軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話4-3 理想と現実

ジェリルに連れ去られたインクは、地下遺跡らしき空間で乱暴に投げ捨てられた。

その両手は、キマイラが吐き出した蜘蛛の糸で縛られており、自由に動くことはできない。

(まだ……王国が把握しきれてない遺跡が残ってたなんて)

四年のうちに調査が進み、その全貌は明らかになりつつあった。

だが、迷路のように入り組んだ地下遺跡には、まだ調査漏れがあったのだろう。

そこを神の血脈は根城にして、コンシリアで破壊活動を繰り返していた。

室内は遺跡という割には生活感に溢れており、隅のほうには食料や衣類などが積み上げられていた。

しかし他の人間や魔族の姿は無い。

「誰もいないのはねぇ、全員がこの聖戦に参加してるからだよぉ」

聞いてもいないのにジェリルは答えた。

インクは無視したが、それでも彼は話を続ける。

「キマイラと融合に成功した 兄妹(・・) もたくさんいてぇ、もちろん構成員もいるからぁ、もっとたくさんの人が 陽動(・・) に参加してるんだけどぉ」

インクの眉がぴくりと動く。

彼は今――“陽動”と言ったか。

「そりゃあねぇ、こっちが本命だからさぁ。わかるでしょ? シンボル。オリジン教における教皇やぁ、聖女みたいなものぉ。宗教にはぁ、決まってそういうのが必要なんだよぉ」

「あたしはあんたたちに協力なんてしないっ!」

「別にぃ、それでもいいよ? 意思とか関係ないしぃ」

そう言って、ジェリルはインクの首根っこを掴んで引きずり移動する。

部屋の奥にある重厚な扉を開くと、その向こうから腐ったような臭いが溢れ出してきた。

思わず顔をしかめるインク。

そして怪しげな緑の光に包まれた室内に、彼女は乱暴に投げ捨てられる。

「あうっ……」

地面に叩きつけられ転がるインクは、とある人物の前で止まった。

「ようこそ、インク・リースクラフト。私はディード、知っての通りディーザ様の息子さ。君を待っていたよ」

髪の長い魔族の男――ディードは、両手を広げて彼女を歓迎する。

後にも先にも、ディーザが直接名前を付けた子供は彼だけだろう。

顔を見てみれば、目つきや鼻筋がよく似ている。

母親はディーザお気に入りの生徒で、彼が幼少時に可愛がられていたのは、それも理由の一つなのかもしれない。

インクが彼を見たとき、真っ先に感じたのは生理的嫌悪感だった。

言うなれば、昔のジーンにさらにねちっこさを足したような不快さ。

すぐさま憎悪のこもった視線を向けるインクだったが、すぐに彼の背後にあるものに気づき、戦慄する。

「わかるかい? あれは、次なるオリジン様さ」

ディードは薄ら笑いを浮かべ言った。

オリジン――すなわち、壁にぶら下がっているのは人の体であった。

だがオリジンの一部に取り込まれていた人間とは違い、若干腐敗している。

はりつけられた人体は一体だけではなく、無数に――部屋の壁をびっしりと埋め尽くしていた。

その脳と脳は錆びたパイプで繋がれており、時折その口から小さなうめき声が聞こえてくる。

「こ……こんなもの……っ」

「作ったってオリジン様は蘇らない、かい? 違うよ、インク・リースクラフト。あれは神ではあったが、元はただの施設だ。システムだ。人類に恵みを与えるための、エネルギーを生成する道具にすぎない」

