軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

祖母

「それでは、出発しましょう」

「「はーい」」

幼稚園へ通うようになってから組み込まれた日常の1つ。

俺の登園を兼ねた家族でのお散歩。

まだ優也を1人でお留守番させるわけにもいかないので、こうして親子3人で朝日を浴びながら歩くのだ。

「お母さん」

「なんですか」

幼児2人に挟まれて歩くお母様へ俺は問いかける。

懇親会が終わってから、ずっと気になっていたことがあるのだ。

「明里ちゃんから何か連絡来てない?」

「明里ちゃんというと、安倍家のご息女でしたね。何も連絡は来ていませんが、遊ぶ約束をしていたのですか」

はい、その通りです。

霊獣の卵を餌にお誘いかけたんだけど、あれから全く音沙汰なし。

子供ならフットワーク軽く移動することも可能かと思ったのだが、訪問の連絡も招待の手紙もやってこない。

これはフラれてしまったのだろうか。

「そういえば、明里ちゃんを可愛いと言っていましたね。好きになっちゃいましたか?」

「うーん、好きと可愛いは違うかな。でも、あまりにも可愛くてすごく気になってる」

「あらあら、聖はもう“好き”の意味を理解しているんですね」

そりゃあ一度人生を全うしましたから。

思春期の甘酸っぱい恋愛も、大人のドライな付き合いも経験済みです。

なんて格好つけてみたが、思春期の方は甘酸っぱいというより、告ってフラれただけの酸っぱい思い出だし、大人の方は食事を奢って終わりだったけども。

それでも、子供の頃よりはよっぽど理解できているはずだ。

……はずだ。

「ぼく、おかしすきー」

「ママのことは好きじゃないのですか」

「ママもすき!」

弟よ、君はずっと綺麗なままでいてくれ。

俺みたいに人を見て 呉(く) れで判断するような大人にならないでくれ。

「安倍家の 方(かた) と直接連絡を取る方法がないので、私の 方(ほう) から確認することは出来ませんね。もしも連絡が来たら、真っ先に教えてあげますから」

「うん、ありがとう」

卵の絵に結構食いついていた様子だけど、実はあんまり興味なかったのかな。

興味の移ろいやすい幼児の事だから、懇親会が終わったら忘れてしまったのかもしれない。

「そういえば、源様が『安倍家の方は特別な訓練を行っている』とおっしゃっていました。もしかしたら、あまり遊べないお家なのかもしれません。もしも連絡が来なくても、約束を破ったと怒らないであげてくださいね」

「もちろん。僕、お母さんのそういうところ好きだよ」

「ふふ、ありがとうございます。私も優しい2人が大好きですよ」

他人をフォローするその気遣い、俺には出来ないから尊敬する。

飲み会でグラスが空いているのを目ざとく見つける人よろしく、周囲にまで目が向けられるその余裕が、前世の俺にはなかった。

お母様みたいな余裕のある心は、俺に遺伝しているだろうか。

余裕といえば……

「お母さん、お母さん」

「なんですか、聖」

「お母さんのお父さんとお母さんってどこにいるの?」

俺の予想では、すでに亡くなっているか、絶縁状態なのだと思う。

孫が生まれたというのに一度も会いに来ないなんておかしい。

お爺ちゃんお婆ちゃんは孫が可愛くてしょうがないという、全世界共通の法則から外れている。何か理由があるはずだ。

「私の父、あなた達のお爺ちゃんは 病(やまい) で亡くなりました。ですが、お婆ちゃんは生きていますよ」

お爺ちゃんは俺達が生まれるずっと前に亡くなっていたようだ。

そして、お婆ちゃんは病を患っていて、長いこと入退院を繰り返しているらしい。

だから我が家に来なかったのか。

「2人の写真を見て、いつも可愛いと喜んでいるんですよ。ほら」

道の端に寄り、お母様がスマホのメッセージアプリを開く。

ルーム名に「母」と書かれた個人チャットを見せられた。

そこには俺と優也の写真がいくつもあげられており、その合間に「可愛い!」「いいね」「尊死」といったコミカルなスタンプが挟まっている。お婆ちゃんスマホ使いこなしてるな。

滅茶苦茶近況報告されてた。

絶縁とは程遠い。

「なんで僕たちから会いに行かなかったの?」

「うーん、それは……聖にはまだ知らないでいてほしいです。ごめんなさい」

お母様はとても悲しそうな表情でそう言った。

峡部家の過去といい、子供だから話せないと言われるのはもどかしい。

俺を取り巻く環境、これを理解するにはもっと深いところまで知る必要がある。

だが、これこそ両親の子供に対する愛だと分かっているから、追求することも出来ない。

「2人の誕生日プレゼントとお年玉も、ちゃんと贈られていますよ」

えっ、そうだったの?

