軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EX9-7 チェイン

デインは急いでミルキットがいるであろう、フラムの家があった場所に向かった。

もう油断はしない、寄り道もしない。

ここは自分が知っていたあの世界とは違うのだ、いかなる“想定外”が発生してもおかしくはない。

(んなでたらめな力を持ってやがるのはフラムだけだと思いてえが……まずはあの包帯女の確保、それからだ。フラムを絶望させれば、その時点で僕の復讐は完了するッ!)

フラムとの戦闘地点から、彼女の家に到着するまでは数秒。

近くの屋根の上から様子を観察。

中にいるのは、ミルキットと、帰ってきたばかりのエターナとインクだ。

ミルキットとインクは身を寄せ合い、二人を守るようにエターナが立っている。

「警戒してやがる。フラムのやつ、エターナ・リンバウにあいつを託して出てきたってわけか」

だが――落ち着いて観察してみれば、デインの目には一目瞭然だ。

あのエターナは、フラムほど馬鹿げた力はもっていない。

成長はしているが、あくまで、デインがまだ生きていた頃の延長線上にある。

「しかし、あのガキ――インクとか言ったか。僕の心臓はあそこにあるんだよなァ? 取り返すべきじゃねえのか。今まで生かしてくれてありがとうございます、って感謝させた上でよォ。誰を殺せばいい? 誰を殺せばあのガキを泣かせられる?」

油断するな――そう言い聞かせても、デインの目的が復讐である以上、対象は吟味したくなるのが性というもの。

まずエターナを殺すのは決定として、そのあとどうやって、この世界で平和に生きる少女たちに、死を超える苦しみを与えるか。

考えて、考えて、考えて……結論。

「まあ、やってから考えるか」

何はともあれまずは確保から。

デインは屋根を粉砕しながら、ミルキットたちめがけて一直線に飛んだ。

そしてその体が窓を突き破ろうとした瞬間、

「 歪曲しろ(ディストーション) 」

景色が歪み、デインは見えない障壁に衝突した。

「ぐおぉぉおおおッ!?」

とっさに両腕をクロスさせ、体を守るデイン。

しかしその障壁には、“物体を消滅させようとする力”がある。

いや、正確には“物体の存在を歪ませる力”がと呼ぶべきか。

それに、アンドロイドの持つ高い演算能力を駆使して、必死に抗う。

(こいつらも来ていただと!? しかも仕掛けてやがったのか、僕がここに来ることを先に読んでッ!)

デインは身動きが取れない。

そんな彼に、結と陸が追撃する。

「この世界だからこそ扱いやすい、 魂に馴染む(・・・・・) 力、ねぇ。あたしにゃピンと来ねえが」

「私も、今さら好んで使いたいとは思わないけれど――仕方ないよ、慣れてるんだから」

二人はデインから少し離れた場所に立ち、手のひらに“力”を渦巻かせた。

「とりあえず、まずはぶちかますか! 回転しろ(ロタジオン) ッ!」

「“引き合う力”で加速させる―― 接続しろ(コネクション) ッ!」

陸は“回転”の力場を球状に凝縮させ、ボールを投げるようにデインに放つ。

そして結はデインの体とのその球体を“接続”の力で引き合わせ、急加速させた。

「てめえら、こんな場所にィッ! 静留、僕を守――がっ、あああぁぁあっ!」

静留を身代わりにしようとしたデインだが、それは間に合わない。

横腹にボールの直撃を受け、回転の力が彼の魂をガリガリと削っていく。

それが同じ“ダイバー”からの攻撃である以上、アンドロイドの演算能力を持ってすれば、防御可能であるはずだった。

そもそも、普通の人間である結たちは、この世界に降りてきてもステータス30万程度にしかならない。

そこの差があるのだから、たとえ直撃だったとしても、彼女らの攻撃はある程度は受け流せるはずなのだ。

しかし、先ほど放たれた“力”は違った。

(混ぜものだ……あいつら、アカシックレコードから“自身の過去”を参照して攻撃しやがったッ! クソッ、解析が間に合わねえ――対処に時間がかかる!)

これはデインが 境界物質(ルシッドマテリアル) でフラムを攻撃したのと似たロジックだ。

曖昧であるがゆえに、彼は“ダイバーとしての力”と“この世界の能力”、その二つを同時に防がねばならない。

「オリジンが消えたこの世界にとっては、縁起の悪い力かもしれないねぇ。でも、利用できるものは利用しないとぉ」

苦悶の表情で吹き飛ばされるデインを屋根の上から見下ろしながら、曲斎は言った。

だが、不意打ちでの一撃必殺とはいかなかった。

デインは腹部をえぐり取られ、大きなダメージを受けてはいるものの、直接的にその動きに影響があるわけではない。

結局のところ、頭を吹き飛ばしでもしないかぎり、アンドロイドである彼は消滅しないだろう。

「静留っ!」

結は、遅れて現れた静留に駆け寄る。

彼女は一瞬だけ結のほう見て、苦しそうな表情を見せると、すぐにデインに駆け寄り、彼を支えた。

それでも前に突っ込もうとする結を、合流した曲斎がそっと止めた。

「お兄ちゃん……静留が!」

「わかってるよぉ。でも、僕らじゃああいつに正攻法で勝つのは難しい」

「これは、そのための力じゃないの?」

「ただの曲芸に過ぎねえよ、んなもん」

デインは腹を押さえながら、苦しげにそう言った。

「ふん、それだけボロボロになっておいて何を言ってるんだか。強がりでしょ?」

「へっへへ……最高のタイミングで、最高の不意打ちをしたってのによぉ……仕留め損ねちまったんだぜェ? 致命的だ、二回目はねえ。ほら、静留ちゃんはまた僕のモノになっちまったぞー?」

