軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夏の予定

夏休みも近づいてきたある日のこと。

俺は夕食前のひと時をのんびり過ごしていた。

お母様は夕飯の準備、親父は明日の仕事の道具確認、優也はテレビを見ている。

もうすっかりこの家の風景が“実家”になってしまった。

前世の実家の光景も忘れられないが、それに並ぶように峡部家の思い出が増えていく。

リビングを見渡し、その変化に思いを馳せる。

俺が生まれたばかりの頃に比べ、内装はかなり綺麗になった。

年季が入っていることに違いは無いが、しっかり手入れされ、ガタが来たところは補修されている。

特に、俺達子供が怪我をしそうな廊下のささくれは、お母様がホームセンターで買ってきた補修グッズで修繕したうえ、廊下用カーペットが敷かれているほどの徹底ぶり。

すべてはお母様の愛ゆえだ。

かつての繁栄を思わせる広い敷地と、栄枯盛衰を思わせるボロさ、そこにお母様の愛が加わり、一般家庭の雰囲気に落ち着いた。

「ご飯が出来ましたよ」

お母様の一声で、男たちはダイニングへ集まる。

テーブルには沢山の料理が並び、俺達の好きなものばかりが揃った最高の食卓となっている。

「おかーさん、これ、やだ」

「薄くスライスしてもダメですか。はい、セロリは私が食べますから、他の野菜は食べましょうね」

「うん!」

優也はまだまだ子供らしく、苦手な食べ物が多い。

いずれ大きくなれば食べられるようになるだろう。

食べ物の大切さはちゃんと理解しているし、焦ることはない。

「聖にも好き嫌いはあるのか」

「ほとんどありませんよ。ピーマンもセロリも食べます。ですが、春菊だけは好きではないようです」

「そうなのか」

……俺にも苦手なものはあるしな。

前世の肉体より鋭敏なのか、野菜の苦みが強く感じる。それでも“これらの食材は美味しいものである”という認識があるおかげか、食べられないこともない。

だがしかし、春菊は別だ。

春菊は前世から苦手だったし、念の為1口食べて感想が変わらないことも確認した。子供の鋭敏な舌だと春菊特有の風味がより強化されて、かなり 辛(つら) い。お母様の出してくれたご飯でなければ残していたところだ。

