軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

EX7-下 フラム大勝利! 新たな世界にレッツゴー!

シートゥムたち一部の魔族が暮らす城は、正式名称こそ違うものの、もっぱら“魔王城”と呼ばれることが多かった。

とはいえ、すでに魔王があの小さな女の子であることを民衆は知っているわけで、その名称は畏怖というよりは、親しみを込めて呼ばれている面が大きい。

外見も以前の漆黒の壁面とは打って変わって、白を基調とした上品な佇まいだ。

「改めて見ると、立派な建物ですね……お城だから当然なんですけど」

ミルキットは城を見上げながら言った。

イーラやスロウが暮らす王城と比べても遜色ない出来だ。

共存の象徴なのだから、可能な限り差を作らないよう、意識して作られたのだろうが。

そのままミルキットが立ち尽くしていると、入り口の扉がギギギと動く。

わずかに開いた隙間から、滑るように茶色く小さな何かが出てくると、そのまま彼女に向かって突っ込んできた。

「にゃあぁぁあんっ!」

「ひゃあっ!?」

そしてミルキットの周りと、にゃんにゃんと鳴きながら走り回った。

「アンズー……?」

彼女がしゃがんで手を伸ばすと、魔王城から出てきたプチアンズーは自ら頭を差し出すように近づいてくる。

「にゃあぁん……」

茶色い毛玉は、見ず知らずのミルキットが頭を撫でるだけで、目を細めて甘えた声を出す。

噂通り、人懐っこさのステータスが振り切っている。

曰く、最初に人類がプチアンズーを発見したときも、まったく警戒せずに近づいてきたとのことなので、この種に刻み込まれた、筋金入りの本能なのだろう。

これでよく絶滅せずに生き残れたものである。

「よしよし、いい子ですねー」

「にゃんっ、にゃふっ」

くるりと転んでお腹を見せて、きゃっきゃきゃっきゃと嬉しそうに手足をバタつかせるプチアンズー。

ミルキットがそうして戯れていると、慌てた様子の少女が魔王城から飛び出してきた。

アンズーの着ぐるみのような寝間着に、赤いミュールを履いたアンバランスな姿――シートゥムである。

彼女とミルキットの目がばっちりと合う。

シートゥムは、逃げてしまったプチアンズーを見つけて表情を緩めるが、すぐに自分の格好を思い出し、真っ赤になりながら扉に体を隠す。

そして顔だけを見せて、ミルキットに声をかけた。

「ミルキットさん、こんにちは……」

「はい、こんにちは」

立ち上がり、ぺこりと頭を下げるミルキット。

プチアンズーも一緒に起き上がると、不思議そうに彼女の顔を見上げた。

「もしかして、この子を追いかけてきたんですか?」

「え、ええ……やんちゃで、困っちゃいますよね……あはは……」

そして主であるシートゥムの声に気づいたプチアンズーは、今度は彼女に駆け寄っていく。

羽根をパタつかせ、軽く飛び上がってきた小さな獣を、シートゥムは優しく抱きとめた。

「ふふふ、シートゥムさんのその服、とっても可愛らしいですね」

「い、いえっ! これは決して、あの、外行き用の服ではなくってっ、その、気を抜いていたといいますから、本来ならもっとお姫様らしいドレスがあるんですがっ」

「わかってますよ。それでも可愛いと思います」

「あうぅ……」

純粋な気持ちで言い切るミルキットだが、シートゥムは羞恥を隠せない。

落ち込む主を慰めるように、プチアンズーがぺろりと顔を舐める。

「ところでシートゥムさん、実はお話したいことがあるんですが……」

「私にですか?」

「シートゥムさんと、ツァイオンさんに、です。今、時間は大丈夫でしょうか?」

「それはもちろん。こんな格好を、してるぐらいですから」

苦笑しながらシートゥムはそう言った。

◇◇◇

ミルキットはトーロスに案内され、客間へと通される。

そこでしばらくお茶を飲んで待っていると、着替えたシートゥムとツァイオンがやってきた。

二人は正面に並んで腰掛ける。

「よう。珍しいな、あんたが一人でうちに来るなんて」

「こんにちは、ツァイオンさん。そうですね、いつもはご主人様と一緒ですから」

「ま、あんたなら気軽に遊びに来てくれていいけどな」

穏やかに笑うツァイオン。

一方で、その隣ではシートゥムが今も恥ずかしそうにしていた。

「シートゥムさん?」

「ううぅ……」

「こいつ、自分の普段着が見られたからって、まだ落ち込んでやがるんだよ」

「だって兄さん、私にだって威厳とか色々あるじゃないですかー!」

「いや、ねえだろそんなもん。勇者たちと初対面の時に、洗濯物を干す姿を見られてんだぞ?」

