこしか見当たらない」

だが、それはただの推測にすぎない。

はっきりさせるためにも、然るべき機関に連れて行くべきである。

「私が三人を連れていきます」

「わかった。わたしは後からミルキットと追いかける」

「了解です。ミルキット、それでいい?」

「はい、みなさんのことをお願いします、ご主人様」

フラムはインクとショコラを両肩に抱える。

そして唯一意識のあるキリルを背負うと、開いた窓の縁に足をかけた。

「飛ぶよ、キリルちゃん」

「うん……っ」

そして勢いよく跳躍すると、中央区までひとっ飛びで向かうのであった。

◇◇◇

今はまだ早朝だ、おそらく組合本部に行ってもセーラはいない。

だが宿直の医療魔術師は残っているはずだった。

それを頼りにここに来たフラムだったが――

「なにこれ……!」

想像していた静寂はそこにはなかった。

外に敷かれたシーツと、その上に横たわる子供たち。

少年少女はうめき声や叫び声を漏らし、医療魔術師たちの響く怒号に、親や家族の泣き叫ぶ声まで混ざって混沌としている。

その中に黒いミルキットまで混ざっているので、さらにカオスだ。

すると、近くにいたネイガスがフラムたちに近づいてきた。

「嘘でしょ。まさか勇者様までこうなっちゃったの!?」

驚愕の声をあげるネイガス。

その頃には、フラムにもこの惨状の原因が理解できていた。

「ネイガスさん、ここにいるのって全員……」

「ええ、ピエロからキャンディを貰って食べた子供よ。シーツ用意するから、三人をそこに寝かせて」

「ありがとう、ネイガスさん」

ネイガスは風の魔法で余っていたシーツを引き寄せると、素早く地面に敷いた。

本来なら柔らかいベッドを用意するべきだが、その余裕すら無いということだろう。

フラムは三人をそこに寝かせる。

周囲の様子を見た限りだと、他の人々より三人の症状は軽いようだ。

また、キリルは意識を保っている時点で明らかに状況が異なる。

「体力の差が露骨に出てるわね」

「キリルちゃんたちは一つのキャンディを三つに分けて食べたっていうのもあると思う」

「申し訳ないけど、この様子だと処置は後回しになるわ」

「そうですか……キリルちゃん、平気?」

フラムが心配そうに手を握ると、キリルは力なく笑った。

「大丈夫、少し……息が、苦しいだけだから。ありがと、フラム」

「何もできなくてごめんね」

せめて病気の正体が分かれば、反転の魔法で全て消すことができるのだが。

しかしエターナにもわからない病だ――果たしてここの人間も詳細を把握しているかどうか。

するとその予想通り、ネイガスがフラムに言った。

「実はまだキャンディに何が仕込まれてたのか判明してないのよ。だからセーラちゃんにあなたを呼んできてって頼まれてたところだったの」

「わからないなら私にも処置は……」

「反転を使えば、こじつけで症状を和らげることぐらいできるでしょう? 中にはもっと重症の子がいるわ、診てもらってもいいかしら」

フラムは頷くと、ネイガスに連れられ組合本部に入る。

建物に入った途端、濃密な血の匂いが鼻をついた。

「う、これって……」

「外にいる子はせいぜい嘔吐とか吐血ぐらいでしょう。かなりマシな方よ」

「それよりひどいって……生きてるんですか?」

「ええ、幸いにも死人は出ていないわ。セーラちゃんたちが魔法で継続的に治療しているおかげでもあるでしょうけど」

早足で施設の奥の方へと進む。

廊下にも子供たちが寝かされ、時にうめき、時に獣のような咆哮をあげている。

そして目的地が近づいてくると、さらに血の匂いは濃くなった。

加えて、床まで血、あるいは肉で汚れ始める。

「……本当に死人は出てないんですよね」

「事前に軽く説明しておくと、重症者は明らかに本人の質量を超えた血や肉を吐き出してるのよ」

「吐いてる!? この量を?」

すると前方の扉が開き、血で汚れた白衣をまとった女が、バケツに貯まった赤い塊を廊下に放りだした。

血肉がべちゃっと床を汚す。

どうやら、廊下が汚れていたのは、こうして部屋の外に放りだしていたかららしい。

そしてバケツを手にした女はフラムの姿を見ると、室内にいるセーラに声をかけた。

「セーラ様、フラム様が到着したようです」

「もうっすか!?」

セーラは処置台に寝かされた子供に魔法をかけながら、フラムたちに視線を移す。

「ネイガス、さすがっす!」

「私が呼ぶ前に来たのよ。勇者様たちを連れてね」

「キリルさんたちにも症状が出たんすか!?」

「セーラちゃん、入っていい? その子を見たいの」

「お願いするっす!」

フラムは血で汚れるのもいとわずに部屋に入ると、至近距離で子供を観察する。

少女は全身をガクガクと震わせながら、大きく開いた口から大量の血と肉を継続的に吐き出していた。

白目を剥き、鼻や耳からも赤い液体を垂れ流すその姿は、到底生きている人間とは思えない。

念の為スキャンをかけてみたが、特にステータスには異常はなかった。

(症状は呪いの武器を吐き出した商人に似てる、それなら――)

