軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16)番外編、ある日、宴の後で

オリハは次男のユスティが生まれて半年が過ぎると、体がすっかり回復し「次の子は女の子がいいかしら」などと考え始めていた。

子供たちを育てる日々は楽しく、寝返りもはいはいも小さな出来事がどれも嬉しくて幸せだった。

一歳になるフロランはやんちゃで、ユスティはまだ赤ん坊だからわからないが、おっとりした優しげな子の気がする。

兄弟は多いほうがいいと思う。実家では兄や弟たちがいて賑やかだったからだ。

一方、カイムのほうは避妊を考えていた。

カイムからの相談を受けて初老の薬師は気難しい顔をしている。薬祖神のごとく尊敬を集めている宮廷薬師だ。

「まだ殿下も妃殿下もお若いのですから、避妊薬を処方するのは慎重にと考えております」

体に影響のまったくない男性用の避妊薬というものはない。魔力持ちは薬が難しい。けれど、カイムはオリハには要らない薬は飲ませないと決めていた。

「軽微なものなら問題なかろう」

カイムも薬師に劣らぬ険しい顔で答えた。

「物理的に避妊することをお勧めする」

「オリィがそばにいて冷静に避妊ができる自信が無い」

カイムはさすがに気まずそうに答えた。

「奥方を大事にされるためにも、冷静でおられることは大事だと思います」

どこか冷めた目で見られ、カイムは居心地が悪かった。

「わかった。物理でいく」

オリハのほうは、そんなことはまったく知らなかった。

カイムがオリハの体の負担を案じて避妊をと考えただけだ。

オリハは、夫に求められればいそいそと「カイ、愛してる」と夫の胸にすり寄った。

カイムの理性はあっさりと天の彼方に消え失せた。

そんなある日、定期の検診で、治癒師はオリハの体調を診て下腹部にまた別の魔力が宿っているのを感知した。

カイムはその治癒師の言葉を聞き、嫌な予感がした。決して、嫌なことではないのだが。

それから二か月後、オリハの懐妊が確かめられた。

カイムはまたも「私の妻なのに」と愚痴を零し、オリハが宥め、侍従や侍女、側近たちに可哀想なものを見る目で見られた。

オリハの体調はとても良く、皇帝陛下は機嫌良くオリハのためにあれこれと気遣ってくれた。

オリハにとって、陛下は恐れ多くも母のような暖かさを与えてくれる方だった。祖国からは父たちも訪れ、孫たちに珍しい土産や絵本をくれた。

三人目の子が来月には臨月となるころ。

皇宮で新年の宴が開かれた。

この日は、臣籍降下したクレイルも招かれていた。

クレイルが領主となり一年半が過ぎて、彼の領地は少しずつ豊かになっているという。魔草の新しい素材が売れて、領地改革が進んでいる。まだ日が浅いというのに、彼が熱心に取り組んだからだろう。

陛下はクレイル伯爵が新年の宴に列席することを許した。

大臣や領主会議の領主たちも、功績を見させられては反対もできない。

リレイシャ妃は体調不良ということで、クレイルだけの列席だった。

オリハはもうお腹がとても大きくなり、宴には出ていなかった。

宴ののち、クレイルは陛下に応接室へと呼ばれた。

甥たちと会わせようという陛下の親心だった。オリハは義父の気遣いが嬉しかった。子供たちに叔父の思い出がないのは寂しいことだと思ったからだ。

クレイルはオリハの大きなお腹を見て目を見開き、

「ああ、兄上と義姉上は、本当に本物の番なのですね」

と呟いた。カイムはその思わず溢れた呟きを聞いて「当たり前だ」と少々照れた顔をする。珍しい夫の表情にオリハはつい顔を綻ばせた。

「この子がフロランで、末の子がユスティです」

オリハは上機嫌で子供たちを紹介した。

「とても賢そうで可愛らしい。兄上にそっくりだ」

クレイルはそっと、恐る恐るというように、フロランの髪を撫でた。

側近や近衛たちも見守る中で、クレイルは嬉しそうに微笑んでいる。

「子供の髪は柔らかいですよね。うちの領地の孤児院によく行くのですが、子供たちは無邪気ですよ。流行病が出たり、災害が起こると孤児院の子が増えてしまうのは辛いですが、今は薬がきっちり回るようにしてるんです。薬は必要な家庭には、領主が配るんです」

クレイルは熱心に、夢中になって喋っている。

「病の流行は初期のころが大事で、その頃に薬がたっぷりと行き渡るようにするんです。災害のときもそうですが、流行病のさいは特に大切なところです。薬が渡れば、病の芽を摘んでしまえるんです。患者がまだ少ないころなら、治癒師や薬師たちも患者たちを手当できますし。そこで病の広がりを防げるかが別れ道です」

「そうか」

陛下は頷きながら聞いている。

「病の第一報を聞いたなら、村長たちも領主も家臣たちも寝ている暇などありません。ですが、村長たちは年配の者が多いので、そこは領主がきっちり補佐をするようにしまして。あ、すみません、喋りすぎてますね」

「いや、いい。流行病を封じ込めた手腕はなかなかだった。報告は聞いている」

陛下に褒められ、クレイルは頬を染めた。

「ありがたきお言葉です」

帰りしな、暇乞いの挨拶をするころ、クレイルは甥たちに目を細めて嬉しそうにし、ふとオリハの髪の端に触れた。

「糸くずだ、姉上殿。ユスティ殿下の毛織物の毛ですね。母親というものはどこもそうなのですね」

クレイルが眩しそうな目で微笑む。

カイムは少々、複雑な顔をしている。口がへの字だ。

「ふふ。領地のお母さんたちもお子さんの糸くずを付けているのでしょう」

「子煩悩な母親は子をいつも抱いているので。三人目の子はオレンジ色の瞳の子かもしれませんね。そうしたら、絵姿を送ってください、兄上」

最後の言葉はカイムに向けてだ。

「また功績を積んで新年の宴に来れば良い」

「亡き母に似た女の子だったら、父上はきっと皇宮の奥の奥で大事にして、誰にも会わせてくれないかもしれませんからね」

「はは」

カイムは困り顔で笑ったが、否定はしなかった。

皇帝も困り顔だが、そんなことはしないとは言わない。

オリハはまさかと思いながら、三人の様子をうかがっていた。

三人目の子が無事に生まれ、愛らしい女の子でおまけに亡き妃と同じオレンジ色の瞳をしているとわかると、皇帝は宮殿の奥に子供部屋を造り、子供たちが遊べる見事な庭園まで調えてくれた。

カイムは「閉じ込めるような子育てはしませんからね!」と宣言しているので大丈夫とは思うが。オリハは「嫁入り先を決めるのは大変かも」と今から案じてしまった。

それから一年ほどしてリレイシャが病死したのち、カイムは「クレイル伯爵は領地の十歳くらい年上の穏やかで優しい治癒師の女性と親しくしておられるようです」という報告を聞いた。