軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

智夫雄張之冨合様

「ご家族の方は奉納の品をご用意ください」

その言葉を受け、部屋の隅で待機していた巫女が動き出す。

後ろの様子を窺うと、親父はハサミと懐紙を受け取っていた。

受け取ったのはうちの親父だけではない。各家庭の親たちがハサミを片手に子供のところへやってくる。

「髪を切る」

神様へ背を向けないようにしゃがみ込んだ親父は、そう言って俺のヘアゴムを外した。

事前説明で聞いていたから俺も特に驚きはしない。

陰陽術的に価値のある髪を奉納することで、感謝の意を示すのだとか。

俺は内心「切っちゃうの?」と思ったが、髪はここぞという時に使う素材であって、ラストエリ○サーするためのものではない。

こういう場面では切ることもあるようだ。

親父は懐紙を左手で受け皿にし、はさみを右手に持った。

そして、俺の前髪を切り落とす。 ……前髪?

ぱっつん

耳に届いた音は違うはずだが、俺にはそう聞こえた。

まさか前髪をガッツリいくとは思わないだろ……。

思わず「えっ」と大きな声をあげそうになったが、神前ということで何とか抑えた。

「お父さん……なんで前髪……」

「邪魔だと言っていただろう」

まさか、以前俺が愚痴った「髪が邪魔」って言葉を覚えてたのか?

こういう時でもないと髪を切ったりしないから、良かれと思って邪魔な前髪を選んだ……と。

気持ちはありがたいし、覚えていてくれたのは嬉しいが、最近は長くなったおかげでまとめられるようになったから、正直言ってありがた迷惑です。

周りを見てみろ。右隣の子は毛先をちょっと切り落としただけだし、そら君は目立たない襟足を切っただけだぞ。

よりによって、前髪……。

懐紙に乗っている髪の長さからして、おでこが丸出しになるレベルでがっつり切られている。前世から髪型にこだわりのない俺だが、ぱっつんはさすがにない。

どこかに鏡ありませんか。

俺の髪形どうなってます?

「これで少しはスッキリしたか」

えぇ、おでこがスースーするくらいにはスッキリしましたよ。

文句を言うのは家へ帰ってからにするとしよう。

切ってしまったものはしょうがない。

神様への奉納の品だ、自分にとって大切な 前髪(もの) を捧げるくらいでちょうどいいだろう。

子供達の髪が集まったところで、神職が儀式を再開する。

またもや小声で祈り始めた神職は、奉納の言葉の最後に明朗な声で告げる。

「――祈りを」

智夫雄張之冨合(ちふぉちょうのふあい) 様へ。

こちら切りたてホヤホヤの前髪です。

おまけに宝玉霊素も込めておきました。

どうぞお納めください。

人体が最高の陰陽術素材と言われるのは伊達ではないらしい。

宝玉霊素を込める傍から吸収していった。

髪を納めるということは霊力を求めているのだろうし、どうせならと込めておいた。

神様(お偉いさん) に媚びておいて損はない。

「―― 智夫雄張之冨合(ちふぉちょうのふあい) 様の御加護を賜りし幼子たちからのささやかな感謝の品、その祈りと共にどうぞお納めください」

長い呟きの最後に、俺達にも聞こえる声でそう締めくくった。

事前説明の通りなら、これで儀式は終わりかな。

なんて油断した俺の目に、淡い光が飛び込んだ。

なんだこれ、女神像を中心に光の粒子が立ち上っている?

気が付けば、つい先ほど儀式を終えて正座のまま背筋を伸ばした神職が、再び腰を90度折り曲げ、 拝(はい) の姿勢に戻っていた。

後ろに控えている巫女も同じだ。

何が起こっているのか分からない俺達に神職が指示を出す。

「 拝(はい) の姿勢を」

大人たちが真っ先に指示に従い、それを見た子供達も追随する。

神職たちの緊迫した様子から、イレギュラーな事態が起こっているのは分かった。

いったい何が起こっているのか、好奇心を刺激された俺は拝の姿勢のまま、目玉を動かして周囲を探る。

「あっ、キラキラ」

子供達も俺と同じ考えだったようだ。

目の前に光の粒が舞い降りたことを、少女が無邪気な声で教えてくれた。

「キラキラどこ?」

少女の声に反応し、思わずといった様子でそら君が顔を上げる。

どうやらそら君にはこの光の粒が見えていないらしい。

顔を上げるまでもなく、光の粒は部屋中に降り注いでいるのだから。

いや、この部屋だけではない。

光は次第に勢いを増し、いまや溢れんばかり。

外にまで及んでいるのではないだろうか。

人の身には成し得ない大規模な奇跡。

俺はこれに見覚えがある。というか、わりと定期的に見ている。

( 天橋陣(てんきょうじん) と同じ、前世では感じたことのない力の波動。霊力とも違う。なんか……怖い)