「どういう、こと?」

「その気になれば、また作れると言っている。私たちの父、ディーザ様が こういうことも(・・・・・・・) あろうかと(・・・・・) 用意しておいた、この――」

インクの前から離れるディード。

彼は床に置かれた本を持ち上げ、見せつける。

「オリジン様の設計図があればね」

あくまでそれは、生前のディーザがオリジンの設計を解析し、書き記したものにすぎない。

ゆえに、本来の設計図とは異なる点もあり、完全とは言い難いが――だがそれでも、劣化しているとはいえ、オリジンもどきの装置を作ることはできた。

「だがこのオリジン様には魂が足りない。神を神たらしめるのは、どこまでも自己中心的な、神に相応しい人格があったからだ」

「あれにあたしを組み込もうとしてるの? だとしたら無駄だから。むしろあたしがあれを乗っ取って、お前たちを殺してやるっ!」

「わかっているさ、それが不可能なことぐらい。別に君自身に用があるわけじゃないんだ」

ディードはしゃがみこむと、インクの頬に人差し指で触れる。

そのまま顎を撫で、首を通り、服の襟に引っ掛け――力を込めて、シャツを切り裂いた。

胸元が開き、年齢の割には背伸びした下着があらわになる。

「大人ぶりたいお年頃か」

「黙れ変態っ!」

インクは涙目で怒鳴りつける。

屈辱だった。

こんな男に見られるために、とっておきの下着を選んだわけじゃないというのに。

「まあ、要するに私が欲しいのは君の肉体に染み込んだ、オリジン様の力というわけだ。生まれてすぐに心臓とコアを取り替えられた 螺旋の子供たち(スパイラル・チルドレン) 。その体に残った残滓は、キマイラたちの比ではない。それを――搾り取る」

「どう、やって?」

「文字通りだよ。まずは不要な心臓や皮、爪、髪などを切除する。その後、残った血肉、骨、臓器を細かくすりつぶして液体状にし、そこからオリジン様の力だけを抽出するんだ」

そう語るディードは、どこか楽しそうだ。

対照的にインクの顔は恐怖に引きつっていく。

「人の意思とは脳だけに宿るのではない。臓器や骨、血にも宿る。ならば元は人間であったオリジン様も同じだと考える。抽出されたオリジン様の力には、彼の意思が宿っているはず。それを大事に育て上げ、再誕させるのさ。文字通り、第二のオリジン様をね」

息継ぎも入れずに続けざまに語る。

その途中、彼は一度も瞬きをしなかった。

瞳には不気味な狂気を宿して、頬を赤らめ興奮している様子である。

「オリジン様が復活したとなれば、再び彼を信仰する者も現れるだろう。喜ぶがいい、インク・リースクラフト。これまでは君がオリジン様の一部だったが、今度はオリジン様が君の一部になるんだ。そうだ、聖母として書物に名前を残そう、それがいい! 君はオリジン様の母、そして私がオリジン様の父。ははは、夫婦になってしまったね、いっそ生きている間に誓いの口づけでもしておくかな?」

「も……もう聞きたくないっ! エターナ、助けてよっ、エターナぁぁぁっ!」

あまりのおぞましさに、思わずインクは叫んだ。

もちろん声が彼女に届くことはなかったが、しかし名前を呼んでいる間は、少しだけ気が紛れる。

「冗談だよ、そんな子供のように泣くことないじゃないか。しかしどうだろう、これは考えようによっては、君への救いにならないだろうか」

必死で首を振るインク。

拒絶しているのか、はたまた恐怖のあまり思わず取ってしまった行動なのか、本人にもわからなかった。

「どうあがいても君の体は人でなしだ。人にはなれない、普通などもってのほか。聞けば、君は被験者としても出来損ないの役立たずだったそうじゃないか。つまり、その存在価値は、オリジン様の力を蓄えるためだけにあったんだよ」

「ち、違う……あたしはっ!」

「だからエターナ・リンバウも受け入れない」

「っ……」

「君の想いが遂げられないのは、君が根っこの部分で人ではないからさ。わかりあえないんだ、どうあがいたって」

インクには過去、そういう経験があった。

マザーや他のチルドレンたちとともに、施設で暮らしていた頃の話である。

第一世代チルドレンであった彼女は、第二世代との間に、心や言葉では埋められない隔絶を感じていた。

だから施設を飛び出し、フラムの家に住み着いたのだ。

それと同じことが、今また起きている。

「あ、あたし……は……エターナと、一緒、に……だって、さっきも、助けてくれて……」

「しかしそれまでだ。そのあと、まさか都合よく自分の想いを受け入れてくれると思ったわけではあるまい? 結局は同じことの繰り返しさ、彼女のもとに戻ったところで、叶わないし、報われない」