これみよがしに、ミュートの姿をした静留に触れるデイン。

挑発だとわかっていても、結は心が煮えたぎるのを止められない。

「ああなっちまうと、プライドもへったくれもないただのゲス野郎だな」

陸は吐き捨てるように言った。

デインはそれを聞いて、露骨に激昂する。

「黙れよ化物共がッ! どこまでも僕の邪魔をしやがって! お前らさえいなければ、お前らさえいなければなァ!」

「昔の事? だったら、僕たちがいなかったらぁ、普通にフラム・アプリコットに負けて、普通に死んでたんじゃないかなぁ」

「曲斎、てめえ――んなわけ、ねえだろうがあぁぁぁぁああッ!」

逆に曲斎の挑発に引っかかり、デインは三人に向かって腕を突き出す。

するとそこに、かつて彼が使用していたボウガンが現れた。

元々この世界で使用していた力のほうが、うまく使えるというのなら――その理屈は彼にも適用されるはずだからだ。

◇◇◇

家の表から、大きな爆発音が鳴り響いた。

「う、うわぁ……」

「ご主人様は、一体どうなってしまったんでしょうか」

体を寄せ合うミルキットとインクは、紅炎舞い散る外の風景を見ながら、青ざめていた。

エターナは家が燃えないように最低限の火の粉を魔法で払いつつ、外の様子を注視する。

そのとき、窓の外を見覚えのある男の姿が横切った。

「え……エターナさん、今のってデイン・フィニアースですよね!?」

「うぇええっ!? デインって、あたしの心臓の持ち主だった、あの小悪党の?」

「見た目はそうだった。だけど、スキャンを使っても名前もステータスも出てこない。それに、あいつを止めにいったはずのフラムの姿もない……もしかしたら」

「ご主人様が負けるなんて、絶対にありえません!」

「わたしもそう思う。けれどもしもの事態に備えて、フラムは二人をわたしに預けていった。それだけのことが起きている」

「そんな……」

もうフラムと離れ離れになるなんて、絶対にごめんだ。

もしもそんなことがあったら、ミルキットは自分が生きていける自信がなかった。

「それでエターナ、どうするの? 逃げる? それとも戦う?」

「二人を守りながら相手をしたくはない。まずはここから逃げて、できるだけ遠くに離れる。裏口から出るから、二人ともついてきて」

「わかりましたっ」

「了解っ!」

三人は速やかに裏口から脱出。

エターナはすぐさま水で“四輪駆動車”を作り出し、三人で座席に乗って逃亡を開始する。

ハンドルを握るエターナは、水で作られた変幻自在な車で、時に壁を走り、時に人々の頭上を飛びながら、横目で後方の状況を確認した。

(やっぱりデイン・フィニアースで間違いない。それに、あの男と一緒に戦っているのは――)

それを目撃したのはエターナだけではない。

後ろを振り向いたインクもまた、“見たことがない”、“けれど知っている”その存在を前に、胸がざわつくのを感じていた。

「あの能力、そんな、まさか……っ」

「インクさん……」

「ねえミルキット、そうなの? みんな、あたしが思ってる通りの人たちなの?」

「私にもそう見えます。姿が違う人もいますが、おそらくあれは――デイン・フィニアースと、 螺旋の子供たち(スパイラルチルドレン) です!」

人々が逃げ惑う中、結は無人の建物を“接続”でデインにぶつける。

デインはそれを、バックラーから放ったワイヤーで受け止め、振り回してハンマーのように陸に叩きつける。

曲斎が“歪曲”にてそれを防ぎ、陸は拳を握って、まるで竜巻のような“回転”の力をデインにぶつけた。

だが、渦巻く力場はバックラーで受け流され、空の彼方へと消えていく。

「どうして死んだはずのみんなが? ミュート以外は見た目も違うし、でも何だか似てる気がするし、一体どうなってるの!?」

「インク、立ったら危ない!」

「わかってるけどぉ!」

エターナにも、インクの戸惑いは十分理解できる。

だからそこまで怒りはしなかったが、危険なものは危険なのだ。

前方に障害物が迫る中、なおも彼女は立ち続けているので、エターナは右手を伸ばして彼女の頭を押さえつけた。

「急カーブする、ミルキットもどこかに掴まってて!」

「は、はいっ!」

車両は直角のカーブを、勢いを殺さぬまま走り抜ける。

◇◇◇

「チマチマとうざってえんだよ、てめえらはあぁぁぁああッ!」

デインが腕を振り払うと、結たち三人が放った接続、回転、歪曲の力は一瞬にして消える。

さらにその余波が彼女たちを襲い、吹き飛ばされそうになる中、どうにか空中に浮かんだまま踏ん張り続けた。

「ぐっ……ちくしょう、あたしらも友哉と同じダイバーだってのにどうしてこうもパワーが違うんだよ!」

「相手は人間じゃないもの」

「わかってはいるけどよぉ、こっちは三人がかりだぞ!?」

「静留があちらの手にある以上、無理には攻め込めないねぇ。困ったなぁ、これは」

「お兄ちゃんも陸もネガティヴに考えすぎだから」

「あ、おい結、一人で突っ込むんじゃねえ!」

結は陸の忠告を無視して、デインに接近する。

それを待ち受けるデインは、静留に命令して迎撃してもよかったが――

(この女、あいつらへの攻撃を命じるときだけ露骨に反抗しやがる!)

暗示は効いているが、その効果は怪しいものだ。

できるだけ、結たちと接触させたくないというのが本音だった。

「 接続しろ(コネクション) !」

結は、異なる座標同士をつなげ、“転移現象”を引き起こす。

彼女は瞬時にデインの背後に移動し、右腕を振り上げた。

「もう一度、 接続しろ(コネクション) !」

「ちいィッ!」

ただのパンチ――ではない。

接続の力により、結の右腕とデインの体が引き寄せられる。

腕は急加速し、まるで流星のごとく彼の顔面を狙って振り下ろされた。

(こいつらが“この世界”の理で攻撃してくんなら、僕は“この世界の力では突破不能”な力で防ぐッ! 境界物質(ルシッドマテリアル) だッ!)