フラムは少女に手をかざす。

目を細めて軽く念じる。

「 浄化せよ(リヴァーサル) 」

そしてその体内に宿る“呪い”に向けて反転の魔法を放った。

途端に少女の痙攣が収まる。

そして彼女は咳き込み、喉に詰まった血肉を一気に吐き出したかと思うと、そのまま動かなくなった。

「治った……っすか?」

「うん、気持ちよく寝てると思う。他の子も全部治療してくるけど、いいよね?」

「もちろんっす! ありがとうっす!」

セーラは満面の笑みを浮かべると、勢いよくフラムに頭を下げた。

そしてフラムは廊下に出て、魔法を放つ。

外に出て、再び広範囲に魔法を放つ。

それだけで、地獄のような光景は嘘のように静まるのだった。

◇◇◇

陽が昇る頃、運び込まれた子供たちはすっかり元気を取り戻していた。

キリルやショコラ、インクも同様に。

その後もまだ未発見だった患者が運びこまれることはあったが、その都度フラムが反転で治療していった。

事件を受け軍も動き出したようで、医療魔術師組合本部の応接室では、代表者としてフラムとセーラが、オティーリエとアンリエットに話を聞かれていた。

「ではコリウスが配っていた飴に、呪いが込められていたと」

アンリエットの問いに、フラムは頷いた。

「私の持つ神喰らいは、反転で抑え込まずに使えば周囲に呪いや怨念を撒き散らします。直に斬れなかったとしても、これをまともに受ければ死ぬ可能性だってある」

「それを飴に込めてましたのね。とんでもない男ですわ」

オティーリエがそう言うとセーラがうつむく。

「あのピエロは子供たちに慕われてたはずなんすけど、なんでそんなこと……」

「動機はわからんが、コリウスの自宅はもぬけの殻だったと部下からは報告を受けている」

「一方で飴を作ったと思われる道具一式は発見されたようですから、そこで作られたのは間違いないようですわね」

「でも死人が出なかったってことは、込められた呪いの量自体は少なかったはずです」

体が弱い、あるいは相性の悪い子供は重症化したが、それでも死にはしなかった。

呪いを子供にばらまくという凶行に出たにしては、妙な日和り方をしている、とフラムは感じる。

「呪いの含有量、という概念がわたくしにはよくわかりませんわ。量を調整できるものなのかしら」

「オティーリエさんの言う通り、そこは私もわかんないんですよね。粉末か液体か知りませんけど、呪いってそんな使い方できるのかなって疑問は残ります」

「それを調べるためにも、現物がほしいものだが……組合長はお持ちではないかな」

「確か手を付けてないキャンディがいくつか持ち込まれてたと思うっす。持ってくるっすね!」

アンリエットに頼まれ、セーラは部屋を飛び出す。

そしてすぐに戻ってきた。

白い紙で包まれたキャンディが、アンリエットとオティーリエの目の前に置かれる。

「これが例のキャンディっす」

アンリエットはさっそくそれを開くと、直に触れぬよう、紙ごしにつまんで持ち上げる。

オティーリエもそこに顔を近づけ、すんすんと匂いを嗅いだ。

「柑橘系ですわね」

「しかしそこに混ざっているな……」

アンリエットの頬がそっと赤らみ、目つきが鋭くなる。

「人の血だ」

「嗅いで平気ですの、お姉様」

「量があまりに少ないからな。だが血であることは間違いない。しかも成人男性の血だ」

「本当なんすか?」

セーラの問いに、アンリエットは自慢気に答える。

「血の専門家なのでな、間違えるわけがない」

どうやら疑う余地もないらしい。

飴に血が入っているのは確定だ。

フラムは顎に手を当て考え込む。

「つまりコリウスの血には呪いが混ざっていて、それを飴に仕込んでいた……」

「それを子供たちが食べたから、あんなことになったんすかね」

「でも飴の配布自体は以前から行われてたんだよ。どうして昨日だけ?」

「以前から計画はしていたのではありませんこと?」

オティーリエの言う通り、実行日がたまたま昨日だった可能性もある。

しかし、フラムはあまりしっくり来ていなかった。

何か別の理由があるような気がしてならない。

すると思案にふけるフラムに、アンリエットが提案する。

「フラム、我々はコリウスの居場所を掴めないでいる。君にも手伝ってもらえると助かるのだが」

キリルやショコラ、インクも巻き込まれた。

フラムも無関係ではない。

しかし、彼女は現在、別件の調査も抱えていた。

(呪い、か……ロコリの一件から続けざまに起きてる。無関係のようにも思えるけど……)