「そんなことない……そんなことないもんっ!」

その言葉に、根拠なんてない。

実際、エターナにはこっぴどく振られ、拒絶されたばかりなのだ。

彼女は優しい。

インクに心臓と目を与えてくれた。

右腕を失っても見捨てなかった。

だから今回も助けてはくれるだろう。

しかし問題はそのあとである。

いや、全てはインクが我慢をして、気持ちを封じてしまえば解決することなのだが――それで終わる、思春期にありがちな一時の気の迷いなら、四年も続くはずがない。

「健気なことだ」

ディードは優しい口調で言うと、床に置いてあった半分錆びたナイフを手に取る。

「まあ、未来のことを話しても仕方ない。どうせ皮を剥がれてすり潰されて死ぬのだから」

「ひっ……ひいぃ……」

体をよじって離れようとするインクだったが、逃げられるはずもない。

祈るように「エターナ助けて」と何度も何度も繰り返す。

そんな彼女に向けて、ディードは冷たく言い放った。

「助けなどこない。英雄を超える力をもった十の適合者と、自らの命を厭わぬ百の構成員によって、コンシリアに混沌が訪れる。王都が崩壊したあの日の惨劇が、再現されようとしているのだ。誰も彼も、そちらの対応で手一杯さ」

◇◇◇

地面が揺れ、大聖堂のほうから大きな爆発音が響き渡る。

それに反応して、泡立て器を握るキリルの手の動きが思わず止まった。

そして大きなため息をつく。

「またあいつら……」

神の血脈の仕業であることはすぐにわかった。

ジーンの実験が失敗した可能性も考えられたが、それなら爆発するのは王城なはずである。

フラムが不在になる時点で、彼らがなにかしら行動を起こすだろう――と誰もが警戒し、実際兵士も多めに配備されていたはずなのだが、その網もくぐり抜けたということか。

同じく泊まり込みで修行していた同僚たちはもちろん、店主――つまりキリルの師匠も、窓から外の様子をうかがっている。

彼女も窓に近づくと、大聖堂から煙が上がっているのが見えた。

大聖堂内部での犯行――それは容易なものではない。

当然、警備も厳重だし、なによりあそこには一流の光属性使いたちが揃っているのだ。

侵入は不可能。

となれば、内部の裏切り者による犯行と考えるのが自然だろう。

オリジン教の影響を完全に消し去るのは難しい、とセーラも悩んでいた。

神の死を受け入れられない何者かが、神の血脈にそそのかされ、爆弾を仕掛けたと思われる。

街を歩く人々も足を止め、ざわついている。

キリルはもう自らの意志で戦いに赴くつもりはないが――これは話が別だ。

コックコート姿の彼女だが、エピック装備はなおも健在である。

師匠に声をかけ外に出ようとするキリル。

しかし、その直後に激しく地面が揺れた。

「きゃあぁぁぁあっ!」

「な、なにっ、地震!?」

「落ち着いて物に掴まれ!」

店の中もにわかに騒がしくなる。

同僚たちは甲高い叫び声をあげ、しゃがみこんだ。

一方でキリルはその場に両足で立ち、冷静に周囲を警戒する。

異変が起きたのは外だった。

店内と同様の揺れに襲われた通りでは、人々が怯えとどまっている。

その足元が、突如隆起した。

「……来る!」

ぞくり――と背筋が冷たくなる殺気を感じたキリルは、コック帽を置いて窓を開き外に飛び出した。

そして着地と同時に、全身の装備を装着。

剣、篭手、鎧、ブーツ、グリーブ――全身に白銀を纏い、現れる敵を迎え撃つ。

逃げながらも、人々はさっそうと現れた勇者に歓喜した。

しかし喜びもつかの間、その声はすぐにまた悲鳴に変わる。

大量の土を巻き上げながら、巨大なモンスターが地中から這い出てきたのだ。

(敵は二匹……この見た目、飛竜型と人狼型?)