「あのときのことは言わないでくださいぃ……」

そちらからもまだ立ち直れていないようだ。

シートゥムは意外に引きずるタイプなのかもしれない。

「私、シートゥムさんは家庭的でとっても素敵な女性だと思いますよ」

「この場においてはフォローになってませんよミルキットさーん!」

「素直に褒め言葉として受け取っておけよ」

「ニヤニヤしながら言っても説得力ゼロですよ兄さーん!」

もはやその言い方の時点で威厳もへったくれもないのだが、ミルキットは優しいので黙っておいた。

「おほんっ。それはさておき、ミルキットさんは要件があって来たんじゃないんですか?」

「はい。ですがその前に――お城でプチアンズーを飼っているんですか?」

「知り合いの魔族が飼ってたんだが、そこで子供が産まれたから引き取ったんだ。やんちゃで、そこらじゅうを走り回るのが大変でな」

「今日も体を洗うためにお風呂場に連れて行こうとしたら逃げられてしまいまして」

「それで外に飛び出してきたんですね……」

脱走しても、住み処に戻る習性があるので数時間後には戻ってくるというが、それでも心配なものは心配である。

「ただ困ったことに、そういう部分を差し引いても可愛いんですよね……」

「おかげで、俺もシートゥムも、最近はすっかりあいつ中心の生活になっちまってる。だが、それとあんたの相談にどう関係があるんだい?」

「実は……ある人のために、私はアンズーの可愛らしさを伝える必要があるんです」

「飼ってみれば可愛さは伝わると思いますよ」

「そうもいかない理由があって。なので……風の噂で聞いたのですが、お二人は今、コスプレにはまってらっしゃるんですよね?」

「……えっ?」

「……はっ?」

唖然とする二人。

首を傾げるミルキット。

「ですから、コスプレです。色んな格好をする、あれです」

「ま、待て待て待てっ! あんたそれをどこで聞いたんだ!?」

「そうですよっ! そんな話が身内以外に漏れるわけがありません!」

「風の噂です」

「だからその風の発生源を……ん、待てよ。風だと?」

「兄さん、心当たりがあるんですか?」

「何よりも邪悪な風の存在を、オレは知ってるぞ……」

ツァイオンの脳裏に浮かぶのは、露出多めな女性の姿。

「ネイガスだな?」

「いえ、風の噂です」

「いーやネイガスだろそれ! それ以外にありえねえ! シートゥム、お前あれのこと、あいつに話したことあるか?」

「……あります」

「ほらやっぱりそうだ! あいつめ、身内のそんな話を外に流すか普通!」

何やら興奮気味のシートゥムとツァイオン。

だがミルキットは、一人置いてけぼり気味だった。

「あのー……別にコスプレしててもいいと思うんですが」

「よくないだろっ!?」

「そうです、よくないです! コスプレですよ、コスプレ!」

「はい、コスプレです……よね? コスチュームプレイの略です」

いまいち噛み合わない三人。

そんなとき、客間の壁をすり抜けて、青い肌の半透明な幽霊が、シートゥムたちの背後を通り過ぎていく。

「はぁーあ、早く孫の顔を見たいですわぁ……」

ミルキットはそんなリートゥスの姿を目で追うと、なぜか気まずそうな二人に尋ねた。

「……今のは?」

「気にすんな、ただの悪霊だ」

そう言われると余計に気になる。

かと思うと、リートゥスは再び戻ってきて、

「孫……孫ぉ……」

そう言い残して去っていく。

再び目で追ったミルキットは、今度はシートゥムに尋ねる。

「孫とコスプレに関係があるんですか?」

「気にしないでください、ただの孫ーストなんで」

「孫ースト!?」

驚くミルキット。

しかし彼女も子供ではない。

コスプレ。

孫。

そしてやけに取り乱す二人。

その三つの点を線で繋げると、一つの答えが導き出される。

「ああ、つまりお二人はコスプレして子作ふぐごっ!?」

飛び込むように、シートゥムがミルキットの口を手で塞いだ。

「ち、違うんですっ、あれは決して、私の意思でやりはじめたことじゃないんですー!」

「むぐ、もご」

「あっ、お前ずるいぞそれは! 最初に着てきたのはシートゥムのほうだろ!」

「ふぐぐ、むがっ」

「そっ、それはそうなんですけど……でもあれを着たら兄さんも喜ぶからって渡されたから! そう言われたら着ないわけにはいかないじゃないですか!」

「むー! むーっ!」

「な――そんなことがあったのかよ!? オレはてっきり、シートゥムが自分の意思でやったと思ってたぞ!? 誰だよそんなことを提案する邪悪なやつは! いや、待てよ。邪悪……? 邪悪って、まさか……」