境界物質は、対フラム用に考案したものだ。

しかし、“曖昧な力”というものは、いかなる状況においても突破が難しいもの。

何より、アンドロイドであるデインと結では、頭の出来が違う。

仮に解析できたとしても、この瞬間で破壊するのは不可能――であるはずだった。

だが――結の拳は障壁をロジカルに分解し、そして頬を強烈に殴打する。

「かはっ……!?」

「その程度の曲芸を見抜けない私だとでも? 舐めないでよね、クソ野郎!」

アンドロイドには敵わずとも、結とて上位世界では“天才”と呼ばれる類の人間だ。

本気を出せば、それぐらいの芸当は可能であった。

屈辱的な痛みを感じながら、頬をさするデイン。

「てめえ……マジでぶっ殺ォすッ!」

「はっ、ただの口だけチンピラだね」

「いいや、そりゃこっちのセリフだ――オーバークロック、処理速度をさらに上昇させるゥッ!」

デインの魂に変化はない。

だが彼の肉体は、排熱を犠牲にして、大幅に処理能力を強化――結果として、この世界における彼の能力も、一瞬にして跳ね上がる。

「まずい……結、逃げてッ!」

「遅せえぇぇぇぇえええッ!」

デインは瞬きよりも早く、クロスボウを構え、結に発射。

装填するボルトは“スプレッド”。

途中で破裂し、無数に分裂し少女に迫る。

結は“接続”による転移を試みる――が、転移こそ成功したものの、移動した先で彼女が目にしたものは、眼前に浮かぶデインの姿だった。

「はや――」

「どうだ、これなら舐めちまうのも当然って話だろ?」

笑うデインは、軽く腕を振り払う。

結はとっさに自らの手でガードするが、衝撃は受け止めきれず――へし折れ、彼女の体ごと地面に叩きつけられる。

「結ぃッ!」

「おい曲斎、どうやらあいつの心配だけしてるわけにはいかねえらしいぜ」

「はっ!?」

遠くにいたはずのデインは、気づけば陸と曲斎に接近していた。

「まずはお前からだ」

「ディ、 歪曲しろ(ディストーション) ッ!」

放たれるのは、軽くジャブ程度の威力しかないパンチ。

とっさに空間を歪曲させ、防御を試みる曲斎だったが、その力場はくしゃりと、まるで薄い紙のように消し飛ばされた。

そして顔面のど真ん中に突き刺さる拳。

曲斎は「ふぶっ!?」とくぐもったうめき声と共に、結同様に吹き飛ばされた。

「へっ、てめえもだ!」

「やらせるかよォッ! 回転しろ(ロタジオォン) ッ!」

陸はガードせず、自らの拳に回転の力を纏わせ、デインの拳を真正面からぶつけ合った。

バチバチバチィッ! と激しく光が弾け、拮抗する力。

だが、戦況がイーブンだったのは一瞬のこと。

すぐにデインに押され、かき消されていく“回転”。

デインは歯をむき出しにしながら品無く笑い、至近距離で勝ち誇った。

「吹き飛んじまえよぉぉおッ!」

言葉通り、陸は競り負け、曲斎と同じ場所にふっとばされた。

そして石造りの地面に叩きつけられ、衝撃で大きな穴があく。

幸い、住民たちは離れて無事だったが、巻き込まれていれば一瞬でミンチになるだけの衝撃があった。

「はっ、こんなもんか。前世の記憶が戻って追ってきたんだろうが、死にに来たような――」

勝利を確信し、改めてエターナを追おうとするデイン。

しかしそのとき、衝突し、崩れた建物の瓦礫から、結が立ち上がった。

「死ぬのはあんただっての」

腕は折れ、全身擦り傷まみれだが、戦意は折れていない。

「……アニメか漫画みてえなことやってんな、あたしら」

「魔法があって、死後の世界があって……似たようなものかもねぇ」

「ったく、こういう体を動かす仕事は専門外なんだが、関わっちまった以上は最後まで付き合わねえとなァ!」

「うんうん、その意気だよぉ。そのほうが陸らしい」

続けて、曲斎と陸も再起する。

前世があるとはいえ、今はただの高校生――そう思っていたのだが。

デインは忌々しそうに顔を歪め、舌打ちをすると、改めて三人と向き合った。

「まだ起き上がるか……いくら僕の頭脳があっても、ダイバー三人相手は厳しいってことかよ」

「元々、こっちの世界で扱える力は私たちのほうが上だもん」

「化物が……フラム含めて面倒くせえやつらばっかだな。無敵の力を手に入れて、余裕で蹂躙できると思ってたのによぉ」

「あぁ、やっぱりさっきの音はぁ、フラム・アプリコットと戦ってた音だったんだねぇ」

「下位世界の住人のくせして、あいつは今の僕より強い力を持ってやがった。ま、上位世界の優位性はステータスだけじゃねえ、そこを利用して封じ込めてやったけどよ」

「だが友哉、あたしらにはその封じ込めとやらは効かねえぜ?」

「知ってるっつうの。だから厄介だって言ってんだよ。ま、とりあえず――おい静留」

デインは、彼の傍らで、ミュートの姿をしてふよふよと浮かぶ静留に命ずる。

「こいつらと戦うのが嫌ってんなら、お前はエターナ・リンバウを追え」

「……う、うぅ……わか、った」

静留が結たちと戦うのを全力で拒むのだとしたら、それ以外のガードは薄い。

デインの命令には逆らえず、彼女はすぐさまエターナの追跡を開始した。

「待って、静留っ!」

その後ろ姿に向かって手をのばす結の前に、

「おっと、邪魔はさせねえよ」

デインは回り込み、至近距離でクロスボウを構えた。

結は悔しげに歯を食いしばると、放たれたボルトの回避に専念した。

◇◇◇

できるだけデインから離れようと、車に乗ったまま移動を続けるエターナたち。

すでに結たちの姿は見えなくなっており、インクはミルキットと後部座席に座って、大人しくしていた。

ミルキットは彼女の気持ちを少しでも落ち着けようと、背中をさすっている。

一方でエターナは、片手でハンドルを操りながら、通信端末を耳にあてていた。

「……わかった、やってみる。軍にも伝達済み、助かる。うん、うん……え? そう……了解、それも伝えておく」

会話が終わると、服の内側に端末を収納するエターナ。

