軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リュドヴィック=ベルトラン

リュドヴィック゠ベルトランは天才だった。

学問、武道、作法など、大抵のことなら一度見聞きすればすぐに修得することが出来た。しかしそれ故、リュドヴィックの人生はツラいものであった。

父や兄達は皆ぼんくらだった。第一位貴族でありながら、他の第一位にへつらい、身分を笠に着て下位の者をいびることしか出来ない父は、天才のリュドヴィックを忌み嫌った。早々に後継ぎを長男に決めることで、リュドヴィックの家での立場を低いものにした。その父に呼応して、長男と次男もリュドヴィックを苛めるようになっていった。

そんなツラい環境の中、唯一の味方が姉のクロエだった。クロエがいたから過酷な日々に耐えることが出来た。

しかしクロエは、卒業と同時に父の借金の肩代わりとしていなくなってしまった。それも相手は第二貴族である。父が愚かだったせいで、大事な姉がいなくなってしまった。愚かであるのに、長男と言うだけで後継ぎになれる。愚かな者が上に立ったせいで、自分とクロエが不幸になってしまった。

こうしてリュドヴィックは、愚かであることは罪と考えるようになった。

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「イヴァン、其方は生徒会役員に相応しくない。前期終了を以て解任する」

生徒会室にジャンヴィールの非情な言葉が響いた。ジャンヴィールの傍らには、憐れむ目をイヴァンに向けるリリアーナが立っている。先日の一件以来、リリアーナは身分を笠に着て自分の考えを封じ込めようとしたイヴァンを警戒するようになった。優秀な者が正しく評価される社会を目指すリリアーナには、イヴァンの言動は認められないものであった。そしてその考えはリリアーナだけのものではなく、ジャンヴィール、ガストン、リュドヴィックも同じ考えであった。レジスだけは若干違って、惚れた弱みでリリアーナに同調していた。

こうしてイヴァンは、不適格と見做され解任させられてしまった。しかし本来なら不名誉である解任も、イヴァンにとっては喜ばしいものであった。いずれ沈むことが目に見えている船から降ろされるのだ。シルヴェーヌ第一妃からの密命があるため自ら辞めることが出来なかったが、ジャンヴィールの命であれば胃が痛い状況から解放される。ジャンヴィールが適当な解任理由を述べているが、イヴァンにとってはどうでも良いことであった。

(解任だから経歴に傷はつくけど、この状況から抜け出せるなら些細なこと。

はぁ~、眠れない日も終わるんだ・・・。神様、救いの手を差し伸べていただき感謝いたします)

「以上が、其方を生徒会役員から解任する理由である」

ジャンヴィールの説明が終わり、ようやく解放されることにイヴァンは喜びを胸に「はい」と答えようとしたが、その願いは突然の来訪者によって叶うことはなかった。

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勢いよく扉を開けると、ローレットは生徒会室に突っ込んでいった。突然のことに、ジャンヴィール達生徒会役員だけでなく、ローレットの友人達も誰もが驚きのあまり何も反応できなかった。

皆の唖然とした表情を向けられる中、ローレットはジャンヴィールの正面に立つ。

「ジャンヴィール様、解任では醜聞が立ちます。辞任にすべきと進言します」

「――っな!?ローレット!貴様ッ、ノックもせず、無礼ではないか!」

「それは失礼しました。ですが、ジャンヴィール様の声が廊下まで響いておりましたので」

ローレットの言葉にジャンヴィールは何も言えなくなってしまう。声を荒げるなど優雅さに欠ける行為である。まして生徒会室の扉は厚い。それが外まで聞こえたということは余程である

(ふふ。半分嘘ですけど、確かめようがありませんものね)

例の如く、ジャンヴィールに リリアーナ(第五貴族) の生徒会入りに苦言を呈すために訪れたところ、「イヴァン、其方は生徒会役員に相応しくない。前期終了を以て解任する」とジャンヴィールの声が聞こえてきた。ノックしようとした手が止まり、何事だろうと耳を澄ますがもう声は聞こえてこない。ジャンヴィールが大声を出すなど余程のことである。何が起きているのか気になったローレットは、扉に耳を当て中の様子を窺ったのだった。