言うまでもなくネイガスであった。

そのとき、リートゥスが三度現れ、シートゥムの肩をちょんちょん、と叩く。

「お母様?」

「シートゥム、そろそろ離してあげないと、その子が大変なことになってるわよ?」

「大変なことって……はっ! ごめんなさいミルキットさーん!」

「はぁ……はぁ……いえ……とってもかっこいいご主人様に会えたので……うふ、うふふふ……」

「ミルキットさんがいってはいけない世界にー!」

お茶を飲ませると、ミルキットは次第に元に戻っていった。

場が落ち着いたところで、三人は改めて椅子に座って向き合い、話を続ける。

リートゥスは部屋の隅っこにふよふよと浮かび、楽しそうにその様子を眺めていた。

「面目ないです……」

「すまんかった」

「いえ、私が急に変な話をしてしまったのも悪かったので。えっと……それでですね、実は私も、コスプレしたいんです。できれば、アンズーっぽい格好を」

「ミルキットさんが?」

「あー、話が読めてきたぞ。つか最初からそれしかありえねえもんな。アンズーの可愛さを伝えたい相手ってのは、あんたの旦那ってことか」

「フラムさんに……あれ、それって私たちのコスプレとほぼ同じなのでは……」

「だから一人で来たわけか。で、オレたちは慌てるまでもなかったんだな……っていや、そうはならねえだろ。そういうのは外に漏らすことじゃねえよなあ! なあネイガスよお!」

虚空に向かって吠えるツァイオン。

そのとき、協会にいるネイガスがくしゃみをしたとかしなかったとか。

「……まあ、気を取り直しまして。私が着ている衣装は、さっきお話したようにネイガスから貰ったものです。でも、お店の名前は聞いています。オーダーメイドな上に、その……とても変わった店主だと聞いていますが、私の名前を出してくれれば受けてくれると思いますよ」

「本当ですか!」

「念の為、紹介状も書いておきますね」

「ありがとうございます。これで、ご主人様を救うことができます!」

「大げさだな……」

「今のご主人様に、私ができることはそんなにありませんから。メイドの格好をしているのに、いつもお世話になってばかりです」

「本人はそう思ってないんじゃねえの」

「だとしても、です。私はいつまでも、ご主人様への感謝を忘れたくありませんから、このままでいいと思ってますっ」

幸せそうに笑うミルキットに、ツァイオンは「ふっ」とほほ笑む。

「そうかい。ならオレから言うことは何も……あ、いや、待ってくれ。一つだけ言いたい」

「何ですか?」

「くれぐれも、今日のことは外に漏らさないでくれよ。たとえ風の噂であったとしても、だ」

「わかっています。ネイガ……風の噂さんも、わざと言ったわけではないんです。ただ、セーラさんとのやり取りの中で、うっかり口を滑らせてしまったことがありまして」

「あの二人、よくフラムさんの家でご飯を食べてるみたいですもんね……だからといって、あまり”うっかり”されると魔王としての尊厳に関わってしまいますが」

もはやツァイオンには、『そんな尊厳、最初からねえだろ』と突っ込む余力すらなかった。

その日の夜、ネイガスは魔王城に呼び出されこってり絞られたらしい。

◇◇◇

シートゥムから手渡された地図を手がかりに、ミルキットがたどり着いたのは、怪しげな雰囲気の漂う、薄暗いゴシック調の店だった。

大通りから路地に入り、何度も曲がった突き当たりにぽつんと現れるその店は、周囲のまだ整備が行き届いていない、未完成な雰囲気とは不釣り合いに完全である。

店の佇まいにしても、その存在にしても、まるで別の場所から切り抜かれて、そのままここにやってきたかのように。

ミルキットが店の前に立って尻込みしていると、ガチャリと重そうな木の扉が開く。

カランカランと鳴る鈴の音。

中から現れたのは、いわゆるゴスロリのドレスを着た、やけに肌の白い少女だった。

彼女は赤い瞳でじっとミルキットを見ると、妖艶にニコリと笑い、

「やっと来たんだね。お姉さまが待ってるよ」

と控えめの声で言った。

だがその音量に反して、その言葉はやけにはっきり聞こえる。

まるで耳の奥に直接働きかけているかのように。

「私が来ることが、わかっていたんですか?」

「うん、屋内にいたらそれぐらいはね」

「屋内……?」

こてん、とミルキットが首を傾げると、少女はくすりと笑う。

不穏な空気を感じ、とっさにスキャンを使うミルキットだったが、

「そう警戒しないでよ。手は出すなってお姉さんにも言われてるし、何よりさすがに分が悪いしね。何より、あなたがフラム・アプリコットを愛しているのなら、その必要も無い」