ミルキットは身を乗り出し彼女に聞いた。

「誰との通話だったんですか?」

「シートゥム。騒動を聞きつけて協力したいって。それと――」

何かを言いかけて、エターナの表情がふっと曇る。

ミルキットは直感的に、それがフラムにまつわることだと気づいた。

「聞かせてください、エターナさん」

「……フラムはデインと戦って、そのあと、透明の壁みたいなものに閉じ込められていたらしい」

「ご主人様が、脱出できなかったってことですか?」

「おそらくは。けど今は……その壁の中から急に消えて、どこにいるかわからないって」

「消えた……ご主人様が……」

呆然とした様子で、元の場所に戻るミルキット。

今度はインクがそんな彼女を支える番だった。

「ミルキット、大丈夫?」

「……はい。一瞬驚きましたが、もう平気です。だって、ご主人様が負けるはずなんてないんですから。消えたのは、きっとそこから脱出したからに決まってます!」

「わたしもそう思う」

「エターナさんが太鼓判を押してくれるなら、もう間違いありませんねっ」

ミルキットは微笑む。

それが強がりであることは誰の目にも明らかだったが、合わせるようにインクとエターナも笑う。

だが――

(仮にフラムがその壁から脱出したのなら、真っ先にミルキットを助けに来るはず。それができない状況にあることは間違いない)

状況が悪いことに変わりはない。

最悪、フラム無しであのデインという怪物を倒さねばならないのだ。

幸い、 螺旋の子供たち(スパイラル・チルドレン) と思しき味方もいるが、なぜ彼らがここに現れたのか、その理由すらエターナたちにはわかっていない。

頼りにするのではなく、まずは自分たちだけで脅威を排除する方法を考えねばならなかった。

「エターナ、ミュートが近づいてきてる!」

インクが大きな声をあげ、振り向くエターナ。

白い髪の少女が、まるで鳥のように空中を高速で飛行していた。

上位世界からこちらに来た者が、この世界の物理法則に従う必要などないのだ。

「ミュート、私だよ、インクだよぉっ!」

「う……うぅっ……!」

「覚えてないの!? 私たち――一応、姉妹だったんだからっ!」

「インク、気持ちはわかるけどもっとしっかりしがみついてて! ミルキットも! 加速する――イクシード・イリーガル!」

エターナがありったけの魔力を注ぎ込むと、車輪は回転数を増し、ギュアアァァァッ! と地面を削りながらさらに速度を増す。

ミルキットとインクは風圧でしゃべることすらままならず、言われたとおり、必死で車体にしがみついていた。

それでもなお――速度は静留のほうが上だ。

(逃げ切れない。シートゥムに指定された地点もまだ遠い……一旦、交戦するしかないか)

逃走を諦めようとしたエターナ。

そのとき、男が建物から飛び降り、静留の進路を遮った。

「やらせはせん―― 封邪の防壁(アイアンメイデン) ッ!」

「バートのおじさんっ!?」

インクがそう言うと、バートは反射的に否定する。

「おじさんではな……いやもうおじさんではあるがッ!」

そして彼は 正義執行(ジャスティスアーツ) を発動し、防壁で彼女の攻撃を受け止める。

まず彼を襲ったのは、ずしんと――まるでワイバーンにでも体当たりされたかのような“重み”だった。

「ぬうぅ……これが、この小さな少女の力だというのか!?」

続けて、静留の拳はバートの展開する防壁にヒビを生じさせる。

大抵の攻撃ならば受け止められる、彼の盾だったが――さすがに相手が30万相当の筋力を持つとなると、時間を稼げても数秒が限界であった。

「不甲斐ないが、この程度しか力になれんか! 果たして、足止めの役目は果たしたと胸を張っていいのかっ!?」

まるで誰かに問いかけるように言うと、防壁は完全に砕け、バートはその反動で吹き飛ばされる。

再度、エターナを追おうと足を前に踏み出す静留。

しかしそんな彼女を、なおも足止めしようとする影が二つ。

「上出来だバート! よしオティーリエ、合わせて行くぞ!」

「もちろんですわお姉さま!」

『 血界蛇(ヨルムンガンド) ッ!』

手にした剣を同時に振れば、赤い毒蛇が食らいつく。

ダメージ自体は小さくとも、切り傷一つで動きは落ちる。

それが、 虐殺規則(ジェノサイドアーツ) の力。

「……?」

避けられない――だが、避ける必要もないだろう。

そう判断して二発の 血界蛇(ヨルムンガンド) を受け止めた静留は、正体不明の体の重さに首を傾げた。

しかし、それでもなお、彼女の身体能力をステータスに換算すれば、アンリエットとオティーリエを合わせても及ばないほど圧倒的だ。

「さてお姉さま。わたくしたち、ここから何秒稼げると思います?」

「能力差から考えれば、五秒もてば上出来だな」

「でしたら、愛の力でさらに五秒上乗せですわね」

「無茶を言う――だが、それが愛だと言うのなら、やってみせよう!」

◇◇◇

デインは焦っていた。

結たち三人の相手をしながら、静留がエターナを仕留め、ミルキットを確保することを期待していたが――

(何をしてやがるあいつ! 雑魚に足止めされてるってのか!?)

思惑通りに事は進まない。

想定よりも、この“下位世界”の住人たちはしぶといらしい。

「チッ、仕方ねえ――おらぁぁっ!」

「くっ、友哉あぁぁぁッ!」

デインが腕を振るうと、こちらに近づこうとしていた結もろとも、陸と曲斎まで吹き飛ばされる。

力の差は歴然としている。

だが同じダイバーであるがゆえに、上位世界の優位性を利用して簡単に殺すことはできない。

デインはひるむ三人に背中を向けて、静留を追った。

彼女はすぐ見つかった。

剣を持った二人の女を相手に、有利ではあるが多少手こずっているようだ。

「この役立たずがッ!」

静留を援護すべく、腕を振り上げるデイン。

「 接続しろ(コネクション) ッ!」

しかし追ってきた結が、その腕にしがみついて妨害する。

(こいつ、また――ッ!)