もしそこに繋がりがあるのなら。

いっそ同時に調べた方が真相に早く近づけるのかもしれない。

「わかりました、手伝わせてください」

◇◇◇

その後、フラムが建物から出ると、外ではキリルやショコラ、インクのみならず、遅れて到着したミルキットとエターナが待っていた。

ひとまずミルキットとのハグとキスをするフラム。

そしてキリルたちから話を聞いた。

どうやら病室が埋まっているらしく、元から軽症で体力的にも問題のないキリルたちは、真っ先に外に出されてしまったらしい。

見たところ顔色もいいので、後遺症の類は残っていないようだ。

セーラ曰く、重症だった子供でさえも明日には家に帰れると言っていた。

騒動の大きさの割に、沈静化はかなり早かったと言えよう。

もっとも、早朝に起きて早朝に解決した出来事だ――ニュースとしてコンシリアを駆け巡るのはこれからなので、時間差でまた騒ぎになるのかもしれないが。

ミルキットたちはこのまま家に戻るらしい。

フラムは事件の調査を行うと告げ、一行と別れた。

◇◇◇

まず向かったのは、犯人であるコリウスの自宅だ。

同行者はオティーリエ。

アンリエットは現場の指揮があるため、まだ組合本部を離れられないらしい。

「家賃の安そうな場所に住んでいますのね」

コリウスが暮らしていたのは、西区の路地に存在する古びたアパートである。

フラムたちの自宅からは比較的近い場所にあった。

「生活を犠牲にしてでも子供たちを笑顔にしてたんでしょうね」

「そんな男がどうしてあんな事件を起こしたのかしら」

部屋の前には兵士が立っていた。

彼はオティーリエとフラムを見ると敬礼して、扉を開いてくれる。

中にあるのは、大道芸と調理道具ばかり。

狭い室内は、彼の人生を凝縮したかのようだった。

すると入った途端に、オティーリエが鼻を鳴らす。

「血の匂いが染み付いてますわ」

感覚値で大きな差があるというのに、血に関することになると明らかにフラムよりオティーリエの方が鋭くなる。

そもそもフラムが血の匂いにさほど興味がないから、というのも原因だが。

「染み付くっていうのは、壁とかに?」

「ええ、飴に混ぜていたということは、鍋で煮込む際に血を混入させたということ。そうなると、どうしても部屋全体に染み付いてしまいますの」

さらにオティーリエは、台所にあった寸胴鍋に顔を近づけ匂いを嗅いだ。

「この鍋はもっと匂いが濃いですわ」

「じゃあ例の飴はこれで作ったんだ」

しかしわからないのは、血を混ぜただけで呪いになるというその現象である。

フラムは飴にスキャンをかけてみたが、特に呪われた装備になっているわけではなかった。

つまり神喰らいから滲み出る呪いを具現化して、料理に混ぜるような方法が存在するということだ。

何か手がかりがないものか、と部屋を探る。

そして嫌がらせのように立っているミルキットの幻覚をすり抜けて、その背後に置かれた棚に近づいた。

引き出しを開けると、中から謎の模様が刺繍された巾着袋が出てきた。

鼻を近づけてみると、わずかに鉄の臭いがする。

中を開くと、そこからはフラムでもわかるぐらいの血の臭いが漂ってきた。

「どうして血がこんなところに」

中を覗き込んでも、何かが入っているわけではない。

しかし奥の方には黒い粉末がわずかに残っていた。

フラムはそれを指ですくい取る。

ざらりとした感触、わずかに肌を刺すようなチクリとした感じもある。

「この粉自体は血が固まったものじゃなさそう。匂いは袋に染み付いてるだけ?」

「わたくしが嗅いでみますわ」

いつの間にか背後から近づいてきたオティーリエが、フラムの粉が付着した指先を嗅いだ。