キリルの知るものとは微妙に形が違うが、間違いなくそれはキマイラだった。

フラムから生き残りがいることは聞いていたが、神の血脈が、それを操るほどの力を持っていたのは初耳だった。

グオォォオ――と咆哮を轟かせる飛竜型。

人狼型はその肩の上に立ち、キリルを見下ろしていた。

「ブレイブッ!」

彼女は迷いなく、その魔法を発動させた。

ステータスが約三倍まで跳ね上がる。

ケーキ屋で修行をしているとはいえ、キリルにだって多少の成長はある。

すべての能力値は24000近くにまで上昇し、敵を かろうじて(・・・・・) 上回る。

そう――それでもギリギリなのだ。

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クーザ

属性:風

筋力:23331

魔力:18523

体力:24163

敏捷:20732

感覚:19234

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ミレイ

属性:光

筋力:16234

魔力:23174

体力:13675

敏捷:26832

感覚:16821

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飛竜型、人狼型ともに、信じられないほど高いステータスを誇っている。

一人ならともかく、これを二人同時に相手するのは、いくらキリルでも厳しい。

だからこそ、神の血脈は確実に潰すために二人よこしたのだが。

(にしてもこの名前、なに? クーザとか、ミレイとか、キマイラじゃない?)

モンスターならば、種族名が表記されるのが普通だ。

しかしこれではまるで、魔族の名前のようではないか。

キリルがそう思っていると、飛竜型の頭上から上半身裸の男がずるりと現れる。

同時に、人狼型の顔がぐにゃりと歪み、青い肌の女性のものに変わった。

「審判のときだ、勇者よ。愚かな民とともに死ぬがよい」

男――クーザは低い声で言い放つ。

仰々しい物言いだ。

自分に酔った人間にありがちな、いかにもな言い回しに、キリルは思わず笑ってしまった。

「はっ、オリジンが死んだのを受け入れられなくて、駄々をこねてるだけのくせに」

「あなたにお兄ちゃんのなにがわかるって言うの!?」

激昂するミレイ。

どうやら二人は兄妹のようだ。

キリルにとっては、心底どうでもいいことだが。

「ここでみんなを殺したってオリジンは蘇らない」

「いいや、蘇る。次代のオリジン様が、もう少しで生まれるのだ」

「現実逃避しすぎて、ついに夢との区別がつかなくなったの?」

「それはこっちのセリフ。オリジン様は蘇るし、あんたはここで死ぬの! お兄ちゃん、やっちゃって!」

妹はキリルを指差し、クーザが手を前にかざした。

「トルネード・イリーガルフォーミュラ」

放たれる渦巻く風。

同時にワイバーンの口から炎が吐き出され、紅の旋風となってキリルに迫った。

“シールド”を発動し防ごうとした彼女だが、それでは流れ弾による犠牲者が出ることに気づく。

慌てて剣を前に突き出し、

「ブラスターっ!」

まばゆい光の帯で、敵の攻撃を打ち消すことにした。

ゴオォォオオオッ!

空中で衝突し、激しい衝撃波に、まだ逃げ切れていなかった一般人の体が吹き飛ばされる。

見た限り死者はいないが、怪我人は避けきれないだろう。

キリルの意識が民衆に向いている隙に、ミレイは素早く彼女の背後を取った。

「オーラ!」

「きゃあっ!?」

キリルはすかさず衝撃波を放ち、ミレイのバランスを崩す。

振り向きざま、よろめく彼女の胸に刺突を繰り出した。

「まだよ、シャイニィング!」

直後、まばゆい光によって視界が純白に染まる。

光が消えても明かりは焼付き、目が使いものにならなくなってしまった。

「テンペスト・イリーガルフォーミュラ」

「フォトンフューリー・イリーガルフォーミュラっ!」

クーザとミレイが大魔法を繰り出す。

一方は巨大な竜巻、もう一方は無数の光の粒子――どちらも広範囲に影響を及ぼすものだ。

(私にトドメを刺そうとしてる?)