魔力を感じ取った少女は、表情も変えずにそう言った。

確かに敵意らしきものは感じられない。

しかし、そう言われても――

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属性:知らないほうがいい

筋力:つよめ♪

魔力:概念が違うね

体力:そこそこ♪

敏捷:自信アリ♪

感覚:敏感♪

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こんな もの(ステータス) を見せられて、どう信用しろというのか。

だが、ネイガスが信用しているということは、少なくとも危害を加えることは無いのだろう。

「ささ、早く早く。お姉さまが待ちくたびれちゃう」

「……わかりました」

少女に付いていき、店内に足を踏み入れるミルキット。

中は外の路地以上に暗く、壁に下げられた古びたランプが淡く照らすのみであった。

だがそれでも、飾られた服の数々が素晴らしい出来であることはわかる。

しかし見たところ、コスプレらしい衣装は並んでいない。

基本は普通の服を販売して、オーダーメイドでそういった変わった衣装も手掛けているということだろうか。

「ご希望ならメイド服もありますよ、ミルキット・アプリコットさん」

アプリコットの姓で呼ばれ、ミルキットの胸がどきっと高鳴る。

結婚してしばらく経った今も、彼女の気持ちは浮ついたままであった。

それはさておき、先程の少女よりも落ち着いた様子でミルキットを呼ぶ声の主――彼女はそちらに視線を向ける。

そこには黒髪の少女が座っていた。

見たところ、年齢はフラムと同じぐらいだろうか。

先程の少女とよく似た黒いゴスロリ服を身にまとった彼女は、見ているだけでその危うさが理解できるほどの、冷たい笑みをミルキットに向けている。

すると少女はミルキットが怯えていることに気づいたのか、笑顔をふっと解いて、両手で頬をぐにぐにとこね回し、再び表情を作る。

「……これでどうでしょうか、まだ怖いですか?」

雰囲気とのギャップに、ミルキットは思わず「ぷっ」と噴き出すように笑ってしまった。

なおも纏う不思議な雰囲気は消えていないが、しかし悪い人ではなさそうである。

「ごめんなさい、初対面なのに失礼な反応をしてしまって」

「いえ、構いませんよ。誰でも私に会うと警戒してしまうものですから」

「……そうなんですか?」

「性分というものです。ふふ、日頃との行いとも言うのかもしれませんが」

年下のはずの少女は、しかしミルキットから見ても大人びた表情を浮かべる。

そもそも、スキャンに干渉してステータスを隠せている時点で尋常ではない。

見た目で年齢を判断するだけ無駄なのかもしれない。

「それにしても、飾ってある服、とても素敵なものばかりですね。全て店主さんが作ったんですか?」

「いえ、仲間が作ったものも混ざっていますよ」

「へー……他にも従業員の方がいるんですね」

「店に顔を出すのは私とお姉さまだけなんだけど」

「手出ししないと決めた以上、あまり干渉するのも良くないですから」

「でも、お姉さまも気になってるんだよね? 相手が悪いから我慢してるだけで。だからこうしてお店を開いて様子を見に来てる」

「ふふふ、どうでしょうね」

二人の会話についていけず、ミルキットは戸惑う。

「ああ、ごめんなさい。気にしないでください、あなたたちには関係のない話ですから。私はあくまでこの店の店主、そしてあなたは今日、フラムさんのためにコスプレ衣装を買いに来た。そうですよね?」

「はい……お見通しなんですね」

「お姉さまの手にかかれば」

「……と、言いたいところなのですが。今回ばかりは少し事情がありまして、あなたがここに来ることは、何となく予想ができていたんです」

「私が、ですか?」

「ええ、風の噂のおかげで」

「それって……」

シートゥムとツァイオンの前では、“風の噂”はネイガスを指す言葉として使っていた。

もちろん少女がそれを知るはずはないので、同じ言葉を使ったのは偶然だし、それがネイガスとは限らないのだが――ミルキットは何となく、やはりそれはネイガスを指しているように思えた。

