作品タイトル不明
九尾之狐③
「なんだ、その武器」
思わず声に出してしまった。
いや、なんとなく分かってはいる。
あの禍々しい感じは、呪いの武器だろう。
『親切な人間が譲ってくれたぞ。ちと強化しているがな。貴様の結界ごとき、脆弱な肉体でも破壊できるのだ』
「親切に教えてくれてどうも」
やりとりしている間に、俺は簡易結界を張り直した。
これは……手加減している場合じゃないのでは?
明里ちゃんの肉体を破壊して、九尾之狐を表に引き摺り出し、霊体特化の札に第漆精錬霊素を込めて焼き払う。
討伐するだけならこれが手っ取り早いのだ。
それができないのは、婚約者の命を守る為。
俺の命を危険に晒してでも、身内は守らなければならない。
それに、公共の利益のためといっても、安倍家のお姫様を殺したら社会的に死ぬだろう。
とはいえ、武士もいない状況でまともに戦えるか?
奴の攻撃は俺に届き得る。
これまでの一方的な戦いとは違う。
戦闘準備だって……。
やめろ、弱気になるな。
今は打開策を探るのが先決だ。
「サトリ」
──♪
以心伝心。
サトリは九尾之狐を見つめて弱点を探してくれた。
きらりと光った場所は、心臓。
ダメだ、そこは九尾之狐というより明里ちゃんの弱点だ。
いや、触手を当てるならそこを起点にすべきということか。
──♪
ありがとう。
でも、できれば九尾之狐の動きを止められる場所を教えてほしかったなぁ。
『気味の悪い光を飛ばしおって。せいっ』
九尾之狐が再び踏み込み、俺は札で迎撃する。
しかし、札は斬られ、またもや結界を攻撃されてしまった。
『知っているぞ。その札が有限であると。いつまで余裕な顔をしていられるか見ものよ』
簡易結界が崩れていく。
並の相手なら簡易結界を張ったまま札を追加で作成することもできた。けれど、こいつ相手にそんな隙は晒せない。
限られた簡易結界の札を張り直し、次の攻防が始まる。
『1枚、2枚、3枚、ほれほれ、もっと出せ』
まずいな。
完全に見切られた。
サトリの力で透明化させた札すら斬られている。
なんでこの速さで飛ぶ紙切れを斬れるんだよ!
陣を作成して拘束したいのに、全く余裕がない。
『そうだ、絶望しろ。いくら強かろうと、武士に守られていない陰陽師など勝ち目はない!』
くそ、弱気になった心を気取られたか。
妖怪だけが分かる微量の陰気が漏れているのかも。
そんな俺へ追い打ちをかけるように、九尾之狐は語る。
『貴様がこの女のご機嫌を伺う様は滑稽だったぞ。いくら気を惹こうと努力しても、この女の目には入っていない。哀れなものよ。ホホホ』
「いつから取り憑いてるんだよ。狐のくせに出歯亀しやがって」
『この女はずっと貴様との未来を悲観していたぞ。趣味が合わぬ。価値観が合わぬ。見た目の好みでない。そして──好いた男の下へ行けぬことを嘆いていた』
「は?」
なんだそれ。
聞いてないぞ。
いや待て、これは俺を動揺させる為の嘘だ。
まともに聞くべきじゃない。
『その顔は疑っているな? 我はこの女に取り憑き、心を読んだ。紛れもない事実だ。貴様も心当たりがあるのだろう? 故に聞き流せなかった』
そんなこと、あるわけ……。
……。
『札の操作が甘くなったぞ』
札の乱舞を掻い潜り、ダガーで簡易結界を斬られてしまった。
すぐに崩れてしまうだろう。
もう残りは少ない。
この状況を打開しないといけないのに、集中力が落ちてしまっている。
ダメだ、九尾之狐の言葉に惑わされるな。
悩むにしても、この戦いが終わってからだ!
『ほれ、ほれ、ほれ、どうした、次の札はまだか?』
ダメだぁーー!
全然気持ちを切り替えられない!
札飛ばしが単純になってしまって、あっという間に斬り落とされてしまった。
手持ちの札が、あと1枚しかない。
『なんとも脆いものよ。生物の頂点たる人類ともあろう者が、この程度の精神攻撃で狼狽えるとは』
札による妨害がなくなり、九尾之狐は煽り返しながらダガーで斬りつけてくる。
やがて、最後の簡易結界が破られた。
サトリが間に入ろうとしてくれるが、それで九尾之狐が止まるとは思えない。
せっかく練習しているアクロバットも役には立たないだろう。
逃げようにも明確に狙われた状態では不可能。
──詰んだ?