「粉末状になった金属――破砕した時に出るカスみたいなものね」

「つまりこの中には、何者かによって割り砕かれた金属が入っていた……」

「ちなみに、台所にあるナイフに血が付着している形跡はありませんでしたわ」

「じゃあこの中にあった金属片で体を切って、その血を飴に混ぜた――袋の大きさからして、かなり切りづらかったろうに。なんでわざわざこれを使ったんだろう」

「呪いを混ぜるには必要な作業だった、ということかしら」

袋は縦横5センチほどでかなり小ぶりだ。

ナイフが入るとは思えない。

だとすれば、入っていたのは鋭利な黒い金属の欠片、といったところだろうか。

するとフラムは、金属に触れていた指が妙に温かいことに気づく。

「指先がふわふわして気持ちいい……」

「ちょっと、大丈夫ですのそれ」

「私、反転のせいで呪いを心地よく感じることがあるんです」

「つまり、その金属は……」

「呪いを帯びてますね」

血ではなく、肉体を切断した刃物の方に呪いが宿っている――仮にそうだったとして、ではなぜ血を摂取した子供が呪いに冒されたのか。

まだわからないことは多かった。

◇◇◇

「……部屋にあるものはこれぐらい、ですわね」

一通り調べ終えたが、手がかりになるようなものは他には見つからなかった。

料理と、大道芸と、死んだ奥さんに息子。

それがコリウスの全てであり、失ってもなお誰かを喜ばせようとしていた――それがわかっただけだ。

「呪いの被害が広がる前に、早く居場所を掴みたいところですけど」

「そういえば、あなたが本気を出せばコンシリア全域を監視できるのでしょう? それでコリウスを探すことはできませんの?」

「一度は試しました。本人を見てるんで気配は掴めてるはずなんですけど、どんなに集中しても察知できません」

それも奇妙な点ではあった。

コンシリアにいるなら、すでに居場所ぐらいは掴めているはずなのだが。

「外に逃げた……なんて可能性も考えられますわねえ」

オティーリエがそう言った次の瞬間、部屋の外から怒号が聞こえてくる。

「抵抗するな! なぜここに来たっ!」

「離せって、ただ様子を見てただけだろ!」

兵士と女性がもみ合っているようだ。

フラムとオティーリエは急いで部屋を出た。

するとそこには――

「ティーシェさん!」

兵士に拘束される、ティーシェの姿があった。

フラムが名前を呼ぶと、険しかった兵士の表情が緩む。

「フラム様、お知り合いですか?」

「ええ、放してください。怪しい人じゃありませんから」

解放されたティーシェは、「ったく」と愚痴る。

そして改めてオティーリエがフラムに問うた。

「この方は?」

「ティーシェさん、キリルちゃんのお菓子の師匠です。コリウスとは旧知の仲だったらしくて」

フラムはティーシェに歩み寄り、同情の念を込め声をかける。

「事件のこと、聞いたんですね」

「あいつがそんな馬鹿なことするわけがない。何かの冗談だと思って見に来たんだ、そしたらこのザマだよ」

よほどショックだったのか、ティーシェは両拳を握り、唇を噛む。

そしてフラムに掴みかかると、堰を切ったように語りだした。

「昨日の話、覚えてるだろ? あいつはオリジンのせいで嫁さんが死んでも、他人のせいで息子が死んでも、それでも誰かのために生き続けようとしたんだ! 苦しみや痛みをアルコールで吐き出しながら、ボロボロになりながら、それでも! 当然だが菓子職人としてのプライドだって持ってた。あたしが尊敬するぐらいだぞ、とんでもないやつってわかるだろ!? なのに飴に毒を混ぜるような真似――」