ただの予感でしかないが。

「というわけで、すでに依頼されるであろう、アンズーのコスプレ衣装も完成しています」

「ええっ? 何でそこまでわかってるんですか!?」

少女は足元から、ひょいっと茶色いモコモコの衣装を纏ったトルソーを取り出す。

明らかに机の下に隠せるサイズではないが、出てきたものはしょうがない。

「企業秘密です。あとはミルキットさんのスリーサイズに合わせて、軽く調整するだけですね」

「あの、その衣装って……」

「何か問題がありますか?」

「……ほぼ、下着じゃないですか?」

ミルキットが想定していたよりも、遥かに下着であった。

確かに耳と尻尾で十分にアンズー感は表現できているのだが。

「少し、露出が多すぎるのでっはないかと……」

じろじろと衣装を見つめるミルキットに、少女は屈託なく笑いながら言った。

「どうせ脱がせるなら露出が多くても同じではないでしょうか」

あまりの暴論である。

ミルキットは顎に手を当て、考える素振りを見せたあと、少女に向かって言い放つ。

「確かに」

これで問題は解決した。

あとはスリーサイズを測って補正するだけである。

すると次の瞬間、ミルキットは自分の体を何かが這いずる感触に、ぴくりと震えた。

「はい、計測終わりです。補正も済ませたので、そのまま持ち帰ってもらって構いませんよ」

「へっ? あの、何もされてませんけど……」

「お姉さまの手にかかれば、気づかないうちに全部終わらせられるの」

橙髪の少女はトルソーから衣装を素早く脱がせると、きれいに畳んで紙袋に入れ、

「はい、どーぞ」

とミルキットに手渡す。

「はあ……ありがとうございます」

呆気にとられるミルキットだったが、ひとまず料金を払おうと財布を取り出す。

黒髪の少女が提示された料金は驚くほど安く、また困惑する羽目になったものの、ひとまず支払いを済ませて、二人に見送られながら店を出る。

そして少し歩いてから振り返ると――そこにはもう、店は無かった。

「……」

狐につままれた、とはまさにこのことである。

しかし手元には服がある以上、そこに店があったことは間違いない。

何より、ネイガスは継続的に何度もこの店を利用しているわけであって――

「……世の中にはまだ、不思議なことがたくさんあるんですねえ」

ミルキットはしみじみと、そう思わざるを得なかった。

◇◇◇

「がおーっ! アンズーインクだぞーっ!」

アンズーの着ぐるみパジャマを着たインクが、エターナの前で両手を上げる。

「がおがおーっ! アンズーショコラちゃんですよーっ!」

同じ服のサイズ違いを着たショコラもまた、キリルの前でポーズを取る。

「ほら、ちゃんとエターナもやらないと。がおーっ! がおーっ!」

「……いや、わたしもうそういう年じゃないから」

例外なく、エターナもその服を着せられている。

ちなみにシートゥムも着ていたこの服、コンシリアの商店で『アンズーなりきりパジャマ』として広く売られているヒット商品である。

最初は子供用として作られたものの、女性需要の高まりに合わせてレディースサイズも販売されている。

だが買ったわけではなく、仕事から帰ってきたキリルとショコラが持ってきたもので、二人が言うには勇者のファンを名乗る女性が、『ぜひ家で着てください!』と箱に詰められ店に送ってきたんだとか。

軽く調べてみたが、特に怪しい物は付いておらず、魔法もかかっていないので、こうしてフラムが仕事から戻ってくる前に試しに着て遊んでいるというわけだ。

もちろんエターナは、最初は拒んだ。

だがインクに頼み込まれ、その可愛さに負けて承諾したのである。

エターナは心底乗り気ではないが、非常に残念なことに、この場にいる誰よりも似合ってしまっていた。

「キリルに至っては着てないし」

四人中三人が着替える中、キリルは私服のまま呑気にマグカップを傾けている。

「エターナ、私はもう二十歳だから」

「わたしは七十」

「そこまで行くと逆に一周回ってアリだと思うよ」

「一周どころか三周しちゃってますけどね!」

「ショコラ、さすがにそれはひどいと思うな」

「えぇっ!? ごめんなさいエターナさん、こういう人間関係が初めてなんで加減がわかんなくて!」

「大丈夫、キリルも大差なく失礼だから」

一周だろうと三周だろうと言っている意味は同じである。

しかしエターナとしては、インクが寂しそうにしているのは本意ではない。

とはいえ、キリルやショコラがいる手前、最年長である自分が浮かれて『がおー』などと言えるはずもない。

いや、二人は気にしないだろうし、フラムやミルキットのやり取りを見て慣れているだろうが――要するに、エターナのプライドの問題なのである。

「ぶーぶー、エターナってば付き合い悪いぞー」

インクとはさっきまで、キスを交わしていい雰囲気だった。

このまま夜もムードを作って、いちゃいちゃできたらいいなあ、と考えたりもした。

もちろん、やることはまだキス止まりではあるが、多少は仲を進展させられるのではないか、と。

こんな着ぐるみイベントさえなければ。

いや、そもそもこんな着ぐるみを纏う時点でムードもへったくれもないのだが。

しかしだ、このままインクに不機嫌に待ってもらうのはおいしくない。

エターナは試しにプライドとインクを天秤にかけてみたが、一瞬でインクのほうに傾いた。

(わたし、ベタ惚れだな……)

