軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

御剣の夜明け

――――!!

「「「うぉぉぉおおお!」」」

母家の方から爆発音が鳴り響き、続いて男達の雄叫びがこだまする。

御剣兄妹と顔を見合わせた俺は、揃って山を駆け降りていく。

すると、解散したはずの大人たちが庭先に集まり、物々しい空気を纏っているのが見て取れた。

俺達を救助するために集合したわけじゃなさそうだ。

理由は……あれか。

大人達の輪の中心には黒い熊のようなものが横たわっている。

恐らく妖怪だろう。近づいて初めて気づいたが、クラゲ妖怪と似たような不快な空気を放っている。

俺の見ている前で熊妖怪の体は塵のように崩れ落ち、夏の夜の風に乗って消えてしまった。

同時発生した妖怪の対処に追われていたから、俺たちの所にいつまで経っても救援が来なかったのか。なんという不運。

「聖!」

勝鬨を上げる集団から飛び出してきたのは親父だった。

俺の下へ駆け寄るなり険しい顔で肩を掴み、全身くまなく視線を走らせる。

「怪我はないな」

「うん、僕は平気。でも縁侍君の腕に瘴気が」

「知っている。2人とも先生のところへ。お前も後で先生に診てもらう」

保護された縁侍君と純恋ちゃんは大人に背負われ、ビルの医療施設へ向かった。

ふぅ、これで一安心かな。

もう俺が気を張る必要はないだろう。

……親父今なんて言った? 知っている?

「なんで縁侍君の怪我を知ってるの?」

「見ていたからだ」

親父曰く、俺達が妖怪に出くわした直後から式神を通して観察していたらしい。

夜勤で周辺にネズミを放っていた親父は、警報が鳴ってすぐに動いていたようだ。

あの時俺の足を噛んだ小動物らしき影は親父の式神だったのか。

ならなんで、すぐ助けに来てくれなかったんだよ。

「御剣様が向かわれたから問題ないと判断した。まさか戦わせるとは思わなかったが……」

「手を貸すまでもないと判断した。それだけのことだ」

後ろから聞こえた声に振り返れば、夜闇の中からぬっと姿を現す御剣様がいて、その肩にはネズミ型の式神が乗っていた。

不意打ちされるたびに予想していたが、やっぱり御剣家には「気配を殺す」とかそういう謎技術があるようだ。

「実際、無事に帰ってきたであろう」

「縁侍君が怪我をしましたよ。瘴気が蓄積したら穢れになるかもしれません」

「あの程度問題ない。吾郎に診せればすぐ治る。診せずとも、いずれ自力で治せる。その程度できずに武士は名乗れん」

俺が霊力研究の時間を費やしてまで訓練に参加した理由こそ、内気最大の恩恵――穢れや呪いを打ち消してくれる効果だ。

十全に内気を扱えるようになった者は、軽度の穢れや呪いくらいなら、自力で打ち払うことができる。

だからこそ、妖怪との戦いにおいて武士が前衛を務めてくれる。陰陽師も耐性はあるが、武士とは比べ物にならないし、自力で治すこともかなわない。

強敵との戦闘は長時間にわたる。最前線で戦う者は当然、瘴気を溜め込むことになるため、自己治癒可能な武士の存在が欠かせない。

御剣家の医師が優秀とされる理由は、その技術に加えて医療知識を駆使した高度な治療を行えるからだ。

霊力のおかげか、陰陽師も瘴気に対する抵抗力を持っているが、自力で回復することはできない。瘴気が蓄積し、穢れとなれば、たとえ治療を受けたとしても一生付き合うことになる。

行き着く先は当然、死。

今世の祖父母の末路を思えば、穢れへの対抗策を求めるのは当然の判断だ。

ゆえに、内気のエリートである縁侍君は間違いなく治してもらえるだろう。

とはいえ、子供が怪我をするところを黙って見ているなんて……気分が悪い。

「治るからって、孫を守らなくていい理由にはなりません」

危険な目に遭わせたうえ、あまつさえ怪我までさせるとは、大人としての責任を果たせていないのでは?