「落ち着いてください。おそらくこの事件には呪いが関わってます」

「呪い? あんたが持ってる剣みたいな?」

「使い方によっては人を狂わせるものです。その影響を受けて、正気を失ってしまったのかもしれません」

フラムはフォローしたつもりだったが、ティーシェは肩を落としうなだれた。

「どっちにしろ、コリウスがやったのは間違いないってことかよ……」

彼女はそのまましばし黙り込んだ。

その沈黙には、深い嘆きと憤りがにじみ出ている。

誰も声をかけられない。

しばらくして、ティーシェは顔を上げてフラムに懇願した。

「もし呪いで狂っちまったってんなら、ちゃんと終わらせてやってくれ。じゃなきゃ、あいつの人生報われねえだろ……」

「ええ、必ず」

そう簡単に、しかしはっきりと宣言する。

それでティーシェが多少は救われてくれればいいが――彼女の悲しみは深く、そう簡単なものではないだろう。

するとオティーリエは、おもむろに例の布袋を取り出した。

「ところでティーシェさん、知り合いならこれが何かご存知ないかしら?」

「何だそれ」

「彼の家にあったものですわ、事件に関連している可能性がありますの」

ティーシェは手を伸ばして布袋に触れると、その表面に刺繍された模様を睨むように顔を近づけた。

「この模様……ああ、いつぞや客が持ってたやつか」

「ご存知なのですね、誰が持っていましたの?」

「一人じゃねえ、何人も持ってたんだよ。気になって聞いてみたら、学校で流行ってるお守りだっつってたぞ」

「どこの学校かわかりますか?」

「あの制服は中央区の学校だな。確か表面に魔法陣を描いて、中に石を入れるとか言ってたか。何でそれをコリウスが持ってたかはわかんねえけど」

その証言を受け、オティーリエはフラムの方を見た。

フラムは布袋を受け取ると、即座に行動を開始する。

「学校付近で情報を集めてきます」

「頼みましたわ」

その直後、フラムの姿が消えた。

誰にも視認できぬ速度で目的地を目指す。

◇◇◇

中央区の学校には、十五歳までの子供が通っている。

英雄フラムが学内に現れたとなれば、その世代の子供たちは黄色い声を上げて大騒ぎだ。

混乱を避けるため、フラムは教師と交渉し、数名の生徒から話を聞き出す許可をもらい、場所も貸してもらえることになった。

相談室と呼ばれるその部屋は、主に問題児が教師から説教を受けるのに使われる場所らしい。

そういう場所であることもあって、呼ばれてきた女子生徒はやけに緊張した様子だった。

「急に呼び出してごめんね」

「い、いえっ、フラム様とお話できるなんて光栄ですっ!」

声が裏返っている。

ひとまず落ち着いてほしいところだが、短時間では無理な相談だろう。

仕方なく、そのまま話を進めることにした。

「お守りについて知ってる子を呼んでもらったんだけど、これのこと知ってる?」

刺繍の入った袋を見て、女子生徒はコクコクと何度も頷いた。

「刺繍までしてあるのは珍しいですけど、間違いなくうちで流行ったおまじないですっ」

「これを見て誰が作ったかとかはわからない?」

「ごめんなさい、わかんないです。結構みんな持ってたんで」

「そっか……お守りって自分で作るの? それともプレゼントするものだった?」

「基本は他の人からもらうものでした。自分で作ってた子はいないんじゃない、かな」

「渡すのはどういう相手?」

「友達とか、好きな人に渡す子も……いた、かな。人それぞれだと思います。交換するのを楽しんでる子も、いましたしっ」

やはりコリウスが持っていたのはプレゼントで間違いないようだ。

問題は誰が受け取ったか、だが。

すると女子生徒は付け加えるようにこう言った。

「あ、でも……最近は、あんまり作ってないです。怖い噂があって」

「どんな噂なの?」

「実は最近、二人も生徒がいなくなっちゃって」

「……そのうちの一人って、もしかしてロコリって子じゃない?」

「そうです! ご存知だったんですね」

インクと年齢は同じぐらいと聞いていたので当てずっぽうで言ってみただけだったが、的中したようだ。

だが問題は、フラムも知らないもう一人の方である。

「もう一人はオリビアって子です」