本当に今さらなのだが、内面ではフラムたちのことを言える立場ではない。

というかついさっき、フラムたちも赤面するほどのスキンシップを交わしたばかりである。

だったら何を恥じらうことがあろうか。

遥かに年上の自分が、こんな五十歳以上も年下の少女に惚れてる時点で、プライドもへったくれもないというのに。

とはいえ、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

なのでエターナは控えめに手の形を作り、インクからは目を逸らして、顔を赤く染めながら口を開いた。

「が……がおー……」

固まるインク。

反応がなく不安になったエターナは、ちらりと彼女の顔を見た。

するとインクは満面の笑みを浮かべ、がばっと両手を広げて、ぎゅーっとエターナに抱きつく。

「かあぁぁぁわぁぁぁぁいぃぃぃーっ! なに今のなに今のーっ! 超絶可愛いよエターナあぁぁぁっ!」

愛が溢れすぎて、叫ぶインク。

気恥ずかしさに、赤面するしかないエターナ。

そんなやり取りを見ていたショコラも、そのむず痒さにほんのり赤くなっていた。

「本当にこの家、いつもこんな感じなんですね……」

「おかげでコーヒーに砂糖がいらないよ」

「ケーキとか食べたら汗まで砂糖になりそうです」

「そしたら店のお菓子に使おうか、ガトーショコラって名付けて」

「みんながショコラちゃんの虜になっちゃったら先輩寂しくないですか?」

「確かに、それは寂しいかも」

「……そこは『いや特に』って言ったほうが先輩っぽいと思います」

「でもこう答えたほうがショコラは恥ずかしいよね?」

「ドS……! いえ、わかりますよ、このショコラちゃんの魅力が先輩を凶行に走らせてしまうんですよね! 仕方ありません、だってアンズーショコラちゃんは世界一可愛いので!」