力の差はある。

だがとにかく結はしつこかった。

速さだってデインのほうが上なので、逃げようと思えばいつだって逃げられるはずだったのだ。

しかし結には“接続”の力があった。

転移を繰り返せば、速度の差など簡単に埋められる。

もっとも、たとえこうしてしがみついたとしても、一時的な嫌がらせにしかならないのだが。

結はそれを知った上で、ボロボロに傷ついたとしても、何度も何度もそれを繰り返してくるのだ。

「そろそろ諦めて死んじまえよ、結ィィィィッ!」

デインはそのまま腕を振り払い、結の体を放り投げた。

猛スピードで落下した彼女は、砂埃を巻き上げながら、静留にほど近い地面に叩きつけられた。

「ぐああぁっ!」

「ううぅ……おねえ、さま……っ!」

その余波で、戦闘中だったアンリエットとオティーリエも吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

そして、その場に立つ静留は、地面に生じたクレーターの内側で、苦しげに呻く結を見て激しく感情を揺さぶられた。

彼女が自傷行為に走ったときほどではないものの、すでに解けかけていた暗示を、再度解除するには十分すぎるほどのショックであった。

「う……ぐうぅ……」

「結いぃっ!」

苦しむ結に駆け寄り、その体を抱き起こす静留。

「しず……る。はは、よかった……元に、戻って……」

「ごめん。本当にごめん、結」

「いいよ。むしろ、自力で戻ってくれたあたりに、愛を感じるぐらい」

「結ぃ……」

瞳に浮かぶ静留の涙を、結は指で拭った。

その光景に、誰よりも憤ったのは――当然、 友哉(デイン) である。

「また暗示が解けやがったのかよ。ふざけんな……ふざけんな……ッ、絆だの愛だのと、性懲りもなくそんなものでよぉぉおおおッ!」

結に向かって突進するデイン。

「静留、危ないっ!」

「でも結が動けないなら――私が!」

静留は身動きの取れない結を守るため、両手を広げて立ちはだかる。

しかし、デインの狙いは最初から結ではなかった。

「アホなガキがお涙頂戴やってんじゃねぇよォッ!」

デインは静留の腹に拳を叩き込むと、浮き上がった彼女の体を抱え、その場から飛び去っていく。

「離して、離してよぉっ! 私を結のところに帰してぇっ!」

「暴れんじゃねえ! チッ、うまく使ってやるつもりだったのに、結局お荷物になりやがった。ついてねえな!」

悪態をつきながらも、エターナを視界に収め、彼女に接近する。

一方、残された結は、すぐさま立ち上がり、デインを追おうとした。

「あいつ、まだ静留を人質にっ……ぐ……っ!」

だが先ほどのダメージが大きいのか、痛みはないものの、体がうまく動かない。

すると、遅れてやってきた陸と曲斎が、彼女に手を貸す。

「大丈夫かよ、結」

「あいつ、また静留ちゃんを連れ去ったのぉ? フラム・アプリコットが目当てのはずなのに、何がやりたいんだかぁ」

「手札は多いほうがいいと思ってるんじゃないの……実際は、多すぎると足かせになるんだけどね。私はもう平気だから、追いかけよう!」

一刻の時間も惜しい状況だ。

結たちは、今度は三人揃って、デインを追尾する。

◇◇◇

バートやアンリエット、オティーリエのおかげで、一時は静留から逃げ切ったエターナ。

しかし、追跡者がデインに戻ると、ようやく稼げた距離もあっという間に詰められてしまう。

「エターナ、まだ遠いけど……来てる、あいつ!」

「目視は?」

「できない。でも音がするの! もう何秒かしたら接触するっ!」

エターナは唇を噛み、さらに魔力を加速のためにつぎ込んだ。

(もう魔王城前の広場は見えている。あそこまで行けば――たどり着けば、何とか、なる……かもしれない!)

なんとかなる保障はない。

だが、今よりは少しでもマシな状況になると信じて。

「見ぃつけたァ――追いかけっこは終わりだ、エターナ・リンバウ! 大人しく三人まとめて死んで、フラムを絶望させろよ! あと心臓も返してもらうぜェ!」

「全力で断る。インクもミルキットも絶対に渡さない」

「断ろうが断るまいがよおぉぉぉッ!」

クロスボウより放たれる矢の雨。

込められた魔法は“バースト”。

触れれば大爆発を起こし、周囲一帯を火の海に変える必滅の矢。

「わたしの魔力を――全て使い切る!」

車体は加速する。

デインの計算をさらに超えて、矢の直撃を避けた。

着弾地点は車よりもわずかに後方の地面。

矢じりはそこに突き刺さり、バーストが発動――爆発は地面をえぐり、砂礫を巻き上げながら大きく広がっていく。

エターナは水を車の形状から、三人を包み込むような球体へと変形させる。

そのまま爆風を利用して、シートゥムに指定された地点まで自ら吹き飛ばされた。

「仕留めそこねたか! だが次の一撃で!」

エターナたちを包む水の玉は、魔王城の壁にぶつかり、ぼよんと跳ねて着地した。

そこを狙い――広場に足を踏み入れるデイン。

「かかりました」

ほくそ笑むシートゥム。

そして待機していた魔族たちが動き出す。

その中心となるのは、もちろん魔王夫妻だ。

シートゥムとツァイオンは、まるでダンスでもするように、手を重ね、指を絡め、広場の中央に狙いを定めた状態で立っていた。

「兄さん、緊張してますね」

「馬鹿言え、心が熱すぎて手が汗ばんだだけだ」

その対角には、同じ体勢を取るネイガスとセーラの姿もある。

「ああ、セーラちゃんと私の魔力が絡みあうのを感じるわ。うーん、他も絡めたい」

「これが終わったら好きにするといいっすよ」

魔族たちは、正体不明の敵に、フラムが苦戦した情報を得ている。

だから油断はしない。

最初から、最大限の火力で、一切の容赦なく攻撃を行う。

『エンゲージ』

二組の夫婦がそう言うと、重ねた手と手の周囲で、膨大な量のエネルギーが渦巻く。

そして――

『セイクリッド・ブレイズ!』

『ジャッジメント・テンペスト!』

声を揃えて唱えたならば、魔力と魔力が絡みあい、最大火力による一撃がデインを襲った。

それだけではない。

待機していた魔族たちもほぼ同時に魔法を唱え、デインに向かって斉射する。

(罠だとっ!? ちくしょう、魔族が相手じゃ人質も機能しねえッ!)