「二人とも女の子?」

「はい、おまじないは女子の間で流行ってましたから。でもその二人は、お守りに呪われて消えたんじゃないかって言われてます」

「オリビアって子がいなくなった原因はわかってるのかな」

「前から親とうまくいってなかったんで、家出したって話ですけど」

確かにいなくなったのは事実だが、ロコリとは無関係そうだ。

この年頃の女の子なら、一人ぐらいは家出していてもおかしくはない。

だが、女子生徒は話はそれだけで終わらないと言う。

「でも本当のことを学校が隠してるんじゃないかって噂があって……ああ、でもこれは全然信憑性がなくって。本当のことじゃないと思うんですけど」

「少しでも情報がほしいの、それも聞かせて」

よほど口に出しにくい話題なのか、少女は挙動不審に悩む。

しかしきゅっと両手を握りしめると、意を決して語ってくれた。

「オリビアがロコリを殺して逃げたんじゃないか、って」

はっきり言って、それは突拍子もない話だった。

それぞれ自殺と家出。

まったく無関係の要因で行方をくらましているはずなのに、なぜそのような噂が立つのか。

「ロコリとその子に接点はあったの?」

「仲がいいかは知りません。でも、何度か話しているところは見たことあります」

「じゃあ殺す動機とかは無いんだ」

「ただ……ロコリが自ら命を絶った日に、家の近くでオリビアを見たって子がいて」

二人の関係性は希薄。

しかしロコリが命を絶った当日だけは別――

一体何が起きたというのか、フラムは頭を抱える。

その様子を見て、女子生徒は慌てて弁明した。

「あの、これは本当にただの下らない噂なんで、本当かはわかんなくってっ。なのであんまり信じないでください!」

「わかった、そう思っておく」

そう返事をしながらも、フラムはここに来て浮上したオリビアという存在に、頭を悩ませずにはいられなかった。

◇◇◇

その後、別の生徒からも話を聞いたが、特に有力な情報は得られなかった。

ロコリ、そしてオリビア――二人の関係を明かせば、コリウスに関する手がかりも見つかるのだろうか。

学校を出たところで立ち尽くしていると、前方には黒いミルキットの姿があった。

彼女はフラムに背を向けるように、中央区の大通りの方を見つめていた。

「まったく、何が言いたいんだか」

少し苛立たしげにそうつぶやく。

すると、ポケットに入れた通信端末から着信音が鳴った。

慌てて端末を取り出すと、そこにはアンリエットの名前が表示されていた。

「もしもし、フラムです」

『まずいことが起きた』

第一声で彼女は不穏なことを口にする。

同時にフラムの表情が曇った。

『東区で首を折られた死体が発見されたんだが、その付近でピエロの目撃情報があってな』

「コリウスが人を殺してるってことですか?」

『ああ。しかも通報を聞いて駆けつけた二人の兵士も殺された!』

怒りまじりの声でアンリエットは言った。

『辛うじて逃げ切った兵士の話によると、 素手(・・) で鎧ごと首を折り潰した挙げ句、直後にその場で消えたらしい』

明らかに普通の人間にできる所業ではない。

今のコリウスは人ではない何かだ――そう考えるしかなかった。

その言葉の直後、端末の向こうから扉が開く音がした。

続いて、男性の声が響いてくる。

『アンリエット様、報告します!』

『どうした、取り込み中だぞ』

『中央区で死体が発見されました! 東区の死体と同様に首を折られ、近辺では血で汚れたピエロの目撃情報もあります』

『またか……ッ!』

アンリエットは悔しさに机をドンッと殴りつけた。

そして一呼吸挟んで、可能な限り落ち着いた声でフラムに伝える。

『聞いてのとおりだ、コリウスは神出鬼没に現れては無差別に人を殺している。兵士では力不足のようだ。君の力なら居場所を突き止められるんじゃないか』

「そうしたいんですけど……」

つまり彼はまだコンシリアにいる。

だとしたら、この街の全てを掌握するフラムから逃げられるはずがなかった。

しかし――

「彼の気配が掴めないんです。街全体を探っても、居場所が察知できません」

殺人ピエロは、フラムに察知されない方法を身に着けている。

そう考えるしかなかった。