「うん、本当に世界一可愛いよね。抱きしめてもいい?」

「うわーん! 先輩が私の心を弄ぶぅー!」

こちらもこちらで負けじと騒がしい。

そんな中、玄関から声が響いてくる。

「ただいま戻りましたー」

どうやら、ミルキットが戻ってきたようだ。

声を揃えて『おかえり』と言いながら、エターナは時計に目を向けた。

「まずい、もうこんな時間だ。この格好のままフラムが返ってきたらマズイから、もう着替えないと」

「このまま迎えたら、フラムもアンズーが平気になるんじゃないかなあ」

「それはミルキットの役目だから」

「あー、そっか。それなら仕方ないねぇ」

しぶしぶエターナから離れるインク。

するとミルキットが部屋に入ってきて、その姿を見て驚いた。

「うわあ……みなさん、その服どうしたんですか?」

「私がもらってきたの」

「お店にお客さんが差し入れだって持ってきてくれたんです。さすがに師匠に渡すわけにはいきませんからね」

「お客さんがですか、珍しいですね」

「で、ミルキットは何を手に入れてきたの?」

「それはもう、ご主人様を助けるための秘密兵器をばっちりと作ってもらってきました!」

そう言って、例の服が入った袋を見せつけるミルキット。

エターナはそれをじっと見てから、ぼそりとつぶやいた。

「わざわざ作らなくても、わたしたちが着ている服でよかったんじゃ……」

「わかってないなぁ、エターナは。ミルキットはね、せっかくフラムに見せるならとっておきの服がいいって、気合いを入れてるんだよ」

「そういうもの?」

「そういうものなの。ね、ミルキット」

「はい、そういうものなんです……まあ、少し大胆になりすぎてしまいましたが」

あのミルキットが恥じらうほどだ。

それがどれほど大胆な装いなのか、エターナはおおよそ想像することができてしまった。

「そんなのを着たら、フラムは間違いなく獣になる……」

「覚悟の上です!」

覚悟とか言いながらミルキットは嬉しそうであった。

◇◇◇

ミルキットが戻ってから一時間後、フラムは家の近くの道を歩いていた。

空はすっかり暗くなり、いつもならすでに食卓を囲んでいる時間である。

ギルドの依頼とは別の野暮用があったため、こんなに遅くなってしまったようだ。

「あ、フラムだ。おかえり」

ちょうど家を出て、前から歩いてきたキリルがその姿を発見した。

ショコラやエターナ、インクも一緒である。

「う、うん、ただいま。みんなしてどこに行ってるの?」

「とある理由で、わたしたちだけで食事に行こうってことになった」

「ミルキットは家で待ってるから、フラムは二人きりの時間を楽しむといいよ!」

「あ、断じてのけものにしてるわけじゃないんで、そのあたりは誤解しないでくださいね?」

「うん……わかった。じゃあ、ゆっくりしてきてね」

そう言ってすれ違うフラムと四人。

インクは歩きながら振り返り、家に入ろうとするフラムを見つめた。

「フラムって……出ていくとき、あんなに厚着だったっけ?」

今のフラムは、彼女らしくもなく、ローブで全身を隠している。

「依頼で服が台無しになった、とかですかね」

「違うと思うけどね」

「へ? じゃあどうしてなんですか、先輩」

「エターナはどう思う?」

「どうしてそこでわたしに振る」

「専門分野かなと思って」

「わたしを勝手にフラムとミルキットの専門家にしないでほしい」

だが一番付き合いが長いのは事実である。

そして、不本意なことに、フラムがなぜローブを纏っていて、これから何が起きるのかも、大まかながら想像できてしまっていた。

◇◇◇

一階から、玄関が開く音がした。

ミルキットは例の、ほぼ下着なアンズーコスプレを身に着け、部屋でフラムを待っていた。

彼女が二階に上がってくるまでの間に、鏡で最終チェックを行う。

着衣の乱れは無し。どうせ後で乱れるけど。

髪もばっちり決まってる。どうせ後で撫でられるけど。

ポーズは――これでいいのかはわからない。

猫のポーズはあざとすぎる気もするが、たぶんどんな姿でもフラムは受け入れてくれるだろう。

しかしフラムのお嫁さんとしては、やはり最上の状態でお迎えしたい。

そして最高に獣になってほしい。

……いや、獣にするのが目的ではないのだが。

あくまで苦手なアンズーを克服させるのが優先ではあるのだが、それはそれとして獣にもなってほしいのである。

だからギリギリまで追求した。

フラムの好みに最も近いポーズは、声は、角度は、高さは、一体どこにあるのか――そしてついに足音は階段を登りきり、部屋の前までやってくる。

コンコン。

丁寧なノック。

ミルキットは「どうぞ……」と緊張した様子で反応する。

ドアノブが回る。扉が開く。

その向こうから姿を現したフラムは――もこもこで茶色い生地の、ほぼ下着な面積しかない服を着て、頭部にはアンズー耳を装着している。

「ご、ご主人様……」

「ミルキット、その服は……!?」

そう、フラムもまた、あの店に行っていたのである。

きっかけは、道端で偶然にもネイガスと鉢合わせたことであった。

彼女は『セーラちゃんにコスプレをさせると犯罪感が増して興奮する』という、今となってはどういう展開でその話題が出てきたのかわからない、ギリギリセーフ――否、たぶん盛大にアウトな発言をきっかけに、例の店を紹介されるに至ったのである。

そこでフラムは一つの解決策を導き出した。

『私自身がアンズーになることで、苦手を克服できるのでは?』

たぶん無理だ。

しかし、今日も道端を歩く大量のアンズーと遭遇し、精神的に疲弊していたフラムは、その欠点に気づくこともできなかった。

そして店主に言われるがまま、『その姿をミルキットさんに見せたらきっと喜んでくれますよ』と口車に乗せられ、わざわざローブも手に入れ、着替えてから戻ってきたのである。