気づいたときにはもう遅い。

視界が光で埋め尽くされるほど、逃げ場のない壁のごとき魔法の弾幕が、デインを押しつぶそうとしていた。

無論、静留もそれに巻き込まれる。

「ねえエターナ、ミュートが巻き込まれちゃうっ! 助けないと!」

「大丈夫、彼女は助かる」

魔族――いや、魔族に限らず、この国の住人にしてみれば、ミュートを助ける動機がある人間は極端に少ないだろう。

ミュートのことを知らない者も、彼女はこれまでデインと一緒に戦っていたのだから、巻き込んでも構わない対象だと考える。

それにどっちにしたって、デインという大きな脅威が存在する以上、ミュートを助けるために攻撃の手を止めれば、より多くの犠牲が出てしまうのは明らかである。

しかし――それでも、手を差し伸べようとする者がいた。

「ブレイブ・リバレイト」

これだけの騒動だ、すでにコンシリア中の人々がそれを知っているし、もちろん――自分の店に戻る前だったキリルだって気づいている。

彼女はエターナたちの繰り広げるカーチェイスを途中で目撃した。

それからコンシリアの上空高くまで飛び上がり、そのルートと、広場の状況より最終目的地を予測。

自分が役に立てるタイミングはいつかと、その機を見計らっていた。

そしてそれは――間違いなく今だった。

いや、役に立てるかどうかだけじゃあない。

過去の、後悔の精算。

どれだけ悔やんでも、過去は変えられない。

人は大なり小なり引きずり続ける。

それを変えられるとしたら、きっと、過去の悲しい思い出を、喜びで上書きできたときだけだから。

キリルにだって、 なぜ(・・) かはわからない。

どうしてここに、死んだはずのミュートがいるのか。

そしてどうして彼女が、デインに捉えられているのか。

だが何にせよ、ミュートに危機が迫っているというのならば、今ここで救えるのは、自分だけなのだ――

「アクセラレイトッ!」

頭上から魔法の雨が降り注ぐ中、それが触れる寸前、キリルは背後よりデインに迫った。

そしてミュートの体を抱きしめ、デインの腕からするりと抜くと、速度を緩めず前方へと走り抜ける。

(なっ――静留を助けただと!? なぜ、キリル・スウィーチカがそうまでしてッ!)

すぐに取り戻そうと手をのばすデインだが、次の瞬間、大量の魔法が彼に着弾する。

ズドドドドドドッ――と、絶え間なく、途切れることなく。

セイレルも、トーロスも、その家族や、ミナリィアやクーシェナまで、魔力が尽きることもいとわず連続して攻撃し続ける。

リートゥスが取り憑く鎧も傍らに置かれ、魔族たちを応援している。

その時、静留を救出したキリルは、壁に衝突していた。

加速に力を使いすぎるあまり、止まることを考えていなかったのだ。

位置としてはエターナたちにほど近かったため、彼女が水でクッションを作り、衝撃を和らげる。

無事着地すると、キリルは静留を解放し、向き合った。

最初はぽかんとしていた静留だが、自分を助けた人間が、わずかに前世の記憶に残る人物だと気づく。

「……キリ、ル?」

そして彼女はほぼ無意識に、その名前を口にした。

キリルはそれを聞いてふっと微笑むと、彼女の頬についた砂埃を手で拭い取った。

「今度は助けられて良かった」

互いに、記憶の奥底に沈んでいた冷たい後悔が、氷解していくような気がする。

しかし、静留がゆっくりとそれを思い出せるだけの時間はない。

土砂降りの魔法の中に、一人残されたデインは、防御しながらほくそ笑む。

決して強がりではない。

「……へへっ、何だよ。大した罠かと思えば、この程度か? 人質は失ったが、まだ僕の優位は変わってねえなァ!」

これならまだ耐えられる。

腕を振り払ってすべての魔法をかき消せば、反撃に転じるのも容易い。

そしてこの場で魔族を全員粉々に砕き、最後にエターナの前でインクを殺して、ミルキットを確保する。

そんなプランがデインの脳裏には浮かんでいたが――

「そろそろ、天才である僕の出番か」

ここでイレギュラーが登場する。

ジーン・インテージ――いつの時代も、誰に対しても、最悪にして最高の天才である。

彼自身はフラムとデインが戦闘していた時点で、この事件のことを把握していた。

だが今まで姿を現さなかったのは、きちんとした事情があってのことだ。

「侵略者よ、お前が知る世界はあまりに狭い。その身を持って現実を思い知るがいい――エレメンタルバースト!」

火、水、風、土――四属性を束ねた魔法が、デインの真上から落下する。

「ぐおぉっ!? いきなり、重くなりやがった……フラム以外にも、こんなやつが……!」

舞い上がる煙のせいで、視認するのは不可能。

デインは周辺の空間を解析し、その正体を探った。

「なっ、ジーン・インテージだと!?」

デインも、その有名人の名前はよく覚えている。

だが当時は、こんなに強烈な魔法を使える人間ではなかったはず。

他の、魔族やエターナの放つ魔法と比べても、明らかにレベルが違う。

「何だこりゃあ……解析してみたが、あいつは人間じゃあねえ。認知の集合体? クソッ、だったら人間よりクラックは簡単だ。こんな状態じゃなけりゃあ、とっとと情報を書き換えてこっちの戦力にしてたってのに!」

今のジーンは、正確には“生命体”ではない。

言ってしまえば、データの集合体のようなもので、ダイバーならば容易く扱える。

無論、それを読めないジーンではない。

だからこそ、デインが身動きできなくなった今、このタイミングで助けに入ったのだ。

(ふうぅ……だが、まだだ。まだ耐えてやる。いずれあいつらの魔力は尽きる、そうなったらあとは僕のワンマンショーだ。耐えろ、今は耐えろ!)