そう考え身構えるキリルだが、先ほどまで絶え間なく向けられていた殺気を、今は感じない。

(狙いは私じゃない……まさかっ!?)

ひるませる間に、あの二人はなんの罪もない民衆を殺そうとしているのだ。

最初に比べればかなり散ったが、それでも魔法の範囲内にはまだ多くの人間と魔族が残っている。

このまま魔法が発動すれば、犠牲者はそれだけで三桁――ひょっとすると四桁に到達するかもしれない。

「こういうの私、向いてないんだけどな」

自己犠牲はフラムの専売特許だ。

だが今は、やるしかない。

嫌々ではなく、そうするべきだと、自分の意志で思っている。

だがそれは、『みんなを守りたい』などという正義に満ちた理由ではない。

フラムに嫌われるのがいやだとか、お店がボロボロにならないでほしいだとか――個人的なものばかりなのだ。

だがそれでいいと思う。

無理をして勇者ぶるよりも、よっぽど気持ちが楽だ。

まだまともに目も見えないが、二人の放った魔法が徐々に範囲を拡大しているのは肌で感じられる。

キリルは地面に剣を突き立てると、“オーラ”と似た要領で魔力を発散させ――ある程度まで広がったところで、留める。

「プリズンッ!」

クーザ、ミレイ、そしてキリルの周辺が、半球形のドームに包まれる。

テンペストもフォトンフューリーも、ドームを形成する透明の膜に触れると、それ以上、外に広がることはできない。

逃げる人々は救われた。

しかし、“プリズン”は魔法の威力を減衰させるものではない。

切り取られた空間の中で、さらに密度を増して暴れまわるのである。

「愚かな、自分で自分を追い詰めるか」

「自己犠牲の精神ってやつね。勇者らしくて泣けるわ」

徐々に視界は回復しつつある。

だが見えないほうがよかったかもしれない。

間を抜けられないほど密集した光の粒がキリルに迫る。

逃げようにも荒れ狂う風で思うように身動きが取れない。

万事休す。

クーザとミレイは勝利を確信し、兄妹らしく似た笑みを浮かべる。

そんな彼らを見てキリルは思った。

(テロリストなんかにならなければ、今の世界なら幸せに生きられただろうに)

つまり、自分が死ぬとは露とも思っていない。

彼女はまだ、本当の力を見せていないのだ。

ならばなぜここまで出し渋ったのかと言うと――これもまた、非常に個人的な理由なのだが、

(あーあ、ただでさえブレイブで体がきついのに、こんなことしたら三日は起きられないんだろうな)

ということだ。

フラムの故郷、パトリアまでは順調にいけば馬車で三日。

往復で六日。

滞在期間は五日と言っていたから、戻ってくるまであと十一日。

その間に、 準備(・・) を済ませなければならないのだ。

そのための合宿だった。

だというのに、こんなくだらないやつらの相手で三日も潰されるなんてまっぴらごめんだ。

しかし、仕方ない。

フラムが戻ってきたときに、街がめちゃくちゃになっていたら、 それ(・・) どころではないだろうから。

「終わりだ、罪深き偽りの勇者よ」

「切り刻まれて、弾け飛んで死になさぁいっ!」

嵐は無数の風の刃を内包し、人体などたやすく切り裂く力で勇者に迫る。

光は触れた瞬間に炸裂し、あらゆる物体を消滅させるほどの威力を秘めて勇者を囲む。

キリルは――剣を両手で握る。

真っ直ぐ垂直に立てられた銀の刃に、リラックスした彼女の表情が写り込んだ。

葛藤の末に得た真理は、『好きなように生きること』。

キリルは勇者ではあるが、それは彼女の人生を縛る枷ではない。

属性などしょせんは道具でしかないのだ。

勇者の力を使って悪になってもいいし、お菓子屋さんになったって構わない。

それに気づいてしまえば、心はどこまでも軽くなる。

魔力とは、感情に左右されるもの。

以前と異なる心の在り方を得たキリルは、新たな魔法の形、新たな可能性を得たのである。

ぶっつけ本番だが、 勝手(・・) はブレイブと一緒。

なら、失敗する心配もない。

「ブレイブ・リバレイト」

ゴオォウッ!