天橋陣から微かに感じていた未知の感覚、それが濃密に押し寄せてくる。

どちらも光を放つ点は同じだが、その光に乗ってくる何かの強さが違う。

人の身には扱いきれない、 畏(おそ) れ多い力の 奔流(ほんりゅう) に触れているような……。

それは正しく、神の力。

そうとしか言いようがない。

怖いくらい強大な力の波動は、拝の姿勢を維持している間に、いつの間にか通り過ぎていったようだ。

俺が人心地ついたときには、神職と俺以外、その身を起こしていた。

「あれはいったい……」

「 智夫雄張之冨合(ちふぉちょうのふあい) 様の奇跡か?」

「噂には聞いていたが、本当だったとは。ほぉ、なるほど」

「面白い。実に面白いぞ。 天(そら) 、今の感覚を覚えたか」

うちの親父を除き、父親たちが口々に感想を言い合う。

子供達も親に 倣(なら) って話し始め、部屋は騒然となった。

そんな状況を変えたのは、ゆっくりと身を起こした神職である。

「祝福を賜りました。しばらくの間、この地域一帯は結界内に相当する聖域となりました。皆様も祝福の片鱗に触れております。 吉事(きちじ) に恵まれた際には、 智夫雄張之冨合(ちふぉちょうのふあい) 様へ感謝をお忘れなく」

父親たちの興奮は簡素な説明では収まらず、神職へいくつも質問を投げかけた。

そのうち返ってきた答えを俺なりに理解すると……。

・本来は境内に結界を張る儀式であった。子供にも厄除けの効果が付与される。

・髪を用いた儀式とはいえ、本来これほど強力ではない。

・歴史上、極稀に神から捧げものの返礼があった。たぶんそれ。

・その余波で神の恩恵に与れて皆も光栄だよね。信仰よろしく。

・神社の記録を見せることは出来ない。

・再現は不可能に決まってるだろ。

・これ以上神秘を明かそうとすると神の怒りに触れるぞ。

研究家気質な父親が詰問して、神職の静かな怒りに触れていた。

今回の奇跡にちょっとだけ心当たりがある。

でも、あの力は宝玉霊素由来のものではない。

もしかしたら、宝玉霊素に満足した神様がサービスしてくれたのかも。

あれ作るの大変だし。

「お帰りの際は、こちらで御守りと千歳飴をお分かちいたします」

巫女の案内で俺達は退出することになった。

自分たちの七五三詣で祝福を授かったとあって、4組の親子は嬉しそうである。

「峡部殿、少々お待ちを」

最後に部屋を出ようとした俺達は神職に声を掛けられた。

先ほどまで光の海となっていた部屋は再び闇に支配され、怪しい雰囲気が漂っている。

用件は先ほどの奇跡以外にあるまい。

場の雰囲気に加え、心当たりがある俺は内心ドキッとした。

「……およそ300年振りの奇跡です。その年も、峡部家の方が七五三詣にいらっしゃったようです。……峡部家は天に愛されているのでしょうか」

うわ、さっそく探りを入れてきた。

神職穏やかそうな顔して、めちゃくちゃ積極的ですね。

でも、こういう駆け引きを目の当たりにして、ちょっとワクワクしちゃう自分がいる。

「……日頃より 智夫雄張之冨合(ちふぉちょうのふあい) 様への感謝は忘れておりません。ただ、ご寵愛を頂くようなことは何も」

「そうですか。……いつでも参拝にいらしてください。お待ちしております」

意味深な会話が終わり、俺達はついに 幣殿(へいでん) を後にした。

「凄かったね」

「……あぁ」

きっと俺が何かしたんじゃないか聞きたかったのだろうが、ここでは誰が聞いているか分からない。

家に帰ってから話そう。

拝殿(はいでん) の外へ出た俺達を、お母様と優也が出迎えてくれた。

「御祈祷はどうでし……聖、その前髪はどうしたのですか?」

「お父さんがやった」

「お兄ちゃん、かみ変なの!」

そうだった、親父にはこの件についても話したかったんだった。

なんやかんや忘れていた神社での記念撮影は、写真スタジオでしっかり整えてもらった着付けに、ぱっつん前髪で写ることとなった。