そういえば前世でも親が預かっていたっけ。

祖母の愛も、知らぬ間に受け取っていたのか……。

人生一周しているのに、そこに気付かないあたり情けない。

しかも、よく見たら電子マネーのギフトで贈られている。

お婆ちゃん俺よりもスマホ使いこなしてるよ。

俺には贈る相手がいなかったから、その機能の使い方知らないもん。

「良い機会ですし、今度お見舞いに行きましょうか」

「うん」

「おばーちゃんってだれ?」

「お婆ちゃんというのはですね———」

幼稚園に到着し、この日はそこで話が終わった。

次の休日、早速祖母のお見舞いへ行くことに。

珍しく親父も一緒だ。

今日も間違いなく俺の手伝いを当てにしている。

病院に着いてすぐ、俺達をエントランスに置き去りにして、親父が先に祖母の病室へ向かう。

「ここで少し待っているように」

何か2人きりで話したいことでもあるのだろう。

[話は終わった]というメッセージが送られてくるまで、俺達はソファーに座って待つことになった。

「ここですよ。一緒にノックしましょうね」

お母様に案内されて向かったのは、療養病棟の個室である。

やっぱり、お母様の実家は金持ちだ。

4人部屋ではなく個室となると、差額ベッド代という料金が加算される。

数日程度なら快適さのために払うことも考えるが、療養病棟で長期入院するとなると、一般家庭では負担が大きすぎる。少なくとも、前世の俺が大人しく4人部屋を選ぶくらいには高い。

「お母さん、入りますね」

「おじゃまします」

「おじゃましまーす」

部屋に入って分かった。

この部屋……特別個室だ!

一般個室より設備が充実している分、さらなる料金を請求される。独身で老後の貯金もあった俺が、最初から選択肢に入れないくらいには高い。

お母様の実家が何をしていたのか気になるところだが、それよりも今は、目の前の人物との 初(はつ) 対面が重要だ。

「はじめまして。峡部 聖、4歳です」

「は じ め ま し て! きょーぶ ゆーやです。3さい、です!」

「まぁ、しっかり挨拶が出来て偉いですね。はじめまして、私はあなた達のお婆ちゃん、 宮野(みやの) 美代(みよ) といいます。よろしくね」

俺達の挨拶に相好を崩した祖母は、お母様とそっくりな女性だった。

いや、逆か、お母様が祖母に似ているのだ。

白髪交じりの黒髪は入院生活のために短いが、若かりし頃はお母様と同じく艶めくような長い髪だったに違いない。

顔は、お母様が綺麗に歳を取ったらこうなるだろうな、という未来予想図とピッタリだ。

弱っているせいか、電動ベッドに背を預けたまま起き上がれそうにない。しかし、その佇まいから優雅さが感じられるのはどうしてだろうか。

前世では全く縁のなかった金持ちという存在、なるほど、雰囲気だけで住む世界が違うと分かってしまう。今年に入ってからこの手の縁がやたら増えてきたなぁ。

祖母と比べたら、お母様の方は近所の綺麗で優しいお姉さんというか、庶民感が拭えない。

「みゃーのみよ?」

「うふふ、子供には言いづらいですよね。お婆ちゃんと呼んでください」

「おばーちゃん」

「はい、よくできました。こちらへいらっしゃい。お菓子がありますよ」

「おかし?」

お菓子につられてひょいひょい近づく我が弟。

お茶会の時といい、全く人見知りしないな。

いつかお菓子につられて誘拐されそうでちょっと怖い。

「聖さんもいかがですか。これなど美味しそうですよ」

「いただきます」

サイドテーブルに置かれた小さなバスケットにお菓子の小袋が何種類も入っている。

小腹が空いた時用……ではなく、孫が来ると知って用意してくれたのだろう。

どれにしようか真剣に悩む優也を見て、祖母は「可愛くてしょうがない」と言いたげな表情を浮かべている。

そして、その表情そのままに俺へと顔を向けた。

「聖さんはもう立派なお兄さんなのですね。強さんの教育が良いのかしら」

「いえ、私は何も。麗華さんの教育の賜物です」

「聖は私が口を出さずとも立派に成長しています。きっと、よい御手本がすぐ傍にいるからでしょう」

「相変わらず仲睦まじいこと」

本当ですよね。俺も前世でこんな夫婦になってみたかった。

まさか両親相手に砂糖吐くことになるとは思いもしないって。

祖母とお母様は見た目だけじゃなく中身まで似ている。

話し方と言葉選びに聞き馴染みがあるのだ。

ただ、祖母の所作はお母様よりも洗練されていて、さっきの例えはかなり的確だったように思う。

懇親会で出会った奥様達に通ずる品の良さを身に纏う祖母は、穏やかに2人と会話を続けた。

「聖さんは 賢(すぐる) さんに似ていますね」

「言われてみれば、兄さんに似ているかもしれません。長男はしっかりするものなのでしょうか」

両親の近況報告が終わると、自然と子供の話題が中心となる。

本人の前で話をされるのはなんとも居心地悪いが、その内容はどれも俺を褒めるものなので、気分は悪くない。

大人になると褒めてくれる相手がいなくなる。

今のうちに承認欲求を満たしておこう。

「でも、少し心配です。あの子は人に甘えるのが苦手でしたから。時には理由がなくとも、人を頼っていいのですよ」

祖母はそう言って俺の頭を撫でる。

その力はとても弱弱しく、かつて俺も体感した死の気配が漂う。

それでもどこか重みと温かさを感じるのは、前世の俺よりもずっと重厚な人生を送っているからだろう。肉体と精神が一致しているというか、刻まれた皺の深みが違う。

お母様という素晴らしい女性を育て上げた祖母には心配をかけたくない。

俺は良い笑顔を浮かべて答える。

「お母さんすっごく優しいよ。……お父さんも」

「ふふふ。そうですね、貴方のお母さんとお父さんがいれば、心配ありませんね。麗華さんはあの人に似て愛情深いですし、強さんも家族思いですし」

今の祖母のセリフは少し気になる。

お母様はどこからどう見ても祖母に似ているのだが、今の言い方からすると祖父に似ているらしい。