“オーラ”を発動したとき以上の力の奔流が、プリズンの内部に吹き荒れた。

それはクーザの巻き起こす嵐をかき消し、ミレイの放った光の粒を一瞬にして消し去った。

キリルの体は、いつになく軽かった。

まるで心の変化が、そのまま肉体にも反映されたかのようだ。

彼女に記憶は無いが、フラムと戦ったとき、キリルが“螺旋覚醒”という魔法を使ったことは話に聞いている。

それはブレイブのステータス上昇に上乗せして、さらに数倍に能力を引き上げたのだという。

仕組みはそれと同じだ。

クーザとミレイはキリルの体から発せられる圧倒的な力に困惑し、反射的にスキャンを発動した。

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キリル・スウィーチカ

属性:勇者

筋力:83152

魔力:86421

体力:81729

敏捷:86728

感覚:81058

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そして絶望する。

「なんだ……その力は」

「私たちはキマイラの力を使ってようやくここまで来たっていうのに……それを越えていくの!?」

「なんと不公平なことか、神は我らを救わなかったというのに」

「大した苦労もせずに、ただ偶然、生まれたときに勇者の力を持ってたからって!」

失望を越えて、彼らはキリルに憎悪を向け始めた。

妬み、嫉み――二人を突き動かすのはそんな感情だ。

どんな不幸が、彼らの過去にあったのかはしらない。

おそらくディーザの子供なのだろうが、彼のせいで家庭がめちゃくちゃになったのかもしれない。

だが、キリルにはこれっぽっちも興味がなかった。

彼女は二人を哀れみ、苦笑する。

「そんなことを言われても困る。こんな力があったって幸せになれるわけでもないんだから」

「力があるからこそ、持っているからこそ、そんなことが言えるのよ!」

「でも、力がなくてもうまくやってる人はいるよ。あなたたちも神の血脈なんかに入らなければ、それなりにやれてたんじゃないかな。というか、もしかして馴染めなかったとか?」