「そっか、ミルキットも私のことを心配してくれたんだね……」

もはや二人の間に多くの言葉は不要であった。

ミルキットがエターナに聞いたことや、おそらく誰かからあの店のことを聞いて、フラムのために服を手に入れたこと――その全てを、フラムは一瞬で悟った。

ミルキットもまた、フラムの考えを瞬時に理解する。

「ご主人様……まさか同じ考えにたどり着くなんて。こういうのが、夫婦、というものなんでしょうか」

たぶん違う。

だが二人の胸にこみ上げる愛おしさに比べれば、そんなものは些末な問題である。

フラムはミルキットの手を取って、指を絡めた。

「同じ世界、同じ場所、同じ時間に生きて……一緒にいるほど、夫婦って似ていくものなんだよね」

「はい……私、もっとご主人様のお嫁さんになりたいです」

「私も、自分の中にあるミルキットの割合を、もっともっと増やしていきたいな」

「もういっぱいだと思っても、まだご主人様は膨らんでいきます。今日だって、その格好をしたご主人様を見るだけで胸がどきどき高鳴ってるんです」

「私もだよ。誰よりも綺麗で可愛いよ、ミルキットアンズーは」

「ご主人様アンズーは、世界で一番凛々しくて、かっこいいです」

「む、かわいさはないの?」

「もちろん可愛さもありますよ。その部門でも、文句なしの世界一ですからっ」

「んふふー、ありがとミルキット」

ぎゅっとミルキットを抱き寄せるフラム。

ミルキットはそんなフラムの背中に腕を回し、体を密着させる。

どきどきと高鳴る胸の音を、肌越しに感じる。

「ところで、ミルキットアンズー」

「なんですか、ご主人様アンズー」

「今のミルキットアンズーを見てると、その……フラムアンズーのアンズーな部分が、我慢できそうにないんだけど」

「私もそうです。この服を着た時点で、ミルキットアンズーもそのつもりでしたから、我慢しないでください、ご主人様アンズー」

至近距離で、ミルキットアンズーはフラムアンズーに潤んだ瞳を向ける。

その色っぽさに、フラムアンズーは引き寄せられ、軽くついばむように唇を重ねた。

「はふ……にゃんっ」

ミルキットアンズーが鳴くと、フラムアンズーの鼻息が荒くなる。

少し乱暴めに、二度目のキス。

「にゃぁん……」

「はぷっ、はむっ、にゃんっ、にゃんっ」

気分が乗ってきたのか、フラムアンズーもにゃんにゃんと鳴き出す。

「にゃーんっ、にゃんにゃんっ」

「にゃううぅんっ、にゃんっ!」

すっかりアンズーににゃりきって、じゃれあう二人。

意味のある言葉ではなかったが、間違いなく二人は通じ合っていたにゃ。

「にゃんっ、にゃんにゃぁんっ!」

立ったみゃみゃ抱き合っていた二人は、そのみゃみゃベッドに移動したにゃん。

そこでにゃんにゃん。

にゃにゃ、にゃにゃん、にゃん。

「にゃうぅぅっ!」

にゃにゃん。

にゃ、にゃるいはにゃん、にゃんにゃかにゃん。

「にゃんっにゃんっ!」

「にゃにゃぁーんっ!!」

にゃんにゃん、にゃ、にゃにゃるにゃん――

◇◇◇

そして、フラムはアンズーの克服に成功した。

今では道端でプチアンズーに絡まれても、怯えることなく撫でることができる。

噂のアンズーカフェや、アンズーショップ、アンズーショー、アンズーホテルなど、あらゆるアンズーコンテンツを、ミルキットと二人で楽しむことができるようになった。

「あ、見てくださいご主人様! あのプチアンズー、こっちに走ってきますよ!」

ある日のデートの途中、公園に立ち寄ったフラムとミルキットに、他の人が飼うプチアンズーが駆け寄ってくる。

ミルキットはしゃがみ込み、人懐こくじゃれる茶色い毛玉の頭を撫でた。

フラムも同じように体を撫でたが――

「……ご主人様?」

その表情は、なぜか晴れない。

もうアンズー嫌いは克服したはずなのに、どうして。

不安になったミルキットは、プチアンズーと別れたあと、二人でベンチに座って事情を問う。

「ご主人様、もしかして私……無理をさせていたんでしょうか」

「ううん、違うのっ! プチアンズーは、平気なんだ。すっごくかわいいと思うし、何だったら一緒に暮らしてもいいと思えるぐらい好きだよ!」

「でしたら、先ほどの表情はどうしてなんですか?」

「……それは」

口ごもるフラム。

しかしミルキットに隠し事はできない。

フラムは素直に、全てを彼女に話すことにした。

「この前、ミルキットがあの服を着たおかげで、アンズーが平気になったわけじゃん?」

「はい、そうみたい、ですね」

「それでね、確かにプチアンズーを見て可愛いとは思うの。でも……」

刹那の逡巡。

だがお腹に力を入れたフラムは、重い唇を開き、真実を告げる。

「プチアンズーを見るたびに、あの日のミルキットと重なるの」

「えっ……」

「そうなると、可愛いを通り越して、なんというか……胸がドキドキするというか」

「そ、それはもしかして……」

「体が熱くなって、率直に言うとムラムラするというか!」

「ご主人様?」

「もちろん相手はミルキットに対してなんだけど、でもプチアンズーを見てるとそういう衝動が抑えられなくなるの!」

「ご主人様ーっ!?」

フラムはアンズーへの恐怖を克服することができた。

だが同時に、これまで見たことのない、新たな世界へ続く扉を開いてしまうのだった。