「はっはっは! 戦った自分よりも縁侍達の身を案じるか。はっはっは! はーっはっは!」

なにわろてんねん。

ひとしきり笑った御剣様はそのことを謝罪した後、孫を守って戦ってくれたことに感謝の言葉を紡いだ。

そのうえで、今回の傍観の理由を説明する。

「お主にはまだ理解できぬかもしれんが、厳しくすることでしか与えられぬ愛情というものが、この世にはある。御剣の武士となるにはいくつか超えねばならん試練があるのだ。今回の状況は都合が良かった故、利用した。ただ、部外者のお主を巻き込んでしまったことは詫びよう」

愛ゆえに厳しくする。

それはまぁ、理解できる。

子供の将来を案じるからこそ、親が子供に厳しく接する場面もあるだろう。

その理屈は理解できるんだ。

でも、納得は出来ない。

可愛い孫を千尋の谷に突き落とすなんて……。

「峡部家には峡部家の、御剣家には御剣家のやり方がある。お主がいずれ家を継ぐ時には、その意味も自ずと理解できよう」

「御剣様、そのお考えは理解できますが、聖を巻き込んだことについては後ほどお話しさせてください」

抗議する親父もまた、御剣様の言葉に一定の理解を示している。

立場が人を育てるというが、子の親になると考えも変わるのだろうか。

だとしたら、今の俺には理解できない考えなのだろうな。

「考えなしに巻き込んだわけではない。これも訓練の一環だ。瘴気に触れて内気が活発化したのではないか」

……え、いつ? いつ活発化したの?

「……これでもダメだったか」

やめて。俺以上に残念そうな顔するのやめて。

この日は結局、2体同時発生した妖怪を退治したということで解散となった。

縁侍君たちの治療が終わった後、吾郎先生に瘴気の残留はないと診断していただき、一先ず安心である。

全てが終わる頃には丑三つ時になっていた。

「疲れた」

「ゆっくり休みなさい」

親父の部屋に戻った俺は精神的疲労で泥のように眠りについた。

翌日の朝、目が覚めた俺は改めて実感が湧いてきた。

「い、生きててよかった~」

~~~

治療を終えた縁侍は、念の為一晩病室で過ごすこととなった。

ベッドの上で体育座りをする彼は、顔を埋めたまま動く様子がない。

その傍に遠慮なく腰を下ろしたのは、後処理を息子に任せて孫の見舞いに来た縁武である。

無言のまま時が流れる。

時計の長針が一周する頃、腕を組んで瞑目していた縁武がその静寂を破った。

「瘴気によって戦意を失い、穢れによって肉が腐り落ちようとも、儂らは戦い続けなければならん。護るべきもののため、死を目前にして立ち上がることができるか否か、それが真の武士の素養だ。それがどれほど困難なことか、今のお主ならば分かるな」

その問いに、縁侍は沈黙で返した。

軽々しく言葉になんてできない。

彼の沈鬱な顔がそう物語っている。

「今はそれで良い。だが、朝日も、儂も、御先祖様も、皆乗り越えてきた試練だ。しっかり向き合うように」

普段ならば言いたいことを言ってすぐにその場を去ってしまう縁武だが、この日ばかりは違った。

5分、10分、30分、孫の思考がまとまるのを待つ。

「なんで、あいつは……」

「妖怪と距離があったおかげで、瘴気の影響が小さかった。強のお節介はあったが、あとは本人の意志の強さだ。お主らを守るために、覚悟を決めたのだろう」

「じゃあ、俺は……」

「陰気の拡散は瘴気よりも広範囲に及ぶ。油断して内気の練りが甘い間に付け込まれたな。敵の姿が見えた頃には既に術中よ。思考が鈍化した状態で瘴気の中に飛び込めば、呑み込まれて当然。戦う前にしっかり対策を行うべし、そう教えておいたはずだ」

「妖怪は……」

「脅威度で言うならば4のなかでも下の下だ。特異な攻撃も見られなかった。いや、それは防戦一方だったからやもしれんが、瘴気の濃度がとにかく低い。範囲も極小。その程度の怪我で済んでいるのだから察しておるだろう」

縁侍は自らの右腕を掴む手に力が入った。戦闘中に感じた痺れるような痛みが、一瞬蘇ったような気がして。

医師の適切な治療により、完治しているのだから気のせいでしかない。

しかし、あの時の身を蝕むような絶望は忘れられそうになかった。

「己の実力を正確に把握することは戦いにおいて重要だ。そして、己の無力さを知り、さらに精進する。儂や朝日が訓練を怠らない理由が分かったか」

孫がどんな気持ちで訓練に臨んでいるのか、祖父にはお見通しである。

図星を突かれた縁侍がどんな感情を抱いているのかも、どんな言葉を贈ればやる気が出るのかも……。

「真の強者は何をせずとも、自ずと風格に表れるものだ。背中で語る男になれ。……モテるぞ」

縁武は最後にそんな言葉を残して病室を去った。

既に空は白み始めていた。

~~~

そして翌日から、訓練に真剣に臨む縁侍の姿が見られるようになった。

既にマスターしていると思っていた内気の訓練でも、手を抜くことはない。

「あっ、今の感覚」

「若、また成長しましたね。その感覚を覚えておいてください」

「うん。もっと強くならないと」

次代の御剣の後継者は先代の激励に行動で応えた。

祖父から贈られた言葉のうち、どれが切っ掛けになったのかは……本人のみぞ知る。