「黙りなさいよ、温室育ちの世間知らずがぁぁぁっ!」

品性のかけらもない醜い面で、ミレイは地面を蹴りキリルに迫った。

「ジャッジメント・イリーガルフォーミュラ!」

同時に光の剣を作り出し、真正面から射出する。

わけのわからない魔法で強化されたのかもしれないが、ご自慢の敏捷性ならば圧倒できる――キリルはミレイから、そんな過信を感じた。

目にも留まらぬ速度でキリルの背後を取り、爪で心臓を狙う。

前方には光の剣、後方からは鋭い爪撃。

隙のない、一人挟み撃ち。

「もらったぁっ!」

キリルはその攻撃が命中する直前まで動かなかった。

ミレイはそれを『反応できなかった』と判断したようだが、それは違う。

反応する(・・・・) 必要がなかった(・・・・・・・) のである。

キリルは体の向きを90度変えると、右手で光の剣を受け止め、左手でミレイの腕を掴んだ。

普通ならどちらも、腕ごと弾け飛ぶ威力だ。

しかし今の彼女にとっては、軽く指先で突かれた程度の威力である。

つまり、無傷。

むしろ、うかつに接近してきた敵の腕を拘束することに成功した。

「とりゃっ!」

キリルはボールでも投げるように、ミレイの体を、クーザに向けてぶん投げた。

「あ――」

瞬間、ミレイの意識がかき消えた。

あまりの速度に、脳が耐えきれなかったのである。

そしてそのまま、彼女が目を覚ますことはなかった。

彼女の体は弾丸と化し、飛竜型の胴体に直撃したのである。

「ぐおぉぉおおおっ!」

クーザはとっさに魔法でガードを試みたようだが、付け焼き刃の風の壁で止められる威力ではなかった。

ミレイは兄の腹に突き刺さると、貫通し背中から飛び出して、そのまま壁に叩きつけられバラバラに飛び散った。

キリルが思わず「うぇ」と声を出してしまうほどの有様だったが、相手は魔族と同化しているとはいえ、あのキマイラである。

同情の余地などない。

「ぐ……ぬお、なんという……残酷さ、だ……我が妹を、武器にするなどと……!」

「ここにいただけの人たちを殺そうとしたやつに言われたくはないかな」

「異教徒の命とミレイの命が比べられるはずもなかろう! その罪、貴様の死をもって償えぇぇぇぇぇッ!」

血を流しながらも、翼をはためかせキリルに飛びかかるクーザ。

その巨体から繰り出される一撃は、体の重みも加わり筋力以上の威力だ。

迫る飛竜の爪を見て、キリルは――

「はぁ……」

心底呆れた様子でため息をついた。

そして地面を蹴り、前進。

即座にクーザの体の下に入り込むと、

「ふっ!」

その腹を、軽く真上に蹴り上げた。

「ごがっ……! ぬ、おぉおおおおおっ!」

飛竜の巨大な体が、空中高くに打ち上げられる。

そのスピードは一向に緩む様子なく、ひたすら高度をあげていくクーザ。

さらにキリルは、剣を上空目掛けて放り投げる。

「アルターエゴ・ミリオンブレイド」

彼女がそうつぶやくと、剣は空中で無数に分身し、そのすべてがなおも上昇を続けるクーザを追いかける。

「スフィアシフト」

キリルの意思に従い、剣は立体的に、球の形となって敵を取り囲んだ。

そして、クーザの上昇が止まったところで――

「ブラスター」

それらすべてが一斉に、刃から光を放つ。

「まっ――」

彼は『待ってくれ』とでも言おうとしたのだろうか。

明らかなオーバーキルを前に、敗北を悔しがることすらできずに、熱線はキマイラもろとも焼き尽くす。

一瞬で皮膚が溶け、次の瞬間には肉は焦げており、さらに刹那をの時を経て、肉体の全ては欠片も残らず蒸発した。

仕事を終えた剣が回転しながら落ちてくる。

「よっと」

器用にその柄を握ったキリルは、踊るようにくるりと回してから、鞘に収めた。

その後、「ふぅ」と息を吐いて体から力を抜くと、すべての装備が粒子となって消える。

コックスタイルに戻った彼女は、特に汚れてはいないが念のため服を叩くと、どうにか無事だった店のほうを振り向く。

窓から見ていた同僚たちが、目をキラキラさせながら拍手していた。

先程までは腰を抜かしていたというのに、呑気なものである。

師匠も興味無さそうにそっぽを向いているが、間近でキリルの戦いを見られて嬉しかったのか、心なしか口元がニヤついていた。

「とはいえ、褒められるのも今のうちなんだろうけどね」

キリルはこのあとに起きることを知っている。

とりあえず店に向かってピースサインを作ると、ほぼ同時に体からふっと力が抜け――彼女は背中から仰向けに地面に倒れた。

無茶をした反動だ。

ブレイブ自体も久々だったので、その負担は相当なものだろう。

徐々に意識が薄らいでいく。

こうして寝ていると、背中に地面の揺れをはっきりと感じられる。

おそらく別の場所でも同じように戦っている誰かがいるのだろう。

しかし、不安はない。

むしろ、おそらくフラムが居ない隙に総力戦を仕掛けた つもり(・・・) でいる神の血脈のほうが心配だった。

「みんな怒らせると怖いから、ろくな死に方しないだろうな……」

大切な人を得た者は、以前よりも優しくなれるが、同時に他のなにかを切り捨てる残酷さも内包する。

だが、特にテロリストの無事を祈る必要もないので、キリルは「まあいっか」と流した。

そして瞳を閉じる。

すると一気に眠気が襲いかかってきて、そのまま彼女は意識を手放した。