『先ほどは刃が立たなかったが、次はそうはいかぬぞ。確実に殺す』
ドスの聞いた声で九尾之狐が宣言する。
腹筋は無傷でも、眼球や急所を狙われたらどうなるか分からない。
最後の1枚は捻転殺之札。
当てるとしたら、自爆覚悟で至近距離で発動させるしかない。
俺の身体強化は捻転殺に耐えられるのか?
そもそも明里ちゃんが死んでしまうのでは?
触手で拘束すればもう少しリスクを下げられるか?
練習中の切り札を使えばあるいはノーリスクで……。
そんな思考をする猶予など与えまいと、九尾之狐がダガーを振りかぶって襲い来る。
『死ね』
こうなれば一か八か。
使うしかない!
そんな覚悟を決めた俺の視界が、大きな背中に遮られる。
「よぉ、聖。手ぇ貸すか?」
「縁侍君!」
『あの場にいた武士の小僧だな。おのれぇ』
九尾之狐のダガーを逸らしたのは、縁侍君の刀だった。
欠片討伐で何度も見てきた背中だけど、今日は一段と頼もしく見える。
「私もいるよ!」
「純恋ちゃんも? どうしてこんな早く」
戦いが始まってからまだ10分程度しか経っていないはず。
たまたま大阪にいたとしても絶対に間に合わない時間だ。
「純恋がどうしても大阪のイベントに参加したいって言うから付き添いで来てみたら……とんでもないことになってんな」
「ちっ、違うよ。私、たまたまこのイベントのことを知って、どうしてもドローンショーが見たくなって。そしたら救援要請が来たから走ってきただけだよ!」
純恋ちゃんがなぜか言い訳するように事情説明し始めた。
百合華ちゃんがオススメするだけあって、女子に人気のデートスポットなんだな。
いつか彼氏と来る為の下見だったりするのだろうか。
それに付き合わされる縁侍君は、お休み返上してまで来るあたり、お兄ちゃんしてるな。
「2人ともありがとう。助かった」
「気にするな。お前に必要とされる時の為に訓練頑張ってきたんだ。大船に乗ったつもりでいいぞ」
「学園で学んだ成果を見せてあげる!」
これまで簡易結界でなんとかなっていたから、前衛の武士の必要性をちゃんと理解できていなかった。
2人が来てくれたことで、俺は攻撃に専念できる。
なんとありがたいことか。
これで一気に状況が変わった。
「札が尽きたから、しばらく補充させて」
「道具はあるのか? どれくらいかかる?」
「全部袋に入ってる。5分ほしい」
「私に任せて! 5分くらい余裕だよ!」
「無理すんなよ純恋」
純恋ちゃんが九尾之狐の相手をして、陣作成で無防備になる俺を縁侍君が守る。
瞬時に新たなフォーメーションが構築された。
『あと一歩のところを……』
「安倍明里さんじゃ、ないんだよね。ちょっと痛いと思うけど、我慢してね!」
そんな2人の会話を聞きながら、俺は急いで陣を作成する。
ただ、生半可な陣では役に立たない。
攻撃性よりも拘束に適したものが必要だ。
書き間違えれば不発に終わってしまう。
素早く、丁寧に。
純恋ちゃんが頑張ってくれているうちに必要な手札を考えて……。
「聖、そんなに気を張る必要はない。純恋は十分強い。必要な時間は必ず稼ぐ」
護衛してくれている縁侍君につられて戦闘を覗き見ると、純恋ちゃんが九尾之狐のダガーを全て受け流していた。
「アレ、九尾之狐の本体なんだよな。それにしてはずいぶん弱体化してないか? っていうか、肉体もなくなってるし。聖が単独で耐えられた時点で、アレの強さは程度が知れてる」
秘書さんが全部連絡してくれているようで、明里ちゃんが乗っ取られていることも、呪いの武器を持っていることも、縁侍君は知っていた。
それは当然、純恋ちゃんも同様で。
キンッ
ダガーと刀のぶつかる音が連続した戦場に、一際澄んだ音が響く。
それは、ダガーが綺麗に切断された音だった。
「大仏流奥義── 刃落(はらく) 」
学園という新しい教育システムが生み出した、武士の理想系。
流派の壁を越え、あらゆる技を使いこなす新時代の武士が、大妖怪から刃を奪った。