確かに、ジーンの魔法は“重い”。

だがそれでもまだ、彼の障壁を突破するには至らないのだ。

今の調子で続けていれば、デインは数十時間――あるいは数百時間、これを続けられるだろう。

一方で、魔族たちの魔力には限りがあり、このペースで魔法を使い続けていれば、三十分で全員打ち止めだ。

「うーわ、友哉のやつボッコボコにされてんぞ」

しかし戦力はなおも結集する。

結と陸、曲斎の到着――陸と曲斎はすぐさま状況を理解し、デインに向けて手のひらをかざした。

だが結は視線をさまよわせ、静留を探す。

「静留も巻き込まれてるのっ!?」

「大丈夫みたい。お城の手前を見てごらんよぉ」

「キリル・スウィーチカ……」

そこにはキリルに抱きとめられる彼女の姿があった。

結の不安は一瞬にして消え去る。

「そっか。何年経ったって、みんな私たちのこと覚えてるんだね」

「それだけ記憶に残ることをやっちゃったってことだねぇ」

「でも悪い記憶なんだろ? だったら、今回ぐらいは良い思い出を刻んでいこうぜッ!」

「もう手遅れだと思うよ?」

「い、今からでも挽回ぐらいできるだろ、たぶん!」

なにはともあれ、結たち三人は手を前にかざし、力を集中させる。

オリジンコアはもうない。

これはアカシックレコードに残った記憶より、過去の自分たちの能力を参照し、上位世界よりやってきたダイバーとしての特権を利用し、強引に引き出したものだ。

特性は過去と同様。

しかしその出力は、現在の彼らの能力に依存する。

「 回転しろ(ロタジオン) ッ!」

「 歪曲しろ(ディストーション) 」

「 接続しろ(コネクション) !」

陸と曲斎は、それぞれ回転の力と歪曲の力を極限まで凝縮し、こぶし大の球体を作り出す。

一点突破――デインの作り出す障壁を突破するのなら、それが最善であるとの判断であった。

そしてネクトは、その球体とデインを接続の力で引き合わせ、加速し、威力を増大させる。

「ぐッ、ぐおぉぉおおおおおッ!」

ズシリとさらに重みが増し、デインは思わず呻いた。

あの三人が合流しやがった――すぐにそう気づいたが、だからといってできることはそうない。

ただただ耐える。

相手のほうが先に折れると信じて。

だが、結がそれを許さない。

「さっきから、障壁を張るごとにロジックを変えてるみたいだけど、だったら――そのたびに解析して分解してやるんだからっ!」

デインを物理的に圧潰すると同時に、結は彼へのクラッキングを実行。

障壁解除を試みる。

「やっぱそう来たか、結……だったらさらにオーバークロックだ! 熱暴走なんて気にしねえ、アンドロイドの肉体なんざいくらでも修理できるッ!」

処理能力のさらなる向上――

「な――書き換えた瞬間に別のロジックに変わってる!?」

もはや結に限らず、どれだけ優れたクラッカーを束ねようとも、その障壁を突破することは不可能となった。

同時に、障壁の強度も跳ね上がり、規模も一回り大きくなる。

結は小さく「チッ」と舌打ちする。

なおも魔族たちは全力で魔法を打ち続けているが、その表情は苦しげだ。

「……すまんシートゥム、これ以上、エンゲージの連発は無理だ」

「兄さん……仕方ありません、私もガス欠寸前ですから。通常の魔法に切り替えましょう!」

シートゥムとツァイオンですら、攻撃の手を緩めざるを得ない状況。

もちろん、セーラとネイガスとて例外ではない。

むしろ魔力で劣るセーラのほうが打ち止めはずっと早く、すでにネイガスが一人で攻撃している状況だった。

「おらも……まだ、やれるっす……!」

「セーラちゃんはそこで休んでなさい」

「でもっ!」

「私たちは生涯の伴侶なんだから、二人で一つなのよ? だったら、私が二人分やればいいだけじゃない!」

「ネイガス……珍しく、まっとうにかっこいいっすね」

「何よ、私はいつもかっこいいわよ」

「具体的にどこでかっこいいんすか?」

「そんなの――ベッドの上に決まってるじゃない!」

気分の高揚が魔力にも影響を与えているのか、ネイガスの放つ風はシートゥムにも匹敵するほどだ。

それでも、デイン相手となると、“エンゲージ”をやめた分をカバーできるほどではない。

それに、この調子で休みも入れずに全力で魔力を垂れ流していては、そう長くはもたないだろう。

できれば短期決戦で済ませたい――誰もがそう思っている。

だがデインはそれを理解した上で、長期戦に持ち込もうとしているのだ。

「ああもうっ、私の頭じゃ友哉の処理速度に追いつかない! このままじゃこっちが息切れするのが先だよ!」

「もう少し、戦力が欲しいところかなぁ……ふぅ」

「同感だ。もうあたしたちで打ち止めなのか!?」

これでも十分に、戦力は結集している。

なおも足りないというのならば、フラムでも連れてこなければ無理だ。

戦況は一方的に見える。

だが、みんなが焦り始めている――それは、傍観者であるミルキットやインク、静留の目にも明らかだった。

キリルとエターナも、デインへの攻撃に参加しているが、その手応えのなさを実感しているようだ。

「気休めにしかならないでしょうけど……私もやってみます」

「そだね。今こそ、エターナから教えてもらった魔法を役に立てるとき!」

ミルキットは闇、インクは水の魔法を、デインに向かって放つ。

もちろんその威力は、他の者たちに比べれば、ほんの小さなものでしかない。

気休めだ。

自己満足だ。

しかし、『何かできないか』という想いは連鎖する。

一人、そこで立ち尽くす静留は思考した。

(結たちも戦ってる。私も、たぶんこの世界で生きていた人間だから。きっと、何かできることがある)

記憶は虚ろ。

けれど目を凝らせば、多少は景色がはっきりしてくる。

赤い。

赤い。

赤い――

(……これは、血? 死体? 私が、殺した。たくさん、人を、殺した。そ、そんなことっ!)