たぶん、前世で苦手だった風味強めの海産物もダメだと思う。

「好物は唐揚げか」

「揚げ物は2人に限らず、みんな好きですね」

唐揚げをおかずにご飯をもりもり食べる男たち。その魅力は言うまでもない。

お母様はあまり食べていないが、やはり揚げ物の魅力には逆らえないようだ。

歳を取ると胃が脂っこいものを受けつけなくなるから、今のうちに心行くまで食べておくべきだと思う。

肉汁が溢れる唐揚げをお腹いっぱい食べられるこの体……最高だ。

もちろん、栄養面も考えられており、副菜までしっかり用意されている。

残念ながら優也には不評だったが、赤いトマトや緑の葉野菜がテーブルに彩を与えてくれる。

1人暮らしだと、この品数は滅多に用意しない。サラダも1人前だけ用意するのは効率が悪いし、出来合いのお総菜をパックのまま食べることも多くなる。

仕事終わりにここまで手の込んだ料理を作る気力も時間もないというのが、最大の理由だが。

自分の分を自分で用意するなら見栄えも味もこだわらない。

それをお母様は、料理に合ったお皿を選び、綺麗に盛り付けし、栄養も味も考えてくれる。

この 彩(いろど) り豊かな食卓は、ひとえにお母様から家族への思いやりの現れである。

「お母さん、今日もご飯美味しいよ」

「ありがとうございます。たくさん食べてくださいね」

感謝の気持ちは幾らでも伝えるべき、というのが俺の持論だ。

歳を取るほど、素直な気持ちを表すのが恥ずかしくなってくる。

しかし、伝えられるのは家族が生きている間だけ。死に際に後悔しないよう、今のうちに沢山伝えるべきなのだ。

「おいしいよ!」

「うむ…… 美味(うま) い」

「うふふ、ありがとうございます」

俺の真似をして優也も美味しいと伝え、それに感化された親父も言葉を紡ぐ。

お母様もその言葉を受け取って嬉しくなる。

こうして正の感情を増やすことは、陰陽師的にも正しい活動だと思う。

だから、こちらにも伝えるべき……だな。

「お父さんも、いつもお仕事お疲れ様」

「おしごとお疲れさま!」

「……あぁ」

親父のそっけない返事はいつものことだが、内心照れているようだ。

うん……なんというか、やっぱり男同士のコミュニケーションとなると照れくさいものがある。

ちょっと話題を変えよう。

「そういえばお父さん。この前聞いた『連れていく』ってどこのこと?」

運動会が終わった後の夕飯時にも聞いたのだが、その時は未確定だからと言って教えてくれなかった。

あれから結構経ったし、そろそろ聞いてもいいだろう。

親父は口の中の唐揚げを飲み込み、お茶で流しこんだ。

喋る準備が整ったところで、親父は俺を見据えて問いかける。

「2年ほど前、鬼と戦った場所を覚えているか」

親父の問いかけに、俺は間髪入れず頷いた。

場所どころか 御剣(みつるぎ) 様とのやりとりまで全部覚えている。

あれだろ、稽古をつけてやるって話。

「一時保留としていたが、改めて御剣家から聖が招待された」

あの時は確か御剣家前当主の 縁武(えんぶ) 様が、軽い感じで『今度息子を連れてこい』と言っていたが、今回の招待はもっと正式なもののようだ。

なんせ、御剣“家”からの招待だ。前当主だけでなく、現当主からもお呼びがかかっている。

察するに、鬼退治を成し遂げたことで峡部家の価値が上がり、次期当主の俺にも唾をつけておこうという魂胆だろう。

親父の待遇アップからそれは明白だ。どんな企業も優秀な人材を求めるのは変わらない。

「何をするの?」

「訓練の見学会だ」

見学会……普段親父がどんな訓練をしているのか、とても興味がある。

御剣家での業務内容として、依頼がない期間は訓練に充てられる。

以前親父に聞いた時は『走ったり、連携を確認したり、模擬戦闘を行う』としか教えてくれなかった。

百聞は一見にしかず。

口下手な親父に聞くよりも、見た方が早い。

「見込みのある子供は子供用の訓練に参加することもできる。体力測定の結果をお話ししたところ、ご許可を頂けた」

「えぇ〜」

「嫌なのか?」

すごく意外そうな表情を浮かべる親父。

意外でも何でもない。だって、そりゃそうだろう。

訓練ってことは体を動かすってことで……あれ?

運動関連イベント強制参加と聞き、反射的に否定的な感情が湧き出てしまったが、よくよく考えてみたら何も不都合はない。

今世の俺は運動できるんだった。

むしろ周囲に見せつけるチャンスじゃないか。

反射的に行動すると、前世の感覚が飛び出しがちだ。

やはり一生分の経験は根が深い。

思案する俺に、お母様が助け舟を出してくれた。

「もしも嫌なら、遠慮なく言ってくださいね。先方にお願いして、見学だけにしてもらいますから」

親父の話を聞いても驚いていないところを見るに、今回はちゃんと夫婦で話し合ってからの提案らしい。

お母様による親父教育計画も順調なようだ。

「ううん、ちょっと不安になっただけ。走るのは得意だから大丈夫だよね」

「緊張する必要はありませんよ。聖はいつも通り振る舞えば大丈夫です。私たちの自慢の息子ですから」

うっ、お母様の言葉が胸に直撃した。

なんて感動的なセリフなんだ……。

俺も「自慢のお母さんとお父さんだよ」と返すべきなのだろうが……羞恥心を捨てきれないせいでサラリと返せない。

こういうセリフ、俺もいつか真似したい。

「他の子も見学に来るの?」

「いや、聞いていない。関係者以外は立ち入り禁止だからな」

なるほど、子供は俺1人か。

親父のためにも関係者には媚を売っておくか。御剣一家へは特に。

「8月上旬を検討している。夏休みは予定を空けておくように」

「うん」

俺はこの時、とんでもない失敗をした。

社会人として5W1Hを確認することは当然なのに、長らく職場から離れていたせいでその重要性を失念していた。

8月上旬のいつからいつまでを予定しているのか、俺はこの時、親父に確認するべきだった。