(無作法ですし、ユーラリーに注意されましたが、盗み聞きした甲斐はありましたわ)

「ジャンヴィール様。先程色々と理由を述べていましたが、イヴァンが生徒会役員として問題なく職務を果たしていたのは誰もが知ることです。それをもっともらしい理由をつけて解任しては、却って悪い噂が立つというものです。ジャンヴィール様は感情で決断する方と」

「なッ!?」

「義姉上!ジャンヴィール様に失礼ですよ」

「そうです。ジャンヴィール様はその様な方ではありません。ローレット様、言いがかりは止めてください」

「レジス、私はジャンヴィール様の身を案じているのです。隙をつくって、 エドワード王子(第二王子) 派を勢いづかせて良いのですか?」

「そ、それは・・・」

「本来なら、これはあなた達の役割ですよ。唯々諾々とジャンヴィール様の言葉に従っているだけはいけません」

「それって、どういう意味ですか?ジャンヴィール様が間違っているって言うんですか?」

リリアーナが口出しをしてくるが、これまで通りローレットは見向きすらせず徹底的に無視する。第五貴族が断りもなく上位に話しかけることは無礼なので当然である。しかし、ここ生徒会室は彼らのホームであり、彼らの主義や考えが正しい場所である。ローレットの態度は許されるものではなかった。

「ローレット。貴様、リリアーナに失礼であろう。いい加減、無視するのを止めよ。何故そこまでリリアーナを侮辱するような真似をする。まさか嫉妬しているわけではあるまい。其方は何故か昔から私を嫌っていたしな」

「酷いですッ!いつもいつも私を無視して。私が何をしたっていうんですか!?」

ジャンヴィールの言葉にローレットは唖然としてしまう。

(え?何を言ってるの?会う早々「お前の顔は、性格の悪さが滲み出ている」と私を侮辱したのはそちらでしょう。何故も何もないでしょう)

ローレットが何も言えず唖然としているのを、ジャンヴィールはショックを受けたと勘違いしてしまう。優位に立てたと思い、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「ようやく己の罪を理解したか。ならば、まずはリリアーナに謝罪せよ。これまでの非礼を謝れば、許してやっても良い」

「戯言は結構です。それよりイヴァンの件です。本当に解任されるのですか?悪評が立ちますよ」

昔、自分を侮辱したことを覚えていないジャンヴィールへの怒りを抑え込み、ローレットは用件だけを話す。これ以上ジャンヴィールにつき合っていては、いつ感情を抑えきれず爆発させてしまうかわからなかった。

いつもの澄ました感じではない怒りを抑えたローレットの口調に、ジャンヴィールは気圧されてしまう。

「解任してわだかまりが生じては、イヴァンが何をするか?それこそ エドワード王子(第二王子) 派に傾倒するかもしれませんよ」

「えっ?いや、そんな・・・」

イヴァンが慌てて否定しようとするが、ローレットに睨まれて黙らされる。

「辞任なら、イヴァンも納得するのではないですか?」

「そんな保証がどこにある?解任でも辞任でも、辞めさせられたことを逆恨みするかも知れないではないか!」

「それならご安心ください。イヴァンは今後私が面倒を見ますので、ジャンヴィール様の不利になるような真似はさせません」

「は?お前が勝手に決めるな」

「ですが、イヴァンは生徒会役員ではなくなるのですよ。私が側近に勧誘することに、何か問題がありますか?」

反論の言葉が思い浮かばず、ジャンヴィールは歯を食いしばる。

「義姉上、勝手に決めないでください。その様な事、認められるわけないでしょう」

「ならば良案があるのですか、レジス?」

「そ、それは・・・。誓約書を書かせれば・・・」

「まぁ。それでは、まるでイヴァンが罪人のようではないですか。何の罪を犯したのです?罪を犯したのなら、先生方に報告しなければいけませんよ。そもそもどうやってイヴァンに誓約書を書かせるのです。王族の 権力(ちから) でですか?権力で人を従えるのは、ジャンヴィール様の主義に反するのではなくて?あなたも生徒会役員を解任させられてしまいますよ」

「酷いッ!何でそんな意地悪言うんですか?ジャンヴィール様がそんなことするわけないじゃないですか。レジス様、大丈夫ですよ。ジャンヴィール様はそんなことするお方じゃありません」

(イヴァンを解任させようとしているのに?相変わらず言ってることが支離滅裂ですね。前回はそれに応じてしまって、話の通じなさに苛立って罠に嵌められてしまいましたからね。

あぁ~。思い出したら腹が立ってきましたわ。いい加減話を終わらせましょう)

「他に良い案は出ないようですね」とローレットが部屋を見回すも、もう誰からも反論は上がらなった。そのことに満足して、最後に挨拶を述べようとした時だった。壁際で黙って見ていたリュドヴィックが前に出て来た。

「ローレット嬢、君が美しく賢いのはわかるが、男性を立てることを覚えたらどうかな?そう勝ち気では、せっかくの美点も霞んでしまうよ」

真正面からやり合っても不利と見たリュドヴィックは、全く違う方面から攻めてローレットをやり込めようとする。しかし逆に弱点を突かれてしまう。

「リュドヴィック様が女性に何を求めているか知りませんが、誰もお姉様の代わりにはなりませんよ」

「――ッ!」

「今のリュドヴィック様を見たら、お姉様はどう思うのでしょうね?」

「貴様が姉を語るな!」

「あらあら。リュドヴィック様を怒らせてしまいました。怖いので失礼しますね。

皆さん行きましょう。イヴァンも行きますよ」

リュドヴィックの殺気に満ちた目を背中に受けながら、ローレットは生徒会室を後にした。

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「悪いが少し出てくる」

それだけ言うと、リュドヴィックは返事を待たずに生徒会室を出て行った。

付き合いの長いジャンヴィールとガストンですら、激昂したリュドヴィックを見たのは初めてであった。そしてその原因であるリュドヴィックに姉がいたことすら知らなかった。だからこそ、リュドヴィックに声をかけることすら出来なかった。

「あの~、リュドヴィック様のお姉様って?」

リュドヴィックが部屋を出て行った後、静寂を破ったのはリリアーナだった。リュドヴィックが怒った原因であろう姉の事を皆に尋ねるが、答えられる者はいなかった。

「リュドヴィック様、大丈夫でしょうか?

私、心配です。見てきますね」

そう言うと、リリアーナはジャンヴィールが止める間もなく生徒会室を飛び出していった。

廊下の先にリュドヴィックの姿を見つけたリリアーナは、走って追いかける。廊下を走るなんて、生徒の模範たる生徒会役員にはあるまじき行為である。しかしリュドヴィックを心配するリリアーナには、規則のことなど欠片も浮かばなかった。今のリリアーナには「リュドヴィックを放っておけない」という思いだけしかなかった。

「待ってください」

追いついたリリアーナが声をかけるも、リュドヴィックは振り向くことなく歩き続ける。無視されても、めげることなくリリアーナは声をかけ続けた。その状態がしばらく続き、ついにリュドヴィックが折れて足を止める。

「何だ?」

「お姉様のことで、何があったんですか?」

触れて欲しくない事を聞かれ、リュドヴィックはあまりの無遠慮さにリリアーナを睨みつけるも「リュドヴィック様のことが心配で・・・」と言うリリアーナの目には、後ろめたさや興味本位の欠片もなかった。言葉通り、ただ心配しているという思いだけだった。その純粋な目にリュドヴィックは毒気を抜かれてしまう。

「面白くない話だぞ」

「聞かせてください」

リュドヴィックは「ふぅ」と息を吐いて心を落ち着かせると、遠くを見つめながら昔のことを語り出した。

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語り終えたリュドヴィックはベンチの背もたれに身体を預けた。話が長かったとは言え、思っていたより重い疲労感に、姉のことが吹っ切れていなかったことに少し驚く。

「そういうわけだ。いくら天才だと褒め讃えられようが、肝心なときに大切なものを守れなければ意味がない。愚か者が嫌いだと思っていたが、本当に嫌いなのは自分なのかもしれないな・・・」

「ごめんなさい。ごめんなさい」

「なぜリリアーナが謝る?」

「だって、リュドヴィック様、ずっとツラそうな顔してました。私そんな悲しいことがあったなんて、全然知らなくて・・・」

「知らなくて当然だ。こんな話、誰にも話したことがない。付き合いの長いジャンヴィール様もガストンも知らないことだ」

「じゃ、じゃあ、何で私に、話してくれたんですか?」

憐れみではない、ただ純粋に自分のことのように悲しんでいるリリアーナを見て、リュドヴィックは少しだけ心が軽くなった気がした。

「わからない。だが、リリアーナになら話しても良い。そう思ったんだ」

自分でも、何故話そうと思ったのかわからなかった。ただリリアーナの真っ直ぐで澄んだ目を見ていたらそうなったとしか、リュドヴィック自身説明できなかった。それでも、話したことで少し心が軽くなったのは、相手がリリアーナだったからだろう。他の者では、例えジャンヴィールやガストンでも楽にはなれなかったとリュドヴィックは思えた。

そのことを素直に伝え感謝しようとした時、リュドヴィックの頭が包まれる。

「ごめんなさい。ツラいことを思い出させてしまって、本当にごめんなさい。リュドヴィック様はずっと1人で頑張ってたんですね。本当に、頑張ったんですね」

上から聞こえるリリアーナの涙声に、リュドヴィックは頭を抱えられていることに気づいた。これまで何人もの女生徒を抱きしめたことはあったが、抱きしめられたことはなかった。

不思議と心が温かくなり、昔感じた安らぎを思い出す。自然と涙が流れ、無意識に「姉さん」と呟く。

(あぁ、そうか。私はずっと姉さんが恋しかったんだ。もう一度姉さんに抱きしめて欲しかったんだ)

ローレットに言われたことが自分の本心だったと気づくも、もう怒りは湧いてこなかった。

ツラい過去から目を逸らさず向き合いリリアーナが受け止めてくれたからこそ、リュドヴィックはようやく前を向くことが出来た。そのことが嬉しくて有り難くて、リュドヴィックはリリアーナの腕の中で泣きながら「ありがとう」と呟く。

自分を救ってくれた恩を返そうと、守れなかった姉の分までリリアーナを守ろうとリュドヴィックは心に決めた。

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夜、イヴァンは膝を抱えながら考えていた。チラリと時計を見ると、もうすぐ就寝時間を迎えようとしている。自室に戻ってから4時間以上は経っていた。その間ずっと考え続けているが、答えは見つからなかった。

(どうして?)

どれだけ考えても、何故こうなってしまったのかわけがわからなかった。

シルヴェーヌからの密命である他の生徒会役員の調査は、前期までという約束だった。前期が終わったら辞めて良いと言われていた。そして前期最終日前日の今日、ジャンヴィールから解任を告げられた。考えていた展開とは違ったが、辞めることに違いはない。1日早いが、ジャンヴィールの命なので言い訳も立つ。重責から解放された、喜ばしい状況だったはず。

(それが、どうしてローレット様の側近に?何で?接点1つもないのに。

え?何で?)

シルヴェーヌの密命やジャンヴィール達の言動を考えれば、彼らが今後どうなるのか予想はつく。だからこそ、どんな形であれ関係を断ちたかった。

それなのに婚約者のローレットの側近になっては、渦中のままである。

(どうしよう?明日断ろうか?いや、でも・・・)

あの時ローレットが入ってこなければ、イヴァンは解任という不名誉な処分を受けていた。普通に考えれば、ジャンヴィールの横暴から救った形になる。婚約者の不興を買ってまで、一度も話したことのない者を助けてくれたのだ。すくい上げてくれた手を振り払う等、恩知らずも良いところである。はっきり言って、ローレットの恨みを買ってもおかしくもない。

(終わった・・・)

側近になっていびられこき使われるか、断って恨まれ続けるか。どちらにしても碌なものではない。イヴァンは人生を諦めた。