記憶の再生は、同時に罪の再生でもある。

まさか自分が前世で、大量虐殺を起こしていたなどと、静留は想像もしていなかっただろう。

急に怖くなる。

これは思い出してはいけない記憶なのではないか、と。

「やだ……思い出したくない。でも、私、何かしないと……結たちが……っ」

頭を抱える静留にキリルは歩み寄った。

片手で剣を握り、“ブラスター”をデインへ放ちながら、彼女に言い聞かせる。

「ねえ、ミュート」

「キリル……?」

「やりたいことがあるのなら、どんなしがらみが邪魔をしたとしても、貫いて。きっとここで半端に立ち止まったりしたら、ミュートは一生後悔することになるから」

「一生、後悔……」

それは、結を助けられない未来という悪夢。

この一瞬の苦しみを恐れて、立ち止まったがゆえに、それを一生引きずることになるぐらいなら――

嗚呼、そう思ってもなお、怖いものは怖い。

静留という少女は、ごく普通に生きてきた、ただの高校生だ。

結という幼馴染とともに、毎日学校に通って、放課後は二人で遊びに行って、夜は窓越しに何気ない会話をして、休みの日はずっと一緒に過ごして。

そんな平穏さえあればいい。

戦いなんて、虐殺なんて、命のやり取りなんて縁遠い――そんな人間なのだ。

キリルにもその気持ちはよく理解できた。

なぜなら彼女もまた、勇者として王都に来るまでは、田舎町で自然に囲まれながら穏やかに生きる、ただの少女だったから。

迷い、苦しみ、なぜ自分がこんなことに巻き込まれなければならないのか――と世界を恨む。

ああ、確かに理不尽で、馬鹿げていて、逃げられるのなら逃げてしまいたい。

きっとそうしたって、誰も責めやしない。

悪くなんてない。

そう思うことも、実行してしまうことも。

だけど――似ているからこそ、背中を押したいと思うのだ。

一人では、前に踏み出す勇気が足りないかもしれない。

けれど二人なら、誰かの応援があれば、普通の人間だって、英雄にも勇者にもなれるんだから――

「ミュート、がんばれっ! ミュートならできる、ミュートならあの子たちを助けられる! きっと、勇気を出した先には、今の苦しみよりもずっと素敵な幸せがあるはずだから!」

なぜだかキリルの励ましを聞いていると、静留は胸が暖かくなった。

無性に嬉しい。

彼女から、その言葉が聞けたことが。

「私は……ミュート……そして、私の力は……!」

思い出す。

惨劇と罪と、同時に大切な人たちと過ごした記憶が、濁流のように静留の脳を満たす。

そして、“力”の使い方もそこにはあった。

「―― 共感(シンパシー) !」

それはオリジンコアに頼っていた頃とは違う――“ガワ”だけを真似た、あまりに優しく、暖かな力。

静留の持つ能力を、繋がりの強い、かつての兄妹たちへと託す。

「静留ちゃんの体が光ってるぅ?」

「何かやたらと体が熱いぞ!?」

「静留の力が流れ込んできてる……これなら、友哉をさらに追い詰められるッ!」

結はその力を受け取って、開いた手を、強く握りしめた。

「さらに、 接続(コネクション) だあぁぁぁぁぁあッ!」

もちろん、陸の回転も、曲斎の歪曲も、さらにパワーアップしてデインを追い詰める。

「うおおおおおぉぉおッ! まだだッ! まだ僕の限界はここじゃあねえ! 引き上げる! オーバークロック! オーバークロック! オォォォォォバアァァァァァァクロオォォォォォック!」

しかし、なおもデインは強化の余地を残している。

静留の力を追加してもなお、彼の強い復讐心はそれに耐えてみせた。

トドメを刺すに必要な残り一手は――

「ミュートの力……あたしにも、流れてきてる……?」

「インクさんっ!? 前に出たら危ないです!」

「ううん、大丈夫。今のあたしなら、できるっ!」

インクは両手を前にかざし、目を閉じる。

たくさんの人たちの命を奪った。

エターナから腕を奪った。

忌々しい。

こんなものいらない。

そう、何度も思ったことがある。

けれど今は、今だけは、自分が普通でないことに感謝した。

「 増殖しろ(インクリース) ッ!」

インクの放った力場は、デインを襲う魔法や結たちの攻撃を、 増やす(・・・) 。

「がっ、あ……また、急に、重さが……何だこりゃ、増え方が、さっきまでとは段違いに……ッ!」

陸の放った回転も、曲斎が放った歪曲も、一個から二個へ、二個から四個へ。

時間経過とともに、倍へ、倍へと増え続ける。

「ふざけんなぁあぁッ! こんなっ、こんな理不尽な力、あってたまるか! ここまで耐えて! ここまで生き残って! 最後は僕の心臓を奪ったあのガキにいぃぃぃぃぃいッ!」

「この心臓はもうあたしのものだもんッ! あたしはこの体で、エターナと結婚して、幸せになるんだから! あんたみたいな死にぞこないに、邪魔されてたまるかあぁぁぁあッ!」

ベコッ、とデインを包むドーム状の障壁が変形する。

ついに耐えきれなくなったのだ。

一箇所が凹めば、他の箇所も一斉に、堰を切ったように潰れだす。

「嫌だっ、嫌だっ、嫌だあぁっ! 僕はまだ、満足に復讐もできてねえんだよっ! 僕が苦しんだ分をっ、あいつらが味わわないなんて嘘だろうがぁッ! なのに、こんな終わり方なんてえぇぇぇえっ!」

接続、回転、歪曲、共感、そして増殖―― 螺旋の子供たち(スパイラル・チルドレン) の能力が一つになる。

デインの障壁は、もはや逆に彼自身を圧潰しようとしていた、

解除しなければ死ぬ。

解除しても死ぬ。

惨めな死か、壮絶な死か、どちらかを選べ――そう強制されたデインは、血がにじむほど歯を食いしばった末に、選択する。

「ああぁぁぁあああッ! ああっ、う、くううぅ……この世界での戦いは……僕の……僕の、負けだッ!」

障壁、解除。

増殖され、密度を増した魔法が、チルドレンの力が、ついにデインに直撃する。

爆ぜ、抉り、焼き、貫き、へし折り、切り裂き、開いて、吹き飛ばす。

ありとあらゆる暴力が、デインの魂を破壊しつくす。

「やった……」

結の体から、ふっと力が抜ける。

陸や曲斎、静留、インク、そして魔族たちも同様に。

そして広場に静寂が訪れる。

周囲を覆っていた煙も、風に流され、